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魔力溜まり

 人間の世界には無い、銀の木立。

 日の光を反射するその姿は、美しいが無機質な冷たい印象を見るものに与えている。

 その木々の間でひっそりと生を営む湿った苔を、ブーツの底で踏みにじりながら青年は進む。

「坊ちゃん!」

 背後から呼ばれ、青年は足を止める。

「止めても無駄だって言っただろう。しつこいな!」

 不機嫌そうに振り返った青年の顔は、血の気が引き蝋のように真っ白だ。

「やはり無茶です。一回帰りましょう」

 睨まれるのもかまわず、引きとめた中年の男が説得する。

「帰ってどうするんだ。このままじゃあ、姉さんや皆に合わせる顔が無い」

 苛立つ青年が中年の男に詰め寄った時、獣の吼える声が森に響いた。

 樹上から逃げるように飛び立った鳥に驚いて、青年が身を竦める。

 しん、と静まり返った森の中で動きを止めた2人は、息を潜めて辺りを窺う。

「坊ちゃん、気持ちは分かります。しかし、貴方が帰らない方がダーナ様にとっては不幸でしょう」

 返事も出来ない程に震える青年の肩に手を置いて、中年男は静かに宥める。

「でも……」

 何かを言いかけた青年の口を、中年男が塞いだ。

 青年を庇うように引き寄せて、彼は腰に差した剣に手をかける。

 そのまま鋭い目つきで辺りを警戒する彼のただならぬ緊張感に、武器の類を一切身につけていない青年は身を硬直させる。

 彼らの頭上を、黒い影が過ぎった。

「伏せて!」

 中年の男の声と同時に、青年が地面に体を投げ出した。

 人間達に襲い掛かったのは、群青色の体毛を持つ狒々であった。

 自らの身長の倍ほどもある尾を使って木の枝からぶら下がり、獲物に食いつこうと開いた顎の間に中年男の抜き放った刃を咥えている。

「くっ」

 咄嗟に剣で受けて頭から齧り付かれることは防いだものの、狒々の体重を受け止めることになった中年男の両腕が軋む。

 狒々の自由な両手が伸びて、中年男の肩にその爪を食い込ませる。

「チェスターっ!」

 歯の根が噛み合わない程に震えながら、青年が男の名を呼ぶ。

 チェスターと呼ばれた彼は、全身を襲う重圧と痛みに砕けるかと思うほどの力で歯を噛み締めて耐える。

「坊ちゃん!私の腰のバッグにオーブがあります!」

 打開策を求めて思考を巡らせたチェスターは、とっさに思いついて青年に呼びかける。

「えっ」

 腰が抜けて立てない青年は混乱した頭が追いついていないのか、目を見開いて呆然としている。

 その間にも、狒々の爪が突き立つチェスターの肩からは赤い血がすじになって流れていく。

「坊ちゃん!」

 悲鳴交じりの叫びに、青年が大きく体を震わせた。

 満足に動かない両足を内心で叱咤しながら、彼は四つんばいでチェスターの元へ這い寄る。

「えっと、えっと」

 彼の足に掴まりながら体を起こし、青年は指示された通りにバッグを探った。

 あった。その言葉を発すると同時にバッグから引き抜かれた青年の手には、こぶし大の石が握られていた。

「投げて下さい!早く!」

 身体の限界を悟って焦るチェスターの声に応え、青年が炎の色をした石を狒々目掛けて投げつける。

「解き放て!」

 狒々の体に当たる直前に、青年がキーワードを唱える。

 途端、石が雷のように強い光を発して激しく燃え上がった。

 突然上がった炎に身を焼かれ、狒々が鋭い鳴き声を上げて地面を転げまわる。

「ぐっ」

 暴れる狒々に引きずられるように倒れこんだチェスターは、炎による火傷と両肩の痛みに耐えながら両手をついて体を起こす。

 毛に燃え移った炎を消そうと暴れる狒々の喉目掛けて、彼は握り締めた剣を振り下ろした。


 

