朱殷
森に朱杏という7歳の少女が住んでいました。
元気いっぱいで、その煌く金髪にいつもかわいらしい白いフードを被っています。
3歳の頃に両親を亡くし、今は隣に住んでいた青年、深川 鼠の元で暮らしています。
面倒見が良いその青年を、朱杏は兄のように慕っていました。
その日はお天道様が煌々と輝いていました。2人がにらめっこをして遊んでいると、
森の近くにある街へ向かう旅人の声が聞こえました。
「お前、この森のうわさ聞いたことがあるか?」
「いや、無いが・・・。なにかあんのか?」
「この森の奥深くには紫紺という、
その見た目で街から追い出されたやつが住んでいるらしい。」
「そんな噂、十中八九ウソだろ?さすがに騙されねえよ?」
「そうだなあ。ちょうど近くに街があるし、そこで聞いてみるとすっか?」
「おーけー。」
それを聞いた朱杏は、紫紺のことが気になりました。
可哀想だと、そう思いました。
だから、会いに行くことを決意しました。
別の理由もありますが、それは後々わかる話。
朱杏は鼠に相談しました。
森の奥深くに行くのに、危険が伴うのがわかっていたからです。
しかし、なぜかすんなりと受け入れてくれました。決して鼠は強いわけではありません。
朱杏は不思議に思いましたが、受け入れてくれたことが嬉しく、あまり気にしませんでした。
翌朝、森へ向かう準備を整えた二人は、早速出発しました。
雲の隙間から青い空が覗く道中、くまさんに出会った―――なんて、童謡のようなことはなく、順調に進んでいました―――。
だいぶ長い道のりなので、朱杏は途中で疲れて歩けなくなってしまいました。
それを見た鼠が彼女をおんぶし、赤い屋根の家に見えました。
ドアをコンコン、とノックすると中から体長2メートルもある紫紺が出てきました。
狼をそのまま二足歩行させたような紫紺の姿に、鼠はびっくりしました。
「こんなところまで人間が・・・。」
紫紺も驚きを隠せず、街の人々のせいで、人間に対し臆病な彼は、立ちすくみました。
そこへ朱杏が彼を見上げて、
「こんにちは、紫紺さん。友達になりたくて来たの。」
と、元気よく言いました。
鼠も街の人々と自分は関係ないことを説明し、
それを理解して、安心した紫紺は、長い道のりを来てくれた二人に対して、
「よくここまで来てくれました。紅茶でも出しましょう。さ、こちらです。」
と言い、歓迎しました。
3人が一本足のテーブルを囲んで座り、紅茶をすすっていると、いきなり朱杏が、
「実はね、紫紺さんに会いに来たのは、友達になりたかっただけじゃないの・・・。
紫紺さんは、森にずっと、住んでると思うし、朱杏の父と母について、何か知ってる、かなって思って・・・。」
緊張して言葉が途切れつつ、紫紺に尋ねました。
紫紺は驚愕しました。紫紺はこの少女を見たことがあったのです。
「この少女が、あの時の・・・。」
紫紺は街から追い出されました。
彼の姿は思春期を迎える頃から、耳が生え、次第に体毛が濃くなり、犬歯が生え始め、手や足の爪は鋭くなっていったのです。
そして、狼になりかけている紫紺を、街の人々は、
この化け物が
と恐れ、その両親でさえも彼を化け物呼ばわりします。
彼は酷く悲しみました。泣きじゃくりながら、街の外れにある森へ逃げました。
森へ着いても、まだ彼はすすり上げていました。
涙で視界がぼやけて、もう街へ戻る道も分かりません。
途方に暮れた彼の目に、ふいに異様な光景が映り込みます。
白いフードを着た幼女と、その両親と思われる男女。
しかし、その白いフードは血の色で染まり、その両親は地面に倒れていたのです。
紫紺が腰を抜かして見つめていると、幼女は気配を感じたのか、こちらにゆっくり、ゆっくりと顔を向けました。
そして、
「朱殷をちょうだい?」
その顔は、微笑んでいました。
紫紺は恐怖し、すぐさま逃げ出しました。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い。」
頭の中でそれしか考えられず、必死で走り続けました―――。
その少女が今、目の前に座っています。
しかし、なぜだか怖くはありません。
幼女の頃とは顔付きや雰囲気が全く違ったからです。
それは成長によるものとは考えられません。
目の前で答えを待つ健気な少女に、彼はこう答えました。
「残念ながら、知りません。」
と。
「残念ながら知りません。」
答えを聞いた少女は、とても残念そうにしました。
しかし、紫紺は真実を言えるはずもありません。
それを見兼ねた鼠が、
「じゃ、皆で何かして遊ぶか?」
と提案し、それに続き紫紺が、
「家の外に庭がありますので、ご案内します。」
