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ヤンデレーション!!  作者: GIYANA
第一部
2/41

お淑やかで清楚な美少女・小ケ谷マナミ


 その異変に気がついたのは3カ月前のことだった。


 俺も年頃の健全な男子高校生として、可愛い彼女がいたらなと思うことは当然ある、俺の感覚はごく普通だろうし、誰しも一度はそうやって妄想するんじゃないだろうか。

 そしてそれと同時に大半の男子高校生は、周りで可愛い女の子は居ても、その子が可愛い彼女にはならないという現実も分かっているのではないだろうか。

 俺もそれに漏れない一人だ。残念ながら顔も勉強も運動も普通だ、人生でモテたことなんて一度もない、そしてモテるだめの努力もどこか気恥かしくて出来ない。


 でも、唯一の長所と言えばいいのだろうか、俺は別に女の子と話すことが苦手なんてことはない、むしろ全く苦にならない、女友達はそれなりにいる方だと思う。

 とはいえ、女の子から見て俺のポジション、それを一言で表すのならば、あるクラスメイトに言われたこの言葉だ。


「伊勢原のこと大好きだよ~」


 自慢ではないので誤解しないでほしい、鈍い俺だってわかる、恋愛感情0の言葉だ。

 まぁ嫌いとかキモいとか言われるよりかはいいか、恋愛感情はなくても、好きだという言葉に嘘は感じられないし。

 最初はその言葉にショックを受けたものだが、こうやって割り切れるようになったものだ。


 でもそんな日は突然終わりを告げる。


 その日の登校途中に、先ほど話した件のクラスメイトを見かけた俺は近づくと「おはよう」といつものとおり挨拶をした。

 その瞬間、そのクラスメイトはものすごい勢いでを振り向いて、俺の顔を見た瞬間顔面蒼白になる。


「ひっ、ひぃぃ!」


 と悲鳴をあげて逃げて行ってしまった。


「…………え?」


 もちろん最初は何が起きたかなんてわからなかった。

 昨日までは普通に話していた、それがたった一日でこの変貌。

 ひょっとしたらあのクラスメイトは俺を誰かと勘違いしたのではないか、そんなことを思いながらクラスのドアを開けると、既に登校していたクラスメイトの女子達が一斉に視線を外しそのまま黙ってしまったのだ。


「…………」


 やはりあれは勘違いでは無いらしい、気付かないうちに何かしたのだろうか、不安になった。

 女の子のネットワークは侮れない、自分の悪いうわさが広がったんだろうかと思ったが、よくよくクラスメイトの女子たちを見てみると手が震えている。


 全員の目に宿るのは俺に対する敵意じゃない、怯えだ。


 敵意だったら変な噂を流されたとか色々考えることが出来るが、どうして怯えなのだろう。

 その変貌は男の側から見ても突然だったようで、全員不思議そうな顔をしていたし、現実に男友達との関係に変化はなかった。逆に「どうした?」と質問攻めにあったわけだが、もちろん俺だって訳が分らなかった。


 そんな疑問は、次の日の朝にあっさりと氷解することになるとはその時の俺は夢にも思わなかった。


 それが俺と小ヶ谷マナミとの出会いだったのだ。



 人間というのは寝ぼけていると奇想天外なことを言い出したり、起きた時に夢の続きなのか現実に起きていることなのか分からなくなったりすることがある。

 よく怖い夢なんか見て飛び起きて、そして初めて「夢だった」と気付くパターンだ。

 訳のわからない女子陣からの怯え、結局訳の分からないまま眠りについて、その日が金曜日だったから、今日は土曜日、つまり休日の朝のことだった。


 俺はふと目が覚める、少しだけ開いたカーテンの隙間から空の色が少しだけ見えて、少しだけ青くなっているが薄暗い、俺はそのままベッドのまくら元に置いてある時計を見てみる。

