シーシュポスの岩・後編
――明日の午後1時でいつもの噴水広場で!!
とラインのメッセージが昨日の夜に届き、それに「いいよ」と返事をして、噴水広場に歩いて向かっている。
ちなみに、あの後もあれだけのことがあったのにも関わらず、こうやって遊ぶことは続けていることになった。
というのも、例のやり取りのあとのことなのだけど
――約束を果たすと言ったのだから果たしてもらおうか
との意味不明な強気な連絡がきっかけだった。
無理をしなくても、別に愛情表現だけでもいいよと返したら
――セフレみたいで物足りない
と凄い返信が返ってきた。
うん、女の子にこういうこと言われると何も言えなくなるよね。
という訳で、前と同じようにミズカと一緒に遊ぶようになったものの、愛情表現は毎回来るという訳ではなく、必要な時にはいつもの笑顔で誘ってくる。
その愛情表現に備えて、ミズカが提示してくれた条件の元質問を考え、痛む体を引きずりながら帰宅、質問の回答を検討し、次のミズカの求めを待つ日々だ。
さて今日はその求めはあるのかなと考えながら、待ち合わせ時間の少し前に到着すると、既にミズカが座って待っていた。
俺の姿を認めると嬉しそうに立って近寄ってきた。意外、だと思ってしまうのは、いつも俺の方が先に来ているからだった。
「えっと、待った?」
「ふふっ、ううん、今来たとこ」
とベッタベタなカップルのやり取りを恥ずかしげもなく、いや言ってから気付いた形になるから今は凄い恥ずかしいけど、やりとりをする俺達。
俺とミズカは2人して一緒に、その後例のカップルカフェでお茶をしたり、カラオケに行って歌い方をミズカから教わったりしている。
傍から見れば俺たちの本当の関係なんて絶対にわからないだろうなぁ。
なんか約束果たすという割には、いまいち締まらない展開ではあるものの、今のミズカの笑顔は本当に嬉しそうに見える。
女の子は本当に何を考えているのかわからないけど、まずは自分のやるべきことをやろうと、今日はいつものカフェにでも入ろうかなと思った時だった。
「あれ~、手計?」
という声に振り向いた先にいたのは。
「ああやっぱり、手計じゃん、偶然~」
といったのはミズカがクラスでいつもつるんでいる同類達だった。
ミズカの同類達は露骨に俺をジロジロと見るとクスクス笑っており、「ふぅん~」とこれ見よがしに感心するふりをして、何やら3人でコソコソ盛り上がっている。
(こいつら……)
この様子だと多分ミズカの待ち合わせ相手が誰なのか観察してたな、それが俺だと分かったから近づいてきたわけか……。
(感じ悪い……)
ま、ここで腹を立てては相手の思うつぼ、ここで俺はフェードアウトした方がいいだろう。露骨に値踏みして価値を決める、まあ正直、あまり好きな女子達じゃない。
それに向こうからして俺は「ぶりっ子に騙されるレベルの低い男」だからな。
それにしてもこんな感じで余裕でびっくりだ、ああいう目線ってリョウコと付き合う前はかなり不愉快で苛立たしいものだったのに。
俺は隣に立っているミズカに小声で話しかける。
「好きに言っていいぜ、キープとか、遊びとか、財布代わりだとか、何でもいいさ、男と一緒で女にもメンツってものがあるんだろ?」
小声での俺の台詞に、ミズカは首を少し動かし強い目力で見てきた。
(え? なに?)
なんだろう、睨まれているんだか分からない目で見られてる感じで、どうしたらいいのかわからないんだけど。
そんな俺の動揺をよそに、ミズカは俺から視線を外し同類達を見据えた時だった。
「お言葉に甘えまして、好きに言わせてもらうね」
と言った直後、ギュッと俺の手を体で包み込むと、真剣な表情ではっきりと同類たちに告げる。
「そうだよ、私達付き合ってるの」
(ええ!?)
