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ヤンデレーション!!  作者: GIYANA
第二部
19/41

袁彦道


――体が疼いてしょうがない、だから会いたいの、ユウト


 そんな熱烈な口説き文句と共に、パジャマ姿でありながら煽情的に煽るようなポーズのミズカの写真が送られてきた。

 相変わらずの撮影技術、なんていうと怒られるから言わないけど本当に自分を可愛く撮影する技法に長けている。

 あの同類グループでの写真撮影係はミズカなんだそうだ。いいなと思った男子にアプローチをかける時に必ずミズカに頼むのだそうだ。

 その結果は上々なのだそうで、女子にとっては大事なのかもしれないが男にとっては余り笑えるような話じゃない。

 可愛いと思われたいからという理由には納得はするけど「怖いな」と思うことも事実だった。

 そういう「女らしい女」と中学時代は距離を取っていて、当時の自分にミズカという女子と「仲良くなる」なんて言ったら絶対に信じないだろうなと思う。


「っさむ」


 吹いてくる木枯らしにマフラーの中に首を埋めるような格好で寒さをしのぐ。

 今日はこの冬一番の寒さなのだそうだ、だから外に出るのは正直億劫だったけど。


 今俺が歩いている廃工場付近はバブル期の名残がまだ残っている場所で、当時の多角経営に乗り出した企業がバブル崩壊と共に倒産してそのまま放置されることになったのだそうだ。

 誰も手入れをしておらず草ぼうぼう、建物にびっしりと生える植物たちを見て、ちょっと切ない気持ちに浸りつつ、歩を進める。


「女子からこんなにも熱烈に誘われては、応じないわけにかないからな」


 と独り言を言ってみる、もちろん周りに誰もいないからこんなことを言える。もし知り合いにでも聞かれたらもう恥ずかしすぎて死ぬけど。

 ほら、男ならさ「ライバル? 福●雅治かな?」と調子乗ったことを一度でいいから言ってみたいと思うじゃないか、俺だけかな、結構いると思うんだけどな。


 とまあ、ちょっと自己陶酔に浸っているのは自覚する所存ではあるから、痛々しいと思わず勘弁してほしい。


 何故なら例のギャンブルの決行日だからだ。


 作戦の関係上、決行日はミズカと遊ぶ日になるのだけど、今日は夕方まで友達と遊ぶ約束をしていると聞いていたから、誘いを送ってくるとは思わなかった。

 とはいっても何の変更もない、突発でも作戦の準備はマナミとトモエに指示するだけから。


 といつもの廃工場の建物に辿り着くとミズカが待っていてくれて、俺の姿を見ると笑顔で歓迎してくれる。


「ごめんね突然で、生理が近くなると特にジンジンしてくるんだよね」

「……あのね、生理とか言われてもリアクションに困りますよ」

「きゃー、へーんたーい」

「…………」


 凄い楽しそうだ、もうさ、生理とかさ、少しは言い返してやらないと。


「あのね、そういうこと言うと男は何もしなくても頭で色々スケベなこと考えるからな、いいのか、俺がミズカでスケベな妄想しても?」

「別に、というよりそれが目的だからね」

「え!? そうなの!?」

「なんだ、気が付かないんだ、面白いなぁ」

「いや、面白くないんだけど! というか本当に別にいいのかよ! なんだよ! 全然わかないんだけど!」


 俺の必死の抗議にミズカは笑いを堪えながら一緒にいつもの事務室に入る。


「じゃ、脱いでくるからちょっと待っててね」


 と傍の個室に姿を消すミズカ。

 裸を見せるのは平気なのに、脱ぐ姿は恥ずかしいから嫌なんだそうだ。変なの、よくわからないけど。

 その間、いつもだったら俺は手持ち無沙汰な感じでうろうろしながら、気持ちを固く持つために心の準備をしているところだ。というのも、こう、再び生々しくて申し訳ないのだが、ミズカの裸をずっと見続けるのは単純に辛いのだ。

