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酒は飲んでも飲まれるな

前話投稿から1年以上空きました。申し訳ないです。

 頭痛と格闘しつつもリツコが身支度を終えて地上へ降りると、既にアドラメレクが朝食の用意を終えていた。

 果実中心のビタミンたっぷり、彩りも美しい朝食を4人で囲む。

「随分楽しそうだったねぇ」

 おはようの挨拶もそこそこに、アドラメレクが隣に座るリツコを呆れたように見やる。

 彼の口調はいつも通りのんびりしていたが、その言葉の選び方に何やら棘があった。

 食卓につく前から幾度も欠伸を繰り返していた様子から察するに、よく眠れなかったのだろう。

 何処で寝ていたのかリツコは知らないが、アドラメレクとエヴァンの2人は昨夜は巣に上って来なかったようだ。

「そんなに五月蠅かったですか?」

 枯れた声をしたリツコが反対隣りを窺えば、エヴァンが困った顔で頷いた。

 言い過ぎじゃないかと言い返したいのは山々だが、困ったことに彼女の記憶は曖昧で反論の材料が無い。

「……君の高笑いが耳から離れない」

 リツコの正面に座るデレクがテーブルに突っ伏したまま低く呻いた。

 満場一致の感想に、己が酒乱である疑いが確信に変わってしまったリツコはぐうの音も出ない。

 やけっぱちで果物に手を伸ばそうとしたが、食欲が全く湧かずその手は空を漂ってテーブルへ落ちる。

「はいはい。ごめんなさいね。もうお酒は飲みませんよ!」

 身から出た錆とはいえ、四面楚歌の状況にリツコはすっかり膨れっ面である。

「それで、どうなったの?」

 殆ど食べない二日酔い組の分をせっせと消化し、何時もより多めの朝食を終えたエヴァンが口を拭いつつリツコに水を向ける。

「どうって……どうなんでしょう」

 痛む頭を傾けてデレクを見つめたリツコだったが、見えるのはぼさぼさになった茶髪と旋毛くらいのものである。

 酔っ払い同士でまともな会話が出来たとは思えず、また酒の弊害に苦しむ2人に朝から真面目な話が出来る訳もない。

 とどのつまり、昨日エヴァンが謝罪した後から事態に何の進展も無い。

「……その話なんだけど」

 重そうに頭を持ち上げたデレクが乱れた前髪の間から充血した瞳で一同を見渡す。

「俺を帰せないというならば、せめて雇ってくれないか?」

 予想外の言葉に、リツコはぱちくりと目を瞬かせる。

「それは、今までやってもらっていたお料理や家事仕事に賃金が必要ということですか?」

 デレクを引き留めている事情を自身で暴露した事実が、彼女の海馬にうっすらと残っている。

 いつまでも捕虜扱いするのは気分が良いものではなく、リツコとしても彼の仕事に対価を払うのはやぶさかではない。

「家事に関しては、食料と寝床の面倒を見てもらっている以上は無償でやるよ。君が欲しいのは知識だろう?」

 彼がその顔を覆い隠していた前髪を払えば、気だるげだが何かを決意した表情が現れた。

「魔術、冒険者、魔物……あとは、魔女に関しての知識を君に売る。代わりに、あそこに飾ってある魔石が欲しい」

 デレクが指さしたのは、エヴァンと子蜘蛛達が作った秘密基地だった。

 魔石にその情報分だけの価値があるのかリツコには分からないし、魔石をエヴァン達に相談なしで渡す訳にもいかない。

 答えあぐねている彼女にちらりと視線を向けた後、エヴァンが口を開いた。

「石はまた探すからあげてもいいよ。でも、魔女の知識を売るっておかしくない?リツは魔女だよ。デレクより詳しいに決まってるじゃん」

 エヴァンの言葉の前半はリツコに対して、後半はデレクに対して発せられている。

「そうかな。アドラメレクとリツコは見たところ対等な関係に見える。そんな契約を結べるような魔女が、魔術学校や呪術を知らないこと自体おかしな話だ」

 言いながら、デレクが視線をアドラメレクに向ける。

「何が言いたいのさ?」

 ケチをつけられていると感じたのか口を尖らせているアドラメレクに、デレクが首を傾げる。

「人間を巧みにだまして契約を結ぶ魔物の話は聞いたことがあるけれど、見ている限りアドラメレクはその類ではなさそうだ。魔の領域で暮らすだけならば契約に価値は無い。……君たちは必要に駆られてやむを得ず契約を交わしたんじゃないかな?」

 話の半分ほどが理解できていないが、契約の経緯についてはその通りなのでリツコはデレクの洞察力に感心した。

「大きく育ったら、食べる気かもよ?」

 一方面白くなさそうな表情のアドラメレクが、尖った歯の間からちろりと舌を出した。

「あり得ない。だってそうだろう?魔女になった人間は歳を取らない。リツコは永遠に子供のままなんだから」

 デレクの反論に、リツコとエヴァンが驚愕のあまり口をぽかんと開けたまま固まった。

「ほら、ね。やっぱり何も知らないじゃないか。経緯はともかく、契約を結んだならばそういうことも知っておくべきだ。魔女になって、身を滅ぼした人間は少なくない」

 琥珀色のデレクの瞳が、口を閉じることを忘れたリツコと不機嫌そうなアドラメレクの間を行き来する。

「別に子供のまんまだっていいじゃないか。ほら、大人の君よりちっちゃいリツコの方が可愛いし」

 大きな手でリツコを抱き寄せるようにしながら、アドラメレクが口を尖らせる。

「可愛さの有無は置いておいて、リツコの能力をこのままにしておくのは危険だって言ってるんだ。魔物を操る魔法なんて一歩間違えば100年戦争の再来になる。神聖騎士の最優先討伐対象になるのは確実だぞ!」

