表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/52

深淵から覗く赤い瞳

 布を被った2人を視界に捉えた人間達は、虐げる者も虐げられる者も同じように動作を止めて緊張した面持ちで彼らを見つめていた。

 人間達を見つめ返すリツコたちもまた、ひどく緊張していた。

「うう。どうしよう」

 魔物が出れば一目散に逃げてくれるのではないか、というリツコの淡い期待は裏切られた。

 相手が少女であるという侮りは見られないものの、やはり2対10という人数差は彼らに勇気を与えるようだ。

 一瞬の驚きを過ぎると、盗賊たちは武器を構えて戦闘態勢に入っていた。

「逃げようよ」

 さすがに怯えた姿勢はとらないものの、アドラメレクが弱気な提案をする。

「でも」

 あと一歩で女性に手が届くのに。

 リツコの躊躇いを察知したのか、盗賊の1人が刀身の湾曲した剣を閃かせて襲い掛かってきた。

「うわわわっ」

 目の前に迫る凶刃から飛び退るリツコに、その盗賊はしつこく追いすがった。

 反撃をすることなく逃げ回る彼女の様子を見て、他の盗賊たちも余裕を取り戻していった。

「リツコ!」

 連携をとって襲い掛かろうと囲みを作る盗賊たちに鋭利な爪を見せ付けて牽制しながら、アドラメレクが撤退を呼びかける。

「待って、それどころじゃっ!!」

 逃げるタイミングを完全に失ったリツコは、襲い掛かる凶刃から身をかわすので精一杯だ。

 横なぎの一閃が彼女の目の前の掠め、被っていた布袋を裂いた。

 袋に遮られていた視界が広がり、仲間の援護の為に自分へ向かってくる別の盗賊の姿が見えた。

 銀色の木の根元まで追い詰められた彼女に向かって、正面と横合いから同時に鈍い光が襲い掛かる。

 目前に迫る白刃。

 背には金属質な冷たい感触。

 これ以上逃げられないと悟ったリツコは、破れかぶれになって手にしていた斧に全力を込めて水平に薙いだ。

 斧が低いうなり声を上げて大気を引き裂く。

 重量を伴ったその旋風は、迫る刃を刈り取って少女の背後にあった木に半身を食い込ませた。

「……!?」

 刃の断末魔と共に、折れた剣の残骸が木漏れ日を浴びながら宙を舞う。

 何が起こったのかを理解できない盗賊たちは、殆ど柄のみになった手中の武器を見つめて立ち尽くした。

 斧の勢いに引きずられて盗賊に背を向ける形になったリツコが、慌てて銀木の幹から得物を引き抜く。

 ずぼっと音を立てて、斧は自由を取り戻した。

「!!!」

 通常の木より硬いはずの銀の木に深々と食い込んだ斧を、いとも容易く引き抜くその姿に盗賊たちは愕然とした。

 体勢を立て直したリツコが、再び斧を正面に構える。

 袋の裂け目から覗く闇の中から、血の色をした瞳が盗賊達を睨みつけている。

 得物を失った2人の盗賊が、その不気味さに気圧されて後ずさりを始める。

 仲間に起こった異変に気付き、盗賊達が怯んだ隙をついてアドラメレクが吼える。

「おおおおおぉぉぉぉん」

 袋を被っていたので少しくぐもっていたが、大気を大きく振るわせるその咆哮は十分な効果を上げた。

 予想外の出来事に竦んでいたところへ止めを刺され、悲鳴と共に逃げていく盗賊達。

「リツコ!」

 盗賊たちの脅威から逃れると同時に、タイムリミットが来たことを察してアドラメレクは少女へ手を伸ばす。

 足元に散らばる金属の破片と手元の斧を見比べて呆然としていたリツコは、為されるがままに彼に拾い上げられた。

 盗賊を警戒して振り返った魔物の瞳に、地面に座り込んだままの人間の女が映った。

「ああああ、もう!!」

 アドラメレクは叫んで、見知らぬ人間に向かって尾を振りその腰に巻きつけて掴み上げる。

 大きく地面を蹴って跳躍した彼の真下に、ぽっかりと穴が出現した。

 鋭い杭のような歯の並ぶそのふちを蹴って、更に跳躍。

 限界まで伸ばした右腕が、葉の生い茂る枝に引っかかった。

 左腕にリツコ、尾に女性を掴んだままアドラメレクはその枝にしがみ付いた。

 3人分の体重をかけられて、枝が大きくしなる。

 水滴が水面に落ちるような音と共に、魚の頭が大地に消える。

 折れはしなかったものの彼がすがり付いているのは下枝で、魚から逃げ切るのに十分な高さではない。

 盛り上がった地面に目を向けたまま、白い額に冷や汗を浮かべるアドラメレク。

 しかし、彼が心配していた2度目の襲撃は無かった。

 僅かな静寂の後、地面を泳ぐ音は騒がしく逃げる盗賊たちを追って遠ざかっていく。

 後に残るのは風の音。

「はぁぁぁ」

 危機を脱したことに安堵し、アドラメレクは枝にしがみ付いたまま大きく息を吐いた。

 

