シーシュポスの岩・前編
中学の時から毎回「中止にならないかなぁ」なんて願い続けていたものの結局中止にならずにしっかりと行われるイベントが中間期末テストであると俺は思う。
そして俺が臨時に通っている高校の3学期末テストもまた、願い虚しく特にトラブルもなく行われることになった。
無事行われることになったテストに、休むわけにもいかず顔面腫らした状態で登校した俺は、登校した瞬間にどうしたんだと矢継ぎ早に質問される羽目になって、挙句に喧嘩でもしたのかと、試験後に職員室に呼ばれる羽目になった。
滑って転んだなんて言い訳は当然通じないので、どうするかと考えた結果。
――カツアゲにあって、金を渡せないと言ったらボコられた、金は死守した。
というしょうもない言い訳で先生もクラスメイトも納得してもらった。
しかも試験の出来も散々だ、一夜漬けで何とかしようと思ったのに、勉強なんて当然することもできなかった、これは赤点補習もあり得るんじゃないかという出来に頭が痛くなる。
補習なんてことになったら親からどんな裁きが下るか分からない。俺が1人暮らしでも何とか平均を超えるようにして勉強をさぼらないのは、罰に容赦ないからだ。
一度1学期末に世界史で赤点を取ったら、8月の仕送りを0円にされた。結果夏休みは日雇バイトで糊口をしのぐ羽目になり、ろくに遊べなかったのだ。
まあ全面的に俺が悪いので文句は言えないが、それ以降はちゃんと勉強するようになったのだ。
「そういうわけで、俺は君に文句を言いたいわけですよ」
と顔を引きつさせているミズカを前に俺はこう言い放った。
●
試験中は例の遊びの誘いは来なかった。試験は試験ということで集中していたのか、身体的には無事に終わることができた。
あとは終業式が終われば、お待ちかねの冬休み。
試験終わりに羽を伸ばし、何処に遊びに行くかを算段するクラスメイトを横目に、俺はミズカを校舎裏に呼び出してこう言い放ったのだ。
警戒をしつつも、こっちが何を繰り出してくるのか何処か楽しみな様子のミズカにこういえば顔を引きつらせるのも頷ける。
彼女は俺の「戯言」に厳しい視線を送るが答えてくれた。
「普段からちゃんと勉強しておけば、試験前に特に追い込まなくても点は取れる仕組みになっているよ、自業自得ね」
「そう言われるとぐうの音も出ないね、おっしゃるとおりです」
「で、何の用?」
「何の用ってのはひどいな、約束忘れたの? 試験の最終日にカラオケ行くって約束したじゃないか?」
「…………」
ミズカはすぐには答えない、当然のごとく俺の真意を量っている。
「2人でカラオケね、今更だけど寿はいいの?」
「ん? 俺は公然と二股かけるうえに、ミズカと付き合っている同士みたいらしいぜ、だから何の不自然もないだろ」
「わあ、キモいなあ、ちょっと気がある素振りしただけで勘違する男って痛すぎるよね」
「大いにけっこう、俺は一度した約束は自分なりにでも何とかしようと思うからな、その過程でどう思われようと自由だよ」
「……約束?」
「それも忘れるとかひどいね、「手墓」のことでなんとかしてあげたいって、そのためになら出来る範囲だけど協力するって、結構な覚悟を持って言ったのにさ」
「…………」
ミズカは俺の言葉に何も言わず後ろを振り向き、眼前に広がる何もない場所をじっと見る。
物陰から発せられる殺気もしっかり感じ取っている。
「露骨すぎよね、まだ懲りないの?」
「だってわざとだもの、見ているぞってわかってもらわないとね」
「ふーん、やっぱり何かを仕掛けてきているってわけだね、そうだ、何が目的とかって聞いていい?」
挑発的なミズカの笑み、まあこれもどう答えるのかを楽しみにしているのだろうけど。
「いや、目的も何もないんだよ、いざとなったら俺をミズカから守ってもらうためだよ」
自分を指さしながらあっけらかんという俺に、ミズカは目をぱちくりさせる。
「うそでしょ、女2人に、自分を守ってくれって頼んだの!?」
「おうさ」
「…………」
「どうしたの? 何の不思議もないでしょ、俺はキモくて痛すぎる男なんだからさ」
「……ええ、それに「うざい」をプラスしてもらえるとより助かるわ」
「じゃあカラオケ行こうか、えっと、今はどっちなの?」
「……どっちというか、一つの体を共有している感覚だから、今までどおりでいいよ」
「分かった、えっとさ、これからのことなんだけどちょっといい?」
「……まだ何かあるの?」
あくまでペースを崩さない俺にミズカは困惑しつつ少しうんざりした様子を見せる。
「まあまあそんな顔しないで付き合ってよ、えっとね、約束を果たすために、ちょっといくつか突っ込んだ質問するから、失礼なこと聞いたらごめんね、ちなみに答えられないのなら答えなくていいよ」
「は? 私の弱点でも探るつもり?」
「ちがーう、ミズカのことをもっと知りたいのさ、そうしないと約束、果たせないでしょ」
「っ! ああ! そう! ありがとうね!」
度重なる俺の言葉にいい加減にとうんざりを通り越してイラつかせた様子のミズカであったものの、ああそうだとばかりにポンと手を叩く。