 深刻な表情のデレクに対して、話題の中心の筈のリツコはおろかアドラメレクとエヴァンも鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。

 神聖騎士とは何か、という疑問はあるがそれよりも気になるのはデレクの大きな勘違いだ。

 茶化すようで悪いが、ここで訂正をして置かなければならない気がしてリツコは恐る恐る声を上げた。

「私、魔物を操る魔法なんて使えないです」

「僕はそんな能力持ってないよ」

 契約者同士が息の合った否定を述べる。

 先程とはあべこべに今度はデレクが虚を突かれたように目を瞬かせる。

「アルコナとスコルは君たちが操ってるんじゃ……?」

 謎の固有名詞らしきものの出現に、リツコには何の話かさっぱり分からずアドラメレクを見上げる。

「まさかぁ。僕たちは共生してるけど、何かを命令出来るほど強い立場じゃないよ。単純な力関係だけ見れば、むしろされる側かなぁ?」

 不機嫌から一転。面白がるような、からかうような調子で述べるアドラメレク。

「あり得ない。だって、肉食と草食……捕食者と被食者が同じ共同体で暮らしているなんて不自然だ」

 反論するデレクの言葉を拾って、リツコは<アルコナ>や<スコル>という名称が大蜘蛛と狼を指しているのではないかと見当をつける。

「言われてみれば、それもリツコの能力って言ってもいいのかもだけどねー。ほら、この子口が上手だからさ」

 納得したように頷いたアドラメレクを、リツコは手の甲で軽く叩いた。

「人を詐欺師みたいに言うのは止めてください。あれは互いの利を説いて納得してもらっただけです」

 むくれるリツコだったが、アドラメレクのほうは一向に悪びれる様子が無い。

「説得?」

「リツは魔物とお話できるんだ」

 訝しむデレクに、エヴァンが助け舟を出す。

「魔物と会話?まさか、契約者以外とも話せるのか!?」

 ばんっと勢いよく両手でテーブルを打って、デレクが身を乗り出す。

「え、はい。普通に会話できます」

 首を縦に振ったリツコに、デレクが信じられない物を見るような顔をしている。

 そういえば前にもこんなやり取りをしたことがあるなぁ、とリツコは懐かしさを覚えた。

 ジャネット先生は無事に息子夫婦を祝うことが出来ただろうかと見上げれば、空と同じ色をした小鳥が木々の間を縫うように飛び去って行く。

「どうやって?魔物達が人間の言葉を話すのか?それとも君が魔物の言葉を話すのか?」

 やや興奮したデレクの声でリツコの心は現在へ引き戻される。

「えっと、気づいた時には魔物と話ができました。アドとはそのおかげでこうして契約を結ぶことになって……むしろ、最初は人と話せなくて」

 開いた口が塞がらない様子のデレクに、リツコは激しく困惑した。

「そんな馬鹿な……それが本当ならリツコはヴァーラスには無い魔法が使える?出身は何処だ?赤い目と黒い髪、この国では珍しいな。ノーアトゥーン王国辺りか?」

 隅々まで観察するようにリツコを見つめ、デレクが考え込むようにぶつぶつと呟いている。

「あああ、情報が足りない。学校に居た頃なら図書館を使えたのに」

 もどかしそうに頭を掻きむしるデレクの様子に危うげなものを感じたリツコは心のメモに要注意、と書き留めた。

「あの、デレクさん?」

「ああ、ごめん。ちょっと興奮して……君のいう事が本当なら、この国の常識がひっくり返る程の大事件だ」

 深刻そうなデレクに釣られて、リツコとエヴァンがごくりと唾を飲んだ。

 興味なさそうにそっぽを向いていたアドラメレクも、長い耳をぴくりと動かした。

「人間と魔物がコミュニケーションをとる方法は2つあるとされている。1つは魔物が人間の言葉を話すこと。1つは契約を交わすこと。<契約の魔法>によって、契約者同士がお互いに話せるようになる。人間が魔物の言葉を話すことが出来ないのは、魔物達が人間の様に決められた音の羅列で意思を伝えている訳ではないからだ。意思を伝えたり受け取ったりする魔物特有の魔法が存在している、というのが研究者の見解。その魔法を人間が使う方法は今のところ見つかっていないんだ。何故ならば人と魔物の使う魔法には違いがあって……」

 前例のない事態を目の当たりにして熱く語っていたデレクは、自分の言葉に目の前の3人が大いに興味を引かれている様子であるのに気づいた。

 この状況をいかに上手く利用すべきか、彼は考える時間をとるためにゆっくりと息継ぎをする。

「……ここから先は有料、かな」

 3人の顔色を窺いながら、デレクが口を閉じる。

「ええぇ……」

 いいところでお預けにされたリツコの口から、情けない悲鳴が漏れた。

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