弱肉強食
注意:若干の残酷描写があります
引き裂かれた鎧。
折れた剣。
投げ出された手足。
胴体から離れて地面に転がった頭部の暗い眼窩が、恨めしそうに天を睨んでいる。
人間だったモノたちの残骸を目の前にして、リツコは立ち竦んでいた。
彼らは命が尽きてから時間が経っているらしく、虫や獣に荒らされて殆ど白骨化していた。
散らばる骨は1人分では無く、彼らが複数で行動していたのであろうと想像させる。
「リツコ?」
怪訝な表情をしたアドラメレクが、目を見開いて動かなくなった少女の名を呼んだ。
その声は彼女に何の変化ももたらさないままに、風にさらわれていった。
時間はその日の朝に遡る。
リツコたち3人が蜘蛛の巣に住み着いて数日。
日中はアドラメレクが食料を調達しに外へ行き、リツコと少年が留守番をするというのが日課になっていた。
森には魚以外にも危険な魔物や獣が住んでおり、子供がうろつくのは危険なのだ。
「ぴよぴよぴよ……なんて、ね」
巣が樹上にあることもあって、お腹を空かせながら親鳥の帰りを待つ雛鳥の気持ちになったリツコが呟く。
暇を持て余しているリツコを、少年が不思議そうに見つめる。
「ピヨピヨ」
やがて、自身も暇だった少年がリツコの真似をして鳴く。
「あらまぁ」
変な事を教えてしまったと、リツコは苦笑しながら少年の頭を撫でた。
そうして2人で戯れているうちに、梯子を軋ませながら親鳥が帰ってきた。
「リツコの言ってた人間の生活に必要な道具が手に入るかも知れないよ」
葉っぱの包みを抱えたアドラメレクは、開口一番にそう告げた。
「本当ですか!?」
ここ数日硬すぎる床と隙間風の寒さで寝不足気味のリツコは、彼のもたらした朗報に飛びついた。
「うん。さっき蜘蛛たちに聞いたら、この辺にはよく人間の冒険者が来るって言ってたから」
後で探してみようと言ったアドラメレクに、リツコは明るかった表情を曇らせた。
「でも、私は人の言葉が話せないので……」
道具を譲ってもらうための交渉が出来ない、と言いかけてリツコは傍らに座っていた少年を見た。
まさか、年端もいかない彼に交渉してもらうとでも言うのだろうか。
「大丈夫、大丈夫」
にこやかなアドラメレクの言葉に、いまひとつ納得出来ないままリツコは頷いた。
彼女には、言葉以外にも不安要素があった。
この世界を良く知らないリツコには、冒険者という単語からはモンスターをハントしたりトレジャーをハントしたりする人々しか思い浮かばない。
遭遇した途端に話す間も無く狩られるのではないかと思わずにはいられないが、自信ありげなアドラメレクの様子に不安を押さえ込む。
冒険者というとゲーム的なイメージが強いが、探険家と言い換えれば幾分か穏やかな響きになる。
「うん。いざとなったら逃げればいいんだわ」
街での逃走劇を思い起こしたリツコは、強靭な脚力を持つアドラメレクが居れば危険は無いと表情を明るくする。
この世界がどういうところなのか深く考えるべきだったと、彼女はすぐに後悔することになる。
彫像のように動かなくなった少女を前に、彼女の保護者である魔物は途方に暮れていた。
「おーい、リツコ?」
呼びかけても反応が無い。
首を傾げながら、アドラメレクがリツコの肩に手を乗せた。
びくりと体を引いて、少女は怯えた表情でゆっくりと彼を見上げる。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げながら両手でアドラメレクの腰にしがみ付いたリツコは、彼の腹筋に顔を押し付けたまま動かなくなってしまった。
それ以上何のリアクションもとらなくなってしまった少女の扱いに困ってアドラメレクが少年に目を向けると、彼は既に屍に向かって歩きだしていた。
「?」
少年はミイラ化しかけた腕の近くに落ちていた袋を拾い上げて中身を覗き込み、2人を振り返って元気に手招きをする。
「うーん」
同じ人間であるはずの子供たちの反応の違いに首を傾げながら、アドラメレクは自分の足元を見下ろした。
下半身にがっちりとしがみ付いているリツコのせいで、彼は動くことが出来ない。
仕方なく、少女の脇の下に手を差し入れて抱き上げる。
「どうしたのかな?」
震えるリツコを片腕で支えながら、アドラメレクも少年と一緒に屍の傍にあるものを拾い集めだした。
布や皮で出来た鞄。
薬。
破損していない武器。
死体が着用してる服は汚れや損傷が酷いが、靴や鎧の一部は血の汚れを落とせば使えそうだ。
生前冒険者だったと思しき彼らの生活を支えていた、それらの品を持てるだけ拾い上げる。
アドラメレクとしては必要なものをリツコに選別してもらいたかったのだが、彼女は彼の首にしがみ付いて震えている。
彼の片手は塞がってしまっていたが、幸い鞄は綺麗な状態で残っていた為に沢山の荷物を収容する事ができた。
「さて、もういいかな?」
目ぼしい物の回収を終え、立ち去ろうと歩き出したアドラメレクたちの前に芋虫の群れが現れた。
真っ白な体に、硬い嘴のついた赤い頭部。
人の腕ほどもありそうなその芋虫達は、アドラメレクたちと入れ違いに屍の方へ進んでいく。
薄気味悪そうに芋虫を避けて歩く少年が、不安そうな顔で隣を歩く魔物を見上げる。
『大丈夫、生きてるモノは襲わないよ』
アドラメレクがかけた言葉に頷きかけて、少年は足を止めた。
何かを言いたそうな表情の少年を無視して、アドラメレクは大股に足を進める。
慌てて彼を追おうとした少年は、足音を立てそうになって動きを止める。
彼は自分を落ち着かせる為に深く息を吐いて、注意を払いながら早足で2人を追った。
その背後から、硬いものを齧る音がし始めた。
魔物に追いついて振り返った少年の瞳に、散らばった骨に喰らいつく芋虫たちの姿が映った。




