手計は謎を着飾るべきであると主張するのか
女の勘、女の勘は鋭いというが、それは勘が鋭いのではなく単純に男の嘘が下手であるからだと城下トモエは考える。
だから勘の鋭さという点においては、女だって鈍い奴もいる、でも一方で鋭い奴もいる。 城下トモエの中で小ケ谷マナミは鋭い方に分類していた。
あの勉強会で小ケ谷が放った事実上の「撤退宣言」について小ケ谷を責めなかったのはその部分が大きい。
なんというか、同じ女なのに得体が知れないのだ。
とても器用に振舞っているのは分かる。その器用さは分かってはいるものの、どこか振り回されているように感じがずっと付きまとっていたのだ。
「…………」
城下は、小ケ谷より連絡を受け、事の次第を報告、絶句するしかなかった。
『全てバレていた、やり返されたのよ、城下も家に戻ったら不自然な部分があるかもしれない、何か思い当たる?』
「…………目覚ましをかけた筈だったのに、かけ忘れて今日は遅刻した」
『ちっ、それもあの女のせいか』
それも、ということは小ケ谷も目覚ましをかけたはずなのにということだ、明確なこちら側に対しての
「敵意なの?」
疑問形で問いかける。
『相手の目的は分からない、まだすぐに動くわ、お互いに連絡を密にしましょう』
得体が知れないのは同じ。ここで城下も電話を切った。
「城下~、誰と話していたの~?」
彼女に話しかけるのはラクロス部の面々、
「中学時代の友達とだよ」
「その割には真剣な顔していたよね」
「ま、色々とね」
城下は部活が終わった後ラクロス部の面々と話していた。
城下トモエと小ケ谷マナミの違いは、寿ほどではないが外面の良さによる。城下自身はラクロス部の友人を中心に交友関係はそこそこにある。
小ケ谷マナミは逆に交友関係を狭めることで、大胆な手に出る方法が可能だなのだ。城下はその部分での小ケ谷を頼りにしている。
ちなみに元の母校のラクロス部についてなのだが、部活動については学校から全ての塚について休部宣言が出されている。
それでも基礎トレーニングに励む生徒も多かったが、警察からの校庭及び体育館の使用許可が下りたと同時に運動部は任意といえど実質活動を再開している状態だ。
そんな城下達はちょうど中学時代の友達と言ったことで、話題が中学時代の友人にうつる。色々、かっこいい先輩がいたとか、ムカつく女がいたとかに花が咲く。
中学時代か、ちょうどいい、聞いてみるかと思い、城下は部員たちに話しかける。
「あのさ、手計ミズカって知っている奴いる?」
その名前を聞いた瞬間、複数の女子が露骨に表情が曇るのが分かる。
「私同じ中学だったよ」
彼女の表情と声で、次に出てくる言葉がどのようなものか予想がついた。
・ 男には生徒だけではなく先生に対しても気のある素振りをすることで、男受けする容姿から男子たちを手玉に取っていたこと。
・ だが実際は美男子系が好きで、特に美男子系の男子には気合を入れて気のある素振りをしていたこと。
・ 男に関する噂はたくさんあり、二股三股は当たり前、中には彼氏を取られた人物もいるということで、敵の数は多いこと。
・ 頭は良く、機転も利くこと。
・ 友達はいるものの「同類や利益のある相手と手を組んでいた」という方が正しい。
・ 家はエリート一家で、両親ともに内閣府のキャリア官僚。兄弟姉妹は年の離れた姉
が1人いて、大学病院で医者をしている。
(つまり中学でも高校でも変わらないってことか……)
何回も聞いたうんざりする話、あとは適当でどうでもいい話ばかりだ、好きなアイドルが誰だとか、果ては好きな科目やら両利きで手先は器用だとかそんな話しかない。
となるとやはりキーとなるのはあの女のことだと、部員に話しかける。
