検討と感想と想い
解決策は最初に提示されていた、これはミズカ自身が言っていたことだ。
「殺させてほしい」
そう、ならば殺させてやるのが解決方法。
その方法として俺が採用したのは疑似殺人、つまり全力の殺意をもって俺を殺したとミズカが錯覚させることだった。
無謀に思えるかもしれないが、試してみる価値は十分にあると思った。
採用する根拠についてまず1から説明しなければならないだろう。
まず、マナミとトモエがミズカによって痛めつけられていた時の俺の提案。
殺すことを痛めつけるに軽減できないかというもの、これは時間稼ぎと痛めつけることによってそれが解決方法にならないかという都合のいい希望を持った俺の提案は、やはりただの「その場しのぎ」にしかならなかった。
だが都合のいい希望は持つものだとしみじみ思う、結果的に俺が提案した「その場しのぎ」が解決の糸口になってくれたのだ。
というのもまず、いわゆる人を痛めつけるという暴力行為は野蛮と野卑であり言葉を悪くすれば「動物的行為」と揶揄されてしまうものだ。
そしてそういった行為が人に後遺症まで残し、場合によっては命も奪われてしまうのはニュースを見ていれば誰だってわかっているもの。
そして気に入らないことがあれば暴力で何とかしようとする人物が周りからどのような感情を持たれるかなんて考えるまでもない。
とはいえ全員が手をつないで一緒に歩いていけるような世界もまた、理想という名の幻想であることも理解しているし、暴力の全否定もまた極論であることも理解されている。
故に暴力は「必要な時がある」というのは認めるが、それを「自分の都合のため」という行為については唾棄すべきものであるということだ。
だから最初は幸運だと思った、ミズカに痛めつけられても元気だということに。
まあ傷だらけを元気だなんて表現もおかしいが、俺がリョウコたちに共同管理されるまでの最終決戦に代表される一連の戦いは、相手を排除しようとするために、策を弄しまさに「自分の都合のため」に全力をそそぐリョウコ達は結果的に学校を爆破するために行動を起こしたほどに苛烈であり、明確な殺意もあった。
それを考えれば「殺したい」とまでいう自己都合を述べるミズカが「痛めつける」という提案を飲み、実際の暴力行為を手加減するという状況は十分に不自然なのだ。
つまり手墓ミズカは、理性的でありながら理知的であること、殺すこと自体に防衛意識がちゃんと働いているということであり、つまりはミズカ自身に人を殺した経験はないと断言することができる。
つまり殺したこともないのに殺すことが愛情表現という事自体が矛盾しているのだ。
しかもミズカのあの俺の悪あがきを指摘したときの文言もはっきり言って変だ。
どういうことかというと、ミズカは殺させてほしいと言っておきながら、あの口調は明らかにこうだった。
――痛めつける程度の交渉とそれによるこれからの関係の継続
ミズカは俺を殺して終わる関係は望んでいない。
補足として証拠に実際に殺してくれと言った時、あれほど抵抗されるとは思わなかった。
もっとあっさりと殺してくれるものかと思ったから、実はあの時はちょっと焦っていたし、賭けの勝率が高まったとも解釈したものだ。
以上が賭けを実行するに至った根拠である。
次に大事な疑似殺害方法の選定方法について説明する。
疑似殺害方法について色々考えてみた結果、以下の条件が必要であった。
第一条件・適度な困難が伴い、それによる達成感が必須であること。
第二条件・即死を被ったり致命傷を負わないこと
第三条件・蘇生が可能であること
第四条件・後遺症が残らないこと
その条件が必要な理由についたは以下のとおりだ。
第一条件は、あっさり達成しては実感がない、つまり多少の困難が必要であるため。
第二条件は、目的を達成しても本当に俺が死んでは意味がないため。
第三条件は、第四条件と重複するが、生きていればいいという意味ではないため。
すべての条件に当てはまる、死ぬまでに踏む段階の中で蘇生を考えると一番現実的なのが絞殺だったのだ。
自分の首を自分で締めて自殺することができるのか、これについては否だ。失神した瞬間に手が緩んでしまい結果覚醒して死ぬことが出来ない。
だから失神した後も首を絞め続けなければならない、自分の首に巻き付けたものが緩まないようにしなければならないのだ。
絞殺はテレビドラマだと簡単に死ぬが、実際は相当に時間がかかる上に、簡単に意識を失わず、渾身の力を入れ続けなければならない。
しかも本来なら相手は全力で抵抗するから、その前段階として抵抗も排除しなければならない、事実上絞殺は殺すという目的については非現実的なのだ。
