コスプレ王子
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真っ暗な空には星が散らばり、青白く光る白い月と明るい色の金の月が仲良く並んで浮かんでいる。
リツコは目を開いてすぐに、2つの月が彼女を見下ろしていることに気がついた。
「月が、2つ?」
呟いて、リツコは目を擦る。
彼女が改めてもう一度目を凝らしても、月は1つにはならなかった。
見慣れない空に驚く彼女の耳に、ぱちりと何かが爆ぜるような音が届く。
音のする方向へリツコが寝返りをうつと、明々と燃える焚き火とそれを囲む2つの人影があった。
「!」
森の中で人の姿を捜し求めていて生き倒れたことを思い出したリツコは、思わず飛び起きる。
しかし、蓄積した疲労のせいか彼女が思うほどに体が動かずその場に倒れこむ。
「痛い」
両手をつくも体重を支えきれず、頭から地面に突っ込んでしまい悶絶するリツコ。
幸いにも彼女と地面の間には薄い毛布が敷いてあったおかげで、リツコが顔を擦りむくようなことはなかった。
彼女の上にも同じ毛布がかけてあったが、動いたせいで傍らにずり落ちてしまっている。
どうにか起き上がろうともがくリツコに気付いた人影が1つ、彼女のほうへと歩み寄った。
「……?」
その人物が上から彼女にむかって何かを語りかける。
彼が話す言葉はリツコの知っているどの言語にも当てはまらなかったため、彼女には何を言っているのかさっぱり分からなかった。
うつぶせになったままのリツコが上を振り向く前に、力強い腕に助け起こされて声の主と顔を合わせる。
「う、わ」
さらさらの金髪。
サファイアのような青い瞳。
すっきりと通った鼻筋。
凛々しく引き締まった口元は、リツコを安心させるように穏やかな笑みを形作っている。
眼前にいたのは、幼い頃に童話を読み聞かせられる度に彼女が想像した王子様そのものだった。
あまりの眩しさに思わず目を細める彼女に向かって、王子様風の青年は何かを話しつづけている。
「あなたたちが助けてくれたんですか?ここはどこで、あなたは誰ですか?」
彼の操る言語が理解できなかったリツコは、通じないのを承知で自分から話しかける。
奇跡的に話が通じた。
……そんなことはありえるはずも無く、王子は不思議そうな表情を浮かべてリツコを見つめるだけだった。
リツコと王子は暫くの間身振り手振りを交えて対話を試みたが、結局お互いの間に厚い言葉の壁があることが判明しただけだった。
言葉による交流を諦めたらしい王子は振り返ると、焚き火の横に腰掛けていたもう一人の人物に向かって手招きした。
頭から足先まで、ゆったりしたグレーの外套で覆ったその人物は王子の呼び声に反応して立ち上がる。
彼の座っていた丸太の傍らには、飾りのついた長い杖が置いてある。
フードを深く被っている為、男の顔は口元しか見えなかった。
「魔法使いみたいな格好」
見慣れない服装の男に対して驚いたリツコは、思わず呟いてから再度王子の方に目を向ける。
今まで彼女は王子の顔しか見ていなかったために気付かなかったが、彼もまた中世の騎士のような鎧を身にまとっていた。
奇妙な格好をした2人が並んで何かを話し合っている様子を、唖然とした表情で見つめるリツコ。
これはまるで、ファンタジー映画に登場するキャラクターのようではないか。
そこまで考えたところで、彼女の頭にはある単語が思い浮かんだ。
「コスプレイヤーさん?」
王子と魔法使い風の男は顔立ちや扱う言語から日本人ではないことは明白だが、リツコは外国にもコスプレを愛する方々が存在することを知っている。
何かを話し合う2人を、リツコはコスプレ好きの外人だと結論付けた。
「本格的だなぁ」
驚愕から立ち直り、冷静になったリツコはまじまじと彼らの衣装を観察する。
焚き火の傍に置かれた魔法使いのものと思われる杖はうねった木で出来ており、その先端に埋め込まれたガラス球は火の光を受けてほんのりと輝いている。
彼は外套の下の見えにくい部分にも凝っているようで、細かい模様の描かれた皮で出来たロングベストと足元を飾るブーツは特に出来が良い。
王子の方の身に着けているくすんだ色の金属の鎧は実用性が考慮されているようで、関節の部分は大きく曲がるようにしながらも皮や薄い金属板を使って露出を抑える形になっている。
腰のベルトに着けられた剣には簡単な細工しかついていないが、長年使ってきたような傷跡までが再現されていて歴戦の戦士を演出していた。
暫く彼らの完成度の高さを感動しながら見つめていたリツコだが、ふと気付いて周囲に目をむける。
光源が月と焚き火だけなので周囲の様子は分かりにくいが、リツコたちがいるのは森ではなく開けた場所のようだった。
リツコは森の中で一度死んでしまって別の夢に移行したのかとも思ったが、自分の体を見下ろしてそれを否定した。
小石を踏んだり、岩の隙間にもぐりこんだりするうちに傷だらけになってしまった手足。
白かったワンピースも、泥や植物の汁で薄汚れて変色している。
リツコの体には、森でさ迷った痕跡がくっきりと残されていた。
「……?……!」
魔法使いが何か言いながら、リツコに向かって木で出来た椀を差し出した。
反射的に受け取った彼女がその中を覗き込むと、どろどろした緑色の液体が入っている。
「これ、飲むの?」
漢方薬のような癖のある強烈な臭いに怯み、リツコが困ったような表情を浮かべて魔法使いの顔を見る。
彼が器を傾けるジェスチャーをしたので、リツコは恐る恐る椀に口をつける。
口の中いっぱいに広がる草の味。
強烈な青臭さと苦味に苛まれたリツコは、一口でギブアップだった。
「無理。これは無理」
顔をゆがめて訴えるリツコだが、王子と魔法使いの2人に無言で見つめられて仕方なく再挑戦する。
涙目になりながらなんとかすべてを飲み干したリツコの頭を、王子が何か言いながら撫でた。
美青年に撫でられて少し気分が治ったものの、口の中に広がる不快感はいかんともし難い。
拗ねたように口を尖らせるリツコの態度に苦笑しながら、王子は傍らの毛布を拾い上げて彼女へ差し出した。
王子が地面を指差す仕草をしたので、リツコは毛布を被って横になる。
「寝ろってことかしら」
王子があやすように頭を撫でるので、彼女は照れてしまう。
もう、そんなことをされる歳ではないのに。
そう思った途端、幼い頃に頭を撫でてくれた父の手を思い出してリツコは切ない気分になる。
二度と会えないかもしれない両親に思いを馳せながら、彼女はゆっくりと目を閉じた。
やっと主人公以外のキャラ登場です。
サブタイトル自分でつけといてあれですが、コスプレ王子ってすごく安っぽいですね。




