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素敵なマイホーム

 その後暫く話し合ったが、寝不足で上手く頭が回らないリツコがアドラメレクを説得することは出来なかった。

 どうやらここに落ち着くことになりそうだと、一人落ち込んでいたリツコは背中を引っ張られて振り向いた。

「どうしたの?」

 リツコの服を掴んで引っ張る少年に問いかけるが、返答は無い。

 険しい顔をした少年の視線は、巨大な蜘蛛に釘付けになっている。

「怖いのかな?」

 言いながら、当然だろうとリツコは思う。

 少年よりも遥かに大きな体躯をもつ蜘蛛だ。たとえ虫好きな人間でも、あれが近づいてきたら恐怖を感じざるを得ないだろう。

 リツコは少年を安心させるように、そっと彼の手に自分の手を重ねた。

「大丈夫。草食らしいよ」

 言葉が通じなくとも意図が伝わるようにと、落ち着いた優しいトーンを作る。

 アドラメレクの言葉を信用するならば、食べられる心配は無いのだ。

 ただし、襲い掛かられる可能性が無いとは聞いていない。

 薄っすらと残る不安を知ってか知らずか、しばらくして少年はリツコの服から手を離した。

 リツコはほっと息を吐く。

「ここで暮らすとして、家はどうするんですか?」

 蜘蛛にはなるべく近づかないようにしようと心に決め、リツコは気持ちを衣食住の問題解決に向けて切り替えた。

 昨晩のアドラメレクの説明によれば、音を立てなければ滅多に魚に襲われることは無いということだった。

 いくら物音を立てなければ良いとは言っても、いつ魚が飛び出してくるか分からない地面の上では熟睡できそうも無い。

 しかし、地面に接していない場所だと住める場所がかなり限定されてしまう。

 森の中の高所と言えば樹上だが、何も無い木の上で人間が生活するのは難しい。

「そうだね。彼らに頼んでみようか」

 心配するリツコに、アドラメレクが嬉しくない提案をする。

 彼が指差した”彼ら”とは、先ほど話題に上った蜘蛛達のことだった。

「蜘蛛に?」

 蜘蛛の巣といわれて大体の日本人が想像するのは、粘着質な糸でできたネット状のものだろう。

 リツコもそれを想像して、そこでどうやって生活すれば良いのかと頭を悩ませた。

「まあ、とりあえず聞いてみようよ」

 不安がるリツコを他所に、アドラメレクが泉へと足を進める。

 少年の手を握ったまま躊躇していたリツコは、先を行く魔物に手招きされて渋々それに続いた。

 近づいてくる一行に気がついたのか、蜘蛛たちが次々とリツコたちへ体を向ける。

 彼らが警戒しているのかそうでないのか、虫には表情が無いのでリツコには察することが出来ない。

「キシャー」

 警戒されていたようだ。

 先頭にいた蜘蛛が、鋭い音を発しながら前足を持ち上げてリツコたちを威嚇した。

「あ、あ、あ、アドラメレクさん」

 恐怖で言葉が覚束ないリツコとは対照的に、アドラメレクは落ち着いた様子でそれを見上げた。

「ねえ、僕達ここに住みたいんだけど、良いかな?」

 緊迫した空気の中でも変わらない、のんびりした調子でアドラメレクが蜘蛛に向かって問いかける。

 硬そうな甲殻に覆われた足が今にも自分達に向かって振り下ろさそうで、リツコは冷や汗が止まらない。

 彼女と繋いだ少年の手も、心なしかじっとりと湿っている。

「……ニンゲン、ココニ住ムノカ?」

 暫くの沈黙の後、蜘蛛が声を発した。

 固いもの同士がぶつかって軋んでいる様な聞き取りにくい声ではあったが、彼は明らかに言語を操っていた。

「うん。彼女、僕の契約者なんだ。それで、もし空いてる巣があったら貸してほしいんだけど」

 虫が喋る。その驚きを隠せず唖然とするリツコの前でアドラメレクが当たり前のことのように蜘蛛と交渉をしている。

「少シ待テ」

 蜘蛛達がリツコたちに背を向けて円陣を組みだした。

 キーキーと音を発し合っていることから、話し合いをしているのだろうと思われる。

 聞き取りやすいとは言えない声が複数重なり合っているため、リツコには彼らの話し合いがどのように進んでいるのか理解ができなかった。

 暫くして結論が出たのか、蜘蛛達が再度リツコたちへ向き直った。

「ヒトツ、空イテイル。我ラニ危害ヲ加エナイト誓ウナラ、住メル」

 最初にアドラメレクの問いに答えたのと同じ蜘蛛が告げた。

 条件も無しに許可をくれるとは、見た目に反して気の良い人達(?)なのかも知れない。

 そう思ってリツコが蜘蛛を見上げると、2列に並んだ8つの目が視界に入った。

 何処を見ているのか分からない真っ黒な目。

 虫眼鏡で見るよりも細部まではっきりと見える虫の姿に、気は良さそうだが仲良くはなれそうにないとリツコは思った。

