ラブコメ鈍感主人公
「遅れてごめん! 寝坊したの! お弁当も作っていないの!」
今日は、小ケ谷のこのセリフによるスタートした。
寝坊したとは珍しい、それでもちゃんと整えられた身だしなみに嬉しくなる気持ちを抑えつつ、お弁当がないという事実についてはがっかりするよりも……。
「ならさ、学食で一緒に食べないか、いつものお礼ってことで」
「…………え?」
マナミも理解していない様子だったが、俺自身だって自然に出てきたこの言葉に驚いてしまった。
「い、いやさ、今までずっとお弁当を作ってくれていたからさ、恩返ししないとバチが当たるよなあってずっと思っていたんだ、だから奢るぜ、もちろん普通のランチじゃないぞ、特選ランチだぜ!」
出てしまった言葉に思わず赤面して勢いに任せて早口で次々に言い放った後で「そういえばちゃんと金を入れてたよな!」と冷や汗をかいてしまった直後、すぐに昨日財布にお金がなかったので多めに財布を入れていたことを思い出しホッとしてしまうところが情けないけど。
俺の誘いにマナミは
「ありが、とう、ユウト君が奢ってくれた、特選ランチ、一生大事にする」
と涙を流してまで感謝してくれた。
それで午前中の授業を終えてマナミと一緒に食事をしていた。普通に誘って普通に食事、本当に普通なのだけど……。
(うーん、あれを指摘していいものか)
と朝からずっと思っていたことがある。マナミの襟首ついているタグ、あれは多分クリーニングのタグだろう、それが時折ひらひらと舞って視線に入ってしまうのだ。
だが言っていいものかどうか迷う。
『伊勢原ってデリカシーがないよね!』
中学時代に何度か複数の女子から言われたことだった。
言われた理由は忘れてしまったけど心当たりはあって納得した。
でもその心当たりってのが俺自身は全く悪気が無かったり、むしろ褒め言葉として使っただけにやりきれない思いをしたものだ。
でも、あれだよな、このまま放っておくと後で気が付いたらもっと恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれない。
それにマナミだったら許してくれるだろうと思い俺は思い切って声をかけた。
「クリーニングのタグ、つきっぱなしだぜ」
俺の指摘に驚いて胸元のボタン辺りを探る小ケ谷、そこじゃないよと襟首を指さす。
マナミは俺の指摘に信じられないといった表情をしていた。
だろうなぁ、マナミは完璧主義なところがあるから、「油断した」と思っているんだろうな。
そんなところも微笑ましいなと思っていたところで後ろから声が聞こえた。
「ご一緒していいですかな~?」
聞こえてきた声に苦笑してしまう、誰だなんて聞かなくても分かる。
後ろを振り返った先にBランチセットを持って手計さんが立っていた。
「ほー、ほー、ふんふん♪」
とニヤニヤしながらわざとらしく俺たちを見てくると、これまたわざとらしく「あ、そっかー」と合点がいったという顔をする。
「ああそうか~、そうだよね~、ごめんね~、彼女と一緒だものね~、私ったら空気読めなくてごめんね~」
「いやいや手計さん、思いっきり空気読んで近づいてきたでしょ、違うから、付き合ってないからね、というか知っているでしょ?」
「俺にはリョウコがいるの」
ちなみにどうして手計さんが知っているのかというと、以前女心の勉強になると思って色々聞いていたら逆に感づかれて聞き出されてしまったのだ。
そしたらなんとリョウコとは一緒の中学校だったらしく、クラスメイトだったそうだ。まあ話を聞く限りではリョウコの「表の友達」みたいな感じだけど。
俺の彼女がリョウコだとバレて以降、こういう時にはからかってくるんだよなあ、手計さんは。
もちろんここでよくある「ラブコメ鈍感主人公」のように「いいよ、一緒に食べよう」なんて返しはしない。いくらなんでも俺にだってそれぐらいのデリカシーは持っている。
「ごめんね、マナミと一緒に食べているからさ、遠慮してくれると助かるよ」
「あら~、へえ~、ふ~ん、公然と二股なんてやるなぁ~」
「辞めてよね! 本気にする人出てくるから!」
「はいはいごちそう様~、あらら?」
と言葉を切ると小ケ谷の手元のクリーニングのタグに視線を送る。
「小ケ谷さん、クリーニングのタグ気が付いたんだね、朝から付いていたよ~」
と笑いながら俺たちの傍から離れた手計さんは「いつもの女友達と合流して」飯を食べ始める。つまりもともと一緒に食べる気はなかったということだ。
「もう、あれは完全に俺をからかいにきたよな、まったく……」
男扱いされないのは慣れているけど、手計さんとの会話でいきなり冷静になった。
大丈夫だよな、これはギリギリセーフの筈、恐る恐るマナミの顔を見るけど。
マナミはクリーニングのタグを握りしめて引きつった顔をしているだけだった。
(ホッ……)
良かった。
相変わらず手計さんとの会話はひやひやさせられるなぁ。