表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
3/40

第3話





 『学園』における新入生の一日は、教室での講義から始まる。学生たちよりも一段高い教壇の上では、冴えない中年の講師が「力」について説明をしている所だった。

「この『力』の事を我々は『形態モード』と呼んでいます。『形態』は早い者だと五歳頃から発現し、徐々に強まっていきます。そして十六歳から十八歳にかけてピークを迎え、二十歳を越えると急激に減退、二十五歳頃には大半の人間がその能力を喪失します」

 『学園』での初めての講義。アレスは、昨日と同様に窓側の最前列に席を取っていた。右隣にはカリン、さらにその右隣にはマリーが座っている。どうやら彼らの席はここで確定したようだ。ある程度勉強している新入生なら誰もが知っているであろう退屈な話に飽きたのか、あくび混じりにマリーがカリンに話しかける。

「でもさぁ、何で筆記試験の成績で組分けするんだろうね?」

「え、何でだろう……?」

 虚をつかれた格好のカリンが、間の抜けた回答をする。

「こういうのって、強さで組分けする方がわかりやすいと思わない?」

「そ、そうなのかな……?」

「講義は教室単位だからな。その都合じゃないか?」

 困惑気味のカリンに、アレスが助け舟を出す。普段ぶっきらぼうだからかよく誤解されがちなのだが、アレスは特に人付き合いを避けるタイプというわけでもない。もっとも、マリーにとってはそのあたりはあまり関係ないらしい。彼の言に納得しつつ、あたかも古くからの友人かのように言葉を返す。

「ああ、なるほどねー。て言うか、この組の人ってみんな頭良いんだよね。アレスも見かけによらないね」

 さらりと失礼な事を言われた気もするが、苦笑しながらマリーを見やると、アレスもささやかな反撃を試みた。

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」

「おっ、キミもなかなか言うねぇ」

 ニヤリと口の端を吊り上げるマリー。次の瞬間、彼女の顔が笑みで満たされた。

「まあ、お陰であんたたちと友達になれたんだから、結果オーライかな?」

 そのセリフに、カリンも笑顔でうなづく。そんな二人の横でアレスはひとり物思いにふけっていた。友達、か。それはアレスにはずい分と懐かしい響きであるように感じられた。




 教壇の上では、講師の講義が続いていた。

「皆さんもご存知の通り、『形態』は風・水・火・地の四つの形を取ります。『学園』ではこの四種の『形態』をそれぞれ能力順にEクラスからSクラスに区分しており、学生には各自の力をより高めていく事が求められます。その成果は二ヶ月ごとに行われる性能試験によって評価され……」

「『性能試験』って、何かヤな言い方だね。まるで私らモノみたいでさ」

「言葉のあやだと思うよ?」

 軽く顔をしかめるマリーに、カリンが苦笑する。もっとも、Bクラスともなればその攻撃は攻城用の火砲に匹敵する威力を誇るというのだから、その人間離れした能力を考えれば「性能」という表現もあながち的外れなものではないのかもしれない。

「知ってる? 年に何人かは、一年の間に二つ三つとクラスが上がる学生もいるんだってさ」

「ほぉ、それは大したもんだ」

「私も隠れていた才能が開花して、来年には三ランクアップでAクラスになってるかもよ?」

 まだ才能とやらが開花したわけでもあるまいに、マリーが得意げに胸を反らす。才能はともかく、授業初日から、それも教室の最前列でこうも堂々と私語に励むその胆力は見上げたものだと言ってもいいのかもしれない。それに付き合うアレスもたいがいではあるのだが。