「うんうん。攻撃したりしないよ。リツコたちもまだ子供だし、危険はないよ」

 身を寄せ合って震えているリツコと少年を差して、アドラメレクが軽く請合う。

 蜘蛛たちはしばらく2人の様子を観察していたが、害意が無いことを察したようだった。

 群れの中の一匹が、リツコたちに背を向けて歩き出した。

「コッチ」

 大きな体に似合わない静かで素早い動きを見せながら、その蜘蛛は泉を迂回して一行を住処へ案内した。

 案内役の蜘蛛が足を止めたのは、森の中でも特に背の高い木が一面に立ち並ぶ空間だった。

 泉の色を反射し、青く煌く木肌。生い茂った葉の間から細く降り注ぐ木漏れ日。

 木々はまるでお互いを連結するように枝を伸ばしており、その一帯はまるで一つの建築物のようだった。

「アレが、僕達の家になるみたいだよ」

 そう言ってアドラメレクが指差したのは、1本の銀の大木。

 樹上の一際大きな枝の根元に、蔓を組んで作ったと思しき球形の籠のようなものがくっ付いている。

 一見すると、屋根付きの鳥の巣といった風情だ。

 蜘蛛の糸で出来たハンモックハウスで無いと知り、リツコは胸を撫で下ろした。

「どうやって昇るんですか?」

 マイホーム候補の籠の真下まで来たリツコは、それを見上げて首を傾げた。

 魚対策なのか、元の家主が元々高い場所を好んでいたのか、その巣は地上から随分と離れた場所にあった。

「登ればいいんじゃない?」

 アドラメレクの発言に、リツコは眉間に皺を寄せた。

「猿じゃあるまいし……」

 言いながら、一応木肌を観察してみるリツコ。

 しかし、銀の木の表面は百日紅の様に滑らかで何の道具も無く登るのは困難に思える。

「これは無理ですよ」

 実際に手で触れて、つるりとした質感を確認したリツコが結論を述べる。

「いけると思うけどなぁ」

 どうしようかと悩むリツコを置いて、検証するようにアドラメレクは木を登りだした。

 尾があるせいか、その後姿はトカゲのようだ。

「ほら、簡単だよ」

 無事に登りきって、樹上から手を振るアドラメレク。

「……」

 しかし、リツコは見ていた。

 アドラメレクが、その鋭い爪をピッケルのように木肌に浅く突き刺して登っていたのを。

「人間にそんな真似ができるかぁぁ!!」

 本日何度目か分からない頭痛に襲われて、リツコは呻いた。

「……」

 身悶えするリツコの頭を、心配そうな表情をした少年が優しく撫でる。

「うう、ありがとう」

 自分の契約者は頼りにならない。

 そう判断したリツコは、渋々ながらこの空き家まで案内してくれた蜘蛛に向き直った。

「すいません、蜘蛛さん。何か梯子の代わりになる物とかありませんか?」

 苦手意識を精一杯押さえつけて、おっかなびっくり話しかけるリツコ。

「ハシゴ?」

 自分達には必要の無いその道具を知らないのか、蜘蛛が首を傾げる。

「こういった形の、ここに足をかけて昇る感じの……」

 土が露出した地面を使って、簡単な絵を描きながらリツコが説明する。

 1人と1匹は図を囲んでしばらく話し合い、結果蜘蛛の糸で縄梯子を作ることになった。

 蜘蛛の糸をより合わせてロープにし、2本のロープの間に木の枝を架けて足場にする。

 強度の面で不安を覚えたリツコだったが、蜘蛛の作った糸は1本でもリツコと少年の2人分の体重を支えることが出来る程丈夫だった。

 中々登って来ない子供達の様子を見に来たアドラメレクに出来た縄梯子を渡し、再度上まで登ってもらう。

 しばらくすると、木の上から縄梯子が垂れてきた。

「できたよー」

 頭上から降ってきた声に頷き、リツコは梯子に手をかける。

 足を上げて梯子に全体重をかけたところで体勢が大きく傾き、リツコは小さく悲鳴をあげる。

「い、意外と難しいかも……」

 腕に力を入れて、振り子の様に揺れる梯子をゆっくりと昇っていく。

 リツコが半分まで到達した辺りで少年が梯子を上り始めたため、梯子の揺れが激しくなる。

「う、あああぁ」

 下を見れば地面が遠い。

 竦みそうになる手足を懸命に動かしてリツコが登りきったときには、少年は既に彼女の足元にまで辿りついていた。

「はーっ、疲れた」

 呟きながらリツコが籠の中へと伸ばした腕を、アドラメレクが掴んで引っ張り込んだ。

 ぐったりと床に転がるリツコの横へ、同じく疲れきった様子の少年が倒れこんだ。

 寝転んだままのリツコが目を動かすと、アドラメレクが入り口から下へ向かって何かを言っているようだった。

 聞こえてはいるはずなのに何を言っているのか理解できず、その姿を見つめているうちにリツコの瞼はゆっくりと下りていった。


ほのぼの回にしようと思ったんですが、いかがでしょう。

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