戻ってきた日常
好きな時に起きて好きな時に寝て、休みもたくさんある学生の特権。
寒い朝に無理して起きることもなく、ぬくぬくと寝られる至福の時、しかもそれが一日だけではなく明日も明後日も明々後日も続く。
これが偉大なる春休みなりだ。
でもそろそろ起きないと、俺の腹がぐうぐうと空腹を訴えている。
1人暮らしは誰にも気を使わないで楽でいいけど、その分自分のことは自分でしなければならないのが面倒だ。
それにそろそろ起きなければならない理由は空腹以外にもう一つある。
――今から家に行くから
このメッセージがミズカからのものだ。
あの件の数日後、ミズカは今日家に行くという連絡だけ寄越して後はそれっきり、今日を迎えることになった。
今からとあるが、メッセージ自体は1時間ぐらい前のものだ、ミズカからの家だとそろそろ着くだろうとのそのそと起き上がり身だしなみを整える。
「…………」
ちょっと緊張してきた。久しぶりに会う訳じゃないのに、どうしようかな、こう何とも言えない感情。
今回のことは別に恨んでない、俺が何とかしようとした結果でもあるし、だから嫌だなんてことは全然ない、でもこう、なんか喧嘩したような感じになっているから、仲直りが出来るのならしたいと考えているぐらいだ。
ピンポーン
ビクッと、震えてしまう。
大丈夫大丈夫、うんうん、喧嘩したとか自惚れもいいところだ、別に普通通りに話せばいいんだ、深呼吸深呼吸。
スーハースーハーと緊張して「はーい」と声が裏返らなかったことにほっとしつつも結構な覚悟をもって扉を開いた先。
「やっほ~♪」
とこっちの緊張なんてまるで知らないかのようにミズカが立っていた。
●
「お邪魔するよ~」
と靴を脱いで自室に上がると「キッチン貸してね」と言って近くのテーブルに近くのスーパーの買い物袋とバックを置く。
買い物袋の中から、ニンジンとジャガイモ、タマネギ、カレールーを取り出して、キッチンスペースに並べ、バッグからエプロンを出すと手慣れた様子でつける。
ミズカからの連絡は、今日来るからというほかにこうも書いてあった。
――食事作ってあげるから昼飯食べないでね、どうせ昼まで寝ているんでしょ
とのまことに図星の内容だったのだ。
俺はそれに「楽しみにしているぜ、女の子の手料理とか初めてだから、ミズカって料理上手なイメージがあるからね」としっかりプレッシャーはかけさせていただいた。
まあ、怒りのスタンプが10分おきに8個ぐらい送られてきたところで降参する羽目になったけど。
んで、最初は料理なんてさほど期待もしていなかったけど。実際のテキパキと準備している様子を見て俺はコメントできないでいた。
「1人でいることは多かったからさ、食事は大事だからね、めんどくさがらずにちゃんと気を使わないとね」
「……凄いよなぁ、ホントに」
「そう? まあ味は普通だと思うから、あまり期待しないように」
と言いつつその手際の良さにはカレーと言えど期待してしまう。
それにしても勉強といい私生活といい、噂に反してむしろ凄い真面目だよなミズカって、俺の方がよっぽど不真面目な気がしてくる。
●
「できたよ~」
丁度30分後、そろそろ空腹が辛くなってきたところでのカレーの登場はまさに待ってましたとばかりだ。
ウキウキで座る俺に「ちゃんと手を洗いなさい」とまるでオカンのように窘められて渋々石鹸で手を洗った後に2人で「いただきます」をして食べ始める。
「うまっ! 美味いよ! 料理上手なんだな!」
「料理上手って、カレーじゃ早々失敗しないからね」
「いや! それでも! 手料理! 手料理だよ! 凄い!」
「分かったから、落ち着いて食べなよ」
呆れる様子のミズカではあったものの、うん美味しい、普通においしい、ミズカが作ってくれたのは相当にボリュームがある肉主体のカレーだった。ミズカ曰く「男はいっぱい食べるから」らしい。
うまいうまいとパクパクと食べていて、ミズカは遠慮しているのかぶりっ子しているのかわからないけど、俺の半分ぐらいの量を食べ終わると、じっと俺の姿を見ている。
「ぷはー、ごちそうさまでした!」
とあっという間に食べ終わった。
腹も膨れてとっても満足、後はいつものコーヒーでも淹れてと思った時だった。
「ユウト、あの……」
神妙な顔と声で言いたいことが分かった俺は首を振る。
「いいよ別に、約束を果たしただけだよ」
「……ひどいね、謝らせてもくれないんだ」
ミズカの言葉に少しだけ空気が重たくなる。
でもここはそうだ、謝りたいというのなら謝らせるのが正しいか、となれば俺のあまり大きくもない度量を見せるとするかな。
俺は無言で「いいよ」と促しミズカは微笑むと。
テーブルに両手をついて頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
頭を下げたミズカの謝罪、当然返す言葉は決まっている。
「分かりました、謝罪を受け入れます、これで一連のことはこれで全て水に流しました、だから仲直りをしましょう」
俺の言葉に、ミズカは「ありがとう」と微笑みながらも目に涙を浮かべる。
