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誰も泣いてくれない

 夕方になり薄暗くなった巣の床には、様々な道具がフリーマーケットのように広げられている。

 それらの道具の使い方が分からないのか、どこか楽しそうにいじくり回しているアドラメレクと少年。

 買い手のいない商品たちと同じように床に転がりながら、リツコはぼんやりと彼らを見つめていた。

 瞬きをする度に、瞼の裏に物言わぬ死者たちの姿が思い浮かぶ。

「私も、あんな風に死ぬのかな」

 リツコは、小さく呟いた。

 傍にアドラメレクが居てくれなければ、自分もすぐにあの屍たちの仲間入りだ。

 未来を暗示するような過酷な死を目の前にして、リツコの心は深く沈んでいた。

 折角アドラメレクが用意してくれた夕食も、殆ど喉を通らず残してしまった。

「?」

 荷物の中から何かを見つけた少年が、両手でそれを抱えてリツコに近づいてきた。

 彼は持っていた布をリツコの上に掲げ、手を離した。

 ばさりと音を立てながら、リツコに覆いかぶさってきたそれは大きな布だった。

 布は柔らかく広がり、少年の目から彼女の姿を隠した。

「何?」

 顔の上に被った布の端を気だるげに除けながら問うたリツコの顔を、少年が心配そうに覗き込む。

 草原色の瞳が、空ろな表情の少女を映していた。

 まるで死人のような少女の表情に、リツコは思わず目を逸らした。


 リツコが最初に人の死を知ったのは、20年以上前のことだ。

「りっちゃん、大きくなったね」

 会うたびに頭を撫でてくれる祖母のことが、リツコは大好きだった。

 その祖母が亡くなった時、柩の小窓から覗いた祖母の顔はまるで眠っているように穏やかだった。

 呼べば今にも目を開けそうな彼女が骨になって初めて、幼いリツコは死を理解して泣いたのだ。

 リツコは静かに目を閉じて、自分を覆っていた布に包まった。

 今リツコの目の前に広がる道具達の持ち主は、親しかった人達に別れを告げることも、告げられることもなく朽ちてしまったのだ。

 彼らは死んでしまったことすら知られず、誰かに悲しまれることもないままに人々の記憶から消えていくのだろう。

 リツコも同じように、家族や友人に別れを告げることも悲しんで貰う事もなく見知らぬ空の下でひっそりと死んでいくのだ。

 耐え難い寂寥感に胸を締め付けられて体を抱えたリツコの頬に、温かい少年の指が触れた。

 リツコの丸い頬からこめかみを通り、癖のある髪を梳いて後頭部へ。

 薄く目を開けたリツコの視線は頭を撫でる小さな手を伝って、少年の顔へと上っていく。

「私が死んだら、君は泣いてくれる?」

 この少年も、リツコと同じ立場だ。

 言葉も通じない異郷で出会った少年は、彼女に向かってにっこりと微笑んだ。

 彼の細い髪が、さらりと揺れる。

 リツコの目の前の少年は、まだ小さく幼い。

 日本で30年近く生きたリツコとは違い、彼の仕草や表情は本物の子供のそれだった。

 それに気付いたリツコは、自分を撫でる少年の手を取って体を起こした。

「?」

 少年が困惑した表情で、急に険しい表情になったリツコを見つめる。

「こんな小さな子に何を言ってんのよ、私」

 子供を守るのは大人の義務。

 大人であるリツコが、彼にそんな下らない要求を押し付けている場合ではないのだ。

 今リツコが死んでしまえば、少年には死後に悲しんでくれる人どころか今後の生活を支えてくれる人さえ居なくなってしまう。

 契約者の居なくなったアドラメレクが、少年の面倒を見続けてくれるかどうかは不明瞭だ。

 奴隷商に売られていたほうが幸せだった。

 そんな風に後悔しながら死なせてしまっては、顔も知らない少年の両親にも申し訳ない。

「ごめんね。私、頑張るよ」

 少年の手を取って人間の世界から連れ出したのは、他でもないリツコなのだ。

 彼が1人で生きていけるようになるまで、自分のことはお預けにしよう。

 目的を作ることで孤独な死への恐怖から目を逸らすことに成功した彼女は、勢い良く立ち上がった。

 その拍子に、少年がリツコにかけた布が力なく足元へ落ちる。

 リツコがよくよく見れば、ただの布だと思っていたそれは携帯用の薄手の毛布だった。

 毛布に包まっていれば、寒い季節になっても凍死を免れることができる。

 それは、リツコと少年にとって死を遠ざけるための大事な品だった。

 毛布を丁寧にたたみながら、リツコは少しだけその持ち主たちに思いを馳せた。

「ご迷惑をおかけしました!」

 気持ちを切り替えてアドラメレクに歩み寄り、リツコは勢い良く頭を下げた。

「ど、どうしたの、リツコ?」

 急に勢い付いた彼女の様子に、アドラメレクが驚いて目を瞬かせる。

「気持ちに整理がついたので」

 言いながら、リツコは床に並んだものを順番に手にとって品定めをする。

 使えるもの、使えないもの。

 彼女は一心不乱にそれらを仕分けしていく。

 自分で言うほど整理出来ていない心を誤魔化そうと、リツコはただただ手を動かし続けた。


 大まかに仕分けが済み、改めて拾いものを眺めると足りないものが見えてくる。   

「お鍋はありますが、火を付ける道具がありませんね」

 この世界にライターは無いかもしれないが、屋外で調理するならば火打ち石のようなものを携帯している筈だ。

 他にも皿があるのにスプーンが無かったり、楔のようなものがあるのに金槌がなかったりと集めてきた道具たちにはちぐはぐな印象があった。

 年端のいかない少年や、人の生活を知らないアドラメレクに任せっきりにしてしまったリツコは心の中で自分を叱り付けた。

「剣よりもナイフが欲しいですね」

 足元に転がっていた己の身長程もある長い剣を持ち上げて眺め、リツコが溜息を付く。

 彼女が無造作に傍らに置いたそれに、目を輝かせた少年が飛びついた。

「危ない!」

 持った途端にバランスを崩し、ふらりと揺れる少年からリツコは剣を取り上げる。

 彼女の手で再び床に置かれた剣と、目の前の少女を見比べて少年が目をぱちくりとさせている。

「今朝の話だと、たくさんの冒険者がこの森に来るそうですね」

 足りないもの、必要なものを思い浮かべながらリツコがアドラメレクに確認する。

「うん」

 火種が無い為に使えないランプを弄りながら、アドラメレクが頷く。

「……では、明日も森の中を探してみましょう」

 死者から物を盗み取る行為には全く気乗りはしないが、3人には他に物資の調達手段が無いので仕方ない。

 目の前に広がる道具達の元の持ち主達の冥福を祈りながら、リツコは使えない道具の片付けを始めた。

2話に渡ってちょっと暗い雰囲気でしたが、主人公が母性に目覚めました。

見た目は子供、頭脳はアラサー。

そんな母の異世界子育て奮闘記が始まるような、始まらないような。

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