という声が出そうになるのを必死でこらえてミズカを見るが、同類達も同じだったようでミズカを見て固まっている。
「自分でもびっくりなんけどね、今じゃ美少年系が好きとか言ってた時が恥ずかしいぐらいだよ、まあでもアンタ達の反応は分かるし、しょうがないかなとは思うかな」
と堂々と言い放つミズカであり、顔を引きつらせる同類たちであったが、「そうなんだ、お幸せに」と、何故か悔しい表情を見せながら立ち去った。
「はあ、びっくりした」
姿が見えなくなってどっと疲れたが襲ってきて思わず出てしまう言葉にジト目でミズカに見られた。
「それはこっちの台詞、キョドりすぎ、こっちがヒヤヒヤした」
だそうだ。それにしても今のやたら疲れるやり取りを普段からしているのか。
「凄いよな、ミズカって、色々と」
「んー、いい加減嫌になっているんだけどね」
「はは、というかあんなこと言って大丈夫なのか?」
「ん? 中身をしっかりと好きになるってのも女のメンツが立つの、普通の女には気付かないっていう優越感もあるからね~」
「…………」
つまり、あの同類たちに俺をもって「中身を好きになる」って言うとメンツが立つということか、好きに言っていいぜとは言ったが本当に好きに言ったわけか。
「ははっ、ふふっ、本当に性格悪いなぁ」
思わず笑ってしまった。なるほど、これを毎日のように続けていれば、こうやっていろいろ逞しくなるわけか。
「笑うところなの? 普通は怒るところじゃないの?」
「いや、そこらへんは余裕をもって見れるようにはなっているんだよ、リョウコ達のおかげでね」
「……そう」
あれ、なんだろう、今の変な間は、と思った時だった、ピンク色の舌をちろっと出しながら、いつもの人差し指を唇に添える。
「ごめん、ユウトを見てたら体がジンジンしてきた、今日もいい?」
艶っぽく言ってくれるのが本当に艶っぽい意味なら嬉しいかもだけど、
そのあと、変わらず俺の心身共に何とかなる程度で痛めつけてくれたのだった。
●
「さて、今日は何が聞きたいの?」
裸で見下ろすミズカにボロボロのまま見上げる俺。余程俺を痛めつけるのが快感なのか、ここのところ遊びのたびに求められるからいい加減こちらの消耗も激しい。
ちなみに最初に許可してくれた質問の件についてだがこれは言葉に甘えて色々聞いた、生い立ちから家族構成まで、スリーサイズは聞かなかったけど。
「そろそろエロい質問してくれないの? あんまり興味ない振りされるのも傷つくよ」
と不満げに頬を膨らせるミズカであったものの。
「…………」
俺はそれに何も答えられない。
マナミは学校生活を通じて脅しをかけた女子達に間接的に情報を収集するも、色々探るも特に手掛かりなし。
トモエもラクロス部の面々をたどってみても一向に手掛かりはなし。
となれば手掛かりは家庭環境に何かがあると当たりをつけて質問を続けた。
父親はいわゆる東京大学法学部を卒業したキャリア官僚、母親も名家の次女で高級住宅街に住居を構え経済的に恵まれている。
兄弟は上に兄1人姉1人がいる。兄は父親の跡を継ぎ同じ東大法学部を卒業してのキャリア官僚、姉は有名私立大学を卒業して一流の商社勤務とまさに絵に描いたようなエリート一家であった。
ミズカ自身の指定校推薦狙いもいわゆる「姉と同じ大学なら」という条件の元許可されており、落ちた場合は受験をして、落ちた場合は浪人するように言われているという。
徹底した学歴主義の家ではあるものの「学歴が全てではない、というのは理想であり幻想である」という考え方なのだそうだ。
ちなみにエリートというといつも偉そうにふんぞり返るだけで暇というのは大きな間違いで、民間でも公務員でも実業家でも生活の全てをささげる生活をしなければならず、その引き換えに高い社会的地位が手に入るのだという。
だから彼女は物心ついた時から今の今までずっと1人だった、本当ならそのあたりに原因がありそうなものであり、実際それが原因だった。