「隠れた才能があるんなら、マリーの年だったらとうに花開いていてもいいはずなんだがな」

「なっ!?」

 アレスの指摘に、思わず大声を上げてしまったマリーが慌てて口を塞ぎ、教壇の上の講師を仰ぎ見る。そんなマリーを気にも留めない様子で、講師は淡々と講義を続けていた。

 真に賞賛に値する人物は、実はこの中年の講師なのかもしれなかった。

「現在世界には三人のSクラス能力者が存在しておりますが、そのうち二人は我が『学園』に在籍しており……」


 退屈な講義は、その後も続いた。









 午前中最初の講義がようやく終わり、休憩時間になった。教室が騒がしくなる中、マリーが大きく伸びをする。

「あー、疲れたぁ。あのセンセ、知ってることしか言わないんだもんなぁ」

 そんなマリーに、困ったような笑顔を浮かべるカリン。どうやら彼女も同感のようだ。あくびと共に出たのであろう、目尻の涙を拭きながら、マリーがもう一方の手でカリンの髪に触れる。

「カリンの髪って綺麗だよねえ。黒髪って事は、お父さんかお母さんが中央の出身なの?」

「ううん、両親はどっちもウルソーの生まれだよ」

 大陸西部では、暗い色の髪はそう珍しくもないが、カリンほどの艶やかな黒髪を持つ者はまったくと言っていいほど見かけない。大陸中央部には黒髪の者も一定数いるらしいのだが。

「あ……そっか、今の話は忘れてね」

 カリンの返答に、マリーが申し訳なさそうな顔になる。両親が共に大陸西部の出身となると、あまり人には言いたくない過去があるかもしれないからであろう。都市部では庶民の間にも少しずつ科学的思考の萌芽が芽生え始めてきたとは言え、まだまだ迷信の類が幅を利かせている世の中である。地方によっては異形の赤子は悪魔の子として焼き殺してしまう所もあると聞く。それは極端な例であるとしても、黒髪に生まれついた者がその人生においてどのような扱いを受けてきたかなど、推して量るべしであろう。

「あ、別にマリーちゃんが思ってる様な事は全然なかったから、気にしないで」

 マリーの様子で何かを察したのか、カリンが笑う。もっとも、その言葉には余計な情報が多すぎたしれない。それを全て口に出してしまうのも、若さゆえなのだろう。

「しかし本当に綺麗な髪だな。手入れも大変だろう」

「え!? そ、そんな事ないよ」

 意表を突かれたのか、突然アレスに髪を褒められたカリンは慌ててかぶりを振った。古今東西、髪を褒められて喜ばない女などいない。落ち着こうとしても体はどんどん熱を帯びていくのか、彼女の顔がみるみる赤くなる。

「女の子の髪を褒めるなんて、アレスもわかってるねえ。どう? 王子サマのお褒めの言葉は?」

「やめてよ、マリーちゃん……」

「ところで王子サマ、私の髪は褒めてくれないのかな~? これでも手入れはキチンとしてるんだよ?」

 軽く友人をからかうと、マリーはご自慢のポニーテールを触りながらアレスに不満を漏らした。

「ああ、マリーの髪も綺麗だな。まるで良馬の尻尾みたいだ」

「ありがと。お世辞とわかっていても嬉しいもんだね」

 たとえ自分から催促したものであっても、やはり髪を褒められるのは嬉しいものらしい。にしし、とマリーが笑う。

「ま、馬の尻尾に喩えられるあたり、素直に喜んでいいのか複雑だけど」

「男にとって、良い馬は良い妻と並んで手に入れたいものの一つだからな。素直に受け取ってくれ」

 笑みを浮かべながら軽口を叩くアレスに、マリーが目を丸くする。両手を頬に当て、アレスとカリンの顔を交互に見やった。

「え? あれ? 今もしかして私、サラッとプロポーズされた? いや~、モテる女はツラいねえ。カリン、悪く思わないでよ?」

「何でそこで私に振るの!?」

 慌てふためくカリンにはとりあわず、ご自慢のポニーテールを二人の目の前でぶらぶらと振る。よく手入れされた栗色のそれは、そうして揺らしていると本当に馬の尻尾のようだ。しばらくして、何かを思い出したかのように口を開いた。