 高い空から鳥の歌声が降り注ぎ、静寂の森に僅かな安らぎをもたらしている。

 成人の腰の高さほどある背の高い草が密集する中を、風のように疾走する2つの影がある。

『ちょ、ちょっと待ってください』

 軽やかな足取りで前を駆ける灰色の狼に向かって、リツコが小声で呼びかける。

 今朝の狩りによって近くに大魚が居ない事は分かっているのだが、彼女は癖で声を抑えてしまう。

『早く、早く』

 僅かな声を漏らさず聞き取った狼は、足を止める代わりにその場で一回転した後速度を変えずに進む。

『待って下さいよぉ』

 情けない声を出しながら、置いていかれまいとしてリツコは懸命に追いかける。

 彼女の肩では、小さな黒い蜘蛛が振り落とされまいと必死にしがみ付いていた。

 野生の獣と等速で走るという離れ業を披露する羽目になったリツコは、ここまでの間に鋭い刃先の雑草に何箇所も手足を切られて擦り傷切り傷だらけになり泣きそうな気持ちになっている。

 最近広げた縄張りの中にいい場所を見つけた、という狼の案内を受けてゴールが見えないまま彼女は森を走っていた。

『着いたぜ』

 しばらくして、狼の足音が止まる。

 引き離されてしまったリツコが彼を探して草を掻き分けた途端、急に強くなった日の光に足を止めた。

『ほら、すごいだろ』

 得意げな狼の声に、眩しさに目を細めながらリツコは素直に頷いた。

 木々の枝先から蔦を伸ばし、シャンデリアのように垂れ下がる沢山の山葡萄の房。

 地面には色とりどりの花が咲き乱れ、岩や木によって影を作る地面には見たこともない華やかなフォルムのきのこが密集して生えている。

 突然の侵入者に驚いたのか、慌てて草陰へ潜り込む栗鼠の姿も見えた。

『なんか、不思議な場所ですね』

 柵のようにあたりを取り囲むドウダンツツジのような低木は、可憐な白い花と甘い香りの漂う桃色の実を結んでいる。

『ここは、魔力の溜まり場なのさ』

 ほら、と狼が鼻先で花畑の中心を指す。

 促されてリツコと子蜘蛛が目を向けた先には、輝く小山が存在した。

 近付いて観察すると、それはオパールによく似た美しい石が積みあがって出来ていた。

『綺麗ですね』

 キラキラと眩しい宝石の山に目を輝かせたリツコが、手頃なものを1つ手にとった。

 石はそれ自体が光を発しており、載せた手の平にじんわりと温かみを感じる。

『それは魔石さ。ここには魔力が沢山溜まってるから魔石も多いし、植物なんかも魔力を吸って大きくなるんだ』

 得意げに知識を披露する狼に、リツコが興味深げに耳を傾ける。

『植物が魔力を吸うんですか?』

 魔物じゃないのに、とリツコが首を傾げた。

『そうさ。生き物なら当然だろ?』

 狼の言葉に、常識を知らないリツコはそうなんですかと頷くしかない。

『この魔石があればパワーアップ出来るんですよね?』

 沢山の魔石を前に、リツコは以前アドラメレクから仕入れた知識を思い出した。

『うーん。まあ効果は無いわけじゃないが、この程度じゃなぁ……』

 恩恵を受けられるのはそのチビ助くらいじゃないか、と狼が首を傾げる。

『そうですか』

 お宝発見に興奮していたリツコは、少し肩を落とす。

 しかし、折角だからと彼女は背負っていた布袋に魔石を詰め始める。

『これなんか、博物館に飾れそうですね』

 人の頭ほどもありそうな一際大きな魔石を発見して、リツコは腰を折ってまじまじと観察する。

 これ1つで、アクセサリーが沢山作れそうである。

『そんな石ころより、食い物持って帰れよ』

 呆れたように言って、狼がたわわに実った葡萄を見上げる。

『そうですね。食料はこっちの袋に詰めましょう』

 言いながら、リツコは先程石を詰めた袋から一回り小さな袋を取り出す。

『用意がいいな』

 驚いた表情の狼に、リツコは胸を張った。

