無雑清白純真無垢清純純白清浄純潔純情
「…………」
意識の覚醒はゆっくりと訪れたけど、最初目の前は真っ暗で何も見えないから自分が覚醒したことが分からなかった。
体を動かした時に連動するジャラジャラという金属音と両手両足首に体に感じる重みを感じてようやく自分が覚醒したことを理解したのだ。
まずは夜目を慣らす必要があると、自分でも不思議なぐらい動揺がなく、慣れるのを待ってからあたりを確認する。
俺の両手首足首には囚人がつけるような太い鉄製の手錠が一つずつはめられていて、地面から伸びている鉄パイプにもう片方がはめられており、一つの錠の鎖の長さは大体5メートルもある。
拘束、と言っていいのだろうけど、随分体の自由はきく、一応確認のために鎖をぐっと引っ張っても鉄パイプもしっかりと地面に縫い付けられているからびくともしない。
しかも冬だというのに十分に温かい、それがゆっくりと覚醒した理由だ、そしてこの何処か落ち着くような匂いはと、熱源に目を向けると石油ストーブまであった。
自由はきくけど逃げられない、声を上げたって無駄だろう、そこらへんは抜かりはないはずなのだから。
「……ここは」
廃工場だ、そうだ、見覚えがある、間違いない廃工場だ。リョウコとトモエとマナミが一戦交えた場所だ。
その中で事務室に使われていた部屋だろうか、机にホワイトボードがあるけど、片付け損ねたのか殺風景な部屋だ。
(ここまで来ると、もう偶然じゃないんだろうな)
あのプールの選定場所といい、やっぱりミズカは、とその時にふと気配を感じて、その方向に目を向けてみると。
「彼女」が椅子に座り、足を組んだ状態でこちらをじっと見ていた。
「…………」
見ていたというのは分かるのは、暗い場所で、体と顔をこちらに向けていることが分かったからだ。
どんな表情でこっちを見ているかなんてわからない、だから俺は彼女に話しかける。
「なんだ、いたんだ、びっくりしたよ」
「…………」
何も答えない、胡坐をかいている座た俺は彼女はじっと見つめ合っている形になる。
「これってどういうこと? ひょっとしてこれから愛の告白とか?」
「…………」
「黙ってちゃわかんないよ、女子って「察して」とかいうけど、俺はそういうの無理なんだよね、だから言ってくれないと分からないんだよ」
「…………」
何も言わない彼女、その時、窓から月明かりが洩れて、そこで初めて彼女の顔が照らされる。
彼女の目の光が失われていた状態でこっちを見ていた。
「……信じられない、今この状況でもって、やっぱり信じられないよ!!」
絞り出すような俺の反応を見てやっと彼女は目を細める。
「その感情、美しいね、他者を慈しむ優しさ、この世で最も尊い感情よね」
言葉切ると、足を組みかえる。
「とはいえ、優しさなんてものは、人ならば誰でも持つ感情であるが故に、本物かと問いは、問いと呼べるのか、この問いは誰でも股を開く淫売のように、その淫売に騙される男のように、脆き儚い物だ」
彼女はゆっくりと立ち上がり、座り込んでいる俺に近づくとナイフを手慣れ様子で取り出す。
「私は怯えていた、外界から逃走して、内なる世界にこもった、しかし内なる世界は生ぬるく、脆きに等しいものだった。そのために新たな意識が必要だった、必要な現実のために求めてやまないものを構築し、その構築した私は、そう、身軽な魂であり続けることができた、その安定こそが、私が求めたもので、だから私がすることはただ一つ」
ぴたりと止まると、凄惨な笑みを浮かべて。
無言で思いっきり振りかぶってその反動で振り下ろしてきた。
「…………」
少しだけ頬から流れる血の感覚、俺は目をそらさなかった、ひやりとした感触に息をのむ。表情からは本気がそうではないかは計り知れず、スライドさせれば、血が噴き出して、絶命するかもしれない。
彼女はさほど興味もない視線、これは「どちらでもよかった」という視線、俺がよけないことを見越しての茶番だと解したのか、表情を変えないままナイフを懐に仕舞う。
「傷つけられるかもしれないという恐怖だけで、やっぱり私に対するものではない、慣れているのか、あの女も私も一緒だったからか」
あの女、どういう感情が込められているかもわからない言葉に、それはマナミとトモエではないことは理解できた。
(リョウコ……)
「今、寿のことを考えたね?」
「…………」
「あの同類は私のことを全く気付かなかった、中学時代、「友人」同士だったあの同類女はこういったよ「私は自分の中身を好きになってくれる男の子が好きかな」とね」
彼女は立ち上がり、咆哮する。
