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目が覚めると別世界、かも知れない

5/5 不自然な表記を訂正

 誰かが言い争っているような声で、リツコは目を覚ました。

 空には既に日が昇っており、彼女は眩しさに目を細める。

 空気は少し冷たいが、毛布を被っているおかげでリツコにとってはここ数日で一番快適な目覚めだった。

 寝転んだまま声のするほうへ目を向けると、焚き火の傍に彼女の見慣れぬ男が増えていた。

 全身を堅牢な鎧で包んだ、子供になったリツコがおじさんと呼んでいいのか迷う微妙な年齢の大男だ。

 日に焼けた彼の顔には大きな傷があり、まだ新しそうに見える。

 大男と言い争っているのは、王子だった。

 何かを怒っている様子の大男に対し、王子は静かだが苛立った様子で言い返している。

 2人の視線が頻繁にリツコに向くことから、彼女の処遇について揉めているのだろうと思われる。

 こんな幼子をよもや捨てていくなどということは無いだろうとは思うものの、リツコは彼らの様子に不安を覚える。

「なんか、ぼろぼろね」

 様子を見守っていたリツコは、ふと彼らの着衣に目を移して呟いた。

 日光の下で見ると、昨夜は感心した王子や魔法使いの衣装がかなり痛んだものであることが分かる。

 魔法使いの外套には大きな裂け目があり、王子の鎧は傷に加えて血のこびりついたような跡がある。

 大男も同様で、まるで何かと激しく戦った後のように見える。

「本当に、コスプレなのかしら」

 彼らの様子をよく見ようと体を起こしたリツコに気付き、魔法使いが言い争う2人をなだめ始めた。

 王子と大男もリツコが起きているのを確認して、口を噤んだ。

 言葉が通じないリツコにも、何処と無く気まずい雰囲気が漂っていることが伝わる。

 無言で睨みあう2人を無視して、魔法使いが焚き火の傍で湯気を上げていた鍋から木の椀にお湯を注ぎはじめた。

 嫌な予感がしたリツコは、狸寝入りを決め込もうと再び毛布を被って横になる。

「……!」

 片手に木の椀を持った魔法使いが近づいてきて、リツコを起こしにかかる。

 肩を揺すっても声をかけても反応しない彼女に、彼は困ったように苦笑を漏らした。

「!」

 暫く思案していた彼は、何かを思いついたように声を上げてリツコに腕を伸ばした。

 彼はリツコのわき腹を軽く掴むと、彼女のアバラ骨の上を指でぐりぐりと押す。

「きゃ、きゃははは!ひ、卑怯者!あはははははっ」

 わき腹の弱いところをくすぐられ、笑い声と悲鳴を上げながらリツコは転がりまわる。

「ひひひひ……や、やめて!飲むから!ちゃんと飲みますから!!」

 リツコが観念した雰囲気を感じ取ったのか、魔法使いのくすぐり攻撃は止んだ。

 力なく地面に突っ伏していたリツコは、乱れた息を整えたのちに体を起こす。

「いただきます」

 差し出された木の椀を受け取って、リツコは中を覗き込む。

 彼女の予想していた通り、そこには昨日飲んだのと同じ液体がなみなみと入っていた。

 自分の為に用意してくれた薬なのだと理解していながらも、その味を知るリツコとしては極力飲みたくない代物だった。

 暫く水面に写る自分の顔と睨みあっていたリツコだったが、意を決すると鼻を摘まんで一気に飲み干す。

「げほっ。ご、ごちそうさまでした」

 苦労しながらリツコがすべて飲み終わると、魔法使いは褒めるように彼女の頭を撫でた。

 その後、朝食としてスープに浸したパンを少しもらったリツコだったが、薬の後味が強烈だったせいか殆ど味を感じられなかった。


 朝食を終えた一行は、少し休んだ後に荷物を片付けて移動を開始した。

 どこへ向かっているのか分からないままに、リツコは荷物と共に大男に背負われている。

 彼らの荷物は、大男が持っている赤子がすっぽり入りそうな大きさのずだ袋が一つと王子と魔法使いがそれぞれ腰に下げている大きめのポーチで全てだった。

