自我境界線における好意の返報性
ぶりっ子という言葉のイメージ自体は余り良くない、いやはっきり言って悪いと言ってもいいだろう。
確かに「可愛い」という男も多いけど、同じぐらい警戒されて嫌われることも多いのだ。
俺自身も正直好きか嫌いかと言われたら嫌いな方だった。どこか「男を舐めている」という感じを受けるし、それになびいてしまうのは、まあプライドが傷つくのだ。
だから臨時転校先に手計ミズカがいた時には、最初の印象は実は悪かった。
だが俺の手計さんへの認識は、手計の二つの顔を上手に使い分けているところを発見したことにより変化することになった。
手計さんがいつもつるんでいるクラスメイトの女子数人は、同じように男受けする女子達だけど、言葉を選ばなければ「ビッチ集団」としても認識されていた。好きな奴は好きだけど……という具合だ。
だがそこから離れて例えば俺と話しているときは、むしろ「一途」や「貞淑」さすら感じさせる、例えば他の男になるべく視線を向けず、ずっと自分を意識している「手管」は感心させられたものだ。
つまり誰にでも気がある素振りをするというは簡単なように聞こえて簡単にできることじゃないということが初めてわかった。
しかも男を恐れないし、男慣れしているから男の面倒な部分についても慣れている。距離感も丁度いいのだろう、異性ではあるが「友達」としての居心地の良さも感じる。
(イメージだけで嫌ってて申し訳ないことしたなぁ)
大勢の人が嫌ったり割けたりする物事にこそ新しい発見があるのかもしれない、なんてそんな大層なことも考えてみる。
しかも中々に勉強になるのが、女心の勉強だ。女ならではの視点は相当に勉強になる、 女って複雑なイメージはあるけど、男とは違った意味で単純なんだなぁって思ったりする。
ある程度の下ネタもいけるから、突っ込んだ質問もできる。今までのクラスメイトの関係とは少し違う感じ、ある意味貴重だなよなあ。
リョウコのことで今後相談に乗ってもらうのも悪くない。最初感じたぶりっ子の嫌悪感はどこへやらだ。
とまあそんなことを長々と……。
「おいしい~♪」
目の前で美味しそうにパフェを食べている手計さんを見ながら考えていた。
俺は今手計さんとこうやってスイーツを食べている、しかも2人きりで。
ここは転校先の高校から駅を三つほど離れた場所にあるスイーツ屋である、なぜここで2人きりで食べることになったのか。
事の始まり、なんて大層な表現は必要ないけど、単純に誘われたのだ。店の評判は良くカップル限定キャンペーンなるものを開催中で男女のお客にのみ「カップル限定特製パフェセット」を注文できるのだそうだ。しかも他の注文は一切受け付けないという徹底ぶり。ベッタベタではあるが、王道をひたすら突き進むその姿勢はカップルに指示されている。
それを聞いて絶対に食べたいと思っていた手計さんは俺を誘って現在に至る、というわけだ、当然誘い方もさりげなく、あざとく、いつの間にか一緒に行く流れになった。
まあカップル限定よろしく一つのパフェを2人で食べるものであるが。
「いや、美味いな、キャンペーンの特製とかってあんまり美味しいイメージはなかったのだけど、これは美味いぞ」
量は大体1.5人前ぐらい、彼女が食べきれない分は彼氏が食べるルールなのだそうだ。
「じー」
ちなみに俺が食べている姿を露骨に不満げに頬を膨らましながら見つめてくる手計さん。
「あんまり意識しすぎるのはキモいよ、伊勢原君♪」
「なんとでもいいなさい、男は純情なの、わかんないかなぁ」
と手計さんの抗議は却下させていただく。
カップル限定パフェセットにはカップル限定ジュースなる物がついてくる。
んで、このジュースにまさかのアベックストローがついてきたのだ。ただこれにも飲み方があるようなのだが、最初から俺が一切口をつけるつもりがないのが気に喰わないらしい。
