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交渉と結果

 朝日に照らされて銀の鱗がきらきらと輝いている。

 風に揺れて角度を変え、巨大な魚が揺れながら光を振りまく様は中々壮観である。

 すっかりお祭り騒ぎだった一晩を過ぎ、約束の4日目を迎えた一行は魚を捕らえた広場で狼が来るのを待っていた。

 余計な獣を寄せ付けない為にと巨大魚が宙吊りにされている様は、魚市場を思わせる。

『これで満足してくれれば良いんですが』

 肉の量としては申し分ないが、得られる魔力の量となると知識のないリツコは不安が残る。

 捕らえたときの姿のままでは何を仕留めたのか分かり辛いということで絡まった糸を解いたのだが、粘着質で丈夫な糸を外すのはそれはそれは大変な作業だった。

『あんなにがんばったんだから、大丈夫、多分』

 包帯を巻いた足に視線を移し、落ち着かない様子のリツコの体が大きく揺れた。

『落チ着ケ。大丈夫ダ』

 彼女を乗せていた大蜘蛛が、あやすように体を左右に振っている。

『あの、いい加減下ろしてもらえませんか?』

 自分が何処にいるのかを思い出したリツコは、蜘蛛の背を軽く叩きながら要求した。

 密集した大蜘蛛の毛は肌を刺激するほどには硬くなく、座り心地としては絨毯の上に似て悪くはない。

 狼と会う緊張に加えて、苦手な虫の上に座らされているというのも彼女が心を静められない理由の一つである。

 寝床から起き出して以降ずっとこの蜘蛛の背中に乗せられているが、彼女はその理由を未だに教えてもらっていない。

『ソレハ……』

 言いかけた大蜘蛛が、近付く気配に気付いて言葉を切った。

 皆が注目する中、青々と茂った野草が左右に割れて灰色の狼達が姿を現した。

『約束の日が来た。さあ、証拠とやらを見せてもらおう』

 大蜘蛛とリツコの姿を視界に捉えるなり、挨拶も無しに口を開いたのは狼のリーダーだった。

 ゆったりとした足取りで大蜘蛛と対峙するその姿には余裕があり、彼の背後に控える狼達も4日前と比べて元気な様子だ。

 狼達はしっかりと大蜘蛛を狩る準備を整えてきている。

『やる気満々ですね』

 小声で呟いたリツコは、湧き上がる不安を首を振って振り払う。

 その準備を無駄にさせるために努力してきたんだ、と自身に言い聞かせて小さな胸を張った。

『こんにちは、狼さん。お望みのものは目の前にありますよ』

 リツコはにっこりと口角を持ち上げて、わざとゆっくりとした動作で顔を大魚へと向ける。

 狼達が彼女の視線を追って、その金の瞳を樹上へと移す。

 鱗が作る細かい光の明滅に目を細めた彼らは、その証拠の正体を理解すると同時に鋭い牙の生えた口を半開きにしたまま固まった。

『?』

 彫像のようになってしまった狼達の反応が予想外だったため、戸惑ったリツコが傍らを見上げる。

 傍の枝に座って尾を遊ばせていたアドラメレクが、少女の視線に気付いてにんまりと笑う。

『見てれば分かるよ』

 そう悪戯っぽく答えた相棒に眉を顰めながら、リツコは狼達に視線を戻した。

『見たところ、地を泳ぐ魚に似ているようだが?』

 たっぷり30秒間フリーズした後、リーダー狼が口を開いた。

 平静を装ってはいたが、彼の目はリツコと大魚を忙しく往復してその内心を語っていた。

『ええ。貴方達が何て呼んでいるかは知りませんが、これは沈黙の森の名の由来となった魔物の1匹です』

 リツコは手品を披露するマジシャンのように右手で魚を指し示し、相手の様子を窺う。

『コレガ我ラノ返答ダ。不足ハ無カロウ』

 リツコを乗せた大蜘蛛も自慢げに頭を上げた。人間でいう胸を逸らす動作に当たるようだ。

『……確かに、魔力を上げるにはこの上ない獲物だ。しかし、解せんな』

 ショックから立ち直り切れないものの、鋭い眼つきを作り直して狼が唸る。

『何故お前達に大魚が狩れるのだ。地に潜る術を得たとでも言うのか!?』

 吼えるリーダー狼には、最初ほどの余裕は見られなかった。

 地面の下から襲い掛かる大魚は彼らにとって脅威であり、それに対抗できる手段を持つ大蜘蛛もまた脅威である可能性があるからだ。

『コレガ我々ノチカラ、ト言イタイトコロダガ』

 少しの沈黙の後、答えた大蜘蛛が言葉を切って頭を下げた。

『全テハ、コノ人間ノチカラダ』

