犯人はお前だ!
すいません。予約投稿ミスりました。
連日更新はこれで終わりです。
縄梯子の真下。
向かい合わせに地面に腰を下ろしたアドラメレクとリツコは、しばらくお互いに無言だった。
リツコは状況を整理するために考え込んでいたし、アドラメレクは退屈そうに両目を瞑っている。
『それで、アドはどこまで見てたんですか?』
どれだけ頭を悩ませても良い解決法が思い浮かばず、行き詰ったリツコが俯けていた顔を上げる。
デレクから話を聞き出す為の騒動に気を取られてしまったが、アドラメレクが意味深な発言をしていたことを思い出したのだ。
当事者たちに聞かれることを避けるために、リツコが発したのは魔物の言葉だ。
『どこから?』
問いに問いで返されたことに腹を立てるよりも、アドラメレクの意図が分からず怪訝な顔をするリツコ。
『どこからって、どういう事ですか?』
目を瞬かせる彼女に、ゆっくりと両目を開いたアドラメレクがにんまりと笑った。
『聞きたいのは、今日の朝のこと?それとも、エヴァンがデレクを泉に突き落とした時からのこと?』
風が通り過ぎ、さざめく森とは反対に見つめ合う2人は動かない。
質の違う2種類の髪だけが、風と呼吸に合わせて空をたなびく。
『……泉に突き落とした?』
アドラメレクの発したその言葉を飲み込むことが出来ないまま、リツコは鸚鵡の様に繰り返す。
『うん。何日か前にデレクが鍋で水を汲もうとしてたでしょ。それを後ろから両手で、こう突き飛ばしてたよ』
現場を再現しようと、アドラメレクは両の掌を前に突き出して見せた。
『まさかそんな』
エヴァンがそんなことをする訳がないと、リツコは否定する。
魔物だらけのこの地で、デレクが子供に背後を取られるほど気を抜く訳がないとも。
それと同時に、あの時拾った鍋の重さを思えばアドラメレクの言うことを一笑に付すことも出来なかった。
『……から?』
デレクが泉に落ちた時から。
妙に含みのある言い方に気付き、リツコは眉間に皺を寄せた。
『あとは何を聞きたいの?武器の山に誘い込んだ後に、蜘蛛の糸を使って山を崩したこと?寝ている間に靴の裏に油を塗って滑りやすくしたこと?』
彼の話には主語が抜けているが、それを察することが出来ない程リツコも馬鹿ではない。
『自分を刺して、デレクに罪を着せようとしたこと?』
にんまりと笑うアドラメレクの声からは、いつもののんびりした調子が消えていた。
『ど、どうしてエヴァンがそんな事を?』
手についた油を思い出して納得しかけたリツコは、しかし感情の面から抵抗を試みる。
『気に入らなかったんでしょ。まあ、理由なんてどうでもいいよ。問題は、エヴァンがリツコの決めたことに従わなかったことだよね』
細められたアドラメレクの瞼の隙間は真黒で、闇の中に空いた穴のような真っ白な瞳がぎょろりと動いた。
こんな状況でも目も前の魔物は口角を吊り上がっていたが、それはリツコに笑顔の起源が威嚇行動であるという説を思い起こさせた。
風貌が人に似ている故に、リツコにも理解できてしまう。アドラメレクは怒っているのだと。
『全部見てたんですか?どうして……』
理由を問いかけようとして、リツコは思い出した。
デレクに何かが起こる度にタイミングよく現れていたアドラメレクのことを。
リツコはてっきり新参者を警戒し、監視していたのだと思っていた。しかし、寧ろそれは内に潜む不穏分子に対して行われていたのではないか。
デレクが縄梯子を踏み外した際のアドラメレクの台詞は<自分で解決できないならリツコを頼るべきだと思うなぁ。君の味方は彼女だけなんだから>。
これは、どう考えても警戒する人物に送るアドバイスではない。
『どうして、止めなかったんですか』
リツコに頼ませる等という回りくどいことをしなくとも、アドラメレクが直接注意をすればエヴァンは従っただろう。
何故そうしなかったのか、リツコには理解が出来ない。
彼女の常識では、子供が悪いことをしたら大人が注意するものだからだ。
『僕ね。嫌いなんだ』
リツコの聞きたかったこととはズレた回答をしながら、アドラメレクは目を細めた。
『仲良くなったふりをして裏切るような、陰湿で狡猾な人間が、ね』
誰を裏切ったというのだろう。