(それにしてもこの状況に至ってもマナミとトモエが大人しいの驚きだ)
手計さんは、2人の嫌う部分を全て持っている。本来なら攻撃を仕掛けてもおかしくないのだが、彼女の様子を見る限りそれは無いし、気配も全く感じない。
おそらく、2人は手計さんに攻撃を仕掛けていないのだろう。この平和な現代日本でカエストスやチャクラムで本気で攻撃してくる2人に襲われれば、こうやって俺と話しているなんて考えられないからだ。
(おそらく手計さんが俺に対してなんとも思ってないのは分かっているだろうからな)
理由はこれで間違いないだろう。別の女子と話しているのに平和というのも結構久しぶりだ。
と思っていたら、メールの着信でもあったのか手計さんは手慣れた様子で何やらメッセージを送る。誰だろう、彼氏かな、噂だと二股三股かけてるっていうから、複数の男の1人だろうか。
「彼氏じゃないよ、大大大親友だよん♪」
「へえー」
友達いたんだ、いないと思ってた。いつもつるんでいるあのグループとは友達ではないというのは何となくわかるから。
「意外だったでしょ、友達いるんだよ、1人だけだけどね」
「え!? あの、別に、そんなこと」
「思ったよね~?」
「…………」
まあ思ったけどさ、本人の前で言えるわけないじゃん。
という俺の考えも見越してニヤニヤ笑う。
「彼氏も複数いたことないからね♪」
「……悪かったよ、ごめん、噂はいろいろ聞いてたよ、だけど本当でも嘘でも見方は変わらないからさ、ま、それは信じてほしいなと」
「分かればよろしい、それで大大大親友が会いたいというので、食べ終わったら失礼するね」
「なら今でもいいよ、早く帰って会ってやりなよ、喜ぶでしょ」
「んー、ちょっとだけ、待って欲しいな」
「え?」
と切り返した時に突然照明が落ちた。
その直後に他のカップルから感嘆のため息が漏れた。
「へえ、きれーだなぁ」
ジュースが光り輝いているのだ、こういう演出があるんだなぁと感心していた時、上品な女性のアナウンスが店内に木霊した。
『現在当店には七組のカップル様がご来店いただいております。輝くジュースをそれぞれにお配りしたストローで一斉に飲めば虹色が出揃います。さあ、お客様方、ジュースをご賞味ください、これは七組のカップル様が揃った時にだけ行う、虹色のサプライズです』
「…………え?」
今なんて言った、こんなサプライズがあるなんて聞いてない、いやだからサプライズなんだけど、って横を見るとみんな打ち合わせのようにちゃんと2人で口をつけている。
つまりは、これは本当のカップルでは周知の事実のサプライズだったようで、そんなことを考えていると、飲んでいない俺に他のカップルから白い目で見られている状況。
ふと視線を移すと既に手計さんはストローを加えてじっと俺を見ていた。
(嵌められた……)
その後に飲んだジュースは味なんてわからなかった。
――――
手計が伊勢原を誘ったスイーツ屋の前はちょっとした広場になっている。円形の形をしていて中央に噴水があり、外周をなぞるように等間隔にベンチが備え付けられている。
そこに2人の女子高生、小ケ谷マナミと城下トモエが2人並んで座っており、2人は一つのイヤホンをそれぞれの耳に嵌めている。
一見して好きなアーティストの曲を聴いているように見えるが、当然そんな訳もなく、伊勢原と手計の会話を盗聴していた。
城下は手計との邂逅した際、彼女は制服姿であったためすぐに小ケ谷と同じ高校である事が分かった。
同類の可能性があると判断したすぐに小ケ谷に連絡、その際に小ケ谷も襲撃に失敗にしたことを知る。
2回連続の襲撃失敗、これは2人にとって寿リョウコ襲撃と状況が一致したため、緊急会議を開くことになる。
だが手計に対してはいわゆる「女の勘」が働かなかった、万が一の一般人への本気の攻撃は伊勢原より厳禁されていたためまずは監視を行うことに決めた。