「そうだ」

「どうしたの?」

「あれ使ってみようよ、今朝配られたヤツ」

「あれって……もしかして、エレメント・スコープ?」

「そ。お互い、どのくらいの力なのか把握しておこうと思ってねぇ」

 そう言いながら、さっそく自分の荷物袋をまさぐるマリー。うきうきしながら、袋から小さなルーペ状の物体を取り出した。

「便利だよねー、これを覗けば相手の『形態』の強さがわかるなんてさ」

 マリーが取り出したのは「エレメント・スコープ」と呼ばれる、『学園』の学生に貸与される魔具である。これを通じて相手を見る事で、相手の持つ『形態』の強さを測る事ができる。横にはつまみが付いており、これを操作する事で測る『形態』を風・水・火・地へと切り替える事が可能だ。

 一方、エレメント・スコープを通じて『変異』を見た場合には、そこに映るのは各『形態』に対しての耐性という事になる。味方の戦力把握と敵の耐性把握。対『変異』作戦行動において、エレメント・スコープは欠かせない魔具の一つであった。

 そのエレメント・スコープを、マリーが楽しげに覗く。

「さて、カリンちゃんの『形態』は、と……。風は微風、水は――え、すごっ! めっちゃ波打ってんじゃん!」

 エレメント・スコープを通じて対象を見ると、各『形態』ごとにその力の強さが映像として可視化される。その力が強いほど、映し出される映像も激しいものになるのだった。

「カリン、すごいじゃん! これってCクラスくらい余裕であるんじゃないの? 予科で習ったよ」

 国や地域によっては、『学園』への入園者を育成・選抜する組織として予科を設置する所もある。マリーもそのような予科の出身者のようであった。

「いや、そんなに大した物じゃないよ……」

 カリンがやや恥ずかしそうに頬を染める。

「いやいや、これで謙遜されちゃったら私なんかどうなるのって。この年になってようやく風の『形態』が使い物になってきたって所なのにさ」

 この~、とカリンの首に腕をまわし、艶やかな黒髪をやや乱暴にも思える手つきで撫で回す。もっともそこはそれ、髪が女性の命である事は十分わかっているのであろう。一見乱暴に見えながらも、決して髪を傷つけるような事はしない。ひとしきりカリンを可愛がると、次の獲物はとばかりにアレスの方を見る。

「さーて、入園早々遅刻をかましてくれちゃった問題児クンは、はたしてどれほどの力を持っているのかな~?」

「あっ……」

 おどけた口調でスコープをかざすマリーを、カリンが慌てて止めようとする。何しろ昨日あれだけ詮索される事を嫌がったアレスだ。迂闊に能力を探ったりすれば、機嫌を損ねてしまうかもしれないと思ったのだろう。だがそんなカリンの心配をよそに、アレスは特に気にする風でもなく頬杖をついてその様子を眺めていた。

「さ~て、どれどれ……。風、ちょい強め、水、静止。火はそこそこ燃えてて、地はちょい揺れ、と……。一応全部適性があるんだね、すごいじゃん」

「え……?」

 マリーの言葉に、カリンが驚きの声を上げる。それはおそらく、全ての『形態』に適性がある事に対してではない。そうではなくて、カリンの目の前で確かにBクラスの学生を倒したはずのアレスが、特に飛び抜けた『形態』を持っているわけではないという事に対しての驚きなのであろう。

 そんなはずはない。そんなありふれた『形態』で、Bクラスの学生を倒す事などできるはずがない――そんな事でも考えているのであろうか、マリーの鑑定結果をにわかに信じられないといった様子のカリンは、幾分ためらいながらもアレスに願い出た。

「アレス君、私も、その……覗いても、いいかな?」

「ああ、構わんぜ」

 特に断る必要もないので、アレスはあっさりと許可を出した。緊張しながらスコープを覗いたカリンの表情が、次第に驚きを増していく。一通り見終えた頃合いを見はからい、アレスは声をかけた。

