狩りにいった。2
熱帯雨林とでも勘違いしそうな樹海、そこには太古の時代のような光景がそこに広がっていた。
毛皮からでも感じ取られる濃い湿気の空気、そして様々な獣と草の匂いが混じった独特な香りに嗅覚が刺激される。
そしてそこに優々とリラックスして食事をしているのは日本鹿と呼ばれている愛らしい動物だ。
何匹かが親子なのか、一回り鹿を小さく小型化したような子鹿が母親にすり寄っている。
生物の楽園と表してもいいかもしれない、そんな生命感溢れる神々しい地を、僕とアサちゃんは岩影に隠れて覗いていた。
不審者みたいな。それが僕の感想である。
人工物一つ無い緑の自然に、大きい体の割には愛嬌のある動物が平和に暮らしている。
この風景を写真に収めたら一体どれだけ美しい作品に仕上がるのだろうか・・・
そんな美しい世界の中で、幸せそうに暮らす鹿を・・・今から僕らは襲わなければならないのだった。
クリリンとした深い黒真珠のような保護欲を掻き立てる動物の首を刈り、緑色をしてる大地を真っ赤に染めてしまうのかいやいやいや考えるのはよそう。
相手が生きる為に逃げるなら、こちらも生きるために殺すんだ。
可愛いなどは関係ない、相手が草を食べるように、僕らも肉を食べなければならない。
それが自然の摂理であり、環境というパズルのピースでもあるんだ。
これから奪う命は無駄にはならない。僕らも含めて、この樹海の恵みの一部なのだから。
それに、生半可な覚悟で命を奪うとするのは許される事じゃない、それは必死で生きている獲物に対しての最大の侮辱となる。
草でも虫でも動物でも、全て同じだ。
命を繋げる戦い、どちらにも敬意を表すのが狩りの掟って、昨日アサちゃんが言ってた。
足を踏み出す度に足下にある苔を潰して葉緑体の混ざった緑色の液体が足下の肉球を彩る。
目の前に広がるのは自然の光景、しかし僕はなんらかの違和感を覚えていた。
前方に優雅に食事をしてる鹿を見て、僕は無意識のうちに言葉を吐く
「・・・ぜんっぜん警戒ってもんをしてない・・・危機感がないのかな?」
僕ら狼チームは木や岩に隠れながら既に5メートルほどまで近付いているのに対し、鹿は臭いや気配を察する事なく、まるで家の中にでもいるかのように安堵に溢れていた。
テレビで見た映像が正しければ、普通なら既に僕らの気配を察して逃げているはずだ。
その番組の動物は日本じゃなかったけど、それでもおかしいと僕は思い始めてきた。
「まぁ、あたし達みたいな捕食者が居なくなったのが原因だろうけど・・・あたしは慣れてるけど改めて見ると確かにこれは酷いわね」
僕の呟きが耳に入ったのか、アサちゃんは呆れ顔をしながら僕に頷いた。
実はアサちゃんとは数回動物について語り合った経験がある。特に僕が海を越えた先に居る動物について話したら目をきらきらを輝かせてた。
まぁ最初は「その話本当?」って疑われてたけどね。
そのお話の中では動物の狩り話も含まれていた。
そういや、捕食者が居なくなって猪や鹿が急激に数を増やしたんだよな・・・
人間はそれらを多少駆除はしても基本的に保護しちゃってるから、襲われる事のない今の状態に生物的危機感ってものが退化してしまってるのかもしれない。
だとしたら・・・これも僕ら人間の責任だ、軽はずみな行為で自然環境をブチ壊して、挙げ句の果てには人間の勝手なエゴや必要のない甘い同情によって動物達は本来の姿を失い、まるで作られたような生態系を作ってしまったのだろう
怖い、嘗て同じ種族だった筈なのに今の僕からしたら凄く怖い。自然の摂理をねじ曲げて、一体生物はどうなってしまうのか?
これからの未来も、人間によって計算されている身勝手な自然環境が出来上がっていくのだろうか
それは自然と呼べるのか?もう、人工物じゃないのか?
僕は嘗ての同族によって作られてしまった哀れな動物の末路を、僕はただ見つめることしか出来なかった。
「シロウ?ねぇシロウってば!」
「あにゃ?」
突然尻尾を踏まれた僕は、意識を強制的に現実へと引き戻された。
踏みつけたのはちょっと心配そうな顔をするアサちゃんだった。
「・・・え?何?」
「あ、えと。なんかボーっとしてたから、気合い入れただけ!」
なるほどアサちゃんらしい。
「ねぇ、何考えてたの?」
「んん!?、何でもないよ何でもない!!」
人間関係の考えを話せるわけないじゃない!
