不動なる信念の先にある希望を
まさか、ミズカにそんな友人がいるとは思わなかった。あの時の顔は真剣だった。本当に大親友が大事なのだろう。
プールの帰宅途中に、早速ミズカからラインが来た。
――今日はありがとう、伊勢原君のことあの子に話したら凄い喜んでいたよ。
――でもまだ会えないってさ、ごめんね。
だろうなぁ、あの3人もそうだったけど、そうそうに自分の苦しみなんて明かせるわけがない。
俺は手計さんにこう返事をする。
――あの子の反応は当たり前だよ、変な言い方だけどじっくりのんびりやるよ。
これが一番いい、とにかく焦っては駄目だ、やるときにはやるでいいんだ。これでうまくいく方法だと理解することだ。
自分でもあの時出た言葉はびっくりした。
なんとかしたい、なんとかしてあげたい。あの時、俺はそう思ったからミズカにそう告げた。自分でもよくわからない気持ちで、偽りはないけど、ミズカのこのラインは鵜呑みにはできない。
もし俺が苦しみを抱えていて、突然現れた人間に「気持ちがわかるよ」なんて言われたらまず信じない。それどころか下手をすると不興すら買ってしまうことだってある。
だからこの連絡は、気を使ってくれたものだと解釈した方がいいだろう。
でも、一応は俺の存在自体は、どうせ口だけレベルだと思われつつも様子見程度には見てくれているのだろう。
信用も信頼も即席じゃ無理だ、じっくりと焦らず構築していけばいい。
さて、携帯を仕舞おうと思ったら、着信がある、リョウコだ。
「もしもし、お疲れ!」
自然に声が弾む。期末テストが終わったらその週末にデートをすることが決まっているもの、この頃会っていないから寂しいと感じていたのだ。
『ユウト、声が聞けて嬉しい』
俺の弾んだ声にリョウコのこの言葉が嬉しい。
でも時間を見ると結構中途半端な時間帯だ。大体夜に電話するのが通例になっているんだけど、と思ったところでリョウコは言葉を繋げる。
『あのさ、その、突然なんだけど、手計と、仲いいとか、ある?』
「え?」
と控えめに聞いてきた。まさかミズカの名前が出てくると思わずびっくりする。
『まあ、その、城下と小ケ谷から連絡があったのよ、手計について知っているかって』
「2人から? ああ、そういえば友達なんだよね?」
『うーん、知り合いと言えば知り合いだし、友人と言えば友人だよ』
「…………」
そっか、いつもの女の面倒な奴か、なら細かいことは聞かないでおこう。
それにしても仲がいいか、うーん、でもこれ、リョウコに言っていいものか。
いや、まだ言えない、いずれは……かもしれないけど、今は言えない。
『ユウト、手計から、その、何か感じる?』
っと、俺の沈黙が不安を与えてしまった、2人から連絡ががあるなんて確かに普通じゃないから不安になったのだろうな。
リョウコの問いかけに対しての俺の答えはもちろん決まっている。
「何も感じないよ、そして俺自身も手計さんに対して何も感じていない、リョウコが一番だよ」
もちろん嘘じゃない。まあミズカは性格は悪いのかもしれないけどクラスメイトとして話す分には本当に良い子だ。まあ頭のいい子だから、簡単に下手をうつことはしないんだろうな。
『ありがと』
安心したような寿の言葉に、期末後のデートが楽しみと伝えて通話を終える。
(2人が手計さんについて電話したのか?)