 デジタル時計が表示されていた時刻は午前6時だ。

 休日なのに朝早く目が覚めてしまう、ちょっともったいない気もするが、二度寝の至福を楽しむか、そのまま起きれば休みの日が一日自由であるという期待感もある。

 どちらにしようかなと、そんなことを考えていると、右腕に重さを感じると同時にふわりといい香りが鼻腔をくすぐる、


 寝ている俺の傍らには、右腕を枕にショートカットの美少女が寝息を立てていた。


 美少女は俺が目を覚ました気配を感じ取ったのか、目を覚ますと俺の顔を見て、とても可愛くほほ笑んでくれた。


「おはよう、伊勢原君」

「…………」


 ああ、確かにこんなかわいい女の子に腕枕をして一緒に寝て朝を迎える、男なら一度は憧れるシュチュエーションだ。

 だが、こういう夢は起きて我に返ると恥ずかしいものだ。

 欲求不満なのかなと、ちょっと情けなくもなるし、逆にモテる男はこんな夢見ないんだろうなぁとか、変に僻んだ考え方も出てくる。


 当然のことながら目の前の美少女に心当たりなんてないし、残念ながら可愛い彼女なんてものはさっきも言ったとおりいない。

 だが夢とはいえ非常にリアルだった。女の子の存在感というか、少し動いた時にほのかに香るシャンプーの香り。


 うん、どう考えても悪い夢じゃない、可愛い女の子と一緒に寝る夢、どうせ夢だし、ここには俺一人しかいないし、今日は二度寝の至福を味わい、夢の続きを楽しませてもらうか。

 そう思って再び目を閉じて、夢の続きを楽しもうとした時に、女の子が小声でクスッと笑うと再び、俺の再び自分の手を枕にしてぎゅっと抱きしめてくれた。


「…………」


 しかし本当にリアリティがある夢だ、こう、胸が体に当たる感触がリアルだ、いやリアルといっても実際触ったことなんてないけど。


(……でも触れている感触がリアルすぎないか?)


「えっ!」


 飛び起きた俺に、美少女はそれに驚いたようでぱっと離れる。やっぱり目の前に美少女がいる、俺を見て目を白黒している。


「やっぱりそうだ、夢じゃない!」


 思わず出てしまった俺の言葉に、その美少女はびっくりするが、クスリと笑ってくれた。


「夢? 伊勢原君って可愛いね、それといきなり飛び起きないでよ、びっくりしたでしょ」


 美少女は当然のように頬を膨らませて可愛くむくれる。


「…………」

「…………」


 お互いに見つめ合うひと時、俺は素直に美少女に問いかける。


「……あの……誰ですか?」


 そんな疑問に、彼女は笑顔で答えてくれる。


「そうよね私ったら、自己紹介がまだだったよね、私は小ヶ谷マナミ、伊勢原君とは隣のクラスで同級生よ、これからよろしくね、伊勢原君!」


 と丁寧に頭を下げてくれた。

 やっと動き始めた頭がだんだん彼女が実在の人物であるということと、自分と一緒に寝ていたのは夢でもなんでもない歴然とした事実であるという部分に思考が回ってくるが、ここまで堂々としていると、なんでここにいるんだろうとか、無断で入ってきたのかとか、いつの間にか布団にもぐりこんできたのだとか、何故か動揺よりも素直に疑問の方が先立つ。


