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神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
4/40

第4話






「それでは今日はここまでだ。以上、解散!」

 号令と共に、ガーネットが右腕を水平に勢いよく払う。夕日が差しこむ一組の教室。『学園』での初めての授業が全て終わり、教室も騒がしくなる。

「それじゃ、私先に帰るねー」

 そう言うと、マリーはカリンの耳元に口を近づけた。

「カリ~ン、頑張りなさいよ~? まだほとんど王子サマと話せてないじゃん」

「ま、マリーちゃん!?」

「早くしないと他に取られちゃうかもよ? もうライバルもいるみたいだし」

 マリーが教室の後ろに目を向ける。カリンもつられて振り向くと、そこには荷物を片付けるオリガの姿があった。

「あの子、積極的だよね。こりゃカリンもうかうかしてられないぞ?」

「だから、そんなんじゃないってばぁ」

 それに、オリガさんはそういう事でアレス君に近づいてるわけじゃないと思うんだけど……。カリンはそう思うのだが、そんな事を言えばそれはそれでややこしい事になりそうだ。

「それじゃ後は、ごゆっくり~」

 そう言い残すと、二人に手を振りながらマリーは足早に教室を後にした。後に残されたカリンがため息をつく。私はアレス君と普通に仲良くなりたいだけで、別にそういう事じゃないのに……。隣を見れば、アレスも手元の荷物を片付けていた。マリーがいなくなり二人きりになったからなのか、妙にアレスを意識してしまう。


 思いきって、声をかけてみた。

「ア、アレス君!」

「ん、どうした?」

 荷物袋に道具を詰めていたアレスが、顔を上げる。声をかけたはいいものの、何を話せばいいのかわからない。座学は得意だというのに、どうしてこういう時に限って自分の頭はまともに働いてくれないのか。気の利いた事のひとつも思い浮かばないのが恨めしい。それでも、どうにか言葉を搾り出す。

「寮まで、いっしょに帰らない?」

 言った直後、カリンの顔が真っ赤に染まる。やだ、何言ってんの私!? いくら話題が浮かばないからって、いきなりいっしょに帰ろうだなんて……。馴れ馴れしいって思われちゃったかな……。


 しかし、アレスの返事は実にあっけからんとしたものだった。

「ああ、構わないぜ?」

「え……?」

「どうせ玄関までは道同じだろ?」

「あ……うん、そうだね」

「じゃ、行こうか」

「あ、うん!」

 え? あれ? 本当にいいの? 戸惑いながらも、慌てて机の上の物を片付ける。席を立とうとして、しかし彼女は隣の椅子にすねをしたたか打ちつけてしまった。あまりの痛さに、すねを押さえて座りこむ。

「おい、大丈夫か?」

 余程痛そうに見えているのであろう、アレスが声をかけてくる。初めて聞くその心配そうな声色に、体中がいよいよ熱くなる。は、恥ずかしすぎる……。

「本当に大丈夫か?」

「う、うん……。平気……」

 これ以上醜態を晒すわけにはいかない。なんとか立ち上がりひとりで歩こうとするが、どうしてもヒョコヒョコとした歩き方になってしまう。かわいらしい顔が苦痛に歪む。その様子を見かねてか、アレスが口を開く。

「何なら、肩でも貸そうか?」

「あ、うん……って、ええええ!?」

 言葉の意味を理解し、思わずアレスに向き直る。

「だ、だだ、大丈夫だよ! ほら、平気!」

 そう一歩踏み出した途端、体勢を崩し倒れそうになる。その手をアレスが素早くつかみ、カリンの体を支える。あ、アレス君の手、やっぱり暖かい……。恥ずかしさよりも先にまず思い浮かんだのは、そんな事だった。

「……どう見ても、大丈夫には見えないな」

「……ごめんなさい……」

「ほら、遠慮するなよ」

「あ、ありがと……」

 さすがにこの状況で断るのも不自然だよね……。観念したカリンは、アレスの左肩にそっと手を置いた。意外に逞しいその肩に、思わず息を飲んでしまう。級友の幾人かが好奇の視線を向ける中、二人は教室を後にした。




 廊下が下校する学生たちで溢れかえる中、アレスの肩を借りながら痛む脚をかばい歩くカリン。さっきからすれ違う学生の視線が気になって仕方がない。どうしようもなく体が火照っていくのを感じる。何考えてんだろ、私。ただ友達の肩を借りてるだけなのに……。

「まだ脚は痛むか?」

「うん……だいぶ良くなってきた、かな」

「ま、無理はするなよ」

 そこで二人の会話が途切れる。気まずい沈黙の中ふとアレスを見ると、その顔は幾分赤らんでいるようにも思えた。てっきりこういう事には関心がないと思っていたのだが、アレスも自分を意識しているのだと思うと背中のあたりがぞわぞわと一気に熱くなる。何か話さなくちゃ。カリンが必死に話題を探す。

「あ、マリーちゃんて、面白い子だよね」

「ああ、そうだな」

 バカバカ、もっと気の利いた話題はないの? せっかくの二人きりという状況を台無しにするかのような己のセリフに、カリンは心の中で自分の頭をポカポカ叩く。だが意外にも、アレスがその話題に食いついてきた。

「カリンは、どこでマリーと知り合ったんだ?」

「え? ああ、ええとね、教室で席を探してたらマリーちゃんが声をかけてきたの。『黒髪なんて珍しいね』って」

「ああ、何となく想像できたよ」

 アレスが苦笑する。

「それでいっしょの席に着いたんだけど。マリーちゃん、私が入園式に遅れてきたの気づいてたらしくて。だから詳しい事はごまかしながら説明したの」

「ほう」

「そしたらアレス君が来たものだから、声をかけてこいって……」

「それも想像できるよ。大方『早く王子サマにアタックしないと』とかしつこく言われたんだろ?」

 そのセリフがマリーのそれとほぼ一致していた事に、思わず笑い声を漏らしてしまう。

「あいつはどこに行っても友達作れるだろうな」

「そうだよね」

 そういう所は、カリンも羨ましく思う。私もあのくらいうまくお話ができれば、今だってもっと話が弾むのに……。




 玄関に着くと、アレスが尋ねてきた。

「そろそろ大丈夫か?」

「え……あ、うん! ありがと!」

 指摘されてようやく、すでに痛みなどどこにもなくなっている事に気づく。現に今だって、こうしてごく普通に両脚で歩いているではないか。いつまでもアレスの肩に手を置いていた自分が恥ずかしい。そんなカリンを気にする様子もなく、アレスが外へ出る。カリンもその後に続いた。

「それじゃ、またな」

「うん。また、明日ね」

 挨拶を交わすと、玄関の前で別れる。一つ深く息をついたカリンは、自分のシャツが汗でぐっしょり濡れている事に気づいた。こんな状態で自分はアレスと密着していたのか……。羞恥に顔が再び赤みを増していく。もちろん、いつまでもこんな姿のままでいるわけにもいかない。湯を浴びるため、カリンは急いで自室へと向かった。







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