「そんなものいるわけないだろう!!! お前の腐った中身を!!! 私と同じ中身を!!!」
咆哮のあと、はあと、放心する彼女。
とすぐにぐっと、俺の鼻先にじっと顔を近づけてくる。吐息を感じる距離だ。
彼女が誰なのか、もうわかる、だからその名前を呼ぼうとした時だった。
「君が小城さんか、なんて、陳腐なセリフは言わないでよ」
先に言われた形となって、二の句が継げなくなってしまう。
「その名前には何の意味もなさない、だけど気づかない、そこが落胆、いや、名前については、偽名を疑うというより、疑う必要すらなかったと、つまり問題にしていなかったと解釈できる」
彼女はクスクス笑うと耳元で囁いた。
「小ケ谷、城下に、マナミ、トモエ、小城マト」
彼女の言葉に俺は大事なことを思い出した。
「って、そうだ! マナミとトモエ! 彼女たちはどうしている!?」
「…………」
俺の言葉につまらなそうにしている彼女であったが、すっと再び俺と正対する形になる。答えるつもりはないようだが、自分を当ててみろということだろうか。
「……君は、ミズカ、いや手計さんのもう1人の」
「ちっちっち、違うよ、「アクセント」が、違うわねぇ」
彼女はスカートをつまむと深々とおじぎをする。
「手墓ミズカです、初めまして」
「?」
俺のキョトンとした反応に彼女は俺の手を取り、書いて説明してくれる。
「左手の手に、お墓の墓、手墓よ」
「てばか、むぐっ!」
急にミズカに唇をふさがれて、突然のことで何をされたか分からないまま、すぐに離れる。
「はあぁ……」
突然のことで何が何だか分からず、手墓はうっとりとした顔で自分を見ている。
「私たちは身軽な魂、だけど、それもまた所詮妄念、妄執、妄言であった。同類の化け物は同類と見抜けない。そこで生まれた現実への憧憬、そのために生み出した簡易なる媚びを売る女、社会的生へとしがみつく哀れな姿、しがらみはより面倒となったけど、やっと会えた運命なる人」
幸せそうに俺を見ながら自分を語る
もう疑いようはない、彼女は……。
(二重人格者……)
自分を語り終えた手墓ミズカは、憑き物が落ちたような表情を見せるやっといつもの同年代の表情に戻り、かがんで両手で俺の頬を優しく包む。
「ねえユウト、私が苦しんでいた、それを理解してくれた、それは嘘じゃないってすぐに信じられた、でもね、受け入れてくれることは全然信じてないの、何故だか分かる?」
「…………」
「わからないよね? でもね、ここでもし分かったら、もしその私の苦しみを受け止めてくれるのなら、私の処女をあげる、意外? 意外でしょ? 二股かけたとか男をとっかえひっかえしているとかの噂があるのにね、そうそう、それって私がいつもつるんでいるあのグループの女共が流しているんだけどさ、ほんと忌々しいよね、まあほら、そこはお互い様なんだよ? 嫌だよね~、あそうそう、話がずれたよね、だから私は実は処女なんだよ、信じてくれなくてもいいけどさ、でもね、自分の苦しみを受け止めてくれるのなら、私はその人にあげたいの、でもね、かなわないの、どうしてかなぁ」
屈託なくニコニコ話すミズカをじっと見つめる。
「君の苦しみは、好きな人を殺したくなること、だからかなわない」
「ど、どうして!?」
俺の回答に、ミズカは自分で聞いておいてびっくりしたようだった。
「そのまま言葉を受け止めただけだよ、手墓さんの言葉は、俺の能力不足というよりも、現実的ではない、って意味だと思ったら答えが出た、正解だったようでなによりだ」
「……本当に動じていないのね、でもそこだけは流石だと言っておくよ」
「それよりもさっきの続きだ、マナミとトモエは、どこにいるんだ?」
「…………ふぅん」
俺の質問にミズカは再びつまらなそうな顔をしている。
「他に聞くことはないの? 自分たちのことはいつから知っていたのとかさ」
「いつかについては、多分なんだけど、その忌々しいグループからリョウコに彼氏がいるって聞いた時じゃない?」
「…………」
「同類に彼氏ができるってのは可能性は二つ、普通であるか、異常であるか。その時にちょうど俺たちが転校してきてマナミの噂を聞いて、ひょっとしてリョウコの彼氏が俺じゃないかと考えて、色々調べ上げた結果それが事実であると判明、その後も俺たちのことを全て調べて、俺たちに接触したんだろ?」
俺の言葉に手墓は、探るような目で俺を見る。
「……貴方は鈍い男じゃないの?」
「鈍いであってるよ、俺はマナミ達とミズカがぶつかりあって変化があれば、なんて能天気に考えていたぐらいだからな、でも俺なりに必死でリョウコ達のことを考えていたから、どういう理屈かとかどういう動きかとか分かるようになったってだけだよ」
