幸助の方針と憩いの森
プロローグおわっての一話ですが、幸助君異世界知識0からのスタートです。
暫くは生活面で苦労します。
テレメール国の首都、カルセノスのとある古びた宿の一室に、ベッドに腰を下ろし、ふうと息をつくのも束の間に、今度は真剣な顔をして熟考している若者がいた。
勇者召喚にて異世界にやってきたといわれながら、周りは勇者に対し、その若者一人だけが一般人と、非凡にして平凡な境遇に置かれたのは、桜木幸助唯一人だった。
幸助は今、自分のこれからのことについて考えていたところだった。勇者と一緒に居たくないという思いからなんとか城の外へと出ることに成功したわけだが、方角をはじめ、土地勘のないこのカルセノスをただ彷徨うという結果になった。アレクに教わった宿や店に関しても、名前が分かるだけで場所が分からないために、結局見つけることは出来なかった。
ただその過程で、ふらっと目に付いたのが現在ベッドで休む俺がいる宿だ。
今いるこの古びた宿、名前は憩いの森で、内外共に木で造られており、少し古い感じにはなっているが、俺には派手派手しくなくて良い感じに落ち着いた宿だと思う。
宿の部屋数は8部屋になっており、全て二階に部屋があてがわれている。一階には食事処が構えられており、結構な広さが確保されている。ただ、風呂はこの宿には付いていないらしい。日本生まれの俺にとって、しかも一人暮らしを長いことしてきたこともあり、風呂は無くてはならない存在になっていたので、少し残念な気持ちになった。
とまあ、宿の紹介はここまでにして、俺のこれからについて考えなければならない。
一先ずはこの世界の知識と生活について知る必要がある。住む場所も探そうとも思ったが、まず金銭感覚が全く分からないので、少し先伸ばしにして、暫くはこの宿を拠点に動くことにした。
ちなみにこの宿、宿泊とは別に食事をとるだけということもできる。食事は一食銅貨5枚で宿泊のみは銅貨35枚。とりあえずということで、一泊分と食事3食をつけて、合計銅貨50枚となった。
アレクからもらった金の入った袋には、金貨が20枚、銀貨が50枚、銅貨が50枚が入っていて、そのまま銅貨50枚を払ったために、金貨と銀貨しかない状態だ。丁度支払いのために、お釣りもなく銅貨が綺麗さっぱり無くなったので、やはり金貨と銀貨の価値は分からなかった。
憶測で言えるなら銅貨は1枚あたり100円ぐらいかなーというぐらい。そう考えれば一泊三食5000円と、妥当な値段になるね。
この宿で衣食住の内、食住は暫く解決したわけだが、残りは衣だ。俺の服装は現在学校の制服だ。紺色のブレザーで、下にはカッターシャツ、そしてさらに下はTシャツ、下半身は黒のスラックス、白の靴下、そして動きやすいスニーカーだ。日本では良く見る学生姿だが、この世界では珍しいようで、王に仕える執事の格好に近いとはいえ、過ぎ行く人達からは奇異の目で見られたのだ。目立つのは避けたいのですぐにでも替える必要がある。
俺の制服には生徒手帳、シャープペン、消しゴム、財布、スマホが入っていた。シャープペンはメモに使えそうだが、芯が無くなれば無用の代物だ。生徒手帳と消しゴム、それとスマホについてもこの世界では役には立たない。スマホの電池はなぜか満タンを維持していたが、それ以外では音楽を聴いたり、計算をしたりぐらいしかできない。電話やメールといったことは出来ないし、ゲームについても通信するタイプのものは進行ができないためプレイ不可だった。
後は財布だが、中は全てこちらの世界では無意味な物だ。だが使い道が無いわけではないので、財布には保険として金貨10枚と銀貨25枚、つまり半分を入れた。これで袋を無くしてしまっても、財布が残れば全て失わずに済む。ついでにステータスプレートも入れておこう。
先ずは服装を変え、価値を知り、街を知り、生活を知り、世界を知る。そこから初めてスタート地点に立つことができる。言えばこれだけではあるが、実際にはやることが山積みだ。まあ、俺は勇者じゃないし、俺のペースでやっていけばいい。
