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加熱調理の大切さ

5/5 表現を修正

 空腹を満たす為に、リツコは川沿いを歩きはじめた。

 水さえあれば、人間は10日程度は生きられるらしい。

 うろ覚えの知識を元に、リツコは飲み水を確保しつつ食料を探す。

 彼女が茂みの中に黒い小さな木の実を見つけたのは、日が傾いてきた頃だった。

「食べられる、かな?」

 枝から一つ摘み取った後、随分長い間躊躇したリツコだったが空腹に耐えかねて恐る恐る口に入れた。

 それは、全く味がしなかった。

 甘いとか、苦いとか、酸っぱいとか、何もない。

 正直不味いとしか思えなかったが、食べられないことはなかったのでリツコは木の実を摘めるだけ摘んで川のそばへ戻る。 

 川の水で実を洗い、摘んだ分を全て食べきると彼女の腹の虫は治まった。

「暗いな」

 満腹感は得られなかったので、もう一度摘みに行こうかと振り返ったリツコは周囲が薄暗くなっていることに気付いた。

 近くに光源になるものはなく、日が傾くにつれて急速に視界が悪くなってゆく。

 リツコの手元には、火を起こすことのできる道具はない。

 完全に日が落ちて歩けなくなる前に、彼女は落ち着ける場所を探さなくてはならなかった。


 視界が閉ざされる前に、リツコは川原に転がっていた大きな岩の間に入り込めそうな隙間を発見することが出来た。

 日が落ちて風が冷たくなってきたので、彼女はその中へ入って夜を過ごすことにする。

 彼女が岩の間から外を眺めていると、景色は見る見るうちに黒く塗りつぶされてただ一面の闇となった。

 試しに顔の前に手を上げてみるが、それすら見えないほどの暗さだった。

 日本で暮らしてきたリツコが、夜の屋外でも体験したことのない真の暗闇。

 どこかで、鳥が鳴いている。

 遠吠えが木霊する。

 森の中に獣がいる。

 当たり前のことではあるが、その事実に気付いてリツコは戦慄した。

 この暗闇の中で猛獣に襲われる自分を想像をして、彼女は恐怖に膝を抱えて縮こまる。

 夢の中ならば、襲われても平気だろう。

 死んだところで、目が覚めるか別の夢に移行するだけ。

 そう頭では理解しているものの、肌に触れる岩の冷たさや耳に入ってくる音は現実味を帯びすぎている。

 食べられても良い、などと安易に考えることはできなかった。

 リツコは、小さくなって震えながら息を殺して朝を待った。

 その夜、彼女は一睡も出来なかった。


 恐怖の一夜が終わり、朝日が昇った。

 一晩中緊張していたせいで、リツコの体はあちこちが痛んだ。

 岩の隙間から這い出た彼女は川の水で顔を洗ったが、眠れなかったせいで疲労が濃い。

 昨日発見した黒い実を摘んで朝食をとり、日のあたる温かい地面を選んで座り込む。

 変温動物のように日光で体を温めながら、リツコは考える。

 これは、本当に夢なのか?

 リツコの心に、不安が芽生えてきている。

「もしや、私は自分が日本人だと思いこんでいるだけなのでは?」

 突然変異で赤い目を持って生まれた西洋人の少女。

 彼女は心の病から、自分が遠田律子という日本人女性だと思い込んでいる。

 そうして今、何らかの理由で迷子になっているのだ。

 やがて疲れ果てた少女は両親によって助け出され、精神病院へと連れて行かれる。

 少女に自分が誰なのかを思い出させる為に奮闘する両親、原因が分からないと嘆く主治医。

 そんな人々の助力をえて、少女は次第に自分をとりもどしていく。

 やがて少女は同じ病院で治療を受ける少年と出会い、二人で苦労を乗り越えた末に……。

「ないわ」

 寝不足のリツコの脳は、眠気に襲われた末に壮大で意味不明な物語を紡ぎだしていた。

 彼女は頭を振って眠気を払う。

 しかし、リツコの見た目と記憶の間にギャップがあるのは確かである。

 ミステリー小説等で、多重人格のキャラクターが登場するものがある。

 6歳の少女が家庭の理由から、リツコの人格を持っているということはないだろうか。

「馬鹿馬鹿しい!」

 リツコがどれだけ考えようと、所詮は全て妄想の域を出ない。

「誰かに聞けばいいんだわ」

 とめどない思考を振り切って、リツコは立ち上がった。

 ここがどういう場所であっても、リツコという個人が存在するならば他の人も存在している可能性は高い。

 彼女は食料と情報を求めて歩き出した。


 異変が起きたのは、5日後のことだった。

 空腹だったリツコが、背の高い木に生っていた赤い実を食べてから数時間。

「お腹痛い」

 胃腸の辺りに痛みを覚えて、彼女はその場に蹲った。

 前かがみになった途端に気分が悪くなったリツコは抵抗できずに嘔吐してしまった。

 しかし、彼女の胃から出てくるのは胃液のみ。

 喉に焼け付く痛みを感じながらすべて吐き出したが、楽にはならない。

「げほっ」

 5日の間、必死に食料を探し続けたリツコだったが、満腹になるほどの食料は得られなかった。

 体力の限界がきていた彼女は、立ち上がる気力もなくその場に横になる。

 我慢できないほどに強くなった腹部の痛みに呻き、吐くものも無いのに嘔吐き、リツコは苦しんだ。

「うう、う」

 目の端に溜まった涙でリツコの視界は次第にぼやけていく。

 何が悪かったのかと彼女は考える。

 川の水。

 謎の木の実。

 木の実が見つからないときには、柔らかそうな新芽や花を毟って口に運んだ。

 リツコには、心当たりが次々と浮かぶ。

 自分はこの森の中で死ぬのだ。

 もう、ここが夢の中であるという楽観的な考えは彼女の心に浮かんでこない。

 仰向けになると、太陽が高い位置からリツコを見下ろしていた。

 それにも関わらず、彼女の視界は暗い。

 段々と暗さが増していく。

 同時に、痛みも和らいでいく。

 視界が完全な闇に閉ざされる直前、何かが日の光を遮った気がした。

山の中って食べるとやばい系の植物いっぱいあるらしいですね。

生の川の水とかも、絶対ヤバイ。

命の危機に瀕していない人は、主人公の真似しないで下さいね。

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