監視を始めたタイミングで、手計はスイーツを食べに伊勢原を誘い、これはいい機会だとばかりに尾行を開始したのだ。
手計が誘った場所は、新しい待ち合わせスポットであるこの中央噴水広場のすぐ近くにできた評判のスイーツ屋、誘った理由は聞いてのとおりカップル限定のパフェセットを食べたかったからだ。
「城下、どう思う?」
小ケ谷は無表情のまま問いかけ、城下は応じる。
「何もないところで転ぶ、どこかで見たような男の庇護欲を掻き立てる手法だけど、男のいないところでも常に実行するのは、よくやるわと思うわ、小ケ谷は?」
城下は無表情のまま問いかけ、小ケ谷は応じる。
「女しかいないトイレでも気が緩んだ姿を見せない、同じく周りに男がいない状態で崩さないというのは、同じくよくやるわとは思った」
ここで2人は黙りこむ。
こうしている間でも、2人の会話は聞こえてくる。手計の丁度観察できる位置にあるが、声質も表情も特に異常は認められない。
「やっぱりただのゴミ女という結論で間違いないと思う、アンタはどう?」
問いかけたのは城下、小ケ谷も頷く。
「私も同じよ、同類かと思ったけどね、間違いだった」
何度聞いても何度様子を見ても、伊勢原を男としては全く評価していない、そして伊勢原自身もそれに気付いていて、お互いにまったく意識していない会話を進めている。つまり小ケ谷と城下と伊勢原3人含めて手計は「普通」ということだ。
結論、手計ミズカは「男に気のある素振りをしてその気にさせては「自分は魅力的」と再確認する」という女の世界では「あるある」レベルの何処にでもいる女の子だ。
『あのさ、これからちょくちょく遊ばない? 伊勢原君といると楽しくってさ、あの、でも、迷惑なら、いいけど、嫌なら、私も、遠慮するから……』
上機嫌な手計の言葉に「はは……」と伊勢原の苦笑する声、手計がどんな表情で伊勢原に話しかけているなんてことは確認する必要もない。
心の底から安心した2人は満面な笑みを浮かべる。
「でもね、城下?」
「ええ、小ケ谷」
手計は誰にでも気のある素振りをして自分に惚れさせる、誰でも惚れるということではない、誰にでもというそぶりを見せつつ相手はちゃんと選定している。同性ある2人は最初からそれに気付いていた。
つまりこの女は伊勢原を騙せると信じたということだ。
「クスクス、有罪?」
「うん、有罪」
「でもやりすぎないようにしないとね、寿とは違うのだから」
「そうね、ならどの程度ならばいいかしら?」
となれば、後は簡単、何をすればいいのかとっても簡単。
「「夜眠るのが怖くなる程のトラウマレベルぐらいがちょうどいい」」
●
とある男性アイドルが、バラエティ番組でこんなことを話していた。
仕事を終えて帰宅し、鍵を開けて中に入り、きちんと施錠をした後、風呂に入りそのまま自室のベットで就寝した。
次の日に起床し、仕事に向かった時にマネージャーからこう言われた。
「自宅の電話がつながらない」
それを聞いた男性アイドルは、何かの拍子で受話器が外れてしまったのかと思い、仕事を終えて帰宅すると考えたとおり、受話器が外れていたのだ。
今度は受話器をしっかりとおさめると、再び就寝、次の日の朝にちゃんと受話器の状況も確認し撮影現場に赴いた。
そして撮影現場に到着したマネージャーにこういわれたのだ。
「自宅の電話がつながらない」
それはありえないと、アイドルはマネージャーにちゃんと確認したと繰り返した。ならば実際に電話をかけたところ。
マネージャーの言ったとおり電話が繋がらないのだ。
恐ろしくなった男性アイドルはマネージャーを連れて自宅に帰宅、施錠されていた扉を開けて、恐る恐る中に入ったところ……。
受話器が外れていたのだ。