考えもまとまったことだし、さっそく衣服店に――
ぐう。と俺の腹が悲鳴をあげた。そういえば今日飯食べてないや。
俺は腹の機嫌を直すために、部屋の鍵を閉め、一階の食事処へと向かうことにした。
部屋を出て一階におりてすぐ右手の食事処に着き、適当に空いてる席へと腰を下ろした。周りはあまり繁盛していないのか、客は思ったより少ない。待っているとすぐに女の子が俺へと向かってきた。
「食事ですね。少々おまちください。本日はエレン草とワーガル肉のスープと、カルセノスパンになります」
笑顔で今日のメニューを言った少女は俺と年は近いっぽく、服装は飾り気はなかったものの、エプロンをしていて、肩辺りまであるだろう髪を一つに束ねたサイドテール、髪色は艶やかな金髪、整った顔をしておりかなりの美少女だった。おっとりしている感じでおとなしそうな印象だ。
その美少女は厨房へと消えていき、すぐに食事を運んできた。
「お待たせいたしました、こちらが食事になります。おかわりは別途料金が発生しますのでご了承ください」
「ありがとう」
俺は礼を言うと、食事に目を向けた。緑の草と鳥に近い肉が入った黄金色のスープで、見た感じはコンソメスープっぽい。さっきエレン草とワーガル肉という聞いたことのない素材が使われているので、少しばかり心配だ。カルセノスパンはこの街の名前からして街で一般的に普及されているパンなのだろう。
まずはスープを口に運ぶ。一言でいうなら薄い。塩味が足りてないと俺は思うが、これが一般的ならここの住人は超薄味派かもしれない。俺も薄味派なんだが、それでも薄い。だが、肉の方は鴨肉に近い食感で、エレン草という草から味がでているのか、苦味も無く、薄くとも、スッキリとしていて食べやすい一品となっていた。
次にカルセノスパン。少し硬い。フランスパン的な硬さだ。おそらく日持ちが良いパンだろうな。味は食パンぽくて普通に美味い。それをスープに浸すと良い感じに柔らかくなって食べやすくなった。そこから俺は黙々と料理を堪能した。
こうして初めての異世界料理は俺の舌と腹を黙らせることに成功した。
俺は空になった食器を片付けて厨房へ持っていき、食器を返却した。
「ご馳走様。美味しかったです」
「お口に合って良かったです。食器ありがとうございますね」
厨房にいたさっきの美少女に礼を言うと、食器を受け取って美少女は笑顔で言ってくれた。そういえば名前知らないし、聞いとこう。
「俺は幸助って言います。失礼ですが名前を教えていただけませんか?」
「コウスケさんですね。私はサリアといいます。憩いの森の宿主の娘です。父はモース、母はミリアといいます」
美少女はサリアという名前らしい。ついでに両親の名前も知ることができた。厨房で料理の仕込みをしてるのが父、俺が来たときに受付たのとさっき空いた部屋を掃除していたのが母だろう。
仕事の邪魔をするのも悪いのでさっさと外に出ようかと思ったが、サリアさんに聞けば衣服店が分かるかもしれない。というか今まで住人に聞くという発想が抜けていたな。アホだな俺。
「サリアさん、すいませんが近くに衣服店はありますか?ここに着いたばかりでこの街に疎いんですよ」
「え?ああ、その格好珍しいですもんね。少し待ってください。明日の食事の買い足しついでに、案内しますよ」
俺の姿を見て意図を汲んだのか、サリアさんは直接案内してくれるみたいだ。悪いことしたなと思ったがサリアさんが食器を洗い終え、買い足しの支度をしにいったので俺は支度が終わるまで待った。
「っと、お待たせしました。ではいきましょうか。お父さん、買い足し行ってきます」
「気をつけて行けよ~!お客さんをしっかり案内してやりな!」
先の話を聞いていたのか、厨房から顔を出し、張りのある声で言った。見た感じ30台後半のチョビヒゲのハンサムなサリアさんの父、モースさんだ。
「暫くサリアさんをお借りします!サリアさん、案内よろしくお願いします」
俺は服を買いに、サリアさんは食事の買い足しがてら案内に、憩いの宿を後にした。