「知りたいのなら別にいいけど、タダじゃ嫌かな」
そんな「手墓」はいつものあざとい笑みを浮かべると、左の人差し指を唇に当てて微笑んだ。
●
「はあぁ~」
裸で俺にまたがりながら、熱い吐息を吐くミズカ。
「~~ってぇ」
一方で痛みに悶える俺。
傷の上にさらに傷をつけられるのは激痛を伴い、苦痛に顔が歪むが、ミズカはそんなことを全く意に介さず上機嫌に俺の唇にキスをする。
「あースッキリした、さて、何が聞きたいの?」
「そうだな、えっと、手計と手墓はどっちが主人格なの?」
「んー、どっちという訳じゃないよ、言ったでしょ、私たちは大大大親友なのだから、だから仲良くやっていているから、共有って感じだよ」
「なるほど、なら」
と言いかけたところで、唇に指を当てられた。
「質問に答えるのは一回につき一回だけ、その代わり何でも答えてあげる。例えばスリーサイズ、これを聞かれても「測ったことがないから分からない」なんてケチなことは言わない。気になるのならメジャーを持ってきてくれれば測らせてあげるよ、答えるとはそういうことね」
思ってもみないミズカの言葉に俺は本当なのかと顔を向けるが、今度はミズカが当たり前とばかりに頷く。
彼女はこういった場では嘘はつかない、質問に答えるにあたり協力もしてくれるという、これは普通に幸運だ。
「わかった、助かるよ」
こればかりには普通に感謝の意を含んだ俺の言葉にミズカはにっこりとほほ笑むと服を着ると、上機嫌で部屋を後にする。
そして部屋の出入口でずっと見ていたマナミとトモエに話しかけた。
「後はよろしくね2人とも、たっぷり慰めてあげてね、ユウトのことは愛しているけど、私の愛は一方通行だからさ、ユウトからの愛なんていらないの、それが一番楽なのに、みんなどうして分からないのかしら?」
「…………」
2人は何も答えない、そして何もしない、ミズカに挑発されても絶対に相手しないこと、これも俺の指示で、2人はやりすぎた時の防御のために動いてもらうことになっている。
それも理解しているのか反応がないことに特に反応もすることなく「じゃあね~」と上機嫌で廃工場を後にした。
「はあー」
ミズカがいなくなると、力がドッと抜ける。相当にきつい、肉体的というよりも精神的だ、だが今はまだ我慢できないわけじゃない、今は情報を収集する段階だ。それに怪我をするのは本当なら辛いけど。
「ほら、ユウト座って」
と2人が救急箱を取り出して手当てしてくれるのだから何とか頑張れる、今回のミズカの件は2人が支えてくれるのも本当に大きいのだ。
消毒液をガーゼに染み込ませてポンポンと傷口に当ててくれるトモエが俺に話しかけてきた。
「あのさ、寿には言ったの?」
やっぱり来たかと、いつかしてくるだろうなと思っていた質問をトモエがしてきた。
正直今回の打開策でそれは一番に考えた、ミズカ曰く、3人でかかれば戦況は五分に持っていけるとのことだし、それは事実だと思うけど。
「…………」
それを理解した上での沈黙でリョウコに伝えていないのは理解したのだろう「どうして?」と続けて質問してきた。もちろんちゃんとした理由はある。
「今回は暴力的解決は駄目だというのが理由だ。仮に暴力的に撃退したとしても、それは解決にはならない。それに下手をするとそれは彼女を傷つけるだけの行為になるかもしれないからだよ」
ミズカの問題は、リョウコ達の最終決戦という物理的なぶつかり合いで解決できない問題であるというのが俺の結論だ。
そしてそのミズカの問題解決方法を探るのが今の俺の目的であり。
(それを「確認するための悪あがき」でもあるんだよな)
まだ悪あがきであることは2人には言えないが、多分遠からず結論は出さざるを得ないだろう。
とはいえ悪あがきも無策という訳ではなく、それもまた確認作業の一つだし、ひょっとしたら何とかなるかもという都合のいい希望も持っている。
「それだけ?」
「え?」
トモエの思わぬ返しに俺は2人を見る。
「質問に答えているようで答えていないよ」
じっと、何かを確認するかのように2人は俺を見つめている。
(これは、バレてるな……)
リョウコに連絡しない理由か、まあもちろん物理的解決が解決にならないことも事実なんだけども、うん、この期に及んでまだと自分でもバカだと思うけど。
「まあ、そのー、あのー、こんな情けない姿、リョウコに見せたくないかなぁと」
今回もいろいろ失敗しておいて、2人を全力で頼るとか言っておきながらなんだと思うかもしれないが、こんな状況を見せるのは、こう、やっぱり嫌なのだ。
もちろんどうしようもなければ頼るけどそれは最終手段にしておきたい。
「「…………」」
俺の言葉に2人が表情を変えず黙っている、呆れているか怒っているのか、だよなぁと思ったら、すっと2人して抱き着いてきた。
「ちょちょ!」
「ありがと、嬉しい」
「嬉しいの!?」
俺の言葉に頷く2人、今の言葉の何処に2人が喜ばせる要素があったっけ、よくわからないけど。
そして2人は抱き着いた後、隙を狙ってキスをしようとしたからそこは押しのけた。