「つまりね、自分の自宅に第三者が、いつ忍び込んだのかも分からず、いつから忍び込んでいたのかもわからず、いつでも忍び込めることを、忍び込んだ何者自身から知らされたということなのよ」
この話をじっくり語ったのは城下、それを聞いた小ケ谷は感動した様子を見せる。
「何度も忍び込んでいるのに一向に自分に気付いてもらえない、でもそれじゃ満足できなかった、話しかけることもできなかった、結果気付いて欲しい手段が受話器を上げるだけなんて、なんて奥ゆかしく、いじらしいの……」
小ケ谷の言葉に城下も切なげな表情を見せる。
「愛情の攻撃すらできた状況であったのに、それをしなかった、それは本物だからこそよ、私も見習わないといけないわ」
思わず感情移入してしまった2人であったが、この話の本題はそこではない。
第三者の健気やいじらしさ奥ゆかしさではなく、結果的に受話器を外すという行為だけで相手に恐怖を与えた点である。
つまり100の脅し文句よりも100の暴力よりも、受話器をあげるというただそれだけで超えるという常軌を逸した行動の素晴らしさを説いた話であるということだ。
このエピソードにいたく感動した2人は、これを手計に対しての攻撃手段として採用することにした。
やることは単純、手計の自室の私物を少し動かせばいい、それを繰り返せばいつか気が付くだろう。
そうして行動開始した2人であったが、これが始めてみると下準備に意外と手間がかかる。家族の出入りパターン及び合鍵の場所の把握をはじめとした攻撃準備を整えるだけで1週間を費やすことになった。
思えば伊勢原の自宅へは伊勢原の自室の合鍵を作り、堂々と中に入れる。
伊勢原も実質黙認というか、もう公認されていると言っていいぐらいだった。これがいかに恵まれた状況であることに感謝して、そして敵を知ることの改めての大事さ再認識したものである。
今日はいよいよ決行の日、小ケ谷と城下は手計の家に歩いて向かっていた。
手計の家は高級住宅街の一角に存在する。
高級住宅街はセキュリティがしっかりしており、外の人通りも少ない、ともすれば不審者は目立つ場所ではあるが、女子高生2人が仲良く並んでい歩いていたところで時折すれ違う人物は誰も不審に思わない。
手計の部屋の位置は南側の角部屋、既に家人の不在は確認済み、後は簡単、突然の帰宅を想定して小ケ谷は外で待機、忍び込み役は城下、突発事案は即時連絡、城下の運動神経ならば2階から飛び降りることも十分に可能だ。
何度繰り返した打ち合わせにシュミュレーションに抜かりはない。
「~♪」
鼻歌交じりに歩くその姿はどう見ても友達の家に遊びに行く姿にしか見えなかった。危険はほとんどない、命を賭した戦いを経験した身からすれば簡単だ。
さて、こういった時に忍び込む場所など考える必要はない、友達の家に入る要領で、堂々と正面から入ればいい、さあ敷地内に入ろうと門扉に近づこうとした時だった。
「あれ~!? どうして~!?」
入る直前に、突然門扉が開き、出てきた手計ミズカと鉢合わせた。
「「…………」」
状況が理解できない2人。不在は確認したはずなのに、手計ミズカが出ていくところはちゃんと確認したはずなのにと固まる2人をしげしげと見る手計ではあったが、驚いたのは偶然に出会ったからだと理解したのか話しかけてきた。
「偶然だね、2人ともどうしたの?」
「うん、そろそろ期末テストが近いでしょ? 城下の家がここから近いから、一緒に勉強するところなの」
とっさの機転は小ケ谷、城下も瞬時に理解して頷く。
「へえ、仲いいんだね、ってさ、そういえば! 小ケ谷さんってすごい頭いいんだよね!?」
「え?」
急に迫ってくる手計、確かに小ケ谷は元々の高校では寿には及ばないもののベスト20位には入っている。
「ま、まあ、苦手ではないわ」
小ケ谷の言葉に手計は「ならさ!」と両手を合わせると小ケ谷に軽く頭を下げた。