「そんなに嬉しいの?」
「うん、ひょっとしたら許してくれないかもって、ここ数日ずっと怖かったの、ありがとう、仲直りをしてくれて」
微笑むミズカに俺の心もあったかくなる、ちょっと前までとは信じられないぐらい穏やかな時間が流れる。
そうだと、コーヒーでも淹れてあげようという俺の言葉に、待ってしたとばかりに、ミズカはバックから水筒と箱を取り出す。
「さて、仲直り記念に、特製手作りケーキとミズカジュースだよん、召し上がれ」
「へぇ~」
と箱の中にあったのはショートケーキだ、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
ミズカは水筒から2つカップを取り出すと熱くて、これまたいい匂いがする飲み物が出てきた。
早速とばかりにショートケーキを食べて、ミズカジュースを飲む。
「おお、これも美味しい! またケーキに合うね!」
「お気に召したようで何より、ねえユウト、食べながらでもいいから聞いてほしいことがあるの、いちおう……大事な話」
「大事な話……」
となれば食べながらなんて聞けない、俺はフォークを置いて聞く体制をとる。
それに「ありがとね」というと、ミズカは大事な話を始める。
「あのさ、もしユウトが許してくれたら頼んでみようかなって思ってたんだ、あの、これからの私たちの関係なんだけど、その「女親友」ってどうかな?」
「おんな、しんゆう?」
「そう、女親友、新鮮な響きでいいじゃない、正直さ、私たちはアンタのこと相当に気に入ってる、でもまあ色々と手ごわいライバルがいるからね」
「はは……」
「でもさ、女友達ってのも何処か距離感があって気に入らない、だから女親友なんだよね、まあそこがあの、落としどころというか、どうかなぁって思って」
と不安そうな顔をして俺に話しかけるミズカ。
どうかなって、受ける以外の選択肢があるわけがない。
俺はミズカに、提案を受けることを語りかける。
「もふぃおんあよ」
あれ、なんだろ、体がしびれて、呂律が上手く回らないうえに、手が動かないぞ。
「おっ、効いてきたね~♪」
さも当然のように鼻歌を歌いながら上着のボタンを外し始める。
ちょ、ちょっと、何しているの、というかさ、薬盛ったの。
「正直、自分でもびっくりしている、まさか命までかけてくれて、普段は情けないくせにいざという時に頼りになるとか卑怯だよ、3人が夢中になる理由が分かったよ」
いや、だからどうして痺れ薬を盛ったの、これは大丈夫な薬なの。
「うん、安心して、ただ体がしびれるだけで一時間後ぐらいには元通りになるからさ……」
ミズカはここで言葉をやめて、切なげに手を自分の胸のあたりでぎゅっと握りしめる。
「本当はこんな手段取りたくなかった、綺麗だよって言われながら、優しくされて初めてを捧げたかった。でも、それはかなわない夢、だけど今更他の男とか考えられない、思えば噴水広場での私たちは付き合っているって言った時、結構本気になってたんだね」
え、え、本気って、でも、さっき謝ってくれたのに、そんな俺の視線を見て、やっと俺の言いたいことを察してくれたのかにっこりとほほ笑んだ。
「水に流してくれたんでしょ? まさか男に二言はないよね?」
と言った時だった。
ミズカの動きがぴたりと止まり、すぐに状況を察して不敵に微笑む。
ミズカの後ろにマナミとトモエの2人が立っていて、マナミはチャクラムを首筋に突き付け、トモエは反撃用にカエストスを身に着けて戦闘態勢に入っていた。
「……なんだ、いたんだ」
「うん、危ないと思ってずっと待機していたの」
とはマナミの弁。
「本当に性欲の強い雌ゴリラよねアンタって」
とはトモエの弁。
そんな2人にミズカはゆっくりを振り返る。
「混ざる?」
「アンタって本当に笑えない冗談が好きよね?」
「笑えない冗談は好きじゃないって言ったよね?」
真剣な口調のミズカに、何が言いたいのかわからず2人は戸惑う様子を見せる。ミズカは、この場にいる全員に対して新事実を告げた。
「実はさ、私、女もいけるんだよね」
「「…………」」
「「…………」」
「「は?」」
と同時に聞き返す2人であったが、すぐに余裕を取り戻す。
「ふん、そうやって、惑わすつもりでしょう? 騙されないよ、何を仕掛けてくるつもりなのかしら?」
と言い放つマナミをじっと見つめるミズカ。
「マナミはさ、ぶっちゃけ顔が好み、男どもが騒ぐ気持ちが凄い分かる、しかも巨乳で形までいいとか嫉妬しちゃう、しかも体育の時に着替えを見ていたんだけどさ、お腹に少しだけついた贅肉がマジでそそる、私の見立てだとMだと見せかけてSだとみた。だからMみたいに喜こばず、いい声で啼いてくれそう」
今度は視線をマナミからトモエに移す。
「トモエはなんといっても足だよね、美脚と言っていいよね、これはインナーマッスルが発達している証拠、それとその胸ってパッドも入れてないでしょ? 胸は大きくはないけど形は本当に最高だと見た、あ、顔もいいよもちろん、しかもあんたは強気なくせにMだよね、勝気な顔が快感に歪むさまを考えると濡れる」
