表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/52

働かざる者食うべからず

 悲鳴が上がった。

 夜の静寂に支配されていた森に一瞬響いたその声に、微睡んでいたリツコは驚いて目を見開く。

 きょろきょろと辺りを見回して音源を見つけ、安堵と共に1つあくびをする。

『何でもありません』

 巣の入り口から身を乗り出し、様子を見に来た狼に手を振って再び中へと戻る。

「起きました?」

 気付かずに眠っているエヴァンに配慮し、リツコは小声で悲鳴の主へと語りかける。

「ひっ」

 すぐ近くから聞こえる子供の声に驚き、悲鳴の主ことデレクが身を引こうとした。その手足は頑丈な蜘蛛の糸によって拘束されている為、残念ながら逃げられはしない。

 随分と寝覚めが悪かったようだ。リツコは生まれてこの方、実際に悲鳴を上げて飛び起きる人を見るのは初めてである。

 彼女からはデレクの表情まではっきりと見えているが、この暗闇の中では人間の目にはものの輪郭すら曖昧な筈である。

「そう怖がらないで下さいよ。お昼間は普通におしゃべりしてたじゃないですか」

 主に会話をしていたのはフレッドではあるが、リツコの声に聞き覚えはある筈。見えなくても相手が分かれば少しは安心するだろう。

 そう思ってかけた言葉に対して、彼は返答をしなかった。いや、出来なかったといった方が正解だろう。

「……」

 ホラー映画で化け物に出会ってしまい、画面が暗転する直前の被害者とでも例えたら分かり易いのだろうか。

 寒さとは別の要因から小刻みに震える体。恐怖に歪んだ顔。見開かれた彼の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 エヴァンの立てる安らかな寝息に混じって、静かな室内にかちかちと歯の鳴る音が響きはじめた。