「見えたか?」

「うん……ありがとう」

 だがしかし礼を言うカリンの表情からは、納得できないといった心情がありありと見てとれた。

「ね? 私が言った通りでしょ?」

「うん……」

 やはりカリンは俺の「力」に疑いを持っているか。アレスは内心でため息をつく。それも当然であろう。何せ『入園式』当日にあれだけ派手にやりあった所を見られてしまっているのだ。むしろ疑問に思わないほうがおかしいのかもしれない。アレスとしてはさっさと教えてしまった方が余程気が楽なのだが、『学園』からは許可が下りるまで誰にも教えないようにと釘を刺されている。精神的に窮屈な日々は、しばらく続きそうであった。











 午前中の講義が終わり、昼食の時間になった。にわかに教室中が騒がしくなる。

「よっし、学食に行こっか!」

 マリーが勢いよく立ち上がった。

「東側と西側って、どっちのがおいしいんだろうねー」

「多分西側の方がおいしいんじゃないかな? 先輩たちが使うし」

「やっぱそうなのかなぁ。先輩たちはお財布もあったかそうだしね」

 『学園』は大きく分けて学生の生活の場である東棟と西棟、『学園』の運営・事務などを担当する北棟によって構成されている。東棟は一、二年目、西棟は三年目以降の学生の教育を目的とした施設であり、それぞれに食堂、訓練場などの施設が設置されていた。

「アレスも行こ? ひとりで食べるのも何でしょ?」

「ああ、行こうか」

 そう言うと、アレスも立ち上がる。まだ荷物をまとめている途中だったカリンは、ちょうどアレスの進路を塞ぐ格好になってしまった。

「あ、ごめんなさい! すぐ片付けるね?」

「いや、別にそんなに急がなくてもいいぜ?」

 慌てて机の上の物を荷物袋に詰めるカリン。えてしてこういう時ほど物事というのはうまくいかないもので、お約束のごとく本やらペンやらを地面にぶちまけてしまう。小さな悲鳴をひとつあげると、カリンはしゃがみ込んで落とした物を拾い集め始めた。袋に荷物を入れてようやく立ち上がったところで、アレスが拾った本を手渡す。小指にはめられた飾り気のない指輪が、妙にかわいらしい。

「ほら、これも」

「あ……ありがと……」

 あまりの恥ずかしさのためだろうか、頬どころか耳の先まで真っ赤になる。本を受け取ると、カリンはそれをやや強引に荷物袋に詰め込み、そそくさと席を立った。その様子を、マリーがニヤニヤしながら見つめている。

「王子サマにドジっ子属性を見せつけるとは、いやはやカリンちゃんもやりますなぁ……」

 そう言いながら、拾ったペンとノートを差し出すマリー。

「もう、マリーちゃんったら!」

 やや乱暴に受け取りながら、カリンがまだ赤い顔のまま抗議した。

「いつまでもイチャついてないの。早く行かないと、席なくなっちゃうかもよ?」

「い、イチャついてなんかないよ!」

「はいはい、それじゃ行きましょうか」

「もう、マリーちゃんったらぁ~」

 ひとしきりマリーがカリンをからかい終えると、三人は教室を後にした。





 石造りの校舎は、この時期にもなると見た目にも肌寒さを感じさせる。綺麗に磨かれた石畳の廊下を歩きながら、食堂へと向かう三人。一階の廊下は、これから食事を取ろうとする新入生たちで溢れている。一階の食堂へ向かうか、それとも二階の購買に向かうか迷っている者も多いようだ。窓の向こうに目を向ければ、中庭の木々は少しずつ赤く色づき始めていた。

 階段からは、一年先輩にあたる二十六期生と思しき面々が続々と降りてくる。食堂へと向かうのであろう彼らの流れが、一階の新入生の波に合流し大きなうねりをなす。その荒波に飲みこまれながら、息継ぎでもするかのようにマリーが口を開く。