リョウコと会話で一番に驚いたのはこれだ。あの2人も何かを感づいているということなのだろうか。
そこまで警戒しているのか、リョウコに助力を願うまでにか。
「…………」
できれば2人に直接話を聞きたいなと思いながら自宅に辿り着いて鍵を取り出してガチャリと開ける。
「お帰りユウト」
出迎えてくれたのはトモエだった。
「ただいま、マナミはいるの?」
俺の言葉にお玉をもってエプロン姿でひょいと姿を現す。
「いるよ、すぐにご飯作り終わるから待っててね」
とマナミはとんとんとリズミカルに包丁で野菜を刻み、傍らでトモエが食器を並べていて、料理を盛り付ける。
(本当に慣れたよなぁ)
勝手に家に入られても何も感じないとかすごい慣れ方だ。もう2人は完全に俺の部屋を掌握している、今では俺が2人に家の物の場所を聞くときがあるぐらいだ。
俺も自室で普段着に着替えると3人で食卓について「いただきます」と食べ始める。
(丁度いい、詳しい事情を聴く絶好の機会だ)
2人がてきぱきといつものとおりに振舞ってはいるけど……どことなく悲壮感があふれている。
この雰囲気には覚えがある。
そう、最終決戦前の時だ。
「無茶すんなよ」
俺の言葉にピタリと2人の手が止まる。
「2人一緒って時点で、何かしようってのは分かる、リョウコのことじゃないよな、手計さんがらみ?」
「…………」
2人は黙っている、これは正解だと言っていいだろう、でもどうするべきなのか迷う。このまま止めるのは簡単だけど。
「言えるだけで構わない、理由を教えて」
俺の言葉に2人は渋い顔をしている、答えるかどうしようか迷っているのだろう。
「なぜかわからない、だけど不安であり不審なの、だから排除する、それだけ」
城下の言葉にミズカの言葉が思い出される。
彼女の引きこもりの親友の話。
思えば3人はお互いを認めていないだけ、殺したいという言葉も事実なのだろうけど、お互いに誰よりも深いところで理解している。
だから迂闊に止めるのも得策とは言えないかもしれない。それに手計さんは何気に無敵感があるから、何とかなりそうな気もする。
「やりすぎないこと」
俺の言葉に2人はびっくりした様子だ、反対されると思ったのだろう。
「繰り返すよ、やりすぎないこと、それは譲れないよ」
俺の言葉に2人は俺の両手をそれぞれ握る。
ミズカはこの2人が大親友の同類だと感づいているのだろう。
希望的観測かもしれないがこれはいい方に作用するかもしれない、リスクは伴うが、ある意味2人は積極的に関わっていくということなのだから。いざとなれば俺も積極的に介入する、大事なのはタイミングだ。
2人はしばらくの沈黙ののち頷いてくれた。
「わかった、だから、その前に最後の晩餐、この後直接会うと決心が鈍っちゃうから、でも連絡は取ってもいいかな?」
ちゃんと理解してくれた言い方、2人はちゃんと俺の言うことを理解してくれる。
「もちろんだよ、ありがとな」
2人は笑顔で答えてくれて、そのままの勢いでキスを迫られたが、それはそのまま押しのけた。
●
いつもの朝、いつもの駅、だがマナミはここにいない。
今朝、マナミから連絡が来た。期末テスト前日まで休むということだそうだ。今頃準備をしているのだろう。
学校には2人は肺炎になってしまい治療中ということになっている。
学校の先生はマナミが仮病であると微塵も疑う様子はない。
マナミは実は先生方の評価は高い。これは別に意図したわけではなく、授業を真面目に受けて成績も優秀、問題行動も(発覚していないので)起きていないからだ。
まあ来ないということはお弁当ももちろん無し、学食で食べないといけないのだ、それで寂しいなんて感じてしまうのだから勝手なものだ。
と本来なら登下校も1人でするはずなんだけど……。
「おはよ~」
と挨拶してくるのはミズカだ。
実は、大親友の件についてミズカと連絡を取り合った結果、こうやって通学先の学校の最寄駅から一緒に通うことになったのだ。