「あのさ、寿リョウコと手計って友達なの?」
同じ彼女がこれまた微妙な表情で答えてくれる。
「あー、「友達」だけど、寿さんには申し訳なかったなぁ」
という切り出しから始まる手計と寿の話。これもよくある話、時々一緒にも遊びに行ったりもする、だけども。
(なるほどね、あの女なら祭り上げられるか)
女の世界では能力もそうだが容姿がすぐれているのも大事な要素だったりする。手計は勉強も運動もトップではないが上位に位置しており、容姿もそこそこ良い。
となると対抗馬として祭り上げられるのは寿だ。彼女は自分の本性をひた隠しにした結果「容姿がいいのを鼻にかけない」という高評価につながり、男子もそうだが女子からの評判も高く、クラスカーストの最上位だからこそだ。
(おかげで裏が取れた、手計の問題についてあの最低女の手を借りずには済んだということか)
現在の伊勢原ユウトは3人で共同管理されて状態であるとは述べたとおり。
だが共同管理と言えど、筆頭管理者は寿リョウコだ。平日の世話に口を出さないが週末のデートにも口を出さない、内容を聞かないという取り決めとなった。
週末の嫉妬はかろうじてスポーツで発散しているものの、あの油断した寿に一泡吹かせたいとずっと考えていて、既に結論は出ている。
外敵から2人で伊勢原を守ることだ。
寿は男は子宮で守らなければならないという妄念が本性、ならばそれが一番効果的な攻撃方法だからだ。
まあその相手が普通の女である手計ミズカなのがどうかと思うが、得体のしれない女を相手にしなくていいのならそれもまた良しとしよう。
(結構遅くなってしまった……)
すこし夜が短くなってきたように感じるが、それでもまだうんと寒い。特に今日は試験前の最後の練習とあって練習後も色々と盛り上がってしまった。
明日は土曜日だからいまごろ……という心を押しとどめ歩いていくと。
「…………」
城下の進行方向をふさぐ形で手計ミズカが立っていた。
「…………偶然じゃないよね?」
「うん、城下さんを待っていたの」
待っていた、その言葉に城下は警戒心よりもむしろ好奇心を強める。いざとなればとカエストスの位置を確認する。抜かりなし、いつでも迎撃準備はできている。
「お願い! 小ケ谷さんに一緒に謝ってほしいの!」
思いっきり頭を下げて頼まれたのだった。
「えっとね、ちょっと大人げないことしちゃって、その一緒に謝りたくて、でもさ、その、小ケ谷さんてちょっと怖いというか、あ! ごめん! そんなつもりじゃないけど! だからその、城下さん仲いいじゃない、だからなの!」
「…………」
なんだ、何が起きている。
自分のしたことが私たちがばれていることは向こうだってわかっている。そのうえで小ケ谷に謝るから付き合ってほしいか。
もう疑わない、この女にはなにか明確な目的を持っている。
自分がしたことをすべて織り込み済みでここに接触してきたのが証拠だ。
(丁度いい、いい加減、振り回されるのはうんざり、直接接触してきたのなら好都合……)
「分かったわ、何をすればいいの?」
城下の言葉にパアと手計の表情が輝いた。
――――
クラスメイトと遊びに行く、前に少し触れたが男友達には被害は及んでいないので時々ゲームセンターで遊びに行くなどちゃんと普通の男子高校生をしているのだ、だが今は試験前、遊ぶことも少ない。
そして明日は土曜日、だけど試験最後の週末だし、折角だからと思って既にリョウコに「勉強デート」を提案したものの、帰ってきた答えは。
――ごめん! 友達ともう約束しちゃった!
とのことだた。しょうがない、たまの週末は1人で過ごすかと思った時、手計さんから連絡があったのだ。
――試験前の最後のイベントとしてみんなでプールに行こう!