「ちょうど図書館行こうと思ってたの! ねえ、お願い! 勉強教えて!」
●
「ありがとね、急なお願いだったのに」
自室でジュースとお菓子を出してくれる手計、机の上には数学と英語の問題集が置いてある。
結局、2人は家に上がることになった。
「私ドジでさ、筆記具忘れちゃってさ、突然思い出して取りに戻ったんだよね~、でも忘れて逆に運がよかったよ!」
だそうだ。しかし危なかった、その思い出すタイミングが少しずれていれば誤魔化しきれないタイミングだったかもしれないから、だから本来なら喜ぶべきものなのに……。
(また失敗……)
いや正確には失敗ではない、着手にすら至っていない、むしろ元より忍び込む予定だったし、間取りを公然と把握できるのは有利であり、手計もまさか敵を自室に招いているなんて思いもよらないだろうし、これで犯人が自分たちとわかれば尚恐怖も増大するだろう。
だが2人には失敗の二文字がちらついてどうしても離れなかった。
こうして始まった勉強会は表面上は和やかに進んでいた。というよりも手計自身はそれなりの成績は保持していたため、各科目の補強的なことを重点として勉強するだけで事足りて、結果勉強会自体は城下の指導を重点的にすることになった。
勉強会は数時間ほどで終わり、急にウキウキした表情で手計は2人に話しかける。
「ねえねえ、コイバナとかしようよ♪」
という手計の言葉に小ケ谷が頷く。
「へえ~、いいわね、私は好きよ、城下は?」
「私もいいよ、手計さんの好みの人とか興味あるな」
と2人は反吐が出るほどの激情を我慢して付き合うことにする。まあ適当に話を合わせていればいいのだろう。
とはいえ長くなりそうだ、内心うんざりしながらも2人は、ノリノリのふりをすると、手計は「私の好みの人か~」とすぐに切り出してきた。
「あのさ、伊勢原君って何が好きなのかな? この頃一緒によく遊んでいてさ、知っていたら嬉しいなぁって、ほら、彼って、親しみやすいというか、一緒にいて楽しくて」
知らないというのは素晴らしい。
知らなければ地雷原ですらも恐怖心なく歩くことができる。
だが知らないから地雷がなくなるということは無い、地雷を踏み爆発したならば、自分がどうしてどうなったかすら理解すらできないだろう。
「???」
故に手計は凍り付いた空気を理解できない。
だが彼女幸いだったのは、地雷原を歩いておきながら地雷を踏まずそのまま無傷で歩きぬけたことなのだろう。
「ごめんなさい、実はね、城下と一緒に勉強会なんてしようというのは嘘なの、本当は貴方に用があってきたの」
なぜなら小ケ谷は言葉による手段を選んだからだ。
切り出した小ケ谷に驚いて彼女を見る城下。当然こんなものは打ち合わせはない、手計も「え?」と返す。
「貴方に言いたいことはたった1つ、ユウト君に手を出さないでほしいのよ」
この一言で手計は分かったのだろう、さっと手計の顔色が変わる。
「え、え、小ケ谷さんの彼氏って」
「そう、伊勢原ユウト君だよ」
「へ、へぇ~、そうなんだ、知らなかった、え、えっと……」
手計は困惑を隠しきれない様子で城下を見るが、城下もこともなげに頷く。
「私の彼氏もユウトだよ」
「えー!?」
当然驚いたようで2人を交互に見るが真剣な表情で言っているため余計に混乱する。
「あ、あのさ、ちょ、ちょっと理解できないっていうか、追いつかないっていうか、それって二股になっちゃうじゃん?」
「「そうよ」」
ハモって返す2人に表情が固まる手計であったが、手をブンブンと振る。
「えーっとね、えーっとね、そ、そうそう、説明! 説明して! うんうん、分からないし!」
手計の言葉に小ケ谷と城下と目を見合わせると頷き、小ケ谷が手計に告げる。
「私たちはユウトに告白したの、でも選べないって言われたの、だから2人同時ならどうだって聞いたら、それならいいよって感じだね」
