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お土産を買い過ぎるのはよくあること

下草を踏みつけながら進む体は重く、いつもと違う感覚に戸惑いながら彼は一歩一歩を慎重に踏み出す。

『捨てたい……』

 張り出した枝に引っかかる度にバランスを崩しかけ、何度目か分からない暗い誘惑が彼の心を苛む。

 緊張でピンと張りつめていた耳に獣の足音が飛び込んできたため、足を止めて息を殺す。

 肉食獣や魔物の類ならば、これを捨てて逃げなくてはならない。

 これまでの苦労が水の泡だが、命と引き換えには出来ない。

 緊張しながら耳を澄まし、近づいてくる気配に集中する。

 ある程度近づいたところで足音の主が何者か分かり、彼は脱力して膝を折る。柔らかい苔を押しつぶして膝が地面にめり込んだ。

 草むらから顔を出したのは、灰色の毛皮の狼だった。

『お願い。リツコを呼んできて……』

 狼の目に映ったのは、目にたっぷりの涙をためてへたり込んだアドラメレクと小山のような荷物。

『……』

 何か聞きたそうな素振りをしたが、結局狼は何も言わずに踵を返す。

 その後ろ姿を見送って、アドラメレクは安堵の息を吐いた。


 テーブルの上には、湯気を立てる野草茶のカップとスプーンが3つ。

 中央には潰した木の実を練って焼いたクッキーと、透き通った薄紅色のジャムの入った瓶が置かれている。

「もう本当に荷物が重くて大きくて大変だったんだよー」

 テーブルに突っ伏したアドラメレクだったが、相変わらずのんびりとした口調の為聞く側にその苦労が伝わり辛い。

「お疲れ様です」

 彼の肩をいたわる様に撫で、荷物の口を開いたリツコは上機嫌に笑う。

 ジャネット達を無事に人の町まで送り届けたアドラメレクは、そのお礼にとたくさんの品物をもらって帰ってきたのだ。

 リツコの渡した物品と金銭を使って揃えたのだろうその大荷物は、明らかに人が持ち運ぶことを想定していないような重量だった。

 魔物である彼ならば大丈夫だろうと3人、主にジャネットが欲張った結果がこれである。

 途中で減らしたり捨てたりせずに持ってくるあたりアドラメレクの律義さ、もしくは人の好さが窺える。

 こんな大荷物を持って人の領域を歩いていてよく不審に思われなかったものだとリツコが聞けば、街から沈黙の森までは荷車を引いてきたらしい。

「荷車はどうしたんですか?」

 首を傾げたリツコに、アドラメレクが首を振る。

「森の中をあれじゃあ通れないよ」

 置き捨ててきたようだ。不法投棄反対。リツコは心の中で呟く。

「このボロボロのワンピースからようやく卒業できます」

 荷物の中から引っ張り出したワンピースやシャツはごわついた生地で出来ていて質の良いものではないが、リツコの着ているボロ布に比べれば月と鼈だ。

 彼女の隣に座るエヴァンの服も、劣化に加えて伸びた身長のせいでサイズが合わず非常にみすぼらしい。

 森では手に入らない子供服と下着。アドラメレク用であろう成人男性用の衣類。そして靴。どれも非常にありがたい一品である。

「これは何?」

 手を伸ばしたエヴァンが掴みあげたのは、ずっしりとした布袋だ。

「小麦の粉だってさ。森じゃあ手に入らないから入れとくって言ってた」

 荷物の中には、多少の食料品も含めておおよそ人が生活するうえで必要なもの全てが入っていた。

「小麦!素敵ですね。これで美味しいものいっぱい作ってもらえます」

 興味薄そうなアドラメレクの説明だったが、リツコががっつり喰い付いた。

 森の中には食べられる物は豊富にあるが、調味料や穀物は手に入り難い。

 今までは調理器具の不足や調味料の制限、調理する人間の技量不足からどうしても料理が単調になりがちだったのだが。

「作ってもらえるって誰に?」

 今まで留守にしていたアドラメレクが、もっともな疑問を抱く。

「ああ、先日から働いてもらっている……お手伝いさんと言えばいいんでしょうか」

 何と説明すればいいのかとリツコが頭を悩ませている内に、話題になっている本人が帰ってきた。

 彼の手にした大きな籠には木の実や葉、草の根などがたっぷりと積まれている。

「あちらがしばらく一緒に暮らすことになったお手伝いさんこと、デレク・バレットさんです」