「なんか二十六期生って大変だね。一期上なのにわざわざ一階まで下りてこなきゃならないなんてさ」

「マリーちゃん、周りの人たちに聞こえちゃうよ……」

 おどおどとあたりを見回しながら、カリンがたしなめる。周りはほとんどが二十六期生なのだから無理もない。

「一概には言えないんじゃないか?」

「お? アレス君、異論があるようだね」

 アレスが反論してきたのが意外だったのか、マリーが楽しそうに笑う。

「食堂以外の主な施設は三階にあるからな。俺たちはいちいち一階から三階まで階段上らなきゃならないし、どっちもどっちって所じゃないか?」

「ふむ、言われてみればそうかもね……」

 腕を組みながらしかめっ面でマリーが考え込む。そんなに悩むほどの事なのか、とカリンなどは思うのだが、それは口にしない。そのまま波に流されていると、やがて食堂の入り口に到着した。



 食堂のカウンターにはすでに多くの学生が押し寄せ、大混雑の様相を呈していた。もっとも座席自体はまだ幾分余裕もあり、座席がとれない心配はしないで済みそうだ。まず始めに食券を購入する仕組みらしく、アレスたちも受付で思い思いの料理を選びながらお金を支払うと、引き換えに木札を手渡される。これを受け取り口で渡す事で食事と交換できるらしい。

「上手い事考えるもんだよねー」

 スパゲティの食券を買いながら、マリーが感心したようにつぶやく。

「何がだ?」

「ほら、普通品物より先に代金を支払うなんて考えられないじゃない? こういう商売ができるのって、やっぱ『学園』の信用力があってこそのものだよね~、ってさ」

「ああ、確かにそうかもしれないね……」

 言われてみればその通りで、もし店の支払いを先払いになどしようものなら、この店は品物を出す前に金を取るのかと客にそっぽを向かれかねない。むしろ返ってくるあてがないとわかっていながらも、常連にツケ払いを許す店の方が大陸西部においては圧倒的に多いであろう。先払いなどというのは支払いの後で必ずまともな品物を手に入れられるという信頼の上に成り立つものであり、店側に相当の信用がない限りそうそう納得してもらえる取引ではないのだ。

「付け加えるなら、店側の力が強いというのも大きいだろうな」

「ああ、なるほどね。私たちには他の選択肢が購買しかないし」

 アレスの言葉にマリーが納得する。受け取り口で木札と料理を交換すると、三人は八人がけのテーブルの通路側に掛ける。八人がけと言っても、四人がけのテーブルを二つつなげてテーブルクロスをかけたものだ。窓側には他の学生が三人掛けていた。席につくと、アレスたちはそれぞれの皿を覗きこむ。

「ほほう、これは中々……」

 白い湯気を立ちのぼらせながら、食欲をそそられる甘酸っぱい匂いを放つトマトソーススパゲティに、マリーの頬が緩む。

「おいしそう……」

 ハムに玉子のサラダ、レタスなどを挟んだサンドイッチを前に、カリンも食べるのを待ちきれないといった様子だ。

「それじゃ、いただくか」

 眼前で肉汁をしたたらせる鶏のステーキから視線をはずすと、アレスもナイフを手に取った。


 食事の挨拶を済ませると、三人はそれぞれの皿に手をつける。

「う~ん、おいしっ!」

「ほんと、おいしい!」

 スパゲティを一口すするや、マリーの口から感嘆の声が漏れる。その感想に大いに同意するカリン。

「さすが『学園』の食堂、といったところか」

「やっぱ待遇いいんだね、私たち」

「お腹がすいたら士気にも関わっちゃうもんね」

「それはあんま関係ないんじゃない?」

「え~……」

 せっかくの発言をマリーに一蹴され、カリンが肩を落とす。自分としてはうまい事が言えたと思っていたのだろう。おとなしく両手でつかんだサンドイッチを口元に運ぶその仕草が、リスを思わせてとてもかわいらしい。

