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森の生態調査

 天上から吊るされた幾つものランプには、蝋燭より明るい魔法の光が明々と灯っている。

 建物の中は人で満ちており、各々がそれぞれの都合で別々の相手と言葉を交わしている。

 騒音という程でもないが、陽気と呼ぶには乱暴すぎるそれを背中に聞きながら1人の青年が眉を顰めている。

 琥珀色の目を思案気に細め、焦げ茶の髪を無造作に括った彼の名前はデレク・バレット。

 己の身長よりも長い金属製の杖を手元で弄びながら、ひたすら壁を見つめている。

 正確に言えば、その一角に張り出された文書の内容を。

「よう、デレク。難しい顔してんなぁ」

 親しげに肩を叩かれて、デレクは室内の熱気に煽られてひらひらと揺れる紙面から目を上げる。

「ああ、マイルズか」

 振り返った先で笑う見知った顔に、彼は気安げに答える。

 筋骨逞しく強面のマイルズは一見すると子供泣かせの強面だが、友人達には気さくな力持ちとして慕われている。

 面倒見も良く、彼より年下のデレクとこうして顔を合わせる度に何かと声をかけてくる。

「また仕事探しか。昨日は外壁改修のバイトしてたらしいじゃねぇか。働きすぎだぜ」

 体壊すぞ、と心配の混ざった呆れ顔になるマイルズにデレクは何も言わず曖昧に微笑んだ。

「いっつも金に困ってんなぁ、お前」

 言葉を交わす2人を押しのけるようにして、小柄な青年が間に割り込んだ。

 ふっくらとした顔の丸い輪郭とくりくりとした青い瞳は彼を子供のように見せているが、立派な成人男性である。

「フレッドか」

 少し戸惑ったようなデレクの様子を童顔の青年フレッドが敏感に感じ取り、口元を意地悪そうに歪める。

「なんだよぅ。マイルズの時と態度ちがくね?」

 突如にやりと笑った彼は、デレクに向かって素早く手を伸ばす。

「年長者に対して生意気だな。よし、その平凡な顔を矯正してやる」

「やめろ!痛いっ、もげる!」

 革手袋をつけた指で鼻を摘ままれて篭った声で喚くデレクに、フレッドが笑みを深めながら指に力を込める。

 デレクより小柄なフレッドだが、筋力では勝っているようだ。涙目のデレクが必死に抵抗しても、その指が緩む気配は無い。

「そういうことするから、嫌われるんだろうが」

 呆れ顔のマイルズに小突かれると共に窘められ、ぶーぶーと文句を垂れながらフレッドが手を離す。

 漸く解放されたデレクは恨めしげな目を向けつつ、左手で赤くなってしまった鼻を撫でている。

「で、何の用だ」

 再度の攻撃を警戒して手の届かない位置に逃げたデレクが軽く睨むと、フレッドは思いついたように手を打った。

「ああ、そうそう。仕事があるんだよ」

 言いながら、フレッドはポケットに手を突っ込んでぐしゃぐしゃに丸まった羊皮紙を取り出す。

 手渡されたデレクとマイルズが皺を伸ばしながら、そこに書かれた几帳面な字を目で追っていく。

「静寂の森の生態調査?」

 一足先に読み終わったデレクが、杖にもたれるような姿勢で首を傾げる。

 静寂の森は地中を泳ぐ肉食魚が出ることで有名な魔の領域だが、研究機関が定期的に調査隊を送っている為に既に細かい生態マップが出来上がっている。

 それはこの地域では知られた事実で、今更外部に調査を任せる意味が無いのではと疑問を込めた目をフレッドへ向ける。

「や、俺字が読めねぇから。なんて書いてあるか読んでくれよ」

 フレッドは肩を竦め、依頼元が平原から森の境目にかけて動植物の保護をしているレンジャー隊であることを語った。

「契約内容も確認せずに請けたのか」

 書類から目を上げたマイルズが、呆れ顔で首を振った。

「一応概要は聞いたぜ。諾否はメンバー揃えてからってことで、まだ請けてねぇ」

 まだサインはしてないだろ、と続けてフレッドが書類の下の辺りを指差す。

 彼の言うとおり、契約者の欄は真っ白である。

 書類の上部には、静寂の森の生態調査依頼の詳細な内容が書かれていた。

 近頃森に住んでいる動物達が平原の方へ活動範囲を広げており、畑を荒されたり、人や家畜が襲われたりといった被害が増加しているのだという。

 森の近くで本来魔の領域にしか生息しない植物が自生していることも確認されており、異変が起きているのでは無いかという懸念から調査を委託する事になったようだ。