「……ふぅん、意外と楽しいね、そうだ、ご褒美を上げないとね」
と妖艶に微笑んだミズカは、そのままするすると衣服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となった。
「いいでしょ? 男は本当に女の裸好きだものね、後でちゃんと処女はあげるから、少し待っていてね」
と言いながら、俺から少し離れる、と暗闇に姿が見えなくなった瞬間、パチリという音ともに電気をつける。
「マナミ! トモエ!」
俺より10メートル先の柱で、俺と同じように拘束されている2人がいたが。
だがぐったりとしていて、全く動かない。
まさかと思ったが、胸のあたりが上下している、良かった生きているみたいだ。
「てんで話にならなかった、よくこれで私を排除しようとしたよね」
そう言いながらバケツを拾うと水場に持っていき蛇口で水を溜める。
ゆっくりとバケツを片手で軽々と持つと、ぐったりしている2人に思いっきり水をぶっかけた。
「っ!」
その光景を見てガチャリと鎖がこすれる音でハッと頭が冷える、掴みかかろうとしてしまった行動を自覚する。
「きゃっ、こわ~い♪」
と余裕の笑みを崩さないままミズカは2人に視線を送る。
「う、うう」
ボンヤリと2人は縛られたまま目を開けて、意識を取り戻すと俺とミズカの姿を見て、トモエは、裸の手計を見て小馬鹿したように笑った。
「へえ、裸で男を落とそうってことか、流石淫乱女は単純明快、ユウト、後でたっぷりと全裸で甘えてあげるから、我慢しててね」
マナミも同調したように笑った。
「胸の形が悪いわね、腰も細いように見えてガリガリじゃない、ダイエットの失敗ざまあないわ、しかもヘアが凄い毛深いね、ユウト君、私はいざという時に備えてちゃんとケアはしっかりしているから安心してね」
2人の言葉を受けて、ミズカは愉快そうに笑うとそのまま窓際まで下がる。
「じゃあ2人とも、言葉通りユウトに近づいてトロトロになるまで甘えて、ちゃんとケアをしているのを見せることを許すわ、届くでしょ? ちゃんと長さを考えて拘束したのだから」
すっと、後ろに下がるミズカだったものの、なぜか2人は近づいてこない、嫌がるではなく、なんだろう、あの表情は。
「ふふっ、羞恥だよ、ははっ、ユウト」
ミズカはこらえきれないようで高笑いする。
「あははっははははぁ!! そうよね~! お風呂に入っていないから匂いを気にするよね! 嫌だよね~! 女とは常にいい香りを漂わせるもの! これが女の腕であり意地であり矜持でもあるものね! キャッ、言っちゃった♪」
おでこにコツンと拳を当てるミズカに屈辱に顔をゆがめながらトモエが返す。
「貴方みたいなタイプって本当に笑えない冗談が好きよね」
「いいえ、私は笑えない冗談は言わない主義なのよ」
そう言い終わるとミズカはじっと待っている。
なんだろう、そういえば彼女が言ったとおり、あの2人も俺のように余裕をもって拘束されていて、その長さは俺よりもずっと長い。
まさか……。
「ほらどうしたの? もう一度言った方がいいかしら? 私はユウトに処女を捧げるの、対価はユウトの命、彼の命と貞操を守り切れるかどうかは貴方達の頑張りにかかっているのよ? たーいへーん、知ってる? 王子と姫の関係って、王子が姫のためにではなくて姫が王子のために戦う話の方が多いのよ」
「…………ふざけんな」
ジャラと鎖の音を立てながら、音叉の声を放ちながら、よろよろと立ち上がるトモエ、よく見ればカエストスを身に着けていた。
ファイティングポーズを構えるトモエに悠然とミズカは歩み寄る。
「しっ!」
というジャブを手に取ると、トモエの体は回転すると同時に、
「~~~っっっっっ!!」
ドスンとという音ともに叩きつけられた。
「へえ、まだちゃんと受け身が取れるんだ、流石よね、ボクシングに受け身はなかったはずなのに、誰も教えられていないはずなのに、運動神経は評判通り、でも小ケ谷さんはもう限界みたいだけどね」
確かにマナミは体を横たえて力なく睨みつけるだけだ。
で、でも今の戦い方は、な、なんだ、一瞬何をされたのか、こう自分から倒れにいったように見えたが。
俺の疑問を察したかくるりと俺の方を振り返る。
「とある合気道の達人にこう質問しました「合気道で最強の技は何ですか?」その達人はこう答えました「相手と友達になること」だと」
ミズカの言葉、知っている、有名な「合気道」の達人の言葉だ、ミズカは再び倒れているトモエににっこりと手を差し出す。
