私って本当に人間ですか?
昼食が終わると、アドラメレクは食料を探しに再び出かけていった。
本日の食事は午前中に収集した分で十分間に合うのだが、子供2人の精神攻撃に居心地が悪くなったようだった。
逃げるように遠ざかる丸まった背中を見送ったリツコは、帰ってきたら仲間に入れてあげようと心の中だけで呟いた。
「さて」
空を見上げると太陽がリツコ達の真上で燦々と輝いており、日が落ちるまでにはまだたっぷりと時間がある。
その時間を使って気になっていたことを検証しようと彼女が足を向けた先は、拾い集めた古布で作った簡易テントだった。テントと言っても雨避けの屋根しかないその下には、遺品回収で集めた武器が山と積み上げられている。
剣、槍、弓、斧。
鞘があるもの、無いもの。
様々な種類の武器が乱雑に積み上げられている中から、リツコはなるべく重量のありそうなものを選んで山が崩れないように慎重に引っ張り出す。
苦労しつつ、大人の背丈ほどもありそうな長剣を取り出した彼女は、それを持って泉の横の開けて明るい場所へと移動する。
「ちょっと持ってみて」
彼女の後ろについて作業を興味深そうに眺めていた少年に向かって、リツコは抱えていた剣の柄を差し出した。
言葉は通じずともその身振りで意図を理解したらしく、少年は革製の鞘に収まったそれを受け取ろうと手を伸ばす。
リツコが力を緩め少年の手に重量がかかった途端に、彼は重力に引きずられて前のめりにバランスを崩した。
「危ない!」
慌ててリツコが右手で剣を支え直すと、倒れかけた少年が剣に寄りかかるようにして静止した。
少年は不自然に傾いた状態のまま、何が起こったのか分からずに目を瞬かせている。
「やっぱりおかしい……」
子供とはいえ、年上の男の子が取り落としそうになるようなものをリツコが片手で持ち上げられるというのは奇妙な話だ。
目の前にある長剣は見た目から推測するに5kgは下らないと思われるが、彼女にとってそれは2本の指で軽く摘み上げられる程度の負担にしか感じられなかった。
少年の体重が乗っていたところで、その感覚に変わりはなかった。
まだ驚きから立ち直ることの出来ない少年から距離をとり、リツコは鞘から剣を抜いた。
革の中から、冷たい銀色の刃が姿を現した。
その場で剣を軽く振って感触を確かめてから周囲を見渡した彼女は、手ごろな木を見つけてその前に立つ。
一つ深呼吸をして剣を両手に持ち替えると、水平に構えて力任せに振った。
涼しい音が響く。
振りぬいた体勢のまま静止したリツコの手の中に残っているのは、剣の柄のみ。
素人が変な角度で打ち込んだ為か、幹に深く食い込ませた刃の大部分をそこに置いたまま剣は折れてしまっていた。
「普通、金属で出来た剣が子供の力で折れたりしないわよね」
用を成さなくなった金属片を地面に放り、リツコはまじまじと自分の両手を眺めた。
刃の薄い日本刀ではなく、西洋風の刃の厚い剣が易々と折れてしまったのだ。彼女の腕力は相当なものだろう。
盗賊達を撃退した時以前にも、思い返せば不思議なことはあった。
「私って、実は人間じゃないのかな」
顎に手を当てて、リツコは自身について頭を悩ませる。
仮にリツコが人間で無いとすれば説明はつくのだ。魔物が存在しているのだから、人の形をした怪力な生物というのも居てもおかしくは無い。
しかし、とリツコはアドラメレクの言葉を思い出して首を横に振った。
彼は契約を交わした際に、リツコに向かって人間同士で契約できないとはっきり口にしたのだ。
「なら、少なくとも私は人間で間違いないはず」
この世界には怪力な人種というものが存在している可能性もあるが、リツコはその考えを一旦保留とする。
最初からこの力があったとするならば、奴隷商人に売られそうになった時に暴れる彼女を押さえ込む周囲がもう少し苦労しそうなものだ。
少年や昨日の盗賊たちにリツコほどの腕力は無いことを考えると、この世界の人間と元の世界の人間の身体能力はそう変わらないように思える。
「何が違うんだろう」
自分の子供らしい細い腕と少年の腕を見比べながら、リツコはこれまでのことを思い返す。
食事、運動量、生活環境。奴隷商人の元を去った後は、彼女と少年はずっと同じ条件で生活を送ってきた。
サバイバル生活で多少は筋肉がついたとはいえ、そもそもこの細腕でそんなに力が出るわけが無い。
「細いのに怪力」
自身の心の声に何か引っかかるものを感じ、リツコは首を捻る。
考えに没頭するリツコの耳に、微かに草を踏む音が聞こえた。
思考を中断して顔を上げた彼女の目と、木の陰から顔を出した女性の目が合った。
「ああ、なんだ……」
危険な生き物ではなかったことに安心して力を抜いたリツコの背に、何かがもたれかかってきた。
「どうしたの?」
振り返ると、女性から隠れるようにして少年がリツコにしがみ付いていた。
当然ながら返事は無いが、リツコは昨晩から少年が女性を避けるように行動していたことを思い出す。
「人見知りなのかしら」
大丈夫だよ、と囁きながらリツコは少年の手を軽く叩く。
「……?」
少年を背に庇うような形になったリツコを見下ろして、女性がぽつり、ぽつりと何かを話し始めた。
話すうちに気持ちが高揚してきたのか、少しずつ彼女の声が大きくなる。どうやら、何か訴えているようだ。
しかし、彼女の口から出る言葉はこの土地で出会った他の人間たちと同様にリツコの知らない言語だ。
当然意思の疎通など出来るはずも無く、聞き手である少女は黙り込む他なかった。
返事をしない相手にもどかしさを感じたのか、女性が膝を折ってリツコの顔を覗き込んだ。
彼女の顔には焦りと悲哀が浮かんでいた。控えめな色調のロングスカートが草を踏み、地面についた白い指には黒い土がついている。
「ごめんなさい。分からないんです」
リツコにも女性の必死そうな様子は窺えるが、どれだけ目や耳に神経を傾けてみてもそれ以上何の情報も得られない。
仮に分かったとしても彼女が家に帰りたいと願っているのならば、リツコにはそれを叶えることが出来ない。
首を横に振って否定をして良いのか。そもそも、首を横に振るジェスチャーで否定の意思を伝えられるのかすらリツコには判然としない。
「あ、あの。落ちついてください」
知らない言葉を立て続けに浴びせられても、リツコには助けを求める相手がいない。
焦りと不安で恐慌に陥りそうになっているリツコの肩の震えを、後ろから伸びた2本の腕が包み込むように押さえつけた。
「……!」
あどけない調子の少年の声がリツコの耳の近くで上がり、縋り付くような女性の視線が少女の赤い瞳から逸れた。
言葉が通じる相手を得て少し安心したのか、少年と言葉を交わすうちに女性の声が徐々に落ち着いたトーンに戻ってゆく。
耳元で話す少年の声をくすぐったく感じながらも、リツコも段々と冷静さを取り戻していった。
「ここで話すと危ないかも」
周囲に気を配ることが出来るようになったリツコは、先ほどの女性の声の大きさに不安を覚えて耳を澄ませる。
幸い近くに魚の気配はないが、女性と少年がこのまま会話を続けるならば安全な位置に移動したほうが良い。
リツコは首に回された少年の腕をつついて注意を引くと、自分達の巣を指差した。
地味だった少年にも、やっと活躍の機会が!?