というのは、大親友にとって俺のことを知るためにはミズカを通じるしかない。まずは信用を得ることが第一、だからとにかく俺との交流を通じて信用を得るしかないという結論に至ったのだ。
なるべく一緒にいることになって、学食も一緒に食べることになった。
いきなり別の女子と登校したり一緒に飯食べたりって凄いナンパ男みたいな感じがしてなけなしのプライドがじくじくするが、我慢だ我慢、これは立派な人助けなのだ。
「ホントにずっと付き合ってくれるなんて「いい人」だよね~」
「うるさいよ、一応手計さんの大親友を思ってのことなんですけど!」
「解ってるよ、茶化してごめん、いや、ありがとだね、本当に嬉しいって思っている、だから今日は奢ってあげるよ」
「はいはい、ごちそう様ですよ」
昼食、Bランチセットを2人並んで食べる。とはいっても特段特別なことはしない、普通に話す。そのことを大親友に報告する、これをひたすら繰り返すのだ。
地道が一番だ、手計さんは左手でカップを持ち一口飲むと遠慮がちに話しかけてくる。
「あのさ、無理、しなくていいよ、何も知らない子のためにそこまでする義理って、ないじゃない?」
あらら、珍しい、そんなこと気にしてたのか。
「のんびりゆっくりやっているだけだから、全然大したことしてないからこれでいいのかって思ってるぐらいだよ」
「……あのね、大親友は、まあ、気難しいから、答えてくれるとも限らないし、嬉しいとは言っているけど、感謝はしていないかもしれないよ」
「いいよ別に、顔も知らない相手から「わかるよ」なんて言ったら嬉しいどころか「ふざけんな」ってむしろ思うさ、あ、でも、それでもひどいこと言われるのは嫌かなぁ」
「ぷっ!」
俺の最後の言葉に手計さんは吹き出して笑っていた。
「はっはっは、いや、そこは、ふふっ、あはは、だいじょうぶだよ」
よほどおかしいのか、彼女はずっと笑っていてくれた。
一しきり笑って涙を拭うとそのまま告げてくれた。
「小城マトだよ」
「……え?」
「だから、大親友の名前、名前だけは私の判断で教えていいって言われていたんだ。毎回大親友なんて呼びづらいでしょ?」
「ミズカ……」
嬉しい、素直に嬉しいと思ってしまった、ずっと連絡した甲斐はあった。
喜びを噛み締めていると、ぎゅっと、袖を掴まれる。
え、と思い振り向いた瞬間に果てはもう離れていて。
「これから私もユウトって呼ぶからね!」
と笑顔で話しかけてくる、やっぱり色々無敵な人だ。
小城マトさんか、名前を知っただけでもとても嬉しい、どんな人なんだろうか。会える日もそう遠くないのかもしれない。
俺とマナミの関係に興味を持ったのならひょっとしてと思った時、丁度メールが来る、差出人は城下だった。
――決行の日は4日後に決めたよ。その時に部屋に行っていいかな。
(いよいよ決めたんだな)
4日後か、2人が何をするかは今のところ分からない、だが2人の決意は悪いがこの件は小城さんも含めて丸ごと利用させてもらうつもりだ。
つまりミズカを襲う計画をしている2人に対して、俺から突き付ける条件はただ一つ、攻撃の時期をこちらで指定すること。2人のことをミズカに話すことだ。
とはいえ結論から言えば、小城さんはマナミたちとは仲良くはなれないと思う、リョウコもマナミもトモエも、お互いを敵同士だと言っているし、残念ながら「敵と書いて親友と読む」なんてのは男の世界でしか通用しない。
それでもあの2人は変わった、リョウコだって変わった。見せないようにしていた自分の本性をさらけ出せるというのは、貴重な場でもあるのは間違いないのだ。
その件について真剣に話し合うつもりだ。計画を聞いた後できれば小城さんもまた苦しみを発散できればいいと思う。
だが焦ってはいけない、たった4日しかないのだ信頼を得られるわけがないと考えた方がいい。
俺のスタンスは変わらない、やるときはやればいいのだから。