という企画の元、俺は今、プールに来ている。
通年全天候型のプール、とはいえ冬はやっぱりすいているから、ここで一日パーッと騒ぎ、明日から試験勉強を頑張るということになったそうだ。
ちなみに手計さんの「みんな」とはクラスメイト全員ではなく、手計と仲がいいメンバーを選定しているのだろう。
それにしてもよく女子がプールなんて企画するなと、そもそも俺が参加して女子が参加するのか思いながらきたのだけど、そういえばここのプールって。
(リョウコが選んだデート場所だ)
あの時は、浮かれまくってはしゃぎまくってたけど、プールを選ぶってことはリョウコも凄い勇気を出してくれたんだなということを今更に理解する。
それだけではなくリョウコのことを知り、結果2人の関係についても特別な意味を持つ場所でもある。
リョウコもまたマナミとトモエと一緒だった。でもあの時はびっくりしただけで、気持ちは揺るがなかった。
と思い出に浸っていたものの……。
「誰も来ない」
待ち合わせ時間にはまだ時間があるが、1人も来ない、もう10分ぐらい待っても来ない、変だなぁと思った時だった。
「やっほ~」
との声と共に手計さんが……1人だけで来た。
「あれ、みんなは?」
「えっとね、もう中にいるんだって、ひどいよね~、待ってくれても良かったのに」
「え? ああ、うん?」
誰もいないと思ったらみんな中に先に入ったのか、あれれ、やっぱり変だぁと思いながら、まさかなぁと思いながらも手計さんに背中を押される形で施設に入り、更衣室で水着に着替えて待っていると……。
「おまたせ!」
と手計さんが現れた。おおう、こう露骨すぎないが結構な露出の水着、明らかに出ているところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
なるほど、自信があるからプールにしたのか、冬だというのに油断しないのか、相変わらず凄いなぁ。
「あのさ、みんなはどこにいるの?」
俺の言葉に、一瞬だけ切ない表情を浮かべて、少し残念そうな表情で俺に話しかける。
「ごめんね、ほんとは誘ったのは伊勢原君だけなの」
「……そうなんだ」
「ねえ、私と一緒じゃ、いやなのかな?」
じっと、うるんだ上目遣いで俺を見つめていた。
(うーーーん)
上手だ、確かに上手だ。色々噂は聞いているけど、それでもなお騙される男が多いのは分かる気がする、そういったアピールも含めて、確かにスタイルいいからなぁ。
しかもスケベな視線に全く動じていないし「露骨過ぎなければ全然オーケー」と暗に察せるように雰囲気まで作っている、顔も男受けするし、しかも水着だし。
でも、ここでの回答は決まっている。申し訳ないけど、騙されていい範囲と駄目な範囲があって、これは完全に駄目な範囲だ。
「ごめん、用事がなければ、俺は帰るよ」
「…………」
「言ったでしょ、彼女がいるからさ、手計さんという「女友達と水着で2人きり」ってのは駄目だよ」
暗に、騙されないよ、俺は落ちないよ、とという意味も含ませて相手に返す。
さて、俺の意図は伝わるだろう、この子はバカを装う頭のいい子なのだから。と別のことを考え始めた時だった、手計さんの潤んだ上目遣いから。
ぽろぽろと涙を流れ出る。
(げ!!)
「わかった、ごめんね、付き合ってくれてありがとう」
そっと左手で涙を拭うその姿は、誰が見ても、いや正確には「男の俺」がみて疑いようのない健気な泣き笑いだ。
(ま、まさか、このタイミングで、女の武器を使うのか!?)
涙、女の武器と表現されるもの、武器は武器でも涙は諸刃の剣なのである。
というのは武器と表現するのは言い得て妙である、何故なら扱いに練度というものが存在するからだ。
仮に練度の低い女子が武器を使えばどうなるか。
・「泣けば何とかなると思ってるのだろう」
・「男はちょろいとか考えているのだろう」
という反感を買い、男からの評価は著しく下げるのだ。
扱い方が下手ならば買うのは反感、であるのならば武器の扱い方が上手ならばどうなのか買うのは……。
(同情だ!)
