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神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
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第2話





 ミルエール戦術研究院。通称『学園』。それは、人類の脅威に対抗すべく設置された、大陸に三ヶ所のみ存在する施設の内の一つである。




 今から三十二年前、人類は突如災厄に見舞われた。どこからともなく現れた『変異』と呼ばれる未知の怪物は、討伐にあたった大陸各国の軍隊を瞬く間に蹂躙し、全世界を恐怖の淵へと追いやった。世には怪しげな終末論が流布し、人々は絶望に打ちひしがれながら、それぞれの信じる神にただ祈りを捧げるしかなかった。

 だが、その陰で人類はひとつの希望も見出す事になる。『変異』の出現と時を同じくして、不可思議な「力」に目覚める者たちが現れ始めたのだ。十代の若者を中心に発現し始めたその「力」の持ち主の中には、たった一人で幾体もの『変異』を打ち滅ぼす者さえ存在した。ここに来て各国は能力者の力を結集すべく、共同で対『変異』決戦兵科の創設に動き出す。皮肉な事に、人類を脅かす共通の敵が現れたその時初めて、人類は――あくまで表面的なものではあったが――争いを止め、共に手を取り合う段階へとその歩を進める事ができたのである。





 こうして設立された『学園』は、人類の仮初めの協調の証であると同時に、人類の脅威に立ち向かう最前線であり、人類に残された希望の象徴でもあった。現在では大陸西部二十八カ国からその才を認められた人間を毎年「新入生」として迎えている。すなわち、「入園式」とは『変異』との戦いを宿命づけられた新たなる戦士たちを迎える儀式を意味していた。

 もっとも『変異』の出現から三十二年ほども経った現在では、設立当初の悲壮感は薄れ、新入生がそれなりに青春を謳歌できる程度には平和を取り戻している。優秀な能力者をある程度効率的に育て上げる仕組みが確立しつつある近年では、基本的に新入生が前線に出る事はない。そんな事情もあり、入園式は今年もお祝い気分に包まれていた。

 『学園』には毎年、百五十名から二百名ほどの学生が入園する。その年齢はほとんどが十五歳から十八歳である。今年入園する学生は二十七期生にあたる。彼らはおおむね三十人を目安に組分けされ、入園後は一年間、組単位での講義と主に実技を中心とする選択科目をみっちり受ける事になっていた。





 入園式が終わった後、新入生は各教室で『学園』の説明を受けていた。二十七期生・一組の札が掲げられた教室。学生たちは四人掛けの長机に思い思いに着席し、教壇では若い女が学生たちに学園生活の規則などを指導している。

 一通り話し終えたのか、教官らしき若い女が一息ついた時、唐突に教室の扉が開いた。何事かと学生たちが好奇の視線を向ける中、一人の少年が教室へと入ってくる。中肉中背の均整の取れた体格に、燃えさかる炎を思わせるような赤髪。そして涼しげながらも意志の強そうな青い瞳が印象的な少年であった。

 わずかに眉を動かすと、教官が声をかける。

「話は聞いてるよ。とりあえず、自己紹介してもらおうか」

 ひとつうなづくと、少年は学生たちに向き直った。

「アレスだ。出身はグレッヘン。よろしく」

 言葉少なに自己紹介を済ませると、アレスは教室内を軽く見回した。ふと、その目が窓際で止まる。そこには、今朝暴漢から助け出した黒髪の少女が座っていた。目が合ったと思ったのか、慌てて顔を伏せる姿がかわいらしい。

「私はガーネット。この教室の担任になる。それじゃとりあえず、そのあたりにでも掛けてくれ」

 ガーネットと名乗った若い女はそう言うと、誰も座っていない窓際の最前列の席を指差す。アレスは特に不満を漏らすでもなく、その言葉にしたがった。





 程なくして『学園』の説明が終わり、休憩時間に入る。この後は寮での暮らしの説明を受け、各自それぞれの部屋へと向かう流れとなっていた。

 『学園』は最初の三年間は原則として全寮制となっており、新入生には東側の男子寮と女子寮があてがわれる。費用は全て『学園』が負担し、それどころか学生たちには段階に応じて給与も支払われるというのだから太っ腹だ。もっともそれも当然の話で、『学園』の新入生は最初の一年は軍属であり、二年目からは『学園』の上部組織である西方諸国連合軍の一員として軍に正式に所属する事になる。彼らはただの「学生」ではないのだ。



 にわかにざわつき出す教室内。入園式からオリエンテーションまでの間に、ある程度親しい組み合わせができているのであろう。こういう雰囲気が苦手というわけでもないが、特に周りの学生に興味を示す風でもなくアレスはひとり教室の扉へと向かう。入園早々遅刻を決めてくれたアレスに興味を示す者もいたようだが、構わず教室の外へと出て行った。

 廊下は三人ほどが広がって歩けるほどの広さがある。教室の反対側は中庭になっており、ちょっとした庭園のように綺麗に整えられていた。休憩時間とあって、各教室から廊下に出てくる学生の数も少しずつ増えてくる。別に目的があって外へ出たわけでもないアレスは、窓際に佇みながらただ中庭の庭園を見つめていた。


