てるてるヒーロー参上
明るく輝く木々の間を抜けて音の源を視認できる場所まで辿りついたリツコは、予想していなかった光景に目を見開いた。
木漏れ日を浴びた10人の男が、抜き身の剣を片手に1人の女性を取り囲んでいた。
地面にへたり込んだ女性は、震える声で何かを訴えている。
女性から奪ったと思しき鞄を振り回しながら、男の1人が彼女を蹴りつけた。
勢いよく地面に倒れ、すすり泣く女性。
男達がどっと野卑な笑い声を上げた。
木陰から様子を窺っていたリツコは、不快感に顔を顰めて傍らにいた魔物を振り返る。
「彼らは何者ですか?」
眼前の出来事は、リツコを字幕の無い洋画を見ている気分にさせた。
言語の理解できない彼女には詳細が把握できなかったが、女性が男達に襲われているのだろうと予想は出来る。
ヒーローモノの映画ならば、ここぞとばかりに超人的な能力を持った主人公が登場しそうな場面だ。
「んー。盗賊ってやつじゃないかな」
特に興味なさそうに、アドラメレクが答える。
「助けないんですか?」
奴隷店での活躍を思い返し、事態を打開できるのでは無いかとリツコは期待を込めた目で傍らの魔物を見上げた。
「何で助けに行くの?」
彼女の顔と人間達を見比べた後、アドラメレクが不思議そうな表情で首を傾げる。
残念なことに、この超人的な能力を持った魔物はヒーローになるつもりが無いようだ。
「あの女の人、きっと酷い目に遭いますよ?殺されてしまうかもしれないんですよ?」
少し思案した後、リツコは瞳を潤ませてアドラメレクを見上げた。
無邪気な子供の顔を武器に、情に訴える作戦に出たのだ。
彼女は人形のような愛らしい顔に憂いを乗せて、小首を傾げてみせる。
「嫌だよ。だって、盗賊って悪い人だよ?怖いじゃないか!」
大人の庇護欲を擽るあざとい戦法だったが、アドラメレクには効果が無いようだ。
眉尻を下げて情けない表情を見せる彼を、リツコは困った表情で見つめた。
鋭い歯、長い爪、強靭な手足。鱗に覆われた硬そうな尾。
食物連鎖の頂点に立っていそうな容姿をしていながら、彼は尾を足に巻きつけたまま小さくなっている。
「それに……あんなに騒いでたら、来ちゃうよ?」
気弱な声で彼が告げた言葉に、リツコはどきりとした。
彼の言う"来ちゃう”ものとは、静寂の森の名前の由来ともなっている地を泳ぐ魚のことである。
森で生活する間に、リツコは魚がどの程度の音に反応するのかを大体把握していた。
その知識からすると、目の前の人間たちの出す音はかなり危険なラインに達していた。
魚は普段、地下深くに潜っている。
地上の音を聞いて、まず魚たちは獲物の居る方角を察知すると耳を澄ませながら静かにそちらへ向かう。
次に、獲物と地面が接して出る音で獲物の正確な位置を把握すると同時に加速を始める。
聴覚を使ってはっきりと位置捉えると、勢いよく地面から踊り出て地表の獲物へと喰らいつくのだ。
「そろそろ、動き始める頃ですね」
森で暮らすリツコとアドラメレクには、魚には聞こえない程度の小声で会話をする習慣が身についている。
しかし、目の前の人間達はそんなことにはお構いなしでがなっている。
このまま放っておけば、被害者も加害者も仲良く魚の胃の中だ。
大量の獲物に、魚はさぞ満足するだろう。
「危ないから離れようよ」
人間と接触しなくて済む、と嬉しそうな顔をするアドラメレク。
「あの女の人だけでも、助けられないでしょうか」
彼の提案に、リツコは素直に頷くことが出来なかった。
盗賊たちはともかく、被害者と思しき女性を見捨てては寝覚めが悪い。
なぶられている女性の悲痛な表情から目を離さずに、彼女は1人思案する。
しかし、彼らの前へリツコが出て行ったところで被害者が1人増えるだけだ。
「せめて、驚かしたり怖がらせたりすることが出来れば……」
彼女はちらりと隣を見るが、魔物は困った表情で溜息をついているだけで協力してくれる気配は無い。
ふと、アドラメレクの持っていた斧がリツコの目に入った。
見た目だけならば、この大きな斧は中々インパクトがある。
おどろおどろしい髑髏の装飾が無数についている辺り、元の持ち主の趣味の悪さが窺えるが。
「でもなぁ」
斧をもっていたところで、少女は少女なのだ。
10人もの男が、こんな子供に驚いて逃げ去ることなどあるまい。
「うーん」
リツコが悩んでいる間にも、男達の罵声と暴力はヒートアップしていく。
地面を掘り進む音が聞こえるようになるのも、時間の問題だろう。
「あ、しまった」
考え込むうちに腕に力が入っていたようで、リツコの抱えていた布袋の底から赤い液体がぽたぽたと滴り始めていた。
袋を開けて覗き込み、無残に潰れてしまった木の実に嘆息する。
直後、何かを閃いた様子の彼女は袋を逆さにして中身を捨て、携帯していたナイフで3つの穴を開けた。
「どうですか?」
どうやってリツコを説得しようか悩んでいたアドラメレクは、その言葉に顔を上げた。
「!?」
声をあげそうになったアドラメレクは慌てて口を押さえ、奇妙な行動にでた少女の全身に目をやった。
リツコは麻布で出来た袋を頭に被り、首のところを軽く紐で縛っている。
その両目と口のある位置には暗い穴が開いており、中の表情は全く窺えない。
不気味な案山子のようなその頭は赤い液体で汚れ、滴った雫が彼女のワンピースを汚している。
「な、なんか、アンデッドみたいダヨ」
いつもの可愛らしい少女と同一とは思えない異質な姿に、アドラメレクは顔を引きつらせた。
薄気味悪そうに見つめる彼の様子に、リツコは満足げに頭を揺らした。
地面から土をすくって身体に擦りつけて死体らしさを演出し、アドラメレクから斧を受け取る。
1人で持てるかどうか不安だったその大斧は、見た目に反して彼女にもたやすく持ち上げることが出来た。
「アドラメレクさんも被って下さい」
別のずだ袋にも穴を開け、リツコはアドラメレクに手渡した。
「え?」
不可思議な指示に戸惑いながらも、アドラメレクは素直に彼女に従う。
「戦えとは言いませんので、一緒に来て下さい。大丈夫!危なくなったらすぐ逃げましょう」
準備の整ったパートナーに声をかけたリツコは、大きく息を吸い込むと奇声を上げ始めた。
悲鳴にも似た甲高い声に気付いた人間達が、ざわめきながら周囲を見渡し始める。
「ちょっと、リツコ!」
アドラメレクが止める間も無く、小さなアンデッドもどきは草の陰から飛び出していく。
「ああ、もう!」
彼女を連れ戻そうと伸ばしたアドラメレクの手は虚空を掴み、茂みから出た拳が人間達の目に触れてしまう。
ざわめきと共に注目の的になってしまったアドラメレクは観念し、彼女を真似て低く吼えながら彼らの前に飛び出した。
てるてる坊主を10倍凶悪にしたような奇妙なヒーローたちの、ヒロイン救出作戦が始まった。
てるてる坊主って子供が作るもので割りと可愛い印象ですが、よく考えると首吊ってますよね。
体を覆う布が無いので、厳密に言うと主人公達の格好はてるてる坊主というより案山子っぽいかも知れません。