「…………」
開いた口が塞がらない手計。それはそうだろう、いきなりこんな事実を告げられたらその表情が正しい。
もう一度小ケ谷が確認の意味で手計に話しかける。
「もう一度言うよ、ユウトは私達2人と付き合っているの、だからちょっかい出すのは辞めてくれる?」
「…………」
うんうんと顔だけを上下させる手計はもう一度城下を見るが彼女は当然のように頷く。
「ああそうそう、二股は倫理に反するとかうざい一般論は辞めてね。私たちはそういった感情は超えたところにいるの、お互いに納得済み、オーケー?」
「……どうして?」
「どうして? どうしてって? ユウトの恋人になるための手段がそれだけだったからよ、同じことを何度も言わせないでね」
「……そう……なんだ、びっくりしたなぁ~」
放心状態の手計に2人は勉強道具を片付け帰り支度を始める。
「言いたいことはそれだけ、お茶菓子ありがとう、とても美味しかった、コイバナもとっても楽しかったわ」
帰り支度を終えると最後に2人並んで手計にとどめを刺した。
「正直、不愉快なの、それにユウト君は貴方には騙されない、だから他の男に媚びを売りなさい、得意でしょ?」
●
「「…………」」
手計の家を後にした2人はずっと無言で歩いていた。
何故なら2人にとってこの解決方法は非常に不本意であったからだ、今日のために色々時間を手間をかけて行ってきた下準備をしたのにすべて無駄になってしまった。結果「私の男に手を出すな」というレベルの二束三文の修羅場となってしまった。
しかも相手はそもそもライバルじゃないのだ。つまり「カッとなった」のだ、冷静に事を運ばなければならないのに、小ケ谷は自分の短絡的行動を反省するしかない。
「ごめん、城下、折角合鍵まで作ったのに……」
小ケ谷の言葉に城下は驚いた。
「まさか、アンタが私に謝るなんてね……いいよ別に、というより、あの女、嫌いよりも苦手って感じが先行する、いちいちペースが乱されるというか、走り出そうとしたら足を引っかけられるというか、なんなの、ほんとに……」
それは小ケ谷も同様でだからこそ謝ってしまったのだろう。
城下は小ケ谷のあの切り出しを聞いた時、驚いたと同時にほっとしてしまったのだ。
思えば今回の攻撃手段だって確かに有効的ではあるが、どうして回りくどすぎる手段を選択したのか今となっては理解できないが、城下は自分なりの考えを述べる。
「相手は普通なのだから、ああいった方法が一番だと思う、まあ、普通のやり方ってのが、私たちは分からないからさ、普通は二束三文なのよ、きっとね」
「……そう……ね」
まあでもこれで一件落着だ。普通の人間なら公然と二股をかけている3人の関係に首を突っ込もうとは思わないだろうから。
●
次の朝、目が覚めた小ケ谷マナミは時計を見ながら呆然としていた。
時間ぎりぎりだ、これから伊勢原への弁当を作る時間はない。
前日は帰宅した瞬間に疲れが一気に襲ってきた。なんとか夕食を作って風呂に入るまでは何とかしたものの、力尽きてベットに飛び込んだのだ。その時に目覚ましはかけたつもりだったのだが、結果それはかけたつもりだったのだ。
「もう!」
多少遅くなっても十分に間に合うのだろうけど、伊勢原の方が早く来ることになるし、多分待ってくれると思う。
優しさに甘えるなんて反吐が出る思いだが、身だしなみだけは整えなければならない、急いでシャワーを浴びて髪形その他等を整える、制服だけは毎日クリーニングに出していたから、タグを外してすぐにそのまま着ることができた。
もちろん同じ制服を2日続けてきても良かった、事実クラスメイトの女子達は平気で週間単位で洗わないものだが、そういった努力は欠かさない彼女だ。
それだけにお弁当を作れなかったことが悔やまれる、彼女にとってお弁当は公然と伊勢原に渡せる毎日のプレゼントなのだ。