 ふと誰かが近づいてくる気配を感じ、教室の入り口の方へと視線を向ける。振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。滑らかな黒髪が日差しを受けて虹色に輝く。今朝、暴漢から救い出した少女だ。カリンと言っただろうか。

 少女が、口を開いた。

「アレス君……だよね?」

「ああ」

 にこやかに微笑むでもなく、ただ無愛想にうなずく。その様子に、カリンはうつむきながら遠慮がちに続ける。

「今朝は、ありがとう」

「気にしなくてもいいさ」

「アレス君も、一組だったんだね」

「ああ」

 返答もそっけない。やや戸惑いながらも、カリンは思い切ったかのように切り出した。

「あの……この後、隣の席、いいかな?」

「隣? 構わないけど……どうして?」

「あ、あの……最初にお話した人だし……」

「ああ、なるほど。それじゃ、よろしくな」

「あ……うん、よろしく!」

 話しかけた時のとっつきにくい印象とは対照的な、意外なほどあっけからんとしたアレスの返事が予想外だったのか、カリンが慌てて返事をする。どうやら避けられているわけではないらしいと思ったのか、少し安心したような面持ちでアレスの隣に並ぶ。

「私今年で十六歳なんだけど、アレス君はいくつ?」

「俺も今年で十六だよ」

「そ、そうなんだ! 同い年なんだね」

「ああ、そうだな」

「同い年の人がいて、嬉しいな……」

 そこから会話が途切れてしまう。カリンは何を話そうか必死に考えているようだったが、それには構わずアレスが声をかけた。

「そろそろ戻るか」

「う、うん」

 そう言うや教室に戻っていくアレスを、少し遅れて追いかけるカリン。再び教室の中に入ると、先ほどまでアレス以外に誰もいなかったはずの最前列の席に座る学生の姿が目に留まった。アレスたちに気づき立ち上がったのは、栗色の髪をポニーテールにまとめた少女だった。


「おっ、カリンったら王子サマと無事仲良くなれたんだね」

「ちょっ、マリーちゃん!?」

 カリンの顔が途端に赤くなる。

「アレス君、違うの。今朝の話をしたら、マリーちゃんが勝手に……」

「やっ。はじめまして、アレス君」

 カリンの抗議を気にも留めない様子で、マリーと呼ばれた少女が気安い調子でアレスに挨拶する。

「私はマリー。ミルエール出身の十七歳だよ」

「そうか」

「私もお隣、いいかな?」

「ああ、構わんさ」

 右手を振って了承の意を示すと、アレスはマリーの隣の席に着いた。その隣にはカリンが座り、アレスは窓側最前列の席で少女二人に挟まれる格好になる。おそらくこの二人はオリエンテーション中にでも仲良くなったのであろう。そんな事を考えていると、マリーが立ち上がり、カリンの後ろにまわるとその肩に腕をかけた。

「それにしてもカリ~ン。あらためて見るとアレス君、いい男じゃない」

 値踏みでもするかのように、マリーがまじまじとアレスを見つめる。遠慮のないその視線は、しかしなぜかそれほど不快には感じない。一通りアレスを見回すと、マリーは思いもよらない事を口にした。

「カリンが手を出さないなら、私がもらっちゃおうかな~?」

「ちょっ!? マリーちゃん、急に何言ってるの!?」

 予想外だったのはカリンも同様だったらしい。慌てふためくカリンをよそに、アレスに語りかけるマリー。

「ね? どうかな、アレス? あ、アレスでいいよね?」

「ああ、好きに呼んでくれ。それと」

 うなづくでもなく、一言返事をしたアレスがさらに何事かを口にする。

「それと、何?」

「誘惑するつもりなら、もう少し工夫した方がいい」

 眉ひとつ動かさず真顔で返すアレスに、マリーがしばし固まる。次の瞬間、彼女は思わず吹き出していた。

「ぷくっ! アレスって面白いヤツじゃん! 冗談だってば!」

「もう、マリーちゃんったら……」

「ごめんごめん! それじゃあらためて、アレス、よろしくね!」

 元々さばけた性格なのであろう。マリーは笑顔で右手を差し出した。アレスもその手を握り、握手を交わす。その状態のまま、マリーがカリンにウィンクしてみせる。

「私も、アレスと手つないじゃった」

「――!」

 カリンが目を見開いて何か言おうとするが、とっさに言葉が出てこない。そんな事などお構いなしに、マリーが荷物を手渡す。先ほどまで座っていた席から運んできたカリンの荷物なのだろう。

「はい。これ、カリンの荷物。にしても、最前列って何か不思議な感じだねー」

「もう、あんまりからかわないでよぁ……」

 まだ顔を合わせて間もないはずだが、まるで古くからの幼馴染であるかのように会話が弾む二人。もっとも、会話が弾むと言うよりはカリンが一方的にマリーにからかわれているといった方が正確か。そんな少女二人の会話に、突如割って入ってくる声があった。

「失礼、少しよろしいか?」

 席についてぼんやりとオリエンテーション用の冊子を眺めようとしていたアレスであったが、その一声に頭を上げる。そこには、一人の少女が立っていた。





 アレスの前に立つ、一人の少女。青い目に、整った顔立ち。無造作に短く切りそろえた金髪は、窓からの光に照らされ黄金色に