「動物が逃げ出す原因になった魔物に出会う確率が高い為、腕の立つ者を求むとあるな」

 腕の立つ者、という言葉を読んだ辺りでフレッドが得意げに胸を反らせている。

 それを見てみぬ振りをしながら、今度はマイルズが首を傾げた。

「報酬もそれなりだな。この内容ならギルドに出した方が良いんじゃないのか。何で直接お前に来たんだ?」

 2人の視線を受けて、フレッドが良くぞ聞いてくれましたとばかりに鼻を鳴らした。

「凄腕冒険者の俺は顔が広いからな。レンジャー隊の知り合いから良い奴はいないかって、相談されたんだよ」

 調子に乗っているフレッドに適当に相槌を返して、デレクは腕組みをして考える。

 彼らがいるこの定食屋は、先程マイルズの口から出た冒険者のギルドが経営している。

 デレクの見ていた壁には店に集まる冒険者向けの仕事を掲載してあり、仕事が欲しい者はその中から好きなものを選んで応募するのだ。

 しかし、ギルドを通して人を募集すると依頼主は手数料を取られる。

 フレッドの言ったように手数料の分を安く上げようと、依頼する側が知り合いの冒険者に直接仕事を渡すケースも少なくない。

 しかし、ギルドを通さないことで生じるデメリットも少なからず存在する。

「契約書もあるし、信用出来る相手だ。何よりも、討伐依頼じゃないから無理をする必要も無い」

 書類には本格的な調査隊を出す為の前調査であると書かれており、異変が起きていることをはっきりと示すものを持ち帰ることが出来れば仕事は完了するとある。

「いい条件だろ?一緒に行こうぜ」

 その誘いにマイルズが頷くのを見て、フレッドが上機嫌にデレクに笑いかけた。

「なあ、行くだろ?お前が居れば分け前が、な?」

 思案気な表情で黙り込んでいたデレクは、フレッドにがっちりと肩を組まれて耳元で囁かれる。

 たったの3人で沈黙の森に入る。その事に不安を覚えていたデレクだったが、金額につられて知らず知らずのうちに首を縦に振っていた。



 すり鉢状に編んだ大きな籠の中、リツコは太く長い4本の木の枝を持って立っていた。

 木の葉の隙間から地表へ光を注ぐ太陽が、もうすぐ正午になることを地上の生き物たちに告げている。

「この辺でいいでしょう」

 枝の本を籠に隣接した地面に突き立てると、寄ってきた子蜘蛛たちが糸を吐いて固定していく。

 籠を囲むように四方に枝を立て、その上に衣服を縫い合わせて仕立てた大きな布を被せてこれも糸で固定する。

「おお」

 すっぽりと布で覆われてテントのようになったその籠を見て、エヴァンが目を輝かせた。

 子蜘蛛達も大はしゃぎで、ざわめきながら飛び回っている。

「じゃあ、後は飾り付けですかね」

 リツコの言葉に、あらかじめ集めておいた魔石や花に皆が一斉に群がっていった。

 エヴァンを筆頭にして簡易テントの内外を楽しそうに飾り付ける子供達を見つめ、リツコは満足気に息を吐いた。

 危険なことをするなとアドラメレクから念を押されている為、彼女の仕事は食料の調達ではなく子供達の遊び相手。

 目の届く範囲で遊んでくれて危険が無く、男の子が喜びそうな遊びということで秘密基地作りを提案したのだ。

 リツコの口から出た秘密という言葉に魅力を感じたようで、子供たちは異論なく楽しんでいる。

 窮屈ながら皆が入れるような大きな籠は、狩りに行かず暇そうな大蜘蛛を捕まえて午前中に編んでもらった。

「リツ、飾りが足りないよ」

 はしゃぎまわる子供たちの様子に満足していたリツコは、エヴァンの訴えに我に返ってテントの中を覗き込む。

 影になったテントの中に間接照明のように並ぶ魔石の、柔らかい光が幻想的だ。

 籠の縁を囲むように明かりを並べたいようだが、光の輪が一部途切れている。

「あら。じゃあ石を取って来ますので、いい子で待ってて下さいね」

 言いつけを守らないと持ってきてもらえないことを分かっている為、子供達が聞き分けよく一斉に頷いた。

 そのチームワークに少し笑って、リツコは魔石を入れるための布袋を手に取った。

 今から行っても、昼食には十分間に合うだろうと考えて。

『チャッティ。ちょっと付き合ってください』

 危険を避けるために基地作りを近くで眺めていたチャッティを呼び、リツコは子供たちに手を振りながら魔力溜まりを目指して歩き出した。

主人公の出番が少なくなってしまいました。

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