「…………」
「…………」
道行く人は男も女も俺に白い目を向けている。
頭がくらくらする、タイミングも完璧、まさか俺に対して武器を使ってくるなんて完全な予想外だった。
そして俺は、その上手の武器の使い方に対してなんの対抗手段も持ち合わせていなかった。
●
「ありがとうございました~」
プールのフードコートで店員さんから食事を虚ろな目で受け取る俺。
結果、俺はそのまま2人で過ごすことになって、受け取った昼飯をもって手計さんが待っている場所に歩いて向かう。
(なんて俺は弱いんだ……)
泣きたくなってくる。ずるい、もともと男女の差なんてのは染色体がちょっと違うだけなのに、どうして同情心が出てくるんだ。
(あ……)
似たようなことを考えていたなと考えて思い出した。
手計さんが俺が食事を持ってくるのを待つと言った場所だ。
確かあそこでナンパしてきた男2人をマナミとトモエの2人が殺そうとしたことを許せなくて怒鳴った場所だ。
思えば女子に怒鳴るなんて凄いことしたよな。でもあれで2人はちゃんと加減するようになったのだ、だから結果的に無駄ではなかったけど。
と手計さんが俺のことを見つめて笑顔で手を振ってくれる。しょうがない、不機嫌な顔したら失礼だろうと思って、勤めて笑顔で持ってきたハンバーガーを渡す。
「他の女の子のこと考えてたでしょ?」
「ナ、ナンデ!?」
突然の声が裏返ってしまった、はあ、びっくりした。
べ、別にいいじゃないか、他の女の子と考えていたって、何の問題もない。手計さんは友達なのだから。
必死に言い聞かせないと湧き出てくる罪悪感が憎たらしい。こういうふうに言ってくるタイミングもまたちゃんと計算されているから。
「じーーーー」
とはいえ抗議の視線を向けさせていただく、まあ手計さんは素知らぬ顔をしてハンバーガーを食べているけど。
ほほう、そういう態度を取るのか、俺だってやられっぱなしじゃない、今度はこっちが攻撃する番だ。
「手計さん、折角2人きりになったんだし、俺に出来ることがあればするよ」
「……え? なに、きゅうに?」
「どうして俺なのかなって思って考えてたんだよ、俺が出来ることがあるのか、聞いてほしいことがあるのなら聞くよ」
「そっか、気づかれちゃうよね、私、実は伊勢原君のこと、イタッ」
俺は軽くおでこにチョップをかます。
「生憎、そこらへんは分かるぐらいには経験豊富なのさ、女子の「友情的好意」には敏感なのだよ」
「友情的好意って、なにそれ、自慢にもなってない……」
ここで言葉を区切って、俺の言葉が真剣だと分かったのだろうそのまま口を閉じて、俯いて何かを考えている。
まだ話せないか、ならこっちが切り出すしかないか。
「正直、違和感はあったんだよ、俺とマナミの噂を知っているのにどうしてかなって、本来なら避けるのが普通、なのに近づいてきた、きっかけはそれ」
「…………」
最初はまあ誰にでも気のある素振りという噂だったからそれで納得したが、マナミを敵に回すということはどういうことなのかを知れ渡っているはずなのに、そこまでリスクを冒して俺に近づこうとすること事態そもそもおかしいのだ。
「そして今日の強引に2人きりになろうとしたのが決定打、女の武器まで使ってさ、あれだと男は完全に勘違いして凄いややこしいことになりかねないからね、手計さんにしては悪手過ぎるよ」
「悪手すぎるって、ちょっと言い方がひどいよ……グスッ」
「え!? い、いや! ご、ごめん! 言い過ぎた!」
「うっそ~♪」
「…………」
我慢だ我慢、言うだけは言った。後は話してくれるのかくれないのか、それを待つだけだ。手羽さん自身も、冗談を言いつつこれ以上茶化すつもりはないみたいだし。
何も言わずにずっと待つ、聞く覚悟はもうできた。
「私にはさ、かけがえのない親友というか、なんて表現したらいいか分からないんだけどさ、まあ「一心同体!」な子がいるんだよね」
俺は黙って続きを促す。
「その子は、その、まあ、分かりやすく言えば、引きこもり、なんだ、だけどお互いにずっと一緒でさ、それで、ある時ね……」
ここで言葉を切って、うーんうーんと悩んだが告げてくれた。
「好きな人が、出来たの、その子に」
「好きな人……」
