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ご近所付き合いは穏便に

 少年が大人になるまで、自分が守る。

 それを決意した翌日から、リツコは遭難者達の所有物を淡々と回収し続けた。

 ナイフ、衣服、硬貨、保存食、調味料、食器、水筒。

 様々なものを回収しながら森の中を歩き回ることひと月。

 リツコは森で生活する上で必要な知識を、少しずつ身に着けていった。

 命が尽きたばかりの遺体には、その肉を目当てに寄ってくる魔物や獣を避けるために近付かないこと。

 人を襲う危険な生き物と、こちらから手を出さない限りは安全な生き物の特徴。

 毒のある植物と、食べることの出来る植物の種類。

 リツコたちが比較的安全に暮らすことができる、巨大蜘蛛の縄張りの範囲など。

「ふぅ」

 いつものように冒険者の遺品を回収してきたリツコは、それを地面に降ろして一息ついた。

 ここ数日暖かい日が続いていたために、本日は壮絶な光景を見ることになってしまった。

 菌がついていると病気が発生する恐れがある為、回収した道具は出来る限り熱湯消毒しておくことにする。

 他人のものを盗む罪悪感と嫌悪感はまだリツコの胸を苛むが、彼女はそれを押さえ込んで作業に集中する。

「火種を使って、と」

 泉の傍の地面に作った竃の中に枯れ枝を積み上げて、リツコは腰につけていた皮製のポーチから瓶を取り出した。

 その瓶の中には、ちろちろと揺れる赤い火がなみなみと入っている。

 蓋を開けて、中身を振り掛ける。

 すると枯れ枝が瞬く間に燃え上がり、立派な焚き火が完成する。

 あとはそれを維持する為に時々燃料である枝を追加してやれば、普通の火と同じように扱える。

 この瓶は森で手に入れた中で、リツコが最も重宝しているものの一つだ。

「どういう仕組みなのかしら」

 消毒用に使っている鍋を火にかけながら、リツコは首を傾げる。

 他にも、手に入れた道具の中には彼女の持つ知識では到底解明できない不思議なものが沢山あった。

「!」

 使った分だけ減った瓶の中身を見つめながら考え事をしていたリツコは、声をかけられて顔を上げた。

「あ、終わったのね。ありがとう」

 リツコが微笑むと、乾いた洗濯物を抱えながら碧の目の少年が笑った。

 住処の巣の下に置いた籠に洗濯物を放り込んで、少年が梯子を上ってく。

 籠には紐がついており、巣のほうに結んだ紐の端を手繰り寄せれば籠の中の荷物を上に上げることができる。

 アドラメレクはともかく、リツコや少年が荷物を抱えながら梯子を上り下りするのは危険なのだ。

 少年の姿が巣の中に消えると、木の下に子犬ほどの大きさの黒いものが集まってきた。

 暫く籠の周りをうろうろしていた彼らのうち、一匹が洗濯物の入った籠に飛び乗る。

 続いて2、3匹と飛び乗ったところで、少年に引かれて籠が地面から離れていく。

 飛び乗り損ねた何匹かが、上を見つめてきぃきぃと鳴き声を上げている。

 黒くて小さい彼らは3人が暮らす家の家主の子供……つまり、子蜘蛛たちである。

 彼らは珍しい隣人に興味を持ったようで、よくリツコ達の所へ遊びに来る。

 身体が小さい分力も弱く危険は無いものの、蜘蛛であることには変わりない。

 何匹もの蜘蛛がぞろぞろと足元へ集合してくる光景は、何度見ても鳥肌が立つ。

「こ、こんにちは」

 今日も籠に乗り損ねた子蜘蛛たちが、リツコを見つけて集まってくる。

 親切に巣を貸してくれる家主たちの子供を無下に扱うことも出来ず、彼女は引きつった笑みを浮かべながら笑顔で対応する。

 好奇心旺盛な子蜘蛛たちは、竃の傍をうろうろしながらリツコのすることを観察しはじめた。

