悩んだ。
緑色の草を踏みつぶすと顔が地面に近いというのもあって野草の青々しい匂いが鼻に刺激を与えてくる
一歩、二歩、三歩・・・同じ作業を繰り返してどこまでも似たり寄ったりの木々の間を突き進む。
空を隠す程の高い木の葉の隙間から僅かな太陽光がスポットライトのように辺りを照らして幻想的な背景を生み出している
そして僕の目の前には可愛らしい尻尾を左右に振る狼・・・アサちゃんが上機嫌に巣までの道案内を担当してくれている。
久し振りにクマさんと戯れる事が出来て楽しかったらしい、今も頭に「♪」マークを浮かばせていそうな気分を保っていた。
そんなアサちゃんは、夜中に起きた出来事を黙々と考えている僕に気づかない様子だ。
あれは誰かにそう簡単に相談できる代物じゃない、気づいていないのならこちらとしては好都合・・・
『アサの中から憎しみを消し去ってくれ』
クマさんに頼まれたあの言葉、あの後朝日が昇ると直ぐにアサちゃんは目を覚ました。
あの会話をアサちゃんに悟られぬように挙動不審な態度を取られぬよう、スムーズに話の話題を変えるのが大変だった。
できれば何処かで時間を作ってクマさんと意見を交わしたかったんだけどアサちゃんが縄張りのマーキングをするから早く帰ると言い出した。
僕は残りたかったけど洞窟までの帰り道がわからないし、アサちゃんを引き留める理由もない。
仮に引き留めたとしてもさっきの話は本人の前でするものではないだろう。
その後そのままアサちゃんの洞窟まで帰る事になった。
クマさんと話の続きをする機会は無くなってしまったのは残念だった
アサちゃんの人間に対する憎しみは多分、いや軽いモノじゃない。
きっと僕なんかじゃ理解できないほどの黒い感情が心の中で渦巻いたんだと思う。
アサちゃんが人間を嫌った大きな原因は虐殺なのかもしれないと僕は考えた。
きっとアサちゃんも家族が殺されたのが、人間が「食べる為」って理由なら、まだ吹っ切れたんじゃないかと思う。
殺すのは自分が生きるため、命は命へと繋がる、この自然は中々シビアなんだ。
「あいつがこの前喰い殺された」「死んじまったかぁ」という世界なんだ。
アサちゃんも自分が生きる為に別の家族の絆を奪っている。だが彼女は他の動物から恨まれた事はない。
「それは「私」が生きるため」だ。と言う
だとしたら、動物|(彼ら)にとって人間の毛皮狩りや乱獲などの「娯楽」は許し難い事なんだろう
動物の中で「生きる為」と「娯楽」での「命を奪う」という差は大きい。
アサちゃんの人間に対する憎しみは今まで無意味に狩られた獣達の気持ちを具現化したようなモノだ
人間のように綺麗事を言わない獣、そして何よりも「死」と「生」を身を持って理解している存在、彼らの怒りに触れた人間。
その人間だった狼もどきの僕が、アサちゃんの憎しみの中に土足で踏み込んで良いのかな?
いや、そもそもどう憎しみを消せば良いんだ?
アサちゃんの憎しみは確かに全人間に向いているが、復讐はしない。
樹海を歩く人間を見つけても襲わないのが証拠だ。
きっとアサちゃんもわかっているんだろう、全ての人間が獣を無駄死にしている訳じゃない、自分たちの家族を殺したのは一般人じゃない。でも、だからこそ、怒りの矛先が見当たらなくて心の中で葛藤していたのだろう。
そんな壊れかけた心は・・・いつ崩れてもオカシくない
どうしろって言うんだよ・・・
「シロウ?」
「っ!!?」
突如、アサちゃんの顔が僕の目の前に現れた
鼻と鼻がくっつきそうな至近距離だ。近い!!
