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保護者のような犬

 アドラメレクとリツコが果実と遺品を探しにいく間、釣りにハマった少年が子蜘蛛たちを引き連れて泉で魚を調達する。

 本日の役割分担はそのようになっていた。

 低木に生る赤い実を見つけてリツコが駆け寄ると、それは野苺に似ていた。

 艶のある赤色に食欲をそそられた彼女は一つ摘まんで口へ運ぶ。

 癖のある甘酸っぱい香りが口内へ広がり、実がよく熟れていることを感じさせた。

「うん。美味しい」

 満足そうに頷いて、リツコは持ってきた布袋に野苺を詰め始める。

 沢山摘んでジャムでも作ろうと考えていたリツコの横で、背後にいたアドラメレクも収穫を始めた。

 彼は片手にぶら下げていた大きな斧を脇へ下ろし、色のいい実を捜している。

 地面に横たえられた大斧を見つめて、リツコは手を止めた。

「もう無いんですかねぇ」

 急に問われたアドラメレクは振り返り、リツコの視線の先を見て納得したように頷いた。

「まあ、もう獲り尽しちゃったんだろうね」

 その斧は、本日回収してきた遭難者の遺品だった。

 太陽が頭上を通り過ぎるまで2人で探して、回収できた遺品はそれ一挺だけだった。

 それを見つけた岩場に遺体は1人分しかなく、他の荷物は故人の仲間が持って行ったのだろうと思われる。

 他に、行動できる範囲内に新しい遺体や落し物は見当たらなかったのだ。

「もう少し、調味料とか欲しかったなぁ」

 呟いてしまってから、リツコは自分の言葉の不穏さに焦った。

「犠牲者が少ないのは喜ばしいことなんですけどね!」

 慌てて付け足した彼女は、段々と道徳意識が低下してきている己の思考に危機感を覚えていた。

 回収した遺品の中には貨幣と思われるものも沢山あった為、街へ行けさえすればこの様な不謹慎な感情を持たなくても済むのだが。

「言葉の壁がっ」

 天を仰いで嘆いだリツコが街へ行けない理由はそれだけでなく、他人に対する不信感も大きかった。

 何せ、この世で目覚めて最初に出会った人間に奴隷として売り飛ばされたのだ。

 そのことからくる恐怖心が、彼女を人の領域から遠ざけていた。

「でも、やっぱり足りないものも多いよなぁ」

 先ほど挙げた調味料などの消耗品は、節約して使っていても拾った分では足りない。

 また妙な話ではあるが人間に不信感を抱く一方で、リツコは人恋しい気持ちにもなっていた。

「うひっ」

 考え事に没頭して手が止まっていたリツコは、急に頬を舐められて飛び上がる。

「あはは。また難しい顔してるよ」

 彼女の反応が楽しいのか、長い舌を遊ばせながらアドラメレクは愉快そうに笑った。

 彼を見上げてリツコは思う。

 こういう人の常識では考えられない言動をとる魔物の存在が、より彼女を人恋しくさせているのではないかと。

「……」

 黙りこんだリツコを見て、アドラメレクはうろたえだした。

「え、リツコ怒った?ゴメンネ?」

 アドラメレクの長い耳が、しゅんと下を向く。

「いいえ。怒ってはいません。ですが、舐めるのは止めて下さい」

 言いながら、舐められた頬を拭うリツコ。

 彼は悪い魔物では無いのだ。子供っぽいところはあるが、素直で気も優しい。

「リツコ美味しそうだから、つい」

 えへへと笑った魔物の唇の間から、鋭い歯が覗く。

 恐ろしい言葉に、リツコの顔が引きつる。

「あれ。食べちゃいたいくらい可愛いって、いうよね?」

 不穏な空気を感じとったのか、アドラメレクが両手を振って弁解する。

「僕は人間なんか食べないよ。ホントだよ!?」

 無言で固まる少女の様子に焦り、アドラメレクが尾を自分の足に巻きつけた。

 その少しばかり滑稽な仕草は落ち込んだ時や怯えている時の彼の癖であると、リツコは最近気付いた。

「大丈夫。信じてますよ」

 気が抜けたような表情で笑ったリツコの言葉に、アドラメレクも笑顔を取り戻す。

 勢いよく顔を上げた為に跳ねた彼の深い色の髪が、木漏れ日に当たって煌いた。

 その間から伸びる長い耳が、気分の上昇と共に上を向く。

 喜怒哀楽が読みやすくちょっぴり気の小さい自分の保護者を見つめていたリツコは、ふと日本でポピュラーな愛玩動物を思い出した。

「犬みたい」

「え?」

 リツコが小さく呟いた言葉に、アドラメレクが不思議そうな顔で首を傾げた。

「なんでもありません。そろそろ次を探しましょう」

 言葉の意味を量りかねて悩んでいるアドラメレクに背を向けて、リツコは次の採集場所へと歩き出した。


 アドラメレクと雑談をしながら食料の調達に勤しんでいたリツコは、急に違和感を覚えて立ち止まった。

 普段通りの風の音や木々のざわめきに混じって、微かに響く異音。

「何か聞こえませんか?」

 リツコが耳を澄ませていると、前を歩いていたアドラメレクが振り返った。

 彼の耳が、警戒した兎のそれのようにぴんと張っている。

「何か言ってるみたいだね。多分、人間かな」

 リツコでは聞き取れない僅かな声を聞き取って、アドラメレクが答えた。

「人、ですか」

 顎に手を当てて、リツコは考える。

 この森で暮らし始めてひと月以上が経過したが、自分達以外の生きた人間に出会うのは初めてのことである。

 生憎住処に置いてきてしまっているが、上手くすれば溜まった貨幣を活用できるかもしれない。

「行ってみませんか?」

 意外に早く訪れたチャンスを逃すまいと、リツコが提案する。

「怖い人かも知れないよ?」

 急に気弱になったアドラメレクが、渋い表情で首を横に振った。

 捕まったことがあるせいか、彼もリツコと同様人間に対してネガティブな感情を持っているようだった。

「怖そうな人なら、気付かれる前に逃げましょう」

 軽く言って、リツコは動こうとしないアドラメレクの腕を引っ張った。

 性悪説を唱えるわけではないが、何処にでも悪いことを考える人間がいることを彼女だって理解している。

 既に怖い思いも経験したリツコは、誰彼構わず接触しようなどとは思っていない。

 まずは、森に入ってきた人間がどんな人物なのか観察してから接触するかどうかの判断をしたいのだ。

「こっちから聞こえますね」

 毎日歩いている住処周辺の地図は、リツコの頭にしっかり叩き込んである。

 声のする方へと足を運びながら、彼女は周辺に視線を配る。

 いざとなったときに身を隠すことの出来る場所や上りやすい木の種類は、彼女もアドラメレクも把握している。

 地の利は彼女たちにあるのだ。

 その上、サイズの合う靴が無い為に代用として革を巻いた彼女の足は音を立てずに素早く動くことが出来る。

 リツコには、大人相手でも森の中であれば十分逃げ切れるだけの自信があった。

犬のような保護者でなく、あえて保護者のような犬です。

特に意味はありません。今後主人公が女王様キャラになるフラグとかではありません。多分。

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