「あの、この部屋にはどうやって?」

「どうやってって、玄関の鍵、開けっぱなしだったよ、そこから入ったんだけど、いくら2階だって不用心だよ」


 あ、そうだったっけ、まぁそれをその入ってきた本人がいうのはいささか疑問だけど、この部屋に無断で入ってくることについては、彼女の中では不思議なことではないようだ。


「そうなんだ、まあいいか、それとさ、なんで俺と一緒に寝ているの?」

「なんでって……」


 小ヶ谷マナミは、そこで俯くとそのまま俺を指さす。


「好きな人と一緒に寝たいって思ったから……おかしいかな」

「いや、別にそのこと自体はおかしいわけじゃないけど、ってええ!?」


 今、なんて言った、小ヶ谷マナミは今凄いことを言わなかったか。


「ご、ごめん、今なんて言ったのかもう一回聞かせて」


 俺の言葉に小ヶ谷は更に頬を赤らめる。


「……何度も言わせないでよ、だから……好きな人と……一緒に寝たいからって」


 好きな人、間違いなく彼女は今「好きな人」といった、俺を指さしながら間違いなくそう言った。

 ここには俺と小ヶ谷マナミしかいないし、なら間違いなく、この小ヶ谷マナミと名乗る女の子は好きな人は自分のことを指すのだろうけど。


「あの、念のため確認するけど、好きな人って、俺のこと?」


 まだ信じられない俺に、俯いたまま無言でうなづいてくれる。


「ちょ、ちょっとまって、悪いけど、俺は君のことを全く知らない、変な聞き方だけど、人違いとかじゃないの?」


 俺の問いかけに、彼女は優しい目で俺を見つめる。


「そうだね、確かに伊勢原君が私のことなんて知らないよね、正直言って私も信じられないの、凄く驚いた、自分がまさか一目ぼれするなんて」


 ひ、一目ぼれとは、また凄いことを言う。一目ぼれってあのあった瞬間に恋に落ちるとか、そんな俺の中では都市伝説としか思えない出来ごとのことか。


「伊勢原君は、一目ぼれした経験ってある?」

「いや、ないけど、で、でも、俺に? 一目ぼれ? なんで?」


 別に卑屈になっているわけではないが、さっきも言ったとおり自分がモテない方の男という自覚はある。それにこの子は可愛い、こんなかわいい子に一目ぼれされたといっても正直そっちの方が驚きだ。

 混乱する俺をよそに小ヶ谷マナミは言葉を続ける。


「でも不安だったの、一目ぼれっていまいち信用できなくて、ひょっとしたら私の勘違いで、夢見がちな錯覚かもしれないって、でも、話しかける勇気もなくて、だから思いきって家に忍び込んで、一緒に寝てみて、そして話してみようと思ったの」


 なるほど、そうだったのか、話が全く繋がっていない。しかし彼女の中では繋がっているようだけど、そこに突っ込んでも始まらない、ここは話を合わせておこうと考えた。


 でも、一目ぼれか、となれば彼女の出した結論は何となく読めてしまった。


「はは、だったら幻滅したでしょ? 俺はこのとおり、別に女の子を喜ばせることなんて全然できないし、話してもそんなに面白くないでしょ」


 そんな俺の言葉、おそらくマナミが「ごめんね」とか「うん勘違いだった」とか、そんな言葉が出てくるのだろうと思ったが、その意に反して、初めて小ヶ谷マナミは真剣に自分を見つめる。


「ううん、全く逆よ、私の勘は正しかった、やっぱり伊勢原君は私の思ったとおりの人だったよ」


「…………」


 確かに夢見がちな女の子の言葉だ。まぁ理由なんて考えてもわからないし、おそらく彼女の中で俺が凄く美化されているんだろうな。


「えっと、それは買いかぶりだと思うんだけど、んーとね、情けない話なんだけどさ、俺って簡単に女の子から「すきだよ~」とか言われるタイプなんだよね、はは、男として見られていないんだね」


 俺は自分に大好きだと言ったクラスメイトの顔を思い浮かべながらマナミに言った時だった。


「知ってるよ、あのクソアマのことでしょ?」


 マナミから表情が消えて、目の光もなくなった。


 笑顔からの突然の、変貌ともいえる変化を遂げた小ヶ谷マナミに俺ははっと息を飲む。


 マナミは首だけがっくりとうなだれると、底冷えするような声で呟く。


「伊勢原君のクラスメイトだよね、ずっと見てたからさ、見たんだ私……」


 うなだれながらも、徐々にその顔が憎しみに彩られていく。


「あのクソアマ、伊勢原君をなめやがって、ああ知ってる? あのクラスメイトって実は私のクラスの男の子のことが好きなんだよ、でもその男の長所なんて顔だけよ? 外見で簡単に騙される分際で、顔が良ければ中身がいいとでも思っているのかしら? 汚らわしい、それは底辺層のゴミ女、許さない、伊勢原君はこんなにもいい男なのに……」


「私が!! 好きになった男なのに!!」


 まだ早朝の俺の部屋、そんな女の子の慟哭が木霊する。

 ここでようやく目に光が戻り、すがるような目で俺を見てくる。


「ねぇ、おかしいよね? 伊勢原君の魅力に気づかないのは許せるわ、ゴミ女に気づくわけないし、でもそれが伊勢原君を男として見ない言動をしていいということには結びつかないと思うの」