何聞き出そうとしてるの!いやん!
「ふ~ん・・・」
誤魔化した僕をアサちゃんは疑わしい眼差しで見てくる。居心地悪いなぁもう。
このままでは色々とボロが出ると思った僕は、別の言い訳を考えて代わりにそれを口にする。
「い、いや~、ね。これからする狩りが少し不安で・・・」
「あ、なるほどね。でも大丈夫よ、子供の鹿はあんたより遅いし力も弱いわ。喉元に噛みつけば一撃よ」
だから血生臭い話は止めてくれっての、ますます別の意味で不安になってきたわ。
まぁ、まだジト目で見てる辺りこっちを疑ってるだろうけど何とか話を逸らすことには成功した。
はぁうわぁキンチョーするぅぅぅ
「うぬぅ、失敗したらどうしよう」
「だから失敗しても大丈夫よ。駄目だったら明日にすれば良いんだし。」
アサちゃんは普通のペット犬(狼だけど)とかと違って毎日は餌を食べてはいないそうだ。そもそも毎日食べること自体稀で、僕がやってたことは随分と珍しい事だったらしい。
基本的に狼は、狩りが上手くいけば食べるし、駄目だったら次の機会まで持ち越しって事だそうだ。
まぁ人間社会みたいに食料が安定してる訳じゃないし、仕方のない事だろう。
「そうかな、だといいんだけと」
「食べれない時の為に食べられる機会があるなら迷わず喰う!それくらいの感覚で良いのよ」
アサちゃんの励ましで少しだけ緊張が解れる。アサちゃんは何気なくサポートをしてくれる良い子だ、言葉遣い悪いときがあるけどね、さっきの「喰う!」とかね。
まぁ人間じゃないから別に良いんだけど・・・声がハスキーっぽくて、でもちょっと女の子らしくて可愛らしい美少女ボイスだから戸惑うんだよね。
声だけならタイプだな。いえす。
「・・・僕は何を考えてんだ?」
「あんた本当に大丈夫?」
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「くぅ、くぅ、くぅ、はぁはぁはぁ」
「ちょっと落ち着きなさいって」
「はふ、はふ、う゛う゛~!!」
「深呼吸して、深呼吸。」
「ひっひっふー、ひっひっふー。」
「・・・なんとなくイヤな感じがするわ」
僕の妊婦さんのような荒い呼吸音にアサちゃん産のジト目が出荷してくる。
その精神的影響は黒字どころか赤字である。
つまり精神的ダメージがキツいという事であるぐすん。
僕らは今まさに、鹿狩りを開始しようとしている。しかしいざとなったら急に緊張してきて、落ち着いてきた感情も油を注いだように燃え上がっている。
まるで狩りを楽しんでいるようにも認識できる。
おい待て、僕は戦闘狂じゃないぞ?
「うぅ、なんでだろ?凄く興奮してきて食欲も増して来たんだけど・・・」
寧ろ欲が暴走しているみたいに大きくなってるんだけど。
僕はちょっとした恐怖感におそわれていた。
「う~ん、なんかお父さんみたい・・・」
独り言のようにボソッと言った呟きに僕の意識は反応する。
そういや、お父さんは元人間なんだっけか、アサちゃんは知らないらしいけど・・・
「僕がお父さんに似てるの?どこが?」
そう聞くとアサちゃんはケモ耳をピクピクと動かして「う~ん」と思い出を掘り起こすように唸りながら考えていた。
そういや、熊のオジサマのとこでもクマさんに「似てる」って言われたなぁ。あれも具体的には教えてもらえなかったし・・・むぅ、謎だ。
どうやら世界は謎に包まれているらしい、完。
「普段大人しいのに、狩りになると急に性格がガラリと変わるような・・・所とか?」
「うぉいうぉいうぉい待ちなさいよ、僕別に性格変わってないよね?興奮はしてきたけどそれは違うし!?」
そんな戦闘狂みたいに言わないでほしいものだ、ハンドル握ると人が変わるみたいに言われても・・・ねぇ?
「そうなんだけど・・・気分高揚してるのも事実でしょ?変態みたいにハァハァ息切らして」
返す言葉も御座いません。
僕の無言を肯定と受け取ったのか、「はぁ」と軽く息を吐くとアサちゃんは僕から視線を外して鹿へと向けた。
顔をキリッとさせているのは意識の切り替えができているのだろう。僕は元々ヘニャっとした顔だから出来ないけどね。
「まぁやる気があるのは良いわ。群れが移動する前に終わらせちゃいましょ」
「う、うん・・」