「あのさ、笑わないでよ、一目ぼれ、なんだって、あはは、一目ぼれなんてあるわけないってのにね」
ここまで手計さんは一切の俺の顔を見ていない。いつもの媚びを売るのは一切ない、普通に話しているのだ、それだけ真剣だということだ。
「信じるよ」
「え?」
自信をもった俺の言葉に驚いたようだ。一目ぼれについてはされたことがあるからなんて経験談だとは言えないけど、俺は続ける。
「心配だよね、えっと大大大親友だっけ? そんな大事な人が一目ぼれしたなんて言われたら俺だって心配するよ、にわかには信じがたいからさ、だからわかるよ」
俺の言葉は普通だったと思う、だが嘘ではないと感じてくれたのだろう。手計さんは微笑んでくれて、俺はさらに続ける。
「それと今の言葉でもう一つ分かった、マナミと仲良くしているという事実があったから興味を持って近づいたんだね」
「ええ!?」
今度こそもっと驚いてくれた。手をバタバタさせて完全に素の状態になっている。
「す、すごいね、そ、そうなの、えとね、その子、ちょっと、その、好意を現すのがとても下手で、えっと、その……」
しどろもどろの言葉、続きが言えないらしい、だが言わんとしたいことは分かった。
「自分の好意が世間で呼ばれる普通というものから逸脱していて、それで苦しんでいる、でしょ?」
「…………」
もうリアクションもしてくれない、呆けた顔で俺の顔を見ている。
どうしてわかるの、と思っているのだろう。理由はもちろん同じ苦しみを持っている人を知っているから。
「今から無責任な事言っていい?」
「……聞くだけ聞くよ」
「俺とマナミとは仲良くできるんだ、だから大丈夫だよ、それとさっきも言ったけど、俺が出来ることがあれば、出来る範囲内だけど協力するよ」
俺も多くは語らない。俺達もまた多くは語れない特殊な事情を持っている
手計さんは「ふう」と少しだけため息をつく。
「流石、公然と二股かけている男は言うことが違うよね」
「二股なんてかけてません、俺はリョウコに一途なの」
「でも小ケ谷さんは「時間の問題」とか言っていたんだけど?」
「なんかさ、それ聞いてもさ、「慣れたなぁ」としか思えないところがすごいなぁ」
「本当に伊勢原君はさ、本当にこう「いい人」だよね~?」
「うるさいな、いいだろ、キモい~とか言われるよりマシだと、そう結論付けたの!」
と話して携帯にメールの着信音がこだまする。そのまま俺の顔をじっと見る。すぐに相手が例の子だということが分かった。
連絡を取り終えて、少しだけ申し訳なさそうにする手計さん。
「その子の元へ行ってやりなよ」
「……うん、ありがと、じゃあね」
と立ち上がった時だった。
「きゃっ!」
という可愛らしい声とに躓いてしまって、慌てて受け止めるものの……。
左手に手計さんの手と共に柔らかな物が触れていた。
「あ、ご、ごめ!」
振りほどこうとしたら手をギュッと押さえられると、すっと顔を近づけてくる。
「多分さ、伊勢原君も含めてなんだけど、私の噂ってさ、まあ半分は真実なんだけどさ、伊勢原君の言う友情好意だけなら、ここまでしないから、私」
「…………」
耳元でささやかれたのこの言葉と今手に触れているもの。
所謂ラッキースケベはラブコメ王道パターンではあるが、実際には……。
故意ではないと成立しない。
手計さんはパッと離れて、快活に数歩歩いてくるりといたずらっぽい笑みで俺に微笑む。
「こけたのはわざとだよ、ありがとね「いい人の「ユウト」君!」、あ、ライン教えて、あの子にも教えるから、色々と相談に乗ってもらうからね、それと今後は私のことはミズカって呼ぶこと、もう後戻りはできないよ~」
「は、はは、はははは……」
なんというか、今の俺は胸を触った嬉しさなんて微塵もなく、こう考えてしまった。
(恐ろしい……)
何が恐ろしいって、自分自身が不快に思っていないところが。
(リョウコに会いたいなぁ)
あって癒されたい、俺はやっぱりヘタレだよなぁと改めてそう感じた。
――――
城下トモエと小ケ谷マナミにとって伊勢原ユウトに怒鳴られたことは忘れられない思い出だった。
正直に言えば凄い怖かった、男に怒鳴られるなんて生まれて初めてだったからだ。
でも自分を怒鳴った男は、本気で自分に対して怒っていて、本気で心配してくれているということが嬉しかった。
