サミュエルの考察
カトリーヌ嬢がおかしい。
時折、1人ため息を吐き、頬を染めぼんやりと物思いに耽っている。
まるで、恋する乙女のように。
その噂は密やかに速やかに広がる事となり、当然婚約者たるサミュエルの耳にも届き、心中は穏やかとは言えないものとなった。
その相手が誰なのかをサミュエルは知らない。
少なくとも、自分以外の誰かだという事以外は。
彼女が彼に接する態度は常と変わらず、こちらを見つめる瞳にも熱はない。
強いて変化を挙げるとすれば、彼の学友となった男爵令嬢をやり玉に挙げるようになったくらいだろうか。
その件に関しても、彼は彼女らしくはないと首を傾げるしかない。
何せ、彼には男女問わずの学友が多くいる。
件の令嬢にしたってそうだ。
学友の範囲内での付き合いでしかない。
サミュエルとて、王家公認の婚約者がいる手前、別の女性と二人きりになる場面は避けてきた。
その証拠に、彼女と議論を交わすときは決まって彼女の幼馴染も同席しているのだ。
それに、今までにも、異性の学友と議論や授業について話していても、決して彼女は動かなかった。
むしろ、笑顔で送り出してさえいた。
それなのに、男爵令嬢を貶める自らの取り巻きすら抑える事もせず、ただ傍観する姿勢やその眼にサミュエルに対する嫉妬の色は一切なかった。
あれはどちらかと言うと……。
そこでふと、一つの結論に行き当たる。
それはとても普段の彼女らしく、男爵令嬢に対する態度にしても納得できるものだった。
けれど、そうなると彼女の様子がおかしい事とはつながらない。
(やはり、誰かに恋をしているのだろうか……)
カトリーヌとは学園を卒業して後、夫婦となる。
カトリーヌとは幼少の頃からの付き合いがあり、旧知の仲と言える。
そんな気心の知れた相手であり、「高貴なる血統」を持つ者として、お互い納得ずくの結婚である。
カトリーヌを妻として愛する覚悟もある。
この気持ちを恋などとは言わない事は分かっている。
男性には妾は認められているが、女性にそれは認められていない。
それはあくまで表向きの事で、政略結婚の末、世継ぎを生んだ女性が愛人と情を交わす事は珍しくない。
サミュエルは苛立ちを覚える。
これは嫉妬だ。
サミュエルは自覚した。
恋を知ったであろうカトリーヌに対して、未だ恋を知らぬサミュエルは嫉妬したのだ。
その嫉妬の底にある、僅かに芽吹いたモノに気づかぬままに。