「道具の上に乗らないでね」

 彼らをなるべく視界に納めないようにしながら、リツコは沸騰した水の中へ煮沸消毒できる物を中へ放り込んでいく。

 額を流れる汗を拭いながら、殺菌の為少し煮てから鍋を火から下ろす。

 火の処理をして暑さから逃れると、彼女は近くの木に立てかけておいた収穫物の一つを手に取った。

 近頃はベジタリアン生活に慣れてきたとはいえ、洋食に慣れた現代日本人であるリツコとしては肉類も恋しい。成長期の少年も、食事の後に何となく物足りなさそうな顔をしている。

「これで、たんぱく質をゲットできる!」

 自分の身長よりはるかに長く細い棒を振りながら、リツコはにんまりと微笑む。

 新しいことの気配を察知して、子蜘蛛たちも好奇心でキラキラと輝く目で彼女の手元を見つめている。

 毎日のように顔を合わせているせいか、何となく蜘蛛の表情が読めるようになってきてしまったリツコは苦笑した。

「アドラメレクさんを呼んできてもらえますか?」

 子蜘蛛たちに声をかけると、半数がばらばらとリツコの下を離れていく。

 食卓をグレードアップする為に、リツコはその手に持った長い棒に期待を寄せた。


 泉の傍にあった大き目の石をひっくり返すと、突然の光に驚いた小さな虫がもそもそと逃げていく。

「お願いします!」

 石を持ったままのリツコの言葉に従い、アドラメレクがそのうちの一匹を摘まみあげた。

「これを付ければいいの?」

 釣竿を片手にしたアドラメレクが、虫と竿を見比べながらリツコに尋ねる。

「はい。糸の先に付いた針にぶすっと刺しちゃって下さい」

 その言葉に、リツコの足元に集まっていた子蜘蛛達が震え上がった。

 さっと近くの石の影に隠れてしまう。

「あら。怖がらせてしまいましたか」

 文字通り蜘蛛の子を散らしてしまったリツコは、彼らを見回して困ったように笑った。

「大丈夫です。怖いことは何もありませんよ」

 子蜘蛛達に呼びかけながら、彼女はアドラメレクに準備してもらった釣竿を泉の中心に向かって思い切り振った。

 水面に着地した釣り針は、括り付けられた錘によってゆっくり沈んでいく。

 着られない服をシート代わりに地面に敷き、腰を下ろしたリツコはじっと水面を見つめる。

 しばらくして、軽く引っ張られる感触と共に竿が揺れる。

 彼女は、素早く竿を引いた。

「よっし!」

 糸の先に水飛沫と光を浴びて煌く魚の姿を確認したリツコは、思わずガッツポーズをとった。

 釣れたのは鱒に似た形をした5cm程度の小さな魚だったが、幸先の良いスタートに彼女は喜んだ。

「……!」

 はしゃぐ彼女の様子に面白そうだと判断したのか、少年が両手を出して釣竿をねだった。

 彼の隣では、アドラメレクも興味深そうに目を輝かせている。

「う。仕方ないなぁ」

 娯楽の少ない森の中だ。楽しみは共有すべきだろう。

 今度蜘蛛に糸を提供してもらって人数分の釣竿を作ろう、と考えながらリツコは少年にそれを手渡した。

 1匹釣るか、餌をとられたら次の人へ。

 日が傾くまで続けた3人の収穫は、最初のものと同じような小魚が6匹程だった。

 釣った魚の1匹を子蜘蛛たちがつついて逃がしてしまうというアクシデントはあったが、初めての釣りは概ね無事に終了した。

 つれたての魚に貴重な塩を塗して焼いたその日の夕食は懐かしい味がして、リツコの視界を少し滲ませた。

  


足元に集まる子犬と、足元に集まる子犬のような大きさの蜘蛛。

どっちが良いって聞くまでもないですが、選択することも出来ずに主人公は後者の境遇に。

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