城下はどうしようもなく興奮してイキそうになった、あの時平手打ちでもされていれば失禁していたかもしれない。今まで自分が攻める側だと思っていたからこそ、その気持ちに自分で自分に驚いた。
小ケ谷も、どうしようもなく興奮し、今すぐにでも伊勢原を押し倒し、どんなに伊勢原が嫌がったとしても、全てを捧げてもいいと感じた。自分は攻められる側だと思っていたがその気持ちに自分で自分に驚いた。
それがここの場所今2人がいる場所、伊勢原が自分のために本気で怒ってくれたかけがえのない場所。
その場所で2人が見たものは、伊勢原が手計を抱きとめて、あまつさえ胸まで触れさせている姿だった。
手計ミズカは、耳元で何かを囁きパッと離れるといたずらっぽい笑みを受かべて……。
『こけたのはわざとだよ、ありがとね「いい人の「ユウト」君!」、あ、ライン教えて、あの子にも教えるから、色々と相談に乗ってもらうからね、それと今後は私のことはミズカって呼ぶこと、もう後戻りはできないよ~』
と「視線を2人にはっきりと見据えて」告げて、そのまま走り去っていった。
「ギ、ギギ、ギギギギギギギギ」
自分でも理解できないこの音が自らの歯ぎしりであることに、気づくのに数舜の時を要し、その感情の理解が及んでくる。
だがここで吠えてはならない、それこそ相手の思うつぼだからだ。
今回は明確なる敵意だ。
「ごめん、小ケ谷、寿に連絡を取ろう」
今度は城下による小ケ谷への謝罪。
思い出を汚された上での敗北宣言、しかし小ケ谷はその思いを理解する。
どうあがいたところで手掛かりは一切ないのだ、だからこそ苦渋の決断を下したのだ。
だが全てを話す必要があるかどうかは話す過程で決める。そしてもし役に立つと判断したら助力を願う、役に立たないと判断したら自分たちだけでやればいい。
そうそうに入れてやるものか、寿はあくまで蚊帳の外だ、決意を新たにしながら小ケ谷はすぐに携帯を取り出しコールすると、数コール後の後につながった。
「小ケ谷よ、今いい?」
『あら珍しい、いいけど、何の用?』
「突然で悪いんだけど、手計ミズカは分かるよね?」
『……え? 手計って、わかるけど、というかなんでアンタがって、ああそうか、アンタの転校先って、そういえばあいつはあそこに進学したんだよね』
「……まあ、そうね」
『心配はごもっとも、だけど言っておくけど、私たちのライバルになんてならないからね』
「……うん?」
変だ、この寿の対応は明らかに、小ケ谷は戸惑うがそれを誤魔化すように続ける。
「あの女ってなんか変でさ、中学の時のアンタの友達だって聞いたの、今でもちょくちょく遊んでいるんでしょ? なんでもいいんだけど、気になることがないの?」
聞いておいてなんだが、この調子からいってあまり手がかりにならなそうだ。
かなりの覚悟をもって連絡したはずなのに、どことなく気が抜けたような感じ、他人事のような寿の言葉に期待をしていなかったが、寿はこう答えた。
『え? 遊んでるってなに?』
「い、いや、私のことを話したんでしょ!?」
思わず怒鳴ってしまった城下の声に聞こえたようで寿がそれに答える。
『城下もいるの? というか、アンタのことを話した? なにそれ、というかクラスメイトだったけど、卒業したあと一回もあってないよ』
「…………」
どういうこと、いや、これはこのままの事実、これが本当の真実だったんだ。
『だから、男の趣味なんてむしろ真逆よ、まあだからこそ対立だけで済んだんのだけど』
「今でも交流は本当にないの!?」
『だからないの! あのさ、言っておくけど、あの子、誰にでも気のある素振りとかするから、男を手玉に取って楽しむところかあって、ってユウトならそんなのに絶対引っかからない、あのさ、ちょっとユウトのこと信じてあげられないの?』
「もういい!」
強引に電話を切る。
結果、2人取って寿は役立たずではあったが手掛かりにはなったということだ。
手計ミズカはつまり……。
「気づくべきだった、そう、気づくべきだったの、私たちは勘違いをしていたってことになる、私たちの基準で、同類とか同類じゃないとか、そんなものに重きを置きすぎていた、つまりアイツは……」
「「得体のしれない化物、手計ミズカの抹殺が今私たちがやること」」