 今みたいにスケベな妄想たきつけられた挙句に、何処か「押し倒してそのままいけるんじゃないか」と期待感を持たせる振る舞いに耐える辛さは健全な男性諸君ならわかるだろう。

 しかも遠慮なく体を密着しているし、その上殴られているという異常なシチュエーションが余計に辛いのだ。

 こんな事態にこんなことで悶々としている自分に本気でアホだなと思っているのだが、今日は別の意味で心の準備をする。


 もし、今回のギャンブルで負ければリョウコの手を借りる。

 これはもう決定事項だし、その件についてマナミもトモエも納得してくれた。


 リョウコ、思えば試験前からずっと会ってない。連絡は毎日取っているけど、俺も今こんな状態だから予定が合わないのだ。


 今抱えているもし問題が解決したらいっぱいデートして……。


 こう、近いうちに恋人として一段階進めばいいなぁとか思っている。


 だから俺はそういう精いっぱいの思いを込めて


――リョウコみたいな最高の彼女がいて、本当に幸せだよ、次のデート、本当に楽しみだよ!


 と連絡を送り、スマホを懐に仕舞い、


「お待たせ」


と裸のミズカが現れたのは同時だった。



「今日はどうするの?」


 痛めつけるといっても別に喧嘩をするわけじゃない、あくまでもコミュニケーションの一環だから俺は内心の覚悟隠しながらこうミズカに聞く。


「そうだなぁ、今日は一番ユウトの顔がしっかり見れる、馬乗りがいいかな」


 上機嫌にそういうミズカに俺は仰向けに寝転ぶと、またがってきて丁度俺を腹部で挟む形になる。

 見上げるミズカは、既に煽情的な笑みを浮かべている。


 その同世代とは思えない艶気に毎度見とれてしまうが目を閉じて雑念を追い払い、ミズカも悩ましげに息を吐くと。


「はっ!」


 ミズカはそのままの呼吸で拳を振り上げ打ち下ろし。


 その拳は俺の顔面には届かず、掌で止めた。



 拳を掌で受け止められた格好になったミズカではあったが、その顔に動揺はない。むしろそういうことかと合点がいった顔をしている。


「ふうん、2人の姿が見えないから何を企んでいるのかなってずっと思っていたけど、これがその第一の手だと解釈していいの?」


 問いかけるミズカ、そう、普段はミズカの遊びには3人で一緒にいつも向い、遊びの最中には傍で見守り、終わったら手当てをするという流れなのだが、ミズカと出会った時から俺はずっと1人だったのだ。

 俺は当然であろうミズカの問いかけに答える。


「正解と言えば正解だけど、おそらくミズカの予想は外れていると思うけどね」

「?」


 俺の言葉をいまいち理解していない形のミズカ、警戒はしていたみたいだけど、おそらく不意打ちか何らかの攻撃の策を練っていると思ったのだろう。

 だが、悪いがそれは大外れだ。


 俺のギャンブルは、俺しか知らないのだから。


「…………」


 恐怖に一瞬我に返りそうになるのを必死で抑える。


 だが俺は決めたのだ、今更引き返してなるものか。


(リョウコ!)


