危険だからって何でも取り上げないで欲しい
こんもりと密集して生えた柔らかい苔の上に腰を下ろし、アドラメレクが左頬を摩っている。
困ったように端の下がった目の下には、小さな紅葉模様が浮かんでいた。
それは彼が食料調達から帰るなり、我慢が限界に達していたリツコに平手打ちを食らった痕だった。
「ごめんって」
これで何度目になるか分からない謝罪を口にしながら、アドラメレクは彼女の様子を窺う。
「……」
対するリツコは背後から聞こえる雑音を無視して、彼の採ってきたキノコを水洗いして木の枝で作った串に通す作業に集中していた。
サイズの大きいものは包丁でスライスし、団子のように串に刺したものと共に網に並べていく。
竃にかけられた網の上では、先に用意されていた分のキノコに焦げ目がつきはじめていた。
よい感じに焼けたものを少年が皿に移していく。
熱いうちに軽く塩を振れば、ヘルシーで美味しい昼食の出来上がりである。
「ほら、ちょっと考えが足らなかったっていうか。悪意は無かったんだよ」
手際よく調理をしているリツコの様子を目で追いながら、相変わらずのつれない態度にアドラメレクがこっそり溜息を吐いた。
梯子を使えないようにしていったのはリツコに危険な行為をさせない為であり、その為に発生する弊害に関しては全く考慮しなかった。
彼はそう弁解し謝っているのだが、小さくて気難しいレディには全く取り合ってもらえない。
「はい、どうぞ」
やっとアドラメレクの方を向いたと思えば、リツコはそっけない態度で焼きあがったキノコを差し出した。
「……ありがと」
長い耳と尾をしょんぼりと下げて受け取るアドラメレク。深く落ち込んでいるその様子に、リツコの胸はちくりと痛んだ。
皿を渡したままの体勢で考え込むように視線を彷徨わせた彼女はしかし、もう少し不機嫌で居ることに決めたようだった。
彼女は喉まで出かかった『許してあげる』という一言を飲み込み、昼食の準備に戻る。
「君たちもどうぞ」
リツコが足元にいた子蜘蛛に焼きあがったキノコの串を差し出すと、瞬く間に数匹が集って蜘蛛団子を形成した。
そのあまりの気味の悪さに串を放り投げそうになったリツコだったが、嫌悪感を抑えて彼らをゆっくりと地面に下ろす。
彼らはリツコの叫びを聞いてアドラメレクを呼びに走ってくれた本日の功労者である。恩を仇で返すわけにはいかない。
「あとは……」
蠢く黒団子から顔を逸らし、少年から皿を受け取ったリツコは目的の人物を視界に捉えて足を踏み出した。
彼女が近付く気配を察して、3人から少し離れた木の下にいた女性が顔を上げる。
生真面目そうな、きりっとした眉が特徴的な顔。豊かなブラウンの髪は昨日からの騒ぎで少しほつれているものの綺麗に編みこまれており、几帳面そうな彼女の性格が窺える。
疲れた表情が年齢を高く見せているが、40歳より少し若いと思われた。
彼女の肌が雪のように白いのは人種的な特徴もあるが、寝不足と不安に襲われている為だろう。
髪よりも少し明るい色の瞳が、無表情に目の前に立つリツコの姿を映している。
「どうぞ」
少し屈んで視線を合わせ、リツコが皿を差し出した。
残念ながら昨日の魚と今朝の果物は食べてもらえなかったが、リツコは3度目の正直を期待して女性が受け取ってくれるのを静かに待つ。
女性の視線が皿の上のキノコへ移り、そこから再びリツコへと戻る。
少女の笑顔に気が緩んだのか空腹が限界だったのか、女性は皿の下へ両手を差し出した。
微かに震える手の平にリツコがそっと皿を載せる。
香ばしい香りに誘われたのか、女性の瞳は皿の上に釘付けになっている。
リツコが見守る中、女性が躊躇いがちにキノコの欠片を摘まんで鼻先へ近づけた。
「……」
暫く考えこんでいた女性は、覚悟を決めるように頷くと欠片を勢い良く口へ放り込んだ。
咀嚼。そして嚥下。
一口目を無事に終えたことで何かが吹っ切れたのか、黙々とキノコを平らげる彼女に安心したリツコは自分も昼食を摂ろうと踵を返した。
竃に戻ってきたリツコに、少年が焼きたてのキノコを載せた皿を差し出す。
「ありがとう」
お礼を言って受け取ったリツコは、皿の上に横たわるキノコに目を落とす。
白いストライプの入った赤い笠を被った食物とは思えないデザインに不安を掻き立てられ、リツコは最初の一口を決断するまでに随分と時間がかかった。
「随分順応したなぁ」
すっかり食べ慣れた彼女にとって、白い線の部分が少し焦げてふっくらと焼けたそれはとても美味しそうに見える。
小さめのキノコを丸々口へ放り込めば、少し癖のある甘みと濃厚な香りが口内へ広がった。
「美味しいね」
そう言ってリツコが微笑むと、串に刺して焼いた小ぶりのキノコに齧りついていた少年も一緒に笑う。
年少組2人の和やかなムードに、のけ者にされていたアドラメレクが面白く無さそうに口をへの字に曲げた。
ちょっと短いですが、この辺で。
主人公は結婚したら旦那さんを尻に敷くタイプだと思います。