「ところで、アレスは『学園』に入る前は何してたの? やっぱ予科?」

 コップの水を一口飲むと、マリーがアレスに問いかけた。

「いや、予科には通ってない」

「ふーん、じゃあ直接スカウトされた系かぁ」

 『学園』に入園を希望する者は、まず予科に通うのが一般的である。すでに『形態』を操れる者はもちろん、予科「入学」時に無能力者であったとしても、訓練を経て『形態』に目覚めた者は順次『学園』に推薦されていく仕組みだ。

 これとは別に、各国のスカウトが有望な子供を『学園』に推薦するという道もある。通常は予科にまわされるのだが、その者が十分な力を有している場合やすでに年齢的なピークを迎えている場合などは直接『学園』に推薦するのだ。この場合は推薦する国なり機関なりがその能力を審査し保証する事になる。下手な人材を送ろうものなら推薦元の威信に関わるとあって選抜基準は厳しく設定される傾向にあり、このルートで『学園』に入園してくる学生は稀であった。

「確かに、全『形態』に適性のある人間なんて珍しいもんね」

「まあ、そういう事なんだろうな」

 大して興味もなさそうに言ってみたアレスだったが、どうもカリンが訝しげな目で見ているような気がするのは気のせいだろうか。

「ほら、カリンも何か聞きなって」

 その様子にマリーも気づいたのか、右肘で軽くカリンをつつく。

「王子サマに聞きたい事、いっぱいあるんでしょ?」

「だから、そんなんじゃないってばぁ……」

 白い肌を赤く染めてマリーの肩を叩くカリン。その時、三人のものとは異なる声が会話に割って入ってきた。






「隣、よろしいか?」

 通路側からかけられた、やや幼さの残る声。三人が振り向くと、そこには料理の載った盆を手にした金髪の少女の姿があった。その少女、オリガ・ワレンシュタインは三人の意外そうな表情を見て苦笑する。

「オリガ、さん……」

「全く、油断したよ。来てみたらどこも相席でね。同じ組のよしみで、頼む」

 オリガが軽く頭を下げる。

「わ、私はいいけど?」

「私もだけど……」

 そう言いながら、カリンがアレスの方を見る。何せ『学園』生活の初日にいきなり一悶着あった二人なのだ。カリンが戸惑うのも無理はない。

 そんなカリンの心中を知ってか知らずか、アレスが軽く右手を振る。

「俺も別にいいぜ。また席を探すのも大変だろ?」

 オリガは特に表情を崩すでもなく、三人に向かい再び頭を下げた。

「そうか、すまんな。では失礼する」

 そう言うと、テーブル角のアレスの隣の席に着く。皿の上には小麦のパンに山盛りののサラダ、そして大きなハンバーグ。どうやら見た目の印象とは異なり、ずい分とよく食べるタイプのようだ。

 その様子を見ていたカリンが、じっとオリガから視線を離さないでいる事にアレスは気づいた。しばらくして、弾かれたかのように慌てて小さくかぶりを振るカリン。いかんせんカリンはアレスの正面に座っているので、彼の位置からだと彼女の表情をつぶさに追えてしまうのだ。マリーの論法を借りるならば、カリンは自分の隣にオリガが座った事にショックを受けているという事にでもなるのだろうか。そんなアレスの頭の中をよそに、マリーがオリガに声をかける。