「そんなに怖いですか、私」

 ベイジル達から予備知識を得ていた為に怯えられること自体は予想がついていたが、ここまで露骨に態度に出されればリツコだって複雑な思いを抱かずにはいられない。

「お、俺をどうする気なんだ。フレッドとマイルズ……仲間をどうしたんだ」

 彼女の心境を知ってか知らずか、デレクが震える唇の隙間から絞り出すように問いかけた。

「お仲間の2人は逃げて行きましたよ。貴方をどうするかについては、今考えている最中です」

 日のあるうちに大蜘蛛や狼たちに相談したのだが、人間の管理は人間に任せると判断を任されてしまったのだ。

 参考までに意見を聞けば、適当に放り出してしまえば良いという回答が最も多かった。狩りの餌に使おうという案も一部で出たが、即座にリツコが却下した。

「さすがに1人で森に放り出してしまうのも酷かと思いましたのでここまで運んだんですが、魔女と一緒よりはそっちの方が良いですか?」

 仲間の無事を伝えた筈なのに一向に変化しないデレクの怯えっぷりに閉口したリツコが提案すると、数回の瞬きの後に首が千切れんばかりに横に振られてしまった。

 意思表示をしてくれたのは良かったが、代案を伝えてくれる気配はなかった。

「真っ暗だと不安でしょう。詳しい話は夜が明けてからにして、とりあえず寝ましょう、ね?」

 何処にいるかもわからないであろう彼にしてみれば安心して眠れるような状況では無いが、落ち着いて状況整理する時間が必要だろう。

 そう判断したリツコは、1つあくびをすると相手の了承を待たずに再び横になって目を瞑った。


 いつもならば鳥の囀りが爽やかな筈の朝の空気が妙に騒がしい。

 瞼に光を感じながらも起きるのも渋っていたリツコは、どたばたとした物音と言い争う声によって強制的に目を開かされた。

 寝たりない気分で目を擦りながら寝返りをうつと、少しぼやけた赤い瞳に剣呑な光景が飛び込んでくる。

「お前、リツに何してたっ」

 片手にナイフを持ったエヴァンが、馬乗りになって鋭い詰問の声を上げる。

「待ってくれ、誤解だっ」

 悲鳴染みた声で弁解しているのは、その下敷きになっているデレクであった。

「キィ」

 身動きの取れないデレクの顔には子蜘蛛が張り付いている。

 寝起きの頭で把握するには少しハードな状況であったが、リツコは瞼をこすりながら考える。

 エヴァンの台詞から察するに、デレクがリツコに近づいて何かしていたのだろうか。

 念の為に杖は取り上げてあるのだが、なくても魔法は使えるのだろうか。手足を縛られている状況で魔法をかける以外に出来ることなど、噛みつくか声を出すことぐらいだろう。

 色々と想像はしたが、寝ぼけ頭で考えても仕方ないと気を取り直した彼女は今一番気になっていることから整理することにした。

「エヴァン。刃物を人に向けるのは止めなさい」

 子供に刃物を持たせるのは大人としてどうかという葛藤はリツコの中に前々からあるものの、サバイバル生活なので持たせざるを得ない。

 使い方はジャネットが教えてくれていたのだが、今まで他人が居なかったために人に向けるなという注意が不十分だったようだ、と呑気に教育方針の修正点を心にメモする。

「だってコイツがっ」

 興奮した様子のエヴァンが手振りを交えて何か訴えようとしているが、彼の動作に合わせて揺れる刃先が危なっかしい。

「私は魔女よ。その人が多少何かしたところでどうにもならないわ。いい子だから、落ち着いて刃物をしまって。ね?」

 魔女だから大丈夫、などと何の根拠もない安請け合いだがエヴァンは渋々ながら納得してくれたようだった。

 苦い顔のまま素直にナイフを鞘へしまい、デレクからリツコを庇うような位置に移動する。

 守ってくれるつもりなのだろう。その行動を微笑ましく思いながら、しかしリツコは自分からデレクへ近づく。

「それで、何をしてエヴァンを怒らせたんですか?」

 顔に張り付いて威嚇音を出していた子蜘蛛を引きはがしながらリツコが問えば、安堵するかと思ったデレクは顔を引きつらせていた。

「ま、魔女」

 口をぱくつかせる彼に、埒があかないとリツコはエヴァンに顔を向ける。

「リツの顔を覗き込んで何かぶつぶつ言ってたんだ。きっと呪いをかけるつもりだったんだよ!」

「違うっ。顔を覗いたのは事実だが、呪ってなんかいない!大体、俺は呪術師じゃないっ」

 眉を潜めたリツコに気づき、デレクがすかさず否定する。

「2人とも落ち着いてください。私の顔をお兄さんが覗き込んでいて、それを見たエヴァンは彼が私に危害を加えることを恐れて揉めていたんですね?」

 寝顔をよく知らない他人に観察されていたと聞けば気分は良くないが、それだけであれば何も問題は無い筈だ。

 日本であれば見知らぬ女児の寝顔を熱心に見つめる青年が居れば通報されるかもしれないが、まさかあれだけ怖がっていた魔女にそのような気持ちは抱かないだろう。

「何故私の顔を見ていたんですか?」

 ここは魔法が存在する世界だ。リツコは呪いや呪術師という単語を気にしながらデレクへ向き直る。

「……君たちが、子供にしか見えなかったから」

 意味の分からないことを述べる彼に、リツコは首を傾げた。

 しばらく考え、デレク達が交わしていた会話の中に外見を変える魔法の話があったことに思い至った。

「魔法で変装していたと思っていたんですか?」

 じっくり観察すれば見破ることが出来るものなのだろうかと内心首を捻りながら、リツコが問いかける。

「だっておかしいだろう!こんな子供が魔女だなんて」

「ま、まあ、そうですよね」

 おかしいだろうと言われたところで魔女に関する知識が無いリツコには反応の返しようがないのだが、デレクの雰囲気に押されてつい頷いてしまう。

「何がおかしいんだよ。リツコが魔女だって、オマエに何の関係もないだろ!」

 批判的に聞こえたのか、口を尖らせたエヴァンは喧嘩腰だ。

「おかしいに決まってるさ。君らはまだ、魔術学校だって卒業していないような年齢じゃないか!」

 魔術学校。デレクの口からまた新しい単語が出てきた時、ふとリツコの頭にひらめいた。

「ねえ、お兄さん」

 屈みこんでデレクの顔を覗き込むと、その琥珀色の瞳いっぱいに幼い少女の顔が映り込んだ。

 優しそうだが地味なつくりの顔をまじまじと見つめれば、その表情の中にほんの少しの幼さが見える。

 日本人とは人種が違うために正確な年齢が分かり辛いが、まだ20歳前なのではないだろうか。

「昨夜も言ったように、私は貴方を殺す気はありません。嫌だと仰る以上、放り出すつもりもありません。でも、わざわざ森の外まで送ってあげる義理もありません」

 今まで一度も出さなかった『殺す』という言葉をリツコが口にした時、はっきりと強張ったデレクの表情にちくりと心が痛む。

 年下の、もしかしたら未成年者かもしれない青年を脅している罪悪感はあるが、折角のチャンスを逃す訳にはいかない。

「もしも貴方がここで暮らしたいと言うのなら、受け入れてあげてもいいんですよ?鬼ごっこだって、それなりに楽しませてもらいましたし」

 静かな室内に、歯の鳴る音が響きだした。

「働かざる者食うべからずって言葉、ご存知ですか?」

 見開かれた瞳の中には、悪い悪戯を思いついたかのような少女の笑顔が映っていた。

思いのほか悪役が身についてきてしまった主人公。

ほのぼのしていたはずなのに、どうしてこうなったのでしょう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