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7/21 誤字訂正

 室内に所狭しと並んだ瓶は、薄暗い中をまるでインテリアのようにぼんやりと輝いている。

 同じだけの失敗作も出来た為、新たに集めてきたものを合わせても薬の在庫は残り少ない。

「この位でいいでしょうか」

 予定より少し多めに作ったところで、リツコは魔法薬を作る手を止める。

 長時間のパソコン業務を終えた後のような気だるさを覚えて肩をまわすと、薬瓶をあらかじめ切っておいた布きれで包む。

 蔓で編んだ背負い籠に、割らないように注意しながらそれらを詰めていく。

 成人男性が1人で背負えるぎりぎりの重量まで詰めたところで、上から布をかけた。

「よし」

 作業を終えて立ち上がったリツコは、梯子を伝って地面へ降りる。

「お疲れ様」

 下で洗濯をしていたジャネットが、彼女に気付いて労わりの言葉をかける。

「こちらはどうですか?」

 洗濯桶の隣に荷物を下ろしたリツコが、泉のほうへ目を向ける。

「うーん」

 困ったように首を傾げるジャネットの目線の先では、彼女達に背を向けているエヴァンの姿がある。

 こんもりと茂った低木の合間から向こう側を覗き込んでいる彼の隣へ移動し、リツコもそれに倣う。

「どうか、お願いします!」

 泉の縁から空を見上げ、ベイジルが声を嗄らしているのは別に神への祈りでもなんでもない。

 豊富な水と光のおかげで生育が良く背の高い木々の一本。その上にいる魔物に向かって声をかけているのだ。


 ベイジルたちが薬を持って人の領域に戻るには、2つの障害があった。

 1つ目は、森に棲む魔物や獣の危険。

 これは、リツコから頼んで狼や大蜘蛛の協力を得た。現在森の外へ向かって急ピッチで縄張りを拡大し、出来るだけの安全を確保してもらうことになっている。

 2つ目は、現在位置から町までの経路である。

 地図自体は、リツコが拾ってきた諸々の品の中に入っていた。

 しかし、現在位置が分からない。森から出る経路は狼や大蜘蛛が知っているようだが、森から町までの道を案内できるものは唯1人しかいない。

「嫌だよ。人間の手伝いなんて!」

 地上からはとても届かないような高い枝に座って人間達を見下ろしているのは、アドラメレクである。

 リツコとエヴァンの手を引いて森まで連れてきた彼は、町までの道筋を覚えているようなのだ。

「時間がないのです。どうか、どうか!」

 納期が迫っており、焦るベイジルと冷めた表情のアドラメレクが睨みあいを続けている。

 あれだけ拒絶するならば元から覚えていないと白を切れば良かった筈だが、そこが彼の憎みきれないところでもあるのだろう。

「仕方ないですね」

 どれだけ懇願しても頑として聞き入れないアドラメレクに、業を煮やしたリツコは茂みから出て行く。

「アド。いい加減に降りてきてください!」

 呆れたような彼女の声にも、アドラメレクは激しく首を横に振って拒絶を示している。

 ベイジルたちが来てもう1週間は経っているというのに、彼は一向に2人に慣れる気配が無い。

 姿を見つけては隠れ、話しかけると手の届かないところへ逃げ、駄々を捏ねる子供のように協力を渋っている。

 脅すような真似はしたくなかったのだが、仕方ない。リツコは腰に手を当てて、樹上を睨む。

「じゃあ、仕方ありません。お2人にはずっとここで暮らしてもらうしかないですね」

 瞬間、アドラメレクの耳と尾が面白いように力を失って垂れていくのが見えた。

「「ず、ずっと?」」

 あからさまに怯むアドラメレクと、何故か草むらの向こうでショックを受けたように口を開けるエヴァン。

 思わぬ方向へも飛び火しているが、彼女はとりあえず当初の目的を優先する。

「ずぅーーーっと、です。まさか放り出す訳にもいかないでしょう」