だが彼女にとってそれは「普通」であり寂しいとすら思わず、むしろ1人で色々な遊びを生み出しては楽しく遊んでいたのだそうだ。
彼女の二重人格も、最初は外への恐怖心からだったらしい。
だが結果これも1人で遊ぶための副産物としての立位置であり、結果それすらも適用することになって、彼女自身もまたそれを受け入れて「うまくやっている」ということになる。
むしろ幼いころからの1人遊びは彼女の精神的タフさを鍛える基盤となったのだ。
結果、冗談ではなくエロい質問ぐらいしかすることが無くなったことに笑うしかないのが今の状況だ。
それも分かっているミズカは、両手で胸を強調するように俺に近づいてくる。
「ほれほれ、ここまで我慢してくれたお礼に、すこーしだけなら胸を触ることを許可しようぞ」
そんなミズカの問いに、ぐったりと壁に寄りかかるように座っている俺は首を振るしかない。
「駄目、だよ、浮気に、なる」
「つまんなーい」
と言いながら俺を見ながらうろうろするミズカ。
つまり、結論を出さなければいけないのか……。
「もうわかっているでしょ?」
そっと、俺の内心を見透かしたような冷えるような言葉で問いかけるミズカ。
もうわかっている、そうだ、もうわかっているんだ。
俺も「分かっている」ということを理解した上でミズカは続ける。
「いちいち長い時間かけて避けてたよね? 私にエロい質問する前に一つだけあるでしょ、質問というよりも確認作業が、ね?」
わざと声を大きくして言い放つミズカにマナミとトモエの何のことかと表情を向けて、それを確認したミズカは話しかけてくる。
「あらあら、2人はまだ気づかないの? はっきり言って茶番なのだよ、ま、最初に積極的に私に対してコンタクトを取ってきたこと自体は意外だったから、そこだけは合格、だけど結論を先延ばしにするのは気に入らないね」
「…………」
確認作業、もうここまで来れば、今回の問題点の「元凶」は明らかだ。
先延ばししてよくなることもある、時間が解決してくれることもあるが、別の解決手段が見つかることもあるが、それは望めないとミズカは暗に言っている。
俺はその確認作業をミズカに問いかけた。
「2人が2人して存在を告げて堂々と姿を現すのは初めて?」
俺の質問にミズカは満足そうに微笑む。
「初めてです、だから本当にありがとう、伊勢原ユウト君」
ミズカは、用は済んだとばかりに、服を着て「じゃあね~」と上機嫌で手を振って去って言った。
●
「ユウト君、今のは、どういうことなの?」
ミズカがいなくなったのを確認したマナミが恐る恐る訪ねてくる。
どういうこと、というについて聞かれて俺は言うべきが少し考えたがもう結論を出してもいいだろうと判断して俺は話し始める。
「ミズカはそもそも自分の愛が受け入れられないという事実に悩んではいたものの、現実生活を営んでく上でうまく折り合いをつけていたってのは分かるよね?」
俺の言葉に2人は頷き、それを見た俺は復習も兼ねてもう一度最初から説明する。
彼女にとって一方通行の愛は悩みつつもいつまでも変わらない現実であったということだし、ひょっとしたらいずれ一方通行ではない恋愛関係だって探せたかもしれない。そのレベルにまで折り合いをつけていた。
つまり彼女にとっては一方通行の愛が実現できる相手とは「白馬の王子様」的存在、つまり「理想ではあるが現実ではない」というものだった。
だが、その理想は中学時代の友人であるリョウコに彼氏ができたという噂を聞いたことにより再び首をもたげることになる。
しかもリョウコの通っている学校が何者かに爆破され、臨時転校してきたマナミの噂、これはひょっとしてとミズカは思い、リョウコとマナミについて情報を収集を始め、最終的に俺たちの関係を理解した。
結果、彼女の理想は現実として実現することになった。
つまり一方通行の愛が実現できるかもしれない存在が今回の「元凶」だ。
