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バンジージャンプは見ているほうも怖い

 本日の午後の授業も無事に終わり、リツコは地面のノートに木の枝を使って書き取った単語でひとり復習をしていた。

 この短期間で文字まで習得できる程彼女は物覚えが良くないので、書かれている文字は全て日本語である。

「いつも思うのだけれど、これは何処の文字なのかしら?」

 リツコの隣で地面を覗き込みながら首を捻っている女性の名は、ジャネット・スターン。

 職業は教師。大きな町の学校で教鞭をとっていた彼女は息子の結婚式に出席する為に故郷へ戻る途中に乗り合わせた馬車が盗賊に襲われ、森に逃げ込んだところをリツコたちに助けられたのだという。

 今すぐに故郷へ帰る手段が無いことをリツコたちから告げられても、息子の晴れ姿を見られないのは残念だが生きていればまた会えるから問題ないと答えた明るい性格の女性である。

 そもそも新郎の母親が行方不明になっては予定通り式が行われないのでは無いかという懸念が過ぎるが、野暮なので誰も口には出さない。

「うーん」

 文字については記憶喪失という設定なので正直に答えるわけにもいかず、リツコは曖昧に笑って誤魔化す。

「見て、見て!」

 突然背後から上がった少年の声に2人が振り返ると、頭上の枝にのった巨大蜘蛛の上ではしゃぐエヴァンの姿があった。

「危ないから止しなさい!」

 慌てたジャネットが声を上げて、彼に向かって手招きをする。

「大丈夫だよ。仲良しだもん」

 エヴァンが笑いながら手を振る隣で、一回り大きく成長した子蜘蛛たちが真似して長い前脚を振っている。

「子供は適応力がありますねぇ」

 子供同士だからか、すっかり馴染んでしまっているちびっ子達にリツコは感心してしまう。

 それなりに慣れたとはいえ、彼女はまだ蜘蛛たちに乗るどころか触ることもできないというのに。

「本当に……って、貴女も子供でしょうに」

 ツッコミを入れて、ジャネットが可笑しそうにくすくすと笑う。

 彼女はリツコほど虫が嫌いではないようで、無害だと分かると特に怖がることも無く巨大蜘蛛たちに接している。

 積極的に近付いたりはしないようだが、本当に逞しい女性である。

『シッカリ掴マッテネ?』

 いつの間にか足元に来ていた子蜘蛛の1匹がリツコを見上げて言った。

 子蜘蛛たちの何匹かは最近魔物言葉を話すことが出来るようになったようで、言葉の通じるリツコやアドラメレクにお喋りを聞かせてくれる。

 しかし、今の台詞はどうやら彼女に向けた言葉ではないようだ。

「エヴァン。しっかり掴まっててよ!」

 伝言を託されているのだろうと察したリツコは、人間語でエヴァンにそれを伝える。

 人の言葉と魔物の言葉の両方を扱うことの出来るリツコは、通訳として重宝されている。

「分かった!」

 元気良くエヴァンが頷いたので、リツコは再び子蜘蛛に目を落とす。

『コレカラ、楽シイヨ』

 はしゃいだ調子で言う子蜘蛛の目は、内心の興奮を映してキラキラと輝いていた。

『それはどういう……』

 呟きながら彼女は大蜘蛛を見上げ、目を見開いた。

 大蜘蛛の目が薄っすらとブラックライトのような光を帯び始めた。

『待って!』

 電球のように光る8つの目に不吉な予感を覚えて、慌てたリツコが大蜘蛛に待ったをかける。

 しかし、大蜘蛛はそれを無視して腹部の先から糸を出した。

 大蜘蛛の周辺に突然突風が巻き起こり、糸の先端は彼らがいるのとは別の枝へ向かって飛んでいく。

「ひゃああああ」

「きゃああああ」

 糸が枝にくっ付いたことを確認すると、大蜘蛛は足場を蹴って宙へと飛び出した。

 腹から伸びる糸を掴んで体勢を整え、上空を振り子の様に滑空する大蜘蛛。

 その背にしがみ付いたエヴァンの歓声と、あまりに危険な遊びに驚いたリツコの悲鳴が混ざり合って辺りに響き渡る。

『声オオキイ!』

『危ナイ!』

 足元にいた子蜘蛛たちがざわめき、リツコは慌てて自分の口を両手で塞ぐ。

「あああ、危ない!!」

 大蜘蛛が眼前をいったり来たりする度にリツコはエヴァンが落ちて来るのではないかと気が気でなく、幾分か小さくなってはいるがついつい声を上げてしまう。

「まあっ」

 ジャネットも驚いて声を上げ、あんぐりと口を開けたまま固まっている。

「……楽しそう」

 しばらく蜘蛛の動きを目で追っていた彼女は、リツコの背後で小さくそう呟いた。

 あまりに予想外の発言に、リツコは思わずエヴァンたちから目を離して子供のように頬を赤くしたジャネットを見つめてしまった。


 遊び疲れた蜘蛛たちとエヴァンが、日向の温かい草の上に足を投げ出してくつろいでいる。

「楽しかった!」

 満足そうに笑って子蜘蛛の頭を撫でるエヴァンと、撫でられるのが好きなのか集まってくる子蜘蛛たち。

「心臓止まるかと思った」

 隣では、心配しすぎて心臓が痛くなったリツコが胸を抑えて転がっている。

 仲が良いのはいいことだし、エヴァンが喜ぶ顔を見るのは彼女の望む所でもある。

「でも、心臓がいくらあっても足りないわ」

 いつか本当に心臓が止まる前に、エヴァンとの遊びの内容については蜘蛛たちとじっくり話し合う必要がありそうだった。

「大丈夫?」

 ぐったりとしたリツコの顔を、ジャネットが心配そうに覗き込んだ。

「あ、はい。大丈夫です。ちょっと気疲れしてしまって」

 リツコが体を起こして、やれやれと首を振った。

「まるでエヴァンのお姉ちゃんね」

 年下なのにしっかりしてるわね、とジャネットは可笑しそうに笑う。

「先生にはそう見えますか?」

 首を傾げたリツコに、先生ことジャネットが少し考え込むような顔になる。

「そうねぇ。子供っぽいお兄ちゃんと、しっかり者の妹って感じかしら」

 くすりと笑って、ジャネットが優しくリツコを撫でた。

「さて、そろそろお夕食の支度をしないとね」

 兄妹みたいと言われて和んでいたリツコは、ジャネットの発した一言に凍りついた。

バンジーやったことないですが、TV等で見るたびにちょっとハラハラします。

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