「私同類は仲良くなれると思うの」
「…………」
睨み返すだけでピクリとも動かない、あれは消耗しているからだ。
その様子に再び歪に表情をゆがめてミズカは嗤う。
「はっはっはっは、あーーーっはっはっは! 面白いでしょ!! 私は笑える冗談が大好きなのよ!!!!」
狂ったように笑う彼女ではあったが、満足したのかひとしきり笑うとピタッと止まる。うろうろ歩くと、2人の傍にいくと。
「まだ回復しないの?」
じっと見下ろしていた。
ここで俺は少し頭が冷えて考えていた、ミズカと2人の慣れたようなやり取りは、思えば2人に最後に会ったのは……。
「ひたすら嬲っていたのか?」
愕然とする絶望感が俺を襲う。
「そんな目で見ないでよぉ、ぷんぷん……って、意外とこの手のベッタベタなぶりっ子ってバリエーション難しいんだよね、しかも飽きてきたなぁ」
ミズカは俺の質問に答えずつかつかマナミとトモエの2人の元へ歩くと。
「んーとね、たった一つだけ解けない謎があるのよね~」
ミズカはそれぞれの手で2人の髪を掴む形で頭を上げさせると問いかけた。
「貴方達2人じゃ勝てないのは分かっているはずなのに、どうして寿リョウコを呼ばないの?」
「「…………」」
2人は答えない、ミズカはさらに続ける。
「お互い憎み合っているけど連携するとその力は倍どころか二乗で強くなる、正直言えば3人同時の相手は勝てる見込みは五分ってところなのに、どうして?」
ミズカの言葉に2人は憎しみの表情を浮かべながら黙り、ミズカはペロッと舌を出すと愉快とばかりに俺を見つめながら答える。
「ごめんなさい~、そうよね~、リョウコはユウトの彼女だものね、本命だものね、ユウトは優しいからみんなに感謝するだろうけど、でもリョウコに一番に感謝しちゃうよね、ポイント、稼ぎたいものね、高校が違う今がチャンスだもんね」
2人は消耗しきっているのかミズカを見上げるだけ、もうこれ以上相手をしても先はないと思ったのか立ち上がる。
「つまんなぁい、まあいいわ、私の処女を奪ってもらうから、自分の無力さをかみしめてなさいな」
ミズカはニコニコしながら近づいてくる。
一連のミズカの行動を、他人事のように見ていた俺は、近づいてくるミズカを見ながら、俺はこれから二つの意味で襲われてしまうか、なんてたいして面白くもないことを考えていた。
俺は怒りも悔しさを通り越して無力さを感じていた。
だからこそ、であるはずなのに次に出てきた言葉は自分でも驚いた。
「あのさ、取引しない?」
ミズカの足がピタッと止まる、話を聞いてくれるようだ。
「これ以上2人を痛めつけてもしょうがないでしょ、それにミズカの殺すってのは、あくまで愛情表現の一環での殺意ってだけで、暴力が好きって感じには見えないけど」
「…………」
「そこでなんだけど、処女をくれるというのは男にとって本当に光栄なことなんだけど、それは浮気になるから駄目だ、そして俺はリョウコとたくさん一緒の時を過ごしたい、だから殺させてほしいってお願いも駄目なんだよね」
「わかってる、でも、貴方の意思は関係ない、私の愛は一方通行なのだから」
「まあまあ焦らないで、俺の話を最後まで聞いてほしい」
「…………」
「えっとね、さっきも言ったとおり、処女を貰うってのは駄目、浮気になるからそこは絶対に譲れない、だからその部分で譲歩してほしいんだよね」
「なにが言いたいの?」
「君の殺すというのを痛めつけるに軽減はできないかな?」
「……ふぅん、痛めつける……ね」
「そこは付き合うよ、だから2人を解放してほしい、おそらくあの2人はミズカの本性とか誰にも言わないと思うし、君への攻撃は俺が辞めさせる、えっと、まあ痛めつけるっていっても、程度はあんまり痛くないというレベルというか、その、これは、割と本気でお願いしたいなぁと」
と提案した瞬間にマナミとトモエが身を起こす。
「だ、駄目よユウト!」
「貴方が、そこまで、することはない、大丈夫よ、さあ休憩は終わり、戦いましょう!」
ジャラジャラと、2人は倒れながらも抵抗するが思うように立ち上がれない、悪いが2人のそれは無視してミズカに問いかける。
「どうだろう? ミズカに損はないと思うんだけど」
「……うーん、どうしようかなぁ~」
ミズカは思案顔というよりも、俺の真意を疑うようにゆらゆら揺れながら考えを巡らせるのかゆらゆらと歩き回り、その後ぴたりと歩みを止めて、俺に向き直る。
「分かったわ、提案を受け入れようぞ」
ほっとする、良かった、これで一応何とかなったかな。
ホッとした俺にミズカは愉快そうに笑うと拳を振り上げ、俺の顔面めがけて打ち下ろした。