 口をパクパクさせるアドラメレクは何か反論しているようだが、弱弱しすぎてその呟きは他へ届くことなくリツコの声にかき消されている。

「ベイジルさんは有能そうですし、チェスターさんは強そうですし、アドより頼りになるかも知れませんね」

 リツコがちらりと商人たちの方へ視線を向ければ、彼らは苦笑しただけで口を挟むことはない。

 帰れなければ困るはずだが、彼女を信頼して任せてくれているようだった。

「っ!!」

 アドラメレクに鋭く睨みつけられ、怯んだベイジルを庇うようにチェスターが前に出る。

 暫くにらみ合ったっていたが、先に目を逸らしたのは見下ろす側だった。

「今回だけだからね!」

 負け惜しみのように吠えて、アドラメレクは飛び降りた。

 はるかな高みにいたはずだが、音も無く着地してリツコにむくれた表情を見せる。

『最近、僕の扱いがぞんざいじゃない?』

 他の人には分からない言葉で不機嫌そうな様子をわざと見せ付けてくる魔物に、リツコは肩を竦めた。

『そんなことありませんよ。ただ、契約者さんには秘密が多いみたいなので、彼の魔女は少し拗ねているかもしれませんね?』

 上目遣いに発せられた言葉の毒に、アドラメレクは尾を震わせる。

『秘密にしてた訳じゃあないよ。言い忘れてた、だけ、だよ』

 尻すぼみで歯切れの悪い言い訳は、わざと黙っていたことを自ら白状しているようなものだ。

『ふぅん?まあ、いいでしょう』

 いずれじっくり問い詰めてやろうと心に決めて、リツコは目の前の問題に心を戻す。

「薬が出来たので、確認してもらえますか?」

 置きっぱなしだった魔法薬を思い出し、リツコはベイジルへ声をかける。

「物置がありますので、チェスターさんはその中から帰り道必要なものをまとめて下さい」

 頷いて2人が彼女に背を向けたので、リツコは茂みからこちらを窺っていたエヴァンを手招きする。

「話があるので、先生を呼んで来てください」

 草原色の瞳を不思議そうに見開いたエヴァンは、1つ頷いて元気に駆け出していった。

 濡れた手を拭きながら姿を現したジャネットに向かって、リツコは言った。

「先生、家に帰りませんか?」

 問われた彼女は、目を皿のようにして問いかけた少女をその瞳に映した。


 キラキラと輝く泉を背景に、元気いっぱいにじゃれるエヴァンと子蜘蛛達。

 その脇で丸くなっていた狼が、大きく口を開けて欠伸をする。

 膝を抱えたリツコの左にはジャネットが、右にはアドラメレクが並んで座っている。

 鞠のように跳ねながら賑やかに遊ぶ子供達を、3人は会話も無くただ眺めている。

 正確に言えば、リツコとアドラメレクは待っているのだ。

 問いの答えを。

「帰っても、いいのかしら」

 長い沈黙の後、ジャネットが呟いた。

「寂しい気持ちもありますが、ご家族も心配なさっているでしょうから引き留めはしません」

 相手を見ないまま、リツコが返す。

「何よりも、この機会を逃せば次はいつになるか分かりませんから」

 リツコとしては、メリットになる訳でもない魔物たちに何度も協力を頼むのも気が引ける。

「でも、置いていくことになるわ」

 何をとは言わず、ジャネットがリツコとエヴァンを交互に見やる。

「私は魔女ですし、アドは魔物です。人間社会では暮らせません」

 ベイジルの説明から考えると、リツコが人の住む町へ行ったところで歓迎はされないだろう。

 何よりも”火炙り”という単語が頭を過ぎるため、彼女自身が素直にそこへ行きたいと思わない。

「エヴァンはどうするの?」

 3人の視線の先で、子蜘蛛に追いかけられたエヴァンが狼に躓いて転ぶ。

 まどろみを邪魔された狼が、尻尾を立てて吠えながら子供達を追いまわしている。

「エヴァンは」

 続く答えが出せず、リツコは右隣の顔を見上げる。

 白色の瞳が肯定の意を返すのを待って、リツコは両目を瞑って心を落ち着ける。

「連れて行ってもらえたら、と思います」

 自分の声が震えていないことを確認して、リツコは続ける。 