 そしてそのまま小ヶ谷は俺をぎゅっと抱きしめると、胸に顔を埋める。


「だから安心して、あのクソアマにはちゃんと報復をしていたよ」

「は?」


 なんか物騒な言葉が出てきたぞ。


「報復、ちょ、なにしたんだ!」


 俺は抱きついたマナミを引きはがすと問い詰める。

 でもマナミは俺の言っている意味が意味が分らないようでキョトンとしている。


「何って、これを使って脅したのよ」


 いつの間にかその手には円形の武器が握られていた。それは手裏剣のようにも見えるが、円形で全て刃物で出来ている。


「な、なんだよそれ!」

「ん? これはね、古代インドで使われた投擲武器であるチャクラムよ、使い方はね、指を入れて回して相手に投げる武器よ」


 懐から器用に複数チャクラムを出すと、中央の穴に指を入れこれまた器用に回し始める。


「こうやってまわして、相手に投げつけるのよ、円月輪とも呼ばれているわ、簡単に言うと古代インド版の手裏剣ね」

「手裏剣と違うのは珍しく切ることを目的としている、私は非力だから自分に合う武器を探していたんだけど、これはテクニックが必要なだけで力が必要じゃないのよ」

「これを使って脅したら簡単だったわ」


 そしてマナミは笑顔でその経緯を話してくれた、世間話をするような口調で。


――――


 小ヶ谷マナミが語り始めた報復の日は、まさに伊勢原ユウトが女子からおびえた目で敬遠されるの日の前日の放課後、伊勢原を好きといった件のクラスメイトは、放課後女子トイレで鏡を見ていた時だった。


 彼女はサッカー部のマネージャーをしている。そんなに強い部活ではないけど、みんな一生懸命に頑張ってくれている。

 そして年頃の女の子と同様に好きな人もいて、彼女はそのサッカー部の先輩の男の子のことが好きだった。


 その先輩は部のエースでカッコ良く爽やかだからライバルは多い。周りの女の子でも彼のことが好きな子は何人もいることも知っている。

 ライバルは多いが、自分の方が彼との距離は近いのだと彼女は自分に言い聞かせる。

 その先輩とは時々だけど一緒に帰ったりだってしている。今はまだ自分はただのマネージャーだろうけど、いつかは振り向かせてやるんだと意気込む。


 今日は結構頑張ってたくさん先輩と話せた、勇気を出した自分を褒めてあげたい。

 やっぱり自分でいいことを起こさないとだめだよねと、自分で思う。


 なんといっても、その自信の根拠は、昨日の出来事にある。

 

 思えば機能は朝起きた時から調子が良くて、いいことありそうだって思ったし、そしてそのいいことを起こすために積極的になれたのだ。


 そのおかげか知らないけど、今日はたまたま時間の都合がついて2人で帰ることが出来て、そしていつもマネージャーを頑張っているからと、そのお礼として食事に誘ってくれたのだ。

 食事は近所のファミレスで、そんなに特別なことはなかったけど、ほんの30分程度の時間だっけど至福のひと時だった。


 今までこんなことはなかった、初めてのことだ。これは私が一歩リードしたって思っていいよね、そう思いながら鏡の自分の姿を見る。うん、可愛い、あの人も可愛いって思ってくれたかなと思って、ニッコリと微笑んでみる。まずは自分で可愛いって思わなきゃだめだ。そうしないと彼だって可愛いって思ってくれない。


 鏡に映っている自分の顔は、自分でも満足するぐらい可愛く、最高の笑顔だった。


 そしてその最高の笑顔が真っ二つに割れて、そのまま胴体から離れて落ちた。


「へぇ?」


 息が抜けたような声が、まるで自分の声じゃないのように聞こえる。


 次に自分の顔を見た時は真っ二つに割れて胴から離れたはずの自分の顔が何故か元に戻っていて、それを本気で疑問に思った。


 次に自分の後ろに立っている女子生徒に気がつく。自分の最高の笑顔を真っ二つに割った人物、彼女はいつの間にか後ろの立っていた見覚えの無い女子生徒だった。


 その女子生徒は自分の首を挟みこむように円形の刃物を突き付けていた。


「私が許可しないありとあらゆる行動を禁止する、そしてその禁を破った場合、即座にお前を殺す」

「…………」


 パクパクと、餌をねだるような口だけが動き息苦しく息を吸おうとするが空気が入ってこない、息をしたら殺されるからだ、声も出せない声を出しても殺されるからだ、動くこともできない動くと殺されるからだ。