 リツコの紹介を受けて、新しい魔物の登場に固まっていたデレクが慌てて一礼する。

 狼、蜘蛛など多くの魔物に囲まれて毎日顔色がすぐれないが、これは慣れてもらうしかないのでリツコはノータッチで通している。

「実家が食堂を営んでいるそうで、お料理を中心に家事をしてもらってます」

 出来ることを尋ねたら、料理が得意だと返答をもらった為に任せることにした。

 最初はファンタジックに魔法で料理を出す光景を思い浮かべて胸を高鳴らせていたリツコだったが、彼の仕事風景は至って普通であった。

 想像を裏切られてがっかりしたものの腕は確かで、こんなサバイバルな環境でも美味しい料理を作ってくれる。

 アドラメレクに対して居候が増えた経緯を説明し終えると同時に、エヴァンが身を乗り出した。

「こいつが居るとアドも嫌でしょ?さっさと追い出そうよ」

 居心地悪そうに突っ立っているデレクをきっと睨み付けて、エヴァンが訴える。

「情けは人の為ならずですよ、エヴァン」

 言いながら、リツコはアドラメレクの顔色を窺う。

 ベイジル達の時と違い、顔を合わせた途端に逃げ出すことは無かったが友好的な態度は期待し辛いところだ。

「……リツコはよく人間を拾ってくるね」

 しばらくデレクを値踏みするように見ていたアドラメレクが、呆れた様なため息をついた。

「そんな犬猫みたいに……」

 ペットを拾ってきた子供に呆れる親のような予想外の反応を返され戸惑うリツコに、アドラメレクが目を落とした。

「彼が料理するの?毒なんか入れられたら、大変だよ?」

 とんでもない爆弾の投下に、エヴァンとデレクの顔が青くなる。どちらも命の危機を覚えたようだった。

「アドっ」

 咎めるような声を上げたリツコは、それ以上追及することが出来ずに口を噤む。

 デレクに向けられた異形の瞳に映る感情の色は、魔物と人間の間に横たわる深い溝を感じさせた。

「そんな事しな……しません!毒を入れたとしても、ばれた後に俺が逃げ切れる筈ないじゃないですか!そんなの自殺行為ですよ!」

 唯一の庇護者に見放されてはたまらないと思ったのか、デレクがリツコに訴える。

「だって冒険者は魔物を狩るんでしょ?」

 アドラメレクの顔にいつものにんまり笑いは無い。

 エヴァンの様に嫌悪を表している訳でも、怒りを湛えている訳でも無い。無表情に見えるが、垂れ下がった尾や耳が僅かに内心を表していた。

「……デレクさん、ちょっと座りませんか?」

 どれだけ昔かは知らないが、かつて戦争をしていたからには双方ともに歩み寄り辛いことはリツコでも理解できる。

 そのうえ文化も、言語も、宗教も、倫理観も全く違う者といきなりフレンドリーに接することが出来るだろうか。

 リツコが手招きすると、その隣にデレクが恐る恐るといった体で腰かけた。

「人間と魔物の仲が悪いのは知ってます。エヴァンが大人を嫌っているのも」

 後半は今までの他人への態度を鑑みて推測で言ったことだが、エヴァンの表情がそれを肯定している。

「でも、私たちは魔物や人間、大人の代表ではありません。個人としてみれば、好きになれる部分も見つかるかもしれませんよ?」

 そうやってリツコが促してみても、見るからに乗り気でなく誰も口を開かない。

 彫像のように動かない男達に、彼女は大きく溜息をついた。

「まあ、すぐにとは言いません。毒に関しては、調理している間は誰かが見ていればいいでしょう」

 料理をさせないという意見が出る前に、リツコはまとめにかかった。

 リツコの好きな本では、異性の心を掴むためにヒロインが料理に挑戦していた。

 同性ではあるが、2人の胃袋を掴むためにデレクには是非とも美味しい食事を作ってもらいたいところだ。

「追い出すかどうかは、デレクさんのことをもうちょっと知ってからで良いと思います。だって、時間はたっぷりとありますからね」

 納得できない、と不満そうな顔をしているエヴァン達に対してリツコは曖昧に笑いかけた。

私は旅行に行く度にお土産を買い過ぎて、帰りはうんざりするほどの大荷物になります。

きっとジャネットはそういうタイプ。

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