それだけに自分の迂闊さを呪いたくもあった小ケ谷ではあったが彼女にとって、それは思いもよらない幸運を呼ぶことになる。
「ならさ、学食で一緒に食べないか、いつものお礼ってことで」
「…………え?」
一瞬言葉の意味が理解できなかった。
伊勢原を待たせてしまったことと寝坊してお弁当を作れなかったことを謝罪したところ伊勢原はこう返してきたのだ。
まさかである、自分が一方的に尽くすだけの関係に不満はなかった、共同管理というだけでも勝ち取ったと自負するものであるから、向こうからの施しはそもそも思考の外にあった。
「今までずっとお弁当を作ってくれていたんだ、たまには恩返ししないとバチが当たるってな、だからずっとお礼をしたかったんだ、だから奢るぜ、もちろん普通のランチじゃないぞ、特選ランチだ!」
えっへんと胸を張る伊勢原の姿が歪んでいく、歪んでいくことに気付かず、ぽろぽろと流れる涙を拭うことすら忘れた。
「ありが、とう、ユウト君が奢ってくれた、特選ランチ、一生大事にする」
「い、いや、食べてくれよ」
●
一日千秋の思い、とはまさにこのことであろう。
小ケ谷マナミにとって、午前中の授業がこれほどまでに長く感じるとは思わなかった。本来彼女は授業はちゃんと真面目に受けているのだが、この日ばかりは、机の角に置いた腕時計の秒針をずっと見続けていたせいか、午前中の授業だけでクタクタになってしまった。
だがその甲斐はあった、昼休みになった瞬間に、少し恥ずかしそうに自分を誘ってくれる伊勢原に失神しそうなほどの幸福を感じながらも2人で連れ添って学所に辿り着く。
学食で提供されているランチセットはAランチセット、Bランチセット、Cランチセット、それぞれお値段300円。
その中で別格と言われひときわ目立つのが特選ランチセット、特別な日にしか食べないと言わるランチでお値段はなんと倍の600円もする。
当然伊勢原が無理をしているのは分かるが、小ケ谷は一言だけ「何でもいいよ」とだけ言葉を添える。もちろんそれに嘘はないものの、伊勢原は「男に二言はない」の一言で注文してくれた。これについては黙って「ありがとう」とだけ受け取るのが礼儀だ。
(はあ、幸せ……)
至福のひと時だった、ある意味伊勢原には申し訳ないが、味なんてよくわからない。自分の普段の行いに感謝しなければならない。
とここで小ケ谷は伊勢原の視線が先ほどから自分の首辺りをチラチラ見ていることに気が付いた。そういえば朝から見ていたが何なのだろう。
そんな小ケ谷の考えに呼応するように伊勢原はちょっと思案顔になると恐る恐ると言った様子で話しかけてきた。
「あのさ、えっと、指摘していいか分からないんだけど」
「なに?」
「クリーニングのタグ、つきっぱなしだぜ」
「え!?」
いけない、私としたことがと思ってすぐに胸元のボタンを見るものの。
(あれ、ない?)
と思ったと同時に今朝ちゃんと取ったことも思い出す。変だと思っていたら、伊勢原は「ここについているよ」と襟首を指さした。
「…………」
そもそもいつも利用しているクリーニング店は、いつも制服の胸のボタンにタグを括り付ける形で返してくれる。これ自体服を着る時に取り忘れに気づくようにとの同時に服に直接傷をつけないようにという配慮だろう。
だが襟首は服の構造上服に直接傷をつける形じゃないとタグをつけることはできない。
伊勢原の指摘のとおりゆっくりと襟首を触れると確かにタグが付いてある。ひょっとしたら向こうのミスで別の場所にダブルで付けてしまったかもしれない……。
だがタグを取り外してみてみると、それはタグではなく二つ折りにした紙をホチキスで止めただけのものだった。
再び手首にジワリと手汗の感触を感じて……。
「ご一緒していいですかな~?」
同時に後ろから手計ミズカの声が聞こえた。