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嘘つきは誰だ!?

 どうやって話を聞くか迷った末、リツコの脳内では1人ずつ聞いたほうがいいだろうという結論が出た。

 下手に顔を合わせてまた何かあっては事である。

「エヴァン、もうお話できますか?」

 目の周りを真っ赤に腫らしたままではあるが、少し落ち着いた様子のエヴァンが首を縦に振った。

 火の処理のみを行い放置された調理場から少し離れ、リツコとエヴァンは食事の並ぶはずだったテーブルを囲んでいる。

 カモミールに似た野草から抽出したお茶が、2人の間で湯気を立てている。

「怖いことを思い出させてしまいますが、出来るだけ詳しく状況を教えて下さい」

 真剣なリツコの言葉に、エヴァンが再び頷いて話し始めた。

「僕、アイツが悪いことしないかじっと見てたんだ。リツコに言われた通り、邪魔はしてないよ。しばらくは普通に料理してたんだけど、急に振り返って僕に包丁を向けて」

 右手で包丁を持つような形を作ったエヴァンが、リツコの方へぐっと突き出す。

「それで、僕を人質にして森の外へ案内させるって言った。僕、怖かったから逃げようとして……」

 その時の恐怖を思い出した為か、エヴァンは少し涙ぐんだ。

「刺されたの?」

 半泣きの彼は、リツコの言葉に頷いた。

「僕、アイツが怖いよ」

 小さな拳を握って震えるエヴァンを、リツコはそっと抱きしめる。

「大丈夫ですよ。傍にいますからね」

 軽く背を叩いて、彼を落ち着かせようとしながらリツコは思案する。

 デレクの中で魔女というのがどれだけ力のある存在なのかは不明だが、あの怯え様から見るに少なくとも狼たちと同じ程度には思われているだろう。

 それを踏まえれば、森を出るためにリツコに協力させようというのはそれなりに理に適っている。

 エヴァンとリツコが親密であることを利用して人質に使う、という行動にも頷けるのだが。

『子供を人質にするような人には見えなかったんだけどなぁ』

 人の好さそうなデレクの顔を思い出して、リツコは首を傾げる。

 武器の保管場所で会った際の彼の言葉を信じるならば、危険を承知で子供に注意をしに行く程度には良識ある人物なのだ。

 リツコと出会った時も捕らえようとはしていたが、殺そうという意思は感じとれなかった。

 しかし、エヴァンにも怪我をしてまで嘘をつく理由など無いはずである。

『もしも、もしも本当に彼が刺したのなら……』

 エヴァンに聞かれることを考えて、リツコは母国語で小さく呟く。

 彼女にとって何よりも憂鬱なのは、デレクが刺したと結論が出てしまった場合の事だ。

 良くても、追放せざるを得ないだろう。悪ければ……。

『とにかく、話を聞かないと』

 腕の中にエヴァンを抱いて温かいはずなのに、背筋を這い上る悪寒にリツコは華奢な体を震わせた。

 