 愛しいと思っているし、このまま成長を見守りたいとは思っているが、森の危険さを考えれば共に残ることを強制は出来ない。

「エヴァンは元々奴隷として売られていました。家族がいるならば帰してあげたいし、そうで無ければ誰か代わりになる人を……」

「やだ」

 未練を振り切るようなリツコの言葉を遮って、別の声が割り込んだ。

 驚きに見開かれた彼女の目の前に、先程まではしゃいでいた筈のエヴァンが立っていた。

「やだよ。僕は行かないよ」

 険しい表情のまま、エヴァンが大人たちを睨みつける。

「いっつも僕ばっかり仲間はずれ。勝手に決めないで!」

 最後にリツコをその瞳に映して、彼は唇を強く噛み締める。

「そう」

 驚きから覚めると同時に、リツコは思い出した。

 狼達との共存を決めた後、エヴァンが何かを訴えようとしていた事を。

 魚の捕獲方法や今後の方針を決めた際、彼女はアドラメレクとジャネットには相談したもののエヴァンは起こさなかった。

 何も知らないうちに事態が進み、環境が変わり、彼はのけ者にされた気分だったのだろう。

 いや、まさに仲間はずれだったのだ。

「子ども扱いしてごめんね、エヴァン」

 納得と共に謝罪したリツコは、彼に目線を合わせようと立ち上がる。

 自分よりも頭1つ分高い位置にある彼の顔を見上げて、彼女は表情を引き締める。

「だけど、仲間はずれにされたからなんて理由じゃなく、真剣に考えて欲しい」

 睨みあう様に、幼い瞳がぶつかり合う。

「貴方は魔物と話が出来ない。逃げ切れる足も無い。一度襲われてしまえばそれまでです」

 今この場では彼を子ども扱いしないと決めたリツコは、あえて突き放すような物言いをした。

「私だって、貴方を抱えて逃げることはできない。獣が相手ならば、説得で退けることも出来ない。アドラメレクが居なければ、まともな食事もとれない」

 何かを言いたげなジャネットをあえて無視して、リツコは一層言葉を強める。

「森の中では私達は簡単に死にます。守ってあげることは出来ません。でも、先生と一緒なら今後平穏な生活を送れます。それでも残りますか?」

 よく考えてください、ともう一度念を押す。

「僕に初めて手を差し伸べてくれたのはリツコだ」

 翡翠色のエヴァンの瞳に、子供らしからぬ暗い色が一瞬過ぎる。

 出会い方からも窺えるように、彼の短い歴史は決して順風満帆とは言い難かったに違いない。

「危なくなったら置いて逃げてくれていい。先生ももちろん好きだけど、それでも、僕はリツコと一緒がいい」

 重い沈黙が流れ、どう説得しようかとリツコが深く溜息をついたその時。

「僕はぁ?」

「ぎゃあああ」

 頬に急に濡れた感触を感じ、驚いたエヴァンが悲鳴を上げる。

「僕のことは好きじゃないのー?なんかすごく疎外感を感じるよ」

 ねえ、と長い舌を伸ばしたアドラメレクが恨みがましい視線をエヴァンへ送る。

「ち、違うよ。アドは嫌いじゃないよ。そうじゃなくて!」

 後ろから羽交い絞めにされたエヴァンは抵抗も碌に出来ず、甲高い声を上げながら手足をばたつかせている。

 今後を決める重要な話し合いの場が、瞬く間に崩壊する。

 騒がしい場の雰囲気に釣られて、様子を窺っていた魔物たちもそれに加わる。

 もはや深刻さとは正反対の空気になってしまい、話の続きは出来そうにない。

「くうきを」

 久々に頭痛に襲われ、リツコは己のこめかみを両の親指で押さえる。

「空気を読めー!!」

 怒りの篭った彼女の絶叫に、樹上の鳥達が一斉に飛び立っていく。

 その騒動に引き寄せられた大魚が1匹、待ち構えていた共同体の胃袋を満たすことになった。

シリアスブレイカー、アドラメレク。

3日連続更新はこれで終わりまして、次回からは不定期更新に戻ります。

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