 一泊二日の旅行でもキャリーバッグ一杯になってしまうリツコから見れば、それは非常に簡素な荷物量だった。

 大男の背からリツコが周囲を見渡すと、進行方向とは反対側に森が見えた。

 リツコがどれだけ気絶していたのかは分からないが、そこは恐らく彼女が彷徨っていた森だろう。

 一行が現在進んでいるのは、青々とした草の絨毯が広がる丘陵地だ。

「すごい、綺麗」

 日本から出たことの無かったリツコが見たことの無い広大な青い空と、何処までも続く草原。

 美しい自然の風景に感嘆のため息を漏らしながら、やはり見知らぬ土地に来てしまったのかとリツコは失望に顔を俯ける。

 下を向いた途端に、むっとした臭気に襲われて彼女は顔をしかめた。

 筋肉質な大男の背は安定しているものの、土と汗と若干の血なまぐささが入り混じった複雑な匂いがした。

「うっ」

 ふと不安になって、自分のワンピースの襟を嗅いだリツコはうめき声を上げた。

 何日もお風呂に入っていない彼女も、他人のことは言えなかった。

「……、……」

 先頭を歩いていた王子が立ち止まり、リツコたちの方を振り返る。

 彼の視線は、大男よりかなり後方に向いている。

 最後尾を歩いていた魔法使いとの距離が開いてしまったので、少し待つことにしたようだ。

 一行が野営地を離れてすぐに、リツコは魔法使いが左足を引きずりながら歩いていることに気付いた。

 魔法使いの左足付近の外套やズボンは大きく裂けて、べったりと赤黒い染みがついている。

「本来なら、あの人が背負われるべきなんだろうけど……」

 怪我人を差し置いて、裸足のリツコが大男に背負われてしまっている。

 リツコは、申し訳ない気持ちになりながら魔法使いが追いついてくるのを見守った。


 怪我人と子供を抱えた一行は、そのまま何もない土地を非常にゆっくりとした速度で進んだ。

 3回程度の野営を経て丘陵を抜けたところで、リツコはこの世界に来て初めて人工の建造物を見ることが出来た。


 それは、昔のヨーロッパを思わせる高い城壁だった。

 木製と思しき巨大な城門の前には、リツコたちのような通行人が並んでいる。

 鎧を着た兵士風の人々が門の両脇に控え、通行人の様子をチェックしている。

 それは、どことなくリツコに空港の手荷物検査を思い起こさせる光景だった。

 列の最後尾に並んだ大男の背に乗ったまま、リツコは周囲を見渡した。 

「おお?」

 リツコを驚かせたのは、通行人の中に王子たちのように武装をしている者が多いことだ。

 兵士たちから通行人まで、殆どの人間が西洋風の鎧と武器を身につけている。

 魔法使いのような格好をした者も、多くはないが何人か見受けられた。

 商人風の格好をした人もいれば、アジアンテイストの不思議な格好をした人もいる。

 肌の色もさまざまで、彼らは世界各国の色んな特徴を集めてきたように統一性が無く混沌としていた。

「うーん?」

 最初はコスプレイヤーだと思っていた王子達も、この集団に混じってしまうと普通に見えてくる。

 あまりに現実離れした光景に、リツコは首を捻った。

 最近リツコが読んでいた漫画に<目が覚めると別世界にいました>みたいな話があったが、今の彼女の心境がまさにそうだ。

 夢か現実かは相変わらず不明だったが、とにかくリツコは彼女の知らない異郷の地にいるようだ。

 驚愕と混乱から覚めないリツコの心情を無視して、門の中へと続く通行人の列は少しずつ前進していった。

 ついに一行がチェックされる番となり、王子が兵士と短い会話を交わした。

 特に問題がなかったようで、リツコたちはあっさりと通された。

 城壁を抜けると、そこにはレンガを積み上げて出来た異国情緒あふれる町並みが広がっていた。

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