 俺は愛しい人の顔を思い浮かべて覚悟を決める。


 俺はミズカの両手を優しく掴む、抵抗されると思ったのか、ミズカは厳しい一瞬視線を向けるが、それにしては力が全く入っていないことに訝しげな顔を浮かべる。


 抵抗なんてもちろんしない、俺はそのままミズカの両手を。


 自分の首に添えた。



「…………」


 今度こそミズカは正真正銘驚いた顔をする。


「……………………なんのつもり?」


 平静を装うが、装うとわかるほどに動揺した顔をしている、それでも何とか俺の首に両手を添えながら余裕を崩さず問いかけてくるミズカ。

 その問いについて俺はこう答える。


「分からない?」


 挑発的に見返す俺に、不愉快な様子のミズカ。


「殺していいよって以外の意味があるのなら、教えてほしいね」

「それ以外の意味にならないでしょ」

「…………」


 俺の言葉自体を聞き間違いか、解釈の違いかと思って考え込むミズカ。俺は再びミズカに言葉を放つ。


「だから、そのまま殺していいよって言ったのさ」

「…………」


 今度は聞き間違いでもなく解釈の違いでもないとミズカは理解はしたものの、当然のごとくうのみにするわけではなく何か裏があると考えて俺の真意を探る。


「もう一度聞く、なんのつもり?」

「何のつもりも何も、だから言ったでしょ、殺していいよって、えっと、こういった方が分かやすいかな?」


 考えるふりをして、しっかりとミズカの目を見て言い放つ。


「ミズカの愛情を受け入れると言ったの」


 俺の言葉にミズカは内容を理解しつつもありえないとばかりに首を振る。


「……条件は何?」

「ぷっ!」


 あははと、思わず吹き出して笑ってしまったが、当然真剣に聞いているミズカからすれば不愉快な対応になる。


「ごめん、バカにするつもりはないよ、条件か~、うーん、俺のことを殺した後もリョウコを含めた3人にちょっかいは出さないでほしいぐらいかなぁ」

「…………」


 まだ信じられない様子、思えば信じてもらえないことを想定しておらず、その場合どうやって信じてもらうのかその算段をしていなかった。

 そんな俺の軽い態度にハッタリだと思ったのか、少しだけ余裕を取り戻すミズカ。


「手を出さないでほしいか、健気よねぇ、まあいいわ、となれば報酬は前払いだね、そうだユウト、男の人が悦ぶテクニックなんて知らないから、教えてほしいのだけど」

「あ、処女はいらないよ、浮気になるからね」

「う、浮気って、殺されたら死ぬんでしょ? ならいいじゃない、別に寿にチクらないし、というよりも、それどころじゃないと思うんだけど」

「だからいらないってば」


 と殺す殺さないの話をしているのに呑気な会話を繰り広げている、軽い態度でありながらも頑なな俺にミズカは困惑しながらも会話をつないでいる。


「傷つくなぁ、これでも身も心も乙女なんだよ?」

「駄目だよ、これは譲れない、まあ、童貞のまま死ぬのはちょっとなぁとか、考えたけどさ、ミズカは可愛いし、魅力は凄いあると思う、だから正直処女を貰うって少しだけ悩んだけど、やっぱりできないよね」

「…………」


 呑気の会話の中で一歩も引かない俺の姿、いよいよ俺の本気を理解したのかミズカの顔が強張る。


「…………納得できない」

「いや、そう言われても、繰り返すけどミズカは十分に魅力的で」


「そうじゃない!! 命を差し出す行為が納得できないの!!」


 叫ぶミズカに俺は困ってしまう。どうしたら納得できるのかは説得するしかない。


「最初に言ったじゃない、俺のできることならするって、でも俺を痛めつけることはその場しのぎにしかならないから、根本的な解決策にはなっていない。まあこれはすぐに分かったんだけど、流石に殺されるところまではすぐに決心がつかなくてさ、臆病なんて思わないでくれると嬉しいんだけど……」