 秋刀魚程度の大きさの魚を抱えて、豊漁にはしゃいでいる少年と子蜘蛛たち。

 彼らが飛び跳ねる度に、蔦で出来た床がみしり、みしりと音を立てる。

 膝の下から伝わる振動の中、リツコは座り込んだまま凹凸のある床に指先と額をくっ付けていた。

 この世界ではどう呼ぶのか知らないが、彼女のとっているその姿勢を日本では土下座と呼ぶ。

「申し訳ありませんでした」

 事務員として磨いたクレーム対応スキルを発揮しながら、リツコはひたすら謝る。

 彼女の前には、拒絶するように背中を向けたまま座るアドラメレクが居る。

 リツコからは彼の表情は窺えないが、河豚のようにぷっくりと両頬を膨らませているのであろうことは想像に難くない。

 アドラメレクは今、事前の約束を破って無茶をしたリツコに立腹しているのだった。

「……」

 リツコは頭を下げた姿勢のままじっとしていたが、アドラメレクに動く気配はない。

 同じ姿勢をとり続けることに疲れ、彼女は少しだけ顔を上げて様子を窺う。

 すると、彼女に背中を向けたまま首だけを捻ってこちらを見ていたアドラメレクと目が合った。

 気まずさに息を呑み、リツコは慌てて頭を下げ直した。

「……はぁ」

 アドラメレクは諦めたように深い溜息をついて、伏せたままのリツコと対面するように座りなおした。

 怒られることを覚悟し体を硬くしたリツコだったが、唐突に両脇の下に手を差し入れられて抱き上げられた。

「リツコ。君はあくまで人間なんだよ。契約を交わしたからって無茶をしたら駄目でしょ?」

 小さい子を高い高いしてあやすように、リツコを掲げながらアドラメレクが諭す。

 その言葉に、小さなひっかかりを覚えた彼女が顔を上げる。

 アドラメレクと目が合うと、人間とは違う彼の真っ白な瞳にリツコの不安そうな顔が映っていた。

 彼女が口を開く前に、腕を引いたアドラメレクにぎゅっと抱きしめられていた。

「心配したんだよ」

 その言葉を聞いて、リツコは胸が苦しくなった。

 アドラメレクは彼女の我侭のせいで自身が危機に陥ったことを怒っているのではないのだ、と。

 そもそも彼が自身の安全を優先したいと思ったならば、リツコの提案など無視して逃げてしまえば良かったのだ。

 叱られることばかりを想像していた自分を情けなく思うと同時に、リツコの目頭に熱いものがこみ上げた。

「……さい」

 押し付けられた胸の温かさと背に回された腕の力強さに、リツコの声は震えていた。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

 あふれ出る涙を拭いもせず、搾り出すような声でリツコは繰り返した。

 目を瞑れば、凶器を持って迫りくる盗賊たちの姿が瞼の裏に鮮明に蘇る。

 平和に生きてきたリツコにとって、他人から向けられる強い殺意は恐怖以外の何物でもなかった。

 少しでも避け損ねてしまえばあの刃が自身の体に喰い込んでいたかと思うと、全身の震えが止まらなかった。

「ごめんなさい……怖かったっ!」

 一度感情を露にしてしまえば、リツコはもう自分で自分を抑えられなかった。

 まるで本当の子供になってしまったかのように、彼女はアドラメレクにしがみ付いて泣きじゃくっていた。

「……!」

 どうして良いか分からずに困惑していたアドラメレクの横から、少年が手を伸ばした。

 彼の小さな手が、少女の柔らかい髪を撫でる。

「もう、大丈夫だよ」

 優しい目をした魔物も、真似をして彼女の背を撫でる。

 その様子を、巣の隅で蹲っていた一対の瞳がじっと見つめていた。

サブタイトルがちょっとゲーム風ですが、中身はいつもの感じです。

赤い瞳が覗いてるというと何となくホラーな感じですね。しかし、本体は幼女です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