料理を手伝うことで打ち解け始めたような振りをして、罪を着せようとしたデレクに対してだろうか。
エヴァンを信頼していたリツコやアドラメレクに対してだろうか。
注意をしなかったのは、彼の本性が出るまであえて泳がせておく為とでも言いたいのか。
『そんな顔しなくても、僕から何かしたりはしないよ。皆も言ってたでしょ。人間の事は人間に任せるってさ』
ただし、とアドラメレクは続けた。
『その悪意がこっちに向くなら、話は別だからね』
少々の沈黙の後、夕食を確保しに行くと行って立ち上がったアドラメレクをリツコは引き留めることができなかった。
森に消えていく後ろ姿を、彼女はただ茫然と見送っていた。
全ては自分の認識の甘さから来た問題だと、リツコは痛い程に思い知らされていた。
気絶している内にデレクを森の外へ放り出してしまえば良かった。
エヴァンの大人嫌いを放置するべきではなかった。
後悔は洪水のように押し寄せるが、自己嫌悪に浸るのは全てが解決した後だ。
「エヴァン」
気が付けば、リツコの足は少年の待つ食卓へと向いていた。
チャッティと戯れていた彼の、新緑色の瞳が声に反応して少女の姿を映す。
「リツ。アイツ、どうするの?」
狼から離れたエヴァンが、駆け足でリツコへと近づく。
出会った頃よりも少し身長に差がついた為、目の前に立たれるとリツコは少し首が辛い。
「それも含めてお話があります。長くなるかも知れませんから座りましょう」
厳しい表情のリツコに何かを感じたのか、彼の長い睫毛が不安げに揺れた。
テーブルを挟んで向かい合ったものの、緊張からリツコは中々切り出すことが出来なかった。
アドラメレクの言葉が嘘であって欲しいと思う反面、彼にわざわざデレクと話を合わせる理由などないことは彼女にもよく分かっていた。
「エヴァン。お昼の出来事について、何か言い忘れた事はありませんか?」
やがて意を決したリツコが、それでも少しだけ遠回りな表現で切り出した。
「アドが全部見ていたそうです」
怪訝そうな表情になったエヴァンが口を開く前に、彼女は矢継ぎ早に言葉を重ねた。
「えっ」
目を見開いたエヴァンの口から漏れたのはそれだけだったが、細かく揺れる瞳が内心の動揺を大きく物語っていた。
「何があったのか、私は貴方の口からちゃんと聞きたい。正直に話して」
優しい口調ではあったがリツコの表情は真剣そのもので、紅玉色の瞳には視線から逃れようとして俯いた少年の姿が映っていた。
いくつか言い訳を並べようとしていたようだが、毅然としたリツコの態度に言い逃れは出来ないと観念したのだろう。
エヴァンは時折つっかえながらも自分がやったことの全てを白状した。
内容はアドラメレクやデレクの話と全く同じであった。
「どうして嘘をついたんですか?」
その言葉に、エヴァンが唇を強く噛みしめた。
黙って肩を震わせていた彼は、両目からぽろぽろと涙を流し始めた。
「……怒られると思った」
嗚咽の合間に、エヴァンはぽつりと呟いた。
「何故?」
穏やかに、リツコは問い質す。
「リツが、様子を見ようって言ったのを守らなかったから」
エヴァンは顔を両手の甲で擦っている。
「何故私がすぐに彼を追い出さなかったのかは分かっていますか?」
「仲良くなれるかも知れないから」
彼女の問いに、彼が即座に答える。
「では、何故私は彼と仲良くなりたいのでしょうか?」
リツコの問いに、エヴァンが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
美少年が台無しだったが、困惑したその表情ははっきりと見て取れた。
「……わかんない」
しばらくして、彼は答えた。
「デレクに酷いことをしたのは何故?」
怒ることも責めることもなく、リツコは問いを重ねていく。
「アイツが、リツコに酷いことをしようとしたから。大人で、男で……父さんとおんなじだから、ここに居たらきっとまた」
僕に酷いことをするんだ、とエヴァンは振り絞る様に述べた。
「エヴァンのお父さんと一緒?」
続く言葉を見つけられないリツコを見ないまま、エヴァンは話し始めた。
行動には理由があるけれど、ちゃんと話さないと伝わりません。
言葉にしなくても察してくれるだろう、なんて思うのはエゴだと思うのです。