「…………」


 俺の言葉に、今度は無表情になるミズカであったが。


「…………へえ」


 俺の覚悟を理解した上で、今度こそ「目の色が変わる」のを見届ける、ミズカは自分の愛情が満たされることに歓喜に震える表情を必死にこらえながら俺に話しかける。


「気持ちはありがとう、でもねやめた方がいいのよ」


 俺の首に両手を添えられている手に少しだけ力がこもる。


「一度殺意を発動したらもう止まらない、これは自分でもわかっているから、私は必死に我慢をしている、いい? 忠告はさいご……」


 と最後まで言わずミズカの目が見開く。


 俺は自分で力を込めて、ミズカの手を借りて首を絞めていたからだ。


「はやく、してくれよ、でないと、けっしんがにぶる……」


 俺の言葉に、


「ハハッ」


 とミズカの瞳から光が失われた瞬間、、、。


 両手にありったけの力が込められて、瞬間意識が膨れ上がるような遠ざかるような感覚、に襲われた。


 想像以上の苦しみに耐えるために渾身の力で拳を握りしめる。


「ぐっ、がっ、があ!」


 目の前の星が瞬間に増え続け、自分の首を絞め続けている視界が虹色に染まり、それが少しづつ暗転していく。


「…………」


 呻き声すら出ない、徐々に、少しずつ苦しみが薄れてきて、気が付いたら、握りしめていた手がしびれて、空いていたことに気付かず。


 視界が全て真っ黒に染まって……。


 グルンと、世界が反転した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 一目ぼれ、これについては相性のいい遺伝子が惹かれ合うなんて説があって、それを最初に聞いた時に信じたっけ、んで、後でこれは科学的根拠のない俗説だってことも知って、がっかりもしたっけ。

 それでも中学生の時は割と本気で信じていたけど、何処か現実味のないものであることも確かだった。


 でも一目ぼれは自分の好みのタイプって単純に解釈すればいいような気がする。いわゆる「同類」ってことなのか、俺も、なんかそれはちょっと嫌かなぁ。

 俺にとっての3人の関係の始まりは、それぞれにインパクトが強力で一生忘れることはできないだろう。


 マナミは、初対面で勝手に布団に潜り込んできた。

 トモエは、初対面でいきなり横っ面をひっぱたいてきた。


 その理由が「一目ぼれしたから」なんて、最初は信じられなかった、気持ちに嘘はないと分かった後だって信じられなかった。


 もちろん複数の美少女に想いを寄せられるなんて都合のいい妄想をしたことがなかったなんてのは嘘になる、年頃の男子高校生らしく、そこは普通に妄想するさ。


 でもそれは自分にとって「ファンタジー」だと思ったからこそ信じられなかった、何か裏があるかもしれない、正直そう思っていた。


 それはリョウコと付き合うようになってからだって続いた。リョウコが俺の彼女になってくれた後だってそうだ、リョウコだってどうして俺なんだと思った。

 結果、3人は他人には絶対に理解されないであろう苦しみを抱えていて、それを俺なら受け止めてくれるというものだった。


 俺がその期待に応えているのは正直分からない、今だってわからない。



 ……………………………………………………………………………………………………。


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 ………………。




 ………。




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 ………………。






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 …。






































「げほぁっ!」


 突然訪れた胸の圧迫感で一気に目を見開く。


 目の前の星が一気に晴れて見開いた視界。


 最初にうつったのは、武骨な模様。


 痛いぐらいに断続的に襲い掛かる胸の圧迫感。


 その圧迫感に耐え切れず、なんだろうと思って、視線を移すと泣きじゃくりながら俺に心臓マッサージをする女の子の姿が目に入る。


 その次に飛び込んできたのは同じように泣きじゃくりながら俺に人工呼吸をする女子の姿だった。


 虚ろな、スモークガラスを通してみるような世界が、少しづつ少しづつ、線をはっきりと結んでくる。


 と思ったら、今度は2人の女子達は、はっとした顔をすると、今度はペチペチと……なんて優しいもんじゃない、かなり強くバシバシと叩いてきた。


 なんだよ、なにするんだよ、叩かれることなんて何もしてないのに。


「痛いよ、辞めてくれ」


 俺の言葉に、はっとした表情で2人は離れると再び涙をポロポロと流し。覚醒したことを知ったのか2人は思いっきり抱き着いてきた。


「バカ!! どうしてこんな無茶するの!!」

「そうだよ!! 信じられない!!」


 2人が本気で怒っているのを理解して。


 ここでやっと線が完全に結ばれて、俺に抱き着いている2人が、マナミとトモエだということに理解が及ぶ。


 何故2人が、抱き着いてきたのか真剣に悩み、やっとそれが俺の指示であることを思い出し。


 やっと2人が本当の2人であることを今更ながらに理解して。


 ここが変わらぬ廃工場であることが分かって。


 ああそうかと、やっと今の状況を正確に理解した。


(賭けに勝った……)


 俺は横で、呆然と座り込んでいるミズカを見ながら胸を撫で下ろしたのであった。



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