「なっなっなっ何してんのさ!?」
「シロウがずっと黙ってるからじゃない!質問してるのに全然答えてくれないんだもん!!」
アサちゃんは不機嫌そうにジト目で僕を睨んできた。
どうやら僕に何か尋ねてたのにずっと黙りと考え事して、周りの事が見えていなかったらしい、失敬。
「えぇーとぉ?な、何の話だっけ?」
「だからぁ!シロウは魚食べられるかどうか聞いてるの!」
アサちゃんはそう言って怒鳴りながら前足で僕の頭をテシテシと叩く
僕は無視してたという負い目があってされるがままで、叩かれるたびに首を上下に振る赤べこのようになってしまった。
話の内容は夕食らしい
「川魚?う、うん食べられるよ?」
「そう!じゃぁ今夜は魚!」
僕がそう答えるとアサちゃんは元気よく尻尾を振り始めた。
彼女は、ただ純粋に・・・楽しんでた、それを見ると・・・古傷が痛むように胸がズキズキしはじめた。
この子の父親が人間って知ったら・・・どうなってしまうのだろう。
怖い・・・彼女が壊れてしまうのが。
・・・やめろ!考えるな!!
僕はブンブンと頭を振って煙を拡散するように考えを消す。
「どうしたの?頭を振り始めて?」
そうしてたらアサちゃんが僕の顔を下からのぞき込むように上目遣いで見てくる。
一瞬ビクッとするけど、素でそういう事をするアサちゃんを見て僕は自然と笑みを作った。
「なんでも無いよ、魚って何がとれるの?」
僕が元の調子で訪ねると、アサちゃんは僕から顔を離して尻尾を振る
「ブラックバスが偶に紛れ込んでとれるわ!」
ブラックバスか、青木ヶ原樹海で捕まえられたっけ?
ブラックバスはオオクチバスとかいわれて所謂外来種と呼ばれる魚だ。
食用やゲームフィッシュとして日本に放流してからが始まりらしい。
その巨体と食欲が組み合わさって、あっという間に自然のバランスを崩してしまった魚の一種だ。
元々食用としての淡水魚なので食べられるには食べられるだろう・・・
そういえばアサちゃんの縄張りの洞窟の真隣に川があったよね、そこで魚を採るつもりかな?
まぁどっちにしろ、狩りの参考になるかもしれない。
まぁ今時のニホンオオカミは魚を食べると言うことに驚きを隠せないが・・・
しかっかし川魚かぁ・・・川魚って寄生虫を飼ってる場合が海水魚より多いから焼かないとお腹壊すかもしれないんだけど・・・
火なんて使わない動物に言うのも野暮だろう、元気に尻尾を振るアサちゃんの頭に僕の尻尾を乗せて撫でる。
尻尾のフカフカ度なら負ける気はしないぞ?
「っ!?」
「ん?どしたのアサちゃん、早く行こーぜ」
「え?あ、うん」
アサちゃんは若干頬を赤くして先頭を歩いてった
なんで頬が赤いの見えるの?毛皮じゃん?
そんな僕の思考はアサちゃんの「・・・モフモフだった・・・」という呟きを聞き取らせなかった
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一羽の黒い鳥が遠目から狼二匹を監視する。
そして面白そうに声を弾ませた
「おっほ!シロウの奴、大胆に尻尾でアサの頭撫でやがった!!」
撫でられた雌の狼はシロウに気づかれないように一瞬、一瞬だけ気持ちよさそうに目を細めていた
誰がどう見てもあれは脈ありに見える。
(とりあえず一歩前進か?あの二匹共が恋愛に発展するのはまだ先かなぁ)
カラスはそう思って監視を続ける。
そのカラスは、シロウが命名して呼ぶ、喧し鴉の一羽である。
理由は簡単、いつも真ん中に佇んでいる雌のカラスに監視を頼まれたのだ。
基本あのグループの中で一番偉いのはあの雌だ、だから頼まれたカラスは直ぐにシロウ達の監視を実行した。
理由は説明されなくてもわかる、シロウとアサの仲をくっつけされる為だ。恋愛的な意味で
そんな二匹は、一見端から見ればお互いのどちらかが気付いていないだけの鈍感恋愛に見えるかもしれない。
それでは素人だ、とカラスは思っていた
(アサが抱いてるのは多分親に対する甘えってのに近いかもしれねぇ、ようは遊んでくれる大人に懐く子供って感覚だろう。公園で見たぜ。オッサンの周りに子供が群がってる姿を。
シロウの場合は単に世話好きってだけかもな)
カラスはそう分析して出した、結果にため息を吐く。
こりゃどっちがガキでどっちが大人だか・・・あの二匹はその状態変化が変わって変動しすぎる。よく言えば臨機応変ってことだ。
二匹のキャラが固定されてない今、このあとどうすれば二匹はくっつくか作戦を立てる事ができない。
(ま、地道にやりますかー)
そう心の中で呟いてカラスは二匹を見守った。
次話、魚捕る