 しばらくして落ち着きを取り戻したエヴァンを近くにいたチャッティに預け、リツコはデレクを探して周囲を見渡す。

 アドラメレクは置いてきた、と言っていたが何処にいるのだろうか。

『彼なら上だよ』

 背後から聞こえた声にリツコが振り返れば、見慣れたにんまり顔と目が合う。

『聞いてたんですか?』

 リツコがエヴァンと別れて、まだ間もない。

 アドラメレクの耳であれば、彼女たちの会話をしっかり把握できる距離だ。

『こういう問題は1人よりも2人で聞いて、話し合った方がいいでしょ?』

 僕も手伝うよ、とアドラメレクがいつになく協力的に申し出る。

 やけに積極的なその態度に、リツコは彼がデレクが大怪我をしそうな時に高頻度で現れていたことを思い返す。

 タイミングが良すぎることを考えれば、やはり隠れて監視をしていたのだろう。

『アド、もしかして今回も見てたんですか?』

 首を傾げるリツコに合わせて、アドラメレクも同じポーズをする。

『サァ、どうだろうね?』

 長い舌をぺろんと垂らして、彼は何時もののんびりとした口調で惚ける。

 リツコが使った<今回も>という表現を否定はしない。

『まぁまぁ、先ずは本人たちに話を聞こうよ、ね?』

 ふざけた態度に頬を膨らませて不満を表明するリツコの頭を撫でながら、彼はあやすように小さな彼女の背を押した。


 縄梯子を登り切った時、置いてきたというアドラメレクの言葉にはいろいろな意味が込められていたんだなぁとリツコは思った。

「アド。これはどういう事ですか」

 寝床に戻ったリツコの目に飛び込んできたのは全身を毛布に包まれ、その上から紐で巻かれて蓑虫のように横たわるモノ。

「動き回られると、また何かあった時困るでしょ?」

 リツコに続いて上ってきたアドラメレクが、悪びれることなくそう言った。

「ひぃっ」

 蓑虫もとい、簀巻きにされて転がっていたデレクが2人に気付いて悲鳴を上げた。

 毛布の端からのぞく憔悴しきった瞳に、リツコは胸に突き刺さるような痛みを感じた。

 梯子を登る途中「母さん、父さん、イノーラさん、もう帰れません、ごめんなさい、ごめんなさい」と懺悔のような内容が壊れたレコードのように繰り返し聞こえていたのは彼女の空耳ではなかったようだ。