だから俺はあえて両手を自分の首に誘導し、絞殺を誘ったのだ。
当然、自分を殺してほしいなんてシチュエーションは初めてな上に、それで完全に舞い上がっていたミズカは、疑うことなくそのまま首を絞めてくれたのだ。
とはいえギャンブルであることに変わりはない、つまり負ける確率も十分にあるから、これで本当に死んだらたまらない。
当然保険をかける必要がある、ここでマナミとトモエの出番だ。
とはいっても、指示したのは簡単だ。
それは俺からの着信があった時、一番に事務室に乗り込むこと。それまで廃工場の外で待っていること、その際に絶対にミズカに見つからないこと。
そして首を絞められているとき、俺は失神する寸前に、ポケットにスマホを忍ばせ、ボタン一つで発信できるようにした。
ミズカは、当然俺を殺すために必死だったから、俺がポケットに手を突っ込んでいたことなんて、気づかないし、気づいても気にしないだろう。
そしてマナミとトモエは俺がぐったりしているところを見れば、間違いなく助けてくれると信じていた。
以上が、今回の俺の作戦……もとい一か八かのギャンブルだ。
●
「…………ひっく」
時々しゃくりあげながら、俺の胸の中で顔を埋めている2人の頭を優しくなでて、大丈夫だよと言って立ち上がる。
少し頭がくらくらするが、しびれも残っていないし、うん、十分に元気と言えるではないか。
「ミズカ、どう? 今の気持ち? スッキリしたでしょ?」
俺は隣で呆然自失状態のミズカに話しかけ話しかけられるとは思わなかったのかピクリと震えて、そのままの表情で俺の方を見る。
「うん、信じられない、やばいぐらい、ビリビリって、頭に電流が走って、頭が真っ白になって、凄かった、ホントに……」
と、震える体を自分で抱きしめて、
「でももういい、二度としたくないかな」
と怯えた顔でそういうミズカ、今は本当にいろいろな感情が渦巻いていてごっちゃになっている状態なのだろう。
そうだよな、人を殺すなんて一度だって敬虔なんてしない方がいい、そんなミズカの言葉に「それで終わらせるつもりなのか!」と掴みかかろうとするマナミとトモエを手で抑える。
「ユ、ユウト君!」
「いいから」
と憤るマナミを抱き寄せて、
「で、でもこいつは!」
「協力してくれるんでしょ?」
とトモエも同じように抱き寄せる。
「本当にありがとう、言葉だけで俺の気持ちを表すのがちょっと申し訳ないと思うぐらいに感謝しているよ」
「「…………」」
2人は大人しく俺にされるがままになるが、どうやら俺の言うことは聞いてくれるようだ。それでも顔を放した2人はちょっと恨みがましくジト目で見られる。
まあこれについては全面的に俺が悪いからなぁ、どうしようか。何か奢ればいいのだろうか、プレゼントは、うーん、ちょっと駄目よなぁ。
「手当させて、それで許してあげる」
「え?」
トモエの言葉にマナミも頷く。
「帰ったら手当てさせて、つきっきりで看病するからね」
2人の思わぬ優しい言葉に今度は俺がぐっとこみ上げるものがあった。
「はは、うん、ありがと、じゃあ頼むよ、それとミズカ」
俺は体を抱えて震えているミズカに話しかける。
「悪いけど俺たちはこのまま帰る、こんな格好のままで置いていかせてもらうけど勘弁してね、それと……」
俺はにっこりと笑ってミズカに話しかける。
「良かったな」
「……へぇ?」
呆けたミズカに失礼だと思いながらも思わず笑ってしまう、まさに憑き物が落ちたような顔だ。
「これでやっと解放されたってことだよ、頑張って美少年の彼氏作れよな、それとあんまりぶりっ子はしない方がいいぜ、男も嫌う奴って結構いるからさ」
「……………………」
俺の言葉を聞いたミズカは、その呆けた表情を変えないけど、ぽろぽろと涙を流した。
「うん、わかった、美少年の彼氏、頑張って作る」
良かった、本当によかった、その様子を見て、俺は達成感に包まれた。
俺はマナミとトモエの2人を連れて廃工場を後にする。
もう夜の帳は降りていて辺りはしんと静まり返っており、凍えるような冷たい風が心地よく体を包み込んでくれる。
あーあ、自分での出来る範囲で何とかするなんてカッコつけた台詞、言わなきゃよかったよ、本当にもう、手間のかかる女だったな、ミズカは。
――その日の夜
「はあはあ、ねえユウト君、凄いカッコよかった、約束通り精いっぱい慰めてあげるからね」
「はあはあ、でもユウト、約束は約束でも一度に2人とか言ったら殺すからね、100万歩譲って、交互に相手するんだよ、本当は凄い嫌だけど、我慢する」
「しないわ! 俺が好きなのはリョウコ! だから駄目! というか治療行為はどこ行ったんだよ! 俺が許可したのはそっちなんだけど!」