 大蜘蛛が姿勢を変えたことでその背から転がり落ちそうになったリツコは、その絨毯のような黒い毛を掴んでしがみ付く。

『人間の力だと』

 やっとのことで体勢を整えてほっと胸を撫で下ろしていた彼女に、狼達の金の視線が突き刺さる。

『ソウダ。仲間ノ犠牲ヲ出サズニ大魚ヲ倒スコトガ出来タノハ、コノ人間ノオカゲダ』

 犠牲を出さずに、という大蜘蛛の一言に狼たちが信じられないといわんばかりに目を剥いた。

『しかし、1匹だけでは効率的とは言えまい』

 まぐれではないかという疑いの眼差しで見やる狼に対して、リツコを乗せた大蜘蛛が得意げに胸を張った。

『我等ガ居レバ、何匹デモ獲レル。ソウダロウ?』

 自慢げな声の大蜘蛛がリツコに水を向ける。

『そうですね。蜘蛛さん達が居れば何度でも再現できます』

 頷く彼女も、その点については心配をしていない。

 実績があるのだから、時間さえあれば危険な囮などせずとも餌を用意して大魚を獲ることができる。

『魔力を得る手段と証拠は提示しました。さあ、約束どおりこちらの安全を保障して頂きましょう』

 今にも飛び掛かりそうな相手に若干怯えながらも、リツコは平静を装った。

 大蜘蛛が大魚を狩った方法が分からない以上、狼たちは彼女達に迂闊に手出し出来ない筈だと踏んでいるからだ。

『若干違うな。大蜘蛛を襲うよりも効率的な狩りの仕方を提示すれば、という話だったろう。手段を詳しく話してもらおうか』

 少し考える素振りをした後、狼は反論した。

『手段だけ聞き出して襲おうとしても無駄ですよ。貴方達だけでは大魚は獲れません』

 リツコはうっすら微笑んだ。

『我らが狩れねば意味があるまい』

 狼の反応は、リツコが事前に予想していた流れだった。

 素直に獲物を狩る手段を提示しても、狼たちが素直に約束を守るという保証は無い。

 アイディアだけを奪われて用済みになった自分達は全滅、などという事態を防ぐ為に徹夜で案を練ったのだ。

『そうでもありませんよ。ねえ、狼さん。取引をしましょう』

 後に、悪魔のようだったと称される笑みを浮かべてリツコは言った。

『取引、だと?』

 リーダー狼が怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

『はい。私達は貴方達に獲った大魚を提供する』

 皆が注目する中、リツコが大魚を指差した。

『代わりに、貴方達は縄張りの警備をして私達に安全を提供するんです』

 リツコの真紅の瞳が、狼達1匹1匹を順に映していく。

『我らを手なずけようというのか?』

 利用されてなるものか、と毛を逆立てて威嚇するリーダー狼。

『協力しませんか、って事です。皆さんが手伝って下されば、大魚もより多く獲れるようになります』

 釣り餌の調達は狼が居れば楽になると思いながら、リツコは続ける。

『む』

 すぐさま反論が思い浮かばなかったようで、リーダー狼が口を閉じる。

『争わずに居住地も得られますし、特にデメリットは無いと思いますけど?』

 首を傾げるリツコに、狼たちは困り顔でリーダーへ視線を向けた。

『……油断を誘って、寝首を掻こうなどと思ってはいないだろうな』

 提案に魅力を感じているようで睨むというよりは上目遣いになってしまっているリーダー狼だったが、最後の抵抗とばかりに言葉を搾り出す。

『怖いんですか?』

 リツコが問いかける。

『まさか!』

 大蜘蛛を恐れているなど、プライドにかけて言えない狼達から抗議の声が上がる。

『じゃあ、決まりですね。お隣さんとして、これからよろしくお願いします』

 にっこりと無邪気な顔で笑ったリツコが、勢いよく両手を叩く。

 大魚を獲った後の事は特に考えておらず戸惑う大蜘蛛達と 上手く丸め込まれた感満載で唖然とした表情の狼達が顔を見合わせる。

『取引が成立したのですから、友好の握手をしましょう。ほら』

 冷静になった彼らが取引内容にケチをつける前に、リツコは大蜘蛛の背から飛び降りて強引に両者の前足をとった。

 形状的に人間のような握手は出来ない為、足先をくっ付けるだけの簡易握手である。

 しかし、それは魔物たちにとって未知の生活の始まりだった。


狼VS大蜘蛛はこれで決着です。

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