「オリガ、でいいよね? 私はマリー、よろしく!」

「ああ、教室での最初の自己紹介で同じ組の人間は把握している。君はカリン、だったな」

「よ、よろしく……」

 この手のタイプに苦手意識でもあるのだろうか、カリンがややうつむきがちに答える。

「そして君が、アレスだったな」

「憶えていてくれて光栄だね」

 フォークに突き刺した鶏のステーキを頬張りながら、アレスが軽口を叩く。

「ていうか、オリガってあの自己紹介で全員の事憶えたの? すごーい!」

「君たちも一組の学生なら、そのくらいは造作もないだろう? 驚くような事でもないさ」

「いやー、能力があるってのと実践するってのはまた別だからね~」

 マリーがたはは~、と頭を掻きながら照れ笑いする。と、その姿勢のまま突然大声を上げた。

「あー、そうだ! オリガ、エレメント・スコープで覗いていい?」

「ん? 別に構わんが、どうした?」

「どうしたも何も、Aクラスの『形態モード』がどんなになるのか見てみたいに決まってんじゃん!」

 そう言うや、うきうきと荷物袋からスコープを取り出すマリー。さっそく目に当てて覗きこむ。

「うっわ、すごっ! 何これ、炎が荒れ狂ってるよ! Aクラスってこんなにすごいの!?」

 余程驚いたのか、後ろに大きくのけ反るマリー。危うく椅子ごと転倒しそうになる。

「ほら、カリンも見てみなって! すっごいから!」

「ちょっと、マリーちゃん!? って、きゃあっ!?」

 強引にスコープを見せられたカリンも、そこに映る炎の激しさに驚いたようだ。思わず悲鳴があがる。

「へ~、やっぱAクラスは違うんだねぇ」

「私はそれだけ鍛錬を積んできたからね。君たちも望むなら、この程度の域には至れるはずだ」

「そんなもんかねえ……」

 Aクラスへの道のりをいとも容易い事のように言うオリガに、マリーが疑わしげに首をかしげる。スコープを収めると、再びフォークを手に取りスパゲティを巻き取り始めた。

「とにかく、いいものが見れたよ。ありがとね」

「あ、私も。ありがとうございます」

「いや、構わんさ」

 二人にオリガが微笑を返す。見た目の印象・雰囲気や硬い言葉使いから、てっきり取っ付き難い子なのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。緊張気味だったカリンの表情も、幾分和らぐ。


 だが、気を抜くのは少々早かったようだ。

「私は、君の『形態』を見てみたいんだがな、アレス」

 不敵な笑みを湛えて、オリガがアレスに向き直る。カリンの体が、ぴくんと跳ねた。

「オリガが気にかけるようなモンじゃないと思うけどね。アレスの『形態』、全部DとEだったし」

 笑いながらスパゲティを口に運ぶマリーに、オリガが不審げに問いただす。

「そうなのか?」

「ホントホント、カリンも見たもんね?」

「うん、特に変わった所はなかったよ」

 オリガの目が細くしぼられ、その視線がカリンへと突き刺さる。カリンの額には、うっすらと汗がにじみ始めた。

「……そう言う君も、納得してないように私には見えるがね」

 オリガの指摘に、カリンが思わず体をすくませる。その反応は、彼女の言葉を肯定しているに等しかった。そのままカリンがうつむいていると、ぶっきらぼうにアレスが言った。

「そんなに気になるんなら、その目で確かめるがいいさ」

 その申し出にオリガが軽く首を振る。

「やめておこう。そこの二人が嘘をついているとも思えん。それに――」

 そう言いながら、横目にカリンを見やる。

「期待以上の収穫もあったしね」

 薄く笑うと、白いハンカチで口元を拭い立ち上がる。

「それでは、お先に失礼する。くつろいでる所、邪魔をした」

「いやいや、楽しかったよ。ね?」

「うん、またいっしょに食べよう?」

「ありがとう。では、またな」

 そう一言残し、踵を返すとオリガは食器の返却口へと歩いていった。その姿を見送ると、マリーが神妙な面持ちで振り返る。先ほどのやりとりから、もしかして彼女もアレスが何かを隠していると思ったのであろうか。カリンの方に目を向ければ、緊張が残っているのかテーブルの下で拳を強く握りしめているようにも見える。


「……あのさ」

 マリーの頬を、一筋の汗が伝う。一同が息を飲んで次の言葉を待つ中、意を決したかのように重い口を開いた。

「あの子、いつのまにご飯食べ終わったの?」

「……あ」

 オリガの皿には、肉片の一欠けすら残されてはいなかった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング に参加しています!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