と言い、庭へ向かいました。
「わあ。芝生だ!」
庭は、一面青々しい芝生でした。
朱杏は芝生に大きくダイブしました。
鼠と紫紺は微笑ましく、そのかわいらしい少女に見とれていました。
もう日が傾く頃。今日の疲れもあったのか、少女は眠ってしまいました。
寝顔のかわいらしいことは言うまでもありません。
鼠と紫紺は少女をベッドまで運び、鼠は紫紺の家に泊まることになりました。
その夜、2人が寝支度をしていると、鼠が
「ちょっと、話したいことがあるんだけど、いいか?」
紫紺に聞きました。
「はい。なんでしょう?」
(ここで、鼠は21歳、紫紺は20歳であることを伝えておきます。)
「俺がここに来た理由だ。」
「ほほう。あの子の理由は聞きましたが、あなたはまだでしたね。
なぜ、こんなところに来たのか。私、気になりますね。」
しばしの沈黙。そして鼠が口を開きました。
「俺は、あの少女を、殺したい。」
「俺はあの少女を殺したい。」
「はい?」
「簡潔過ぎたな・・・。殺すべきだと思う。の方がが正しいか。」
「あなたは自分が仰っていることを分かっておられますか?」
「ああ、わかってるよ。だがそれは、朱杏を助けることにもなるんだ。」
「はあ。」
「あの事件のこと、お前も覚えているよな。」
「あの事件?まさかあなたもご存じなのですか。」
「知っているも何も、俺は朱杏の家の隣に住んでたんだ。知らないはずがねえよ。」
「では、なぜ私が知っていると?」
「それは簡単なことだ。あの日、俺はお前のことを見たからな。」
「そうでしたか。あなたはあの事件について、知っていることがあるみたいですね・・・。」
「あの日の朱杏の不気味な微笑み、あれはあの子のものじゃない。」
「確かに、今のあの子からは想像できませんね。」
「そこで俺はある結論に至った。」
鼠は、確信したように言った。
「あの子は―――。」
紫紺は驚き、なぜそう思うのかと、訪ねました。
「あの子の名前は――――――。」
「んなっ・・・!」
「これでわかっただろう?頼む。協力してくれ。」
「できません。」
紫紺はきっぱりと断りました。
「私が街から追いやられた理由を知っているでしょう?あの子を・・・ましてやこの世から――――!」
「すまない。行きすぎた発言をした。話に付き合わせて悪かったな。お休み。」
「分かって貰えたのでしたら良いです。お休みなさい。」
しかし、鼠は紫紺の考えを、これっぽっちも聞いていませんでした。
紫紺の答えなど、どうでも良かったのです。
そして鼠は少女を殺す覚悟を決めました。
空が、紫がかり始めました。
紫紺は床で、いびきをかいて寝ています。
少女は隣のベッドで、寝息をたてながら寝ています。
鼠はナイフを片手に―――。
ぐさっ。
「っ!?」
鼠は言葉を失いました。
「ぐあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
そこには紫紺がいたのです。
赤色が飛び散り、紫紺の絶叫だけが辺りに響いていました。
パチッ
少女が起きました。
少女は、ゆっくり、ゆっくりと顔をこちらに向け、その赤を見ました。
「ち」
途端、目の色を変えた少女は赤色を欲し、幼い口調で、
「朱殷をちょうだい?」
初めまして、叫びたがりなIscreamと申します。これが初めての小説になります。
最後までお読みくださりありがとうございます。後書きではこの作品について補足したいと思います。ネタバレになりますので、まだ読んでいない方は、お読みになることをおすすめします。
では補足に入ります。まず、この作品は「色」を題材にしています。
タイトルの「朱殷」とは暗い朱色のことで、「血の色」を表現する際に使用されます。
朱杏という名前は私による造語で、意味は「赤い乙女の微笑み」と設定しております。
また、ほかの登場人物「深川鼠」「紫紺」は「朱殷」と同じく、色の名前です。
深川鼠は江戸時代、「粋な色」として流行したそうで、とても落ち着いた印象を受ける色です。
紫紺は「紫紺の優勝旗」と言われるように(作者は聞いたことがないのですが)、尊ばれている色であるようです。以上が補足になります。
最後に、執筆する際のことを。
色について調べているだけで、興味深いものがありました。
文を書く際も、普段使っている表現・慣用句について調べてみると、私自身のイメージと少し差異があったりと。
そんな風に小説を書き、日本語を再確認し、改めて日本語とは美しい言語だな、と思えました。
そして今、私の頭の中には既に朱殷とは別の構想があります。
ではまた、次の作品でお会いしましょう。