「「…………」」
じりじりと近づくミズカ、じりじりと後退する2人。
既に先ほどまでの余裕はなく、言い返すことも出来ず、ミズカから目が離せない2人。
何故なら、ぎらついた眼と濡れた唇に嘘はないと感じたからだ。
その目に怯えの色が見え始めた時、スイッチが入ったのか表情が歓喜に震えるミズカ。
「はあ、いいよ2人とも、たっぷり可愛がって、その後ユウトもたっぷり可愛がって、そうよ、そうだった、私の愛は一方通行だった、一途に思い続けるとかは一方通行ではないの、しかも男女を侍らせるって新しいじゃない、気まぐれで男をつまみ、気まぐれで女をつまむ、そうよ、それが一番いいことなのかも」
ついに2人は壁に背をつく形となる。
「ねえ、知ってる?」
すっと色っぽい熱を含んだ声で2人の間に顔を近づけるミズカ。
「女って、男には絶対に出来ない「舐め方」ができるんだって」
「「ひっ!!」」
2人の恐怖が臨界点を超えた。
「ちちちちかよるなぁああああ!!!! 私の貞操はユウト君に捧げると決めた!!!! 誰がお前なんぞにやるものかぁぁ!!!! 死んでやる!!!! お前に奪われるぐらいなら死んでやるああぁぁぁぁぁ!!」
「くくく、来るなら来いよぉぉぉぉ!!!! いいか!!! 私の体を自由にできても!!!! 心だけはユウトの物だ!!!! それを忘れるな!!!! 幾千幾万を超えても尚、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に復讐してやるぞぉぉ!!!!」
とパニックな2人を満足そうに見つめて、くるりと振り返り俺へ視線を送り。
ぺろっとピンク色の舌を出して微笑むミズカで、さっと2人から離れると耳元で囁いた。
「ま、童貞捨てたいときは声かけてよ、寿には内緒にしてあげるからね」
だそうだ。
これにて一件落着……したと思いたい。
未だに痺れて動けない俺はそんなことを考えていた。
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伊勢原ユウトと寿リョウコの関係は、小ケ谷マナミ、城下トモエの2人、そして第三勢力として手計ミズカが存在するものの、結果的に2人の関係を脅かさずに至ることはなかった。
美少女3人に迫られてもなお、伊勢原ユウトの寿リョウコへの気持ちは揺るがなかったのだ。
伊勢原は今回の件で、寿を頼らなかった理由は、情けない姿を見せたくないという理由の他に、自分を守りすぎるきらいがある寿に対してせめて対等になりたいと思ったゆえでもあった。
「…………」
ここは、恋人たちのデートスポットの一つ。その待ち合わせ場所は大人同士もそうだが、学期末テスト解放された学生たちも闊歩していた。
その中で寿リョウコはスマホを見ながら人を待っていた。
本来なら寿リョウコほどの容姿ならば、声の一つもかけられてもおかしくはないが、その明らかな人待ちであるため、注目を浴びるも浴びるだけで声をかけてくる人物はいない、もっともそれは……。
「は、早いね、えっと、待ち合わせの時間にはまだ」
待ち合わせの人物を除いてだが。
遅刻したかもしれないと戸惑う相手にリョウコはやれやれと肩をすくめる。
「遅刻してないから平気だよ、女より先に来て、なんてカッコつけたがると思ったからその仕返し」
その言葉に相手は苦笑する。
「じゃあ、遅れたお詫びにさ、クラスメイトがこのあたりで美味しいスイーツを出す店を知っていてさ、えっとカップル限定メニューのパフェが本当に美味しんだって、奢るよ」
と言いながらリョウコの自然に手をとり歩き始める、自分の連れて歩く相手の横顔をじっと見つめる寿リョウコ。
「はいはい、カイン、手を引っ張らなくてもちゃんと付いていくから」
寿リョウコは、そう言いながら伊勢原ユウトではない人物と共に街中へ消えていった……。
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完璧なる美少女を恋人にする。
そういった女子を彼女にすれば当然のことながら、恋敵が発生してもおかしくない。
今そこにある危機について、伊勢原ユウトも、他の女子達も余りに鈍感であった。
――続く
あとがき
これにてミズカ編完結です!
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました!
特に終盤に入ったところで更新スピードが速くなったのは、終盤を執筆中に感想をいただいたからです。
感想をいただくことが、こんなにも執筆の励みになるとは思いませんでした。
次の展開についても書き溜めている状態です。
最後の展開のとおり、次は「ハーレムもの」というジャンルの中で色々挑戦していきます!
意欲はありますので、投稿次第お付き合いいただければとても嬉しく思います。
それともしよろしければ、感想や評価、レビューをしていただけるとより執筆の励みになります。
それでは、今後の「ヤンデレーション!!」をよろしくお願いします。