「良く聞け、好きでもないくせに、伊勢原君を好きって言うとどうなるか分かったか? 分かったら首を縦に振れ」


 そのまま首を縦に振る、伊勢原を好きというと殺されるからだ。


「私は寛大だ、人には誰でもミスがある、人は誰しも至らないところがある、それは私もお前も例外ではない、それが分かる私は寛大だ、だから今回は許そう、だが繰り返すということはただそれだけで、誠意がないと私はみなす、だからこそ誠意があることを祈ろう、お前も目を閉じて祈るがいい」


 クラスメイトは祈りのために目を閉じる。


 次の瞬間、自分の頭を切り落とした女子生徒の気配が消える。


「…………」


 クラスメイトは酸欠状態で泡を吹いて意識を失いそのままその場に倒れた。


――――


 淡々と事実を話す小ヶ谷マナミ、その顔は昨日の夕食のメニューを喋るのように変わらない。


「あの程度の脅しに屈するなんて、おかしかったわ、だから大丈夫だよ」

「…………」


 なるほど、これで謎は解けた、死ぬほど怖かったんだろうな、となればこの小ヶ谷マナミが全ての元凶というわけか。

 そして理解する、遅すぎるかもしれないがこの子は変わってる。だが一方でどうやら俺のことを好きというのは本当らしい。

 彼女の気持ちが本当だと分かって、俺はどうするか迷う。

 自分のことを好きであるということが本当ならば、その気持ちに対してハッキリと筋を通さなければならない。


「ごめん」


 俺は小ヶ谷マナミに対して頭を下げる。


「小ヶ谷さんって言ったよね、俺には別に好きな人がいる、だから君の気持にはこたえられない」


 そうだ、俺には今好きな人がいる。小ヶ谷みたいなタイプに理屈は通用しないだろうが、ハッキリと気持ちは告げておく。


「うん、知ってるよ」


 結構な覚悟を持って言ったはずなのに、当の相手からはそんな言葉が返ってきた。


「伊勢原君のクラスメイトの寿リョウコでしょ? いつも見ている人だもの、伊勢原君の視線がどこにあるかなんてわかるよ」

「小ヶ谷さん……」


 彼女が言った寿リョウコ。

 そうだ、その子が今俺の好きな人の名前だ。綺麗で勉強も出来て運動も出来て社交性もあって、男女問わずクラスの人気者。

 今もその気持ちは薄れていない、それどころかより一層強くなった、実は寿リョウコはそのマナミの襲撃の後、たった1人だけ、クラスメイトの中で自分に対する態度も変わらず接してくれたのだ。


 だがここで戦慄する。自分に対して好きといっただけで、これだけの攻撃を仕掛ける女の子だ。ならば小ヶ谷マナミが言ったことは、その攻撃対象が寿さんに向かうのは当たり前のことだと言える。

 俺は少し語気を強めて小ヶ谷マナミを諭す。


「小ヶ谷さん」


 そんな、俺の表情で全てを察したのか、小ヶ谷マナミは俺の言葉を手で制する。


「分かってるよ、大丈夫、伊勢原君の気持ちが私に向いていないのは最初からわかってたし、その気持ちが寿リョウコに向かっていることも分かっているわ」

「…………」


 冷静な小ヶ谷マナミの口調に気が抜けてしまう、正直、嫉妬に狂うかと思っていたけど、これは俺の心配し過ぎだったようだ。


「ごめん、分かっているならいいよ、せっかく俺なんかのこと好きになってもらって申し訳ないけど」


 俺の言葉に一度小ヶ谷マナミは俺に可愛くほほ笑んでくれた。

 ま、正直ちょっと惜しいかなとは思わなくもない、だがだからといってそんな気持ちで彼女の気持ちに応えるこそ失礼だ。

 これで諦めてくれるだろう、俺は小ヶ谷マナミの言葉を待つ。


「寿リョウコのことが好きでも私を彼女にすることはできるわけだからね」

「ちがーう」


 これが小ヶ谷マナミとの出会いだった。正直自分でも不思議なぐらい冷静だったのは理由は今でもよくわからない。


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