『エコバッグ、大事です』

 えこばっぐ、と復唱しながら首を傾げる狼を他所に、リツコは気合を入れて持ち帰る果実の選定を始める。

 子蜘蛛もリツコから離れて食事を始め、暇になった狼が見晴らしの良い岩の上に寝そべって欠伸をする。

 そんなのどかな雰囲気の中、ふと狼が耳を立てたまま動かなくなった。

 彼に少し遅れて、何かの足音を感じ取ったリツコも手を止めて耳を澄ませる。

 森を歩きなれた獣にしてはぎこちないその音は、ゆっくりと近付いてきていた。

『じっとしてろ』

 子供達を自分の元へと呼び寄せて、狼はかがんで花の間に身を隠した。

 彼に習って、リツコと子蜘蛛も地に伏せて息を殺す。

 やがて視線の先の草が割れて姿を現したのは、2人の人間だった。

 肩や腕に布切れを巻きつけた襤褸雑巾のような風体の男を、もう1人の男が半ば担ぐように支えて歩いているようだ。

「ここは……」

 支えになっている黒髪の男が、呆けたように辺りを見渡している。

 疲れきった様子の彼らは体全体を引きずるように進み、きのこの群生した木の下で突然崩れ落ちた。

「大丈夫ですか、坊ちゃん」

 支えられていた方の男が体を起こし、自分の下敷きになった黒髪の男に声をかける。

「このまま休もう。どうせ、次襲われたら終わりだろう」

 起き上がろうともせず、黒髪の男が疲れたように笑った。

 遭難者だろうか。2人の人間の様子を隠れて見ていたリツコは、どうしようかと隣の狼に目を向ける。

『好きにしろ』

 口の動きだけで狼にそう言われ、リツコは顎に手を当てて考え込む。

 あの2人が弱っているのは傍から見ても明らかであり、危険な森の中にこのまま放っておくのも後味が悪い。

 しかし、と彼女は男達へ視線を戻す。

『剣かぁ』

 声に出さずに口の中だけで呟いて、リツコは起き上がった男の右手に握られた刃の長い剣を瞳に映す。

 剣を握る男の顔は爛れており、右腕は傷だらけ。両肩に巻かれた布には乾いた茶色い血の染みが広範囲に滲んでいる。

 地面に寝転んだまま動かない男の方も服は裂け、顔に大きな痣が出来ている。

『……よし』

 暫くじっと様子を窺っていたリツコだったが、やがて意を決したように立ち上がった。

「こんにちは」

 握り締めた拳を胸元に引き寄せて、やや強張った表情でリツコが声をかける。

 自分達以外の存在を想定していなかったのか、2人の人間は慌てた様子で声の主を探す。

「お、女の子?」

 黒髪の男が、目を丸くしている。

「坊ちゃん、下がってください」

 肩に怪我を負っている男が、剣を握る手に力を込めて彼を庇うように前に出る。

『加勢するか?』

 剣先を向けられたリツコの様子に危険を感じたのか、近くに伏せていた狼が立ち上がった。

『いえ、出来るだけ穏便に済ませたいので』

 リツコが手で制すると、前に出ようとしていた狼は頷いて彼女の隣に並ぶ。

「魔物?魔女か!?」

 警戒を強める人間達に、敵対する意思の無いことを示す為にリツコはゆっくりと両手を上げて見せる。

「貴方達を襲う気はありません。ちょっとお話をしませんか?」

 油断無く武器を構えたまま怪訝な表情を見せた男に、リツコは微笑んだ。

「お怪我もされている様子ですし、まずは手当てをさせてくださいな」

 彼女の提案に、男達は戸惑った様子で顔を見合わせている。

 断られるようならば無理に誘うつもりは無かったが、先程の彼らの発言に気になる点もある為出来れば承諾してもらいたい。

 そんなリツコの内心を知ってか知らずか、何事かを話し合った後に男達は頷いた。

蜘蛛と狼の件が終わったので、新しいキャラクターの登場です。

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