「「…………」」
話し終えた俺に2人は絶句している。
そう、今回の元凶は誰でもない。
「俺だったってことだよ」
2人が堂々と存在を告げて姿を見せるのは初めて。つまり今の状況、愛情を受け入れてくれる状況もまた初めてだということだ。
以上の結論を告げると、マナミが崩れ落ちるた。
「なら解決策なんてないじゃない! どうすればいいの! やっぱりあの女殺す! 刺し違えても殺す!」
トモエもこぶしを握り締めながら絞り出すように声を出す。
「やっぱり物理的に排除する! それしかない!」
殺す殺すと息巻く2人。
俺は2人を見ながらこんなことを思っていた。
(ある……解決策は……ある……)
●
今回の問題の解決策、思えば最初から提示されていたのだ。
このままだと完全にじり貧、トリガーが自分であるのなら、この解決策を実行するしかない状況に追い込まれたのだ。
ミズカだってそれを分かっていながら結論を先延ばしにしていた俺を見て、その結論を理解してどう先に進むかを問いかけてきたのだろう。
(だがミズカ自身、自分でも気づいていないであろう矛盾点がある)
そしてそれに賭けてみる価値は十分にある。
この賭けに勝てば、全て解決するのだ。
ただこの解決策を行うにあたり無策ではだめだ、そのためには2人の協力が必要不可欠だ。
俺は息巻く2人に近づくとすっと抱き寄せる。
「「ふえっ!!」」
思えば俺から抱き寄せるなんてことはしたことなかったから、2人は相当に驚いたようで変な言葉も出しながらもされるがままに固まり、固まっている2人に俺は問いかける。
「2人ともさ、俺を信じてくれるか?」
「「もちろんだよ!」」
即答、こんなにも自信をもって答えてくれるのは、本当にありがたい。
「ならば、一つ作戦がある」
俺のこの言葉に驚いて顔だけ放すと俺の顔をじっと見つめる、本当にあるのかという顔だ。
「作戦内容については言えない、だけど俺の言うことをなにも疑わずに実行すること、要は俺を信じてくれること、出来る?」
「「できる!」」
2人は再び力強く答えてくれた。
2人の答えに感謝しながら、俺の言うこと、と言っても2人いやってもらうことはたった一つだけど、それだけ伝える。
俺の指示事項のあまりに簡単なことに2人は一瞬キョトンとしたものの。
「「…………」」
言い知れぬ不安感を感じたのだろう、体をこわばらせる。
だがこれで何かを問いかけるのは「疑わずに信じる」ことに反するとも理解してくれたのか何も言わず承諾してくれた。
この言い知れぬ不安感は正しい。
俺はあえて「作戦」なんて言葉を使ったが……。
(そんな上等なものじゃない、これは一か八かのギャンブルだ!)
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キャラクターファイル‐4
手計ミズカ(てばか みずか) 手墓ミズカ(てばか みずか)
能力値
顔B 体B 運動能力A 勉学B 女子力C
解説
彼女は、自分の容姿を含めた能力というものについて過大評価もせず過小評価もしない、つまり傲慢でもなく卑屈でもないという、コンプレックスというコンプレックスも克服した、常人離れした自意識を持っている。
例えば彼女は、寿、小ケ谷、城下の3人と比べて、小ケ谷では顔、城下とは体、そして寿では全てが自分より上であると理解し、彼女は策を弄し勝利を掴む努力をする。
そんな彼女の、唯一常人離れした自意識と違うのは「愛情の一方通行」である。
彼女は考えるまでもなく、殺人が許されざる罪であることを自覚し、人生を終焉させるに相応の行為であり、果たせば一生の日陰者の人生を歩むであることは十分に承知している。
故に、彼女がもし愛情を発露させることがある時は、一方通行以外にほからないという結論は既に出ており、自己完結した異常性が彼女の本領である。
※A学校上位 B学年上位 Cクラス上位 Dクラス中位 Eクラス下位