「せ、せめて一思いに……」

 もう覚悟はできているとばかりに固く目を閉じて身を竦めるデレクにどう声をかけて良いか分からず、リツコは黙ってアドラメレクを見上げる。

「えー。じゃあ、いただきます」

 困ったように眉を寄せながらデレクを抱き起したアドラメレクは、おもむろに焦げ茶の頭に噛みついた。

 筆舌し難い悲鳴が上がった。


 この世の終わりのように戦慄くデレクの頭を抱えながら、リツコは相棒にジト目を送った。

「あんなに怖がるなんて思わなかったんだよー」

 頬に小さな拳の跡をくっきりと付けたアドラメレクが、部屋の隅から弁解の言葉を述べている。

 真っ赤な拳の跡が誰によるものかは、語るまでもない。

「海より深く反省してください!」

 リツコが釣り目気味の目を怒らせて鋭くアドラメレクを睨むと、向けられた本人は追求から逃げようと目を逸らす。

 デレクの頭を撫でてみてもその皮膚に歯の跡はなく、アドラメレクが述べた通り冗談のつもりだったようだ。しかし、不謹慎にも程がある。

 生きたまま魔物に食べられる己の運命に恐怖したデレクは、リツコによって拘束を解かれた事にも気づかずただただ涙を流している。

「デレクさーん」

 一旦腕を解いたリツコが、デレクの目を覗き込む。

 琥珀色の瞳は彼女の姿を映してはいるが、気持ちが戻っていない為にまるで焦点が合っていない。

 茫然自失というのだろうか。このまま現実に戻って来なかったらどうしよう、とリツコに1つ悩みが増える。

「あ。足を持って入り口から吊るしてみたら、吃驚して元に戻るんじゃないかな?」

「ちょっと黙ってて下さい」

 ぴしゃりと撥ねつけられて、アドラメレクが拗ねたように唇を尖らせている。

「本当に反省してますか!?」

 苛立つリツコに対し、わざとらしく表情を引き締めたアドラメレクからは「してるよー」と気の抜ける返事。

 何かを言いかけた彼女は、感覚の違う相手に腹を立てても神経をすり減らすだけだと思い直して追撃を諦めた。

「デレクさん。誰も貴方を食べたりしませんから、大丈夫ですよ。ほら、ちょっと甘いものでも食べて落ち着きませんか」

 頭を撫でたり、背を叩いたりとエヴァンに対するのと同じ要領でデレクを宥めながら様子を窺う。

 小学生の時以来、異性の友人の居ないリツコに青年期の男性の慰め方など分かる由もない。

「そうだ。お酒があるよ」

 散々睨まれておきながら、性懲りもなくアドラメレクが部屋の隅に置いていた容器を摘まんで軽く振る。

 それはスキットルと呼ばれる、お酒を携帯するための金属製の容器だ。

「お酒なんてどうするんですか?」

 呆れた様な表情のリツコに、彼は蓋をとったそれを差し出す。

「気付け薬になるよ」

 にんまりと笑うアドラメレクに対し、疑わし気な表情で受けとったリツコはスキットルの口に鼻を近づける。

「臭っ」

 芳醇な香りなどと表せるレベルを超えた、強いアルコール臭が彼女の鼻を直撃した。

 嗅ぐだけで酔いそうな代物だが大丈夫だろうかと逡巡したリツコは、それをデレクの口元に当てて恐る恐る傾ける。

「ぐ、かはっ、げほっ」

 琥珀色の液体が唇の隙間に流れ込むと同時に、デレクが盛大にむせた。

 まともに息が出来ない程に咳込み、リツコに寄りかかる様に体を折って胸を押さえている。

「だ、大丈夫ですか?」

 予想以上に強烈だった酒に不安を覚えながら、リツコは彼の背をさする。

 用意のいいアドラメレクが差し出した水を飲み、少し落ち着いたデレクの顔は色々な液体で汚れていた。

 彼とて年頃の男の子である。我に返ってショックを受けては気の毒と思ったリツコが、適当な布でさり気なく彼の顔を拭う。

「ちょっと落ち着きましたか?」

 咳が治まった頃合いを見計らってリツコが顔を覗き込むと、デレクが声を上げて身を引いた。

「あの、あの、俺、刺して、刺してななな、ない、です」

 だから食べないで欲しいと、必死で嘆願するデレクの口は酸素を求める魚の様に忙しく開閉している。

「食べたりしません。食べさせたりもしません。何が起こったのかを知る為に話を聞かせて欲しいだけです。ゆっくりで構いませんから、昼間の出来事を思い出せる範囲で詳しく教えてください」

 怯えた琥珀の瞳がリツコへ、次にアドラメレクへと移る。

「……俺はいつも通り、料理をしていました。今日はキッシュにしようと思って、材料を揃えたところであの子……エヴァンでしたっけ?」

 緊張の為に強張った顔のまま、デレクは記憶を探るように瞳を天井の辺りへ彷徨わせている。

「彼が手伝いを申し出たんです。刃物は扱えるそうなので、炒ったクルミを包丁で砕いてもらうことにしました」

「その間に生地の準備をしようと少し目を離して……変な音がしたので振り返ったんです。すると、渡した包丁で彼が自分の肩を刺していました。吃驚して止めようと近づいたら暴れたので、押さえつけて包丁を取り上げたら急に悲鳴を上げて……あとはご覧になった通りです」

 話し終えたデレクが不安そうにリツコの顔色を窺っている。

 これだけを聞けば、かなり胡散臭いと言わざるを得ない。

 先程のエヴァンの話と合わせて聞けば、10人中9人がデレクが嘘をついていると思うのではないだろうか。

 リツコが即座に嘘だと判断できないのは、数日前のエヴァンの呟きが心に棘の様に刺さっているからだ。

「死ねば良かったのに、か」

 リツコの独り言を聞き取ったデレクが表情を強張らせる。

「あ、いえ違うんです。デレクさんに言った訳では!」

 ナイーブになっている彼の前でうっかり口を滑らせるわけにはいかない。考える時間を得るために、リツコはアドラメレクを引っ張って外へと出た。

デレクが当初の設定より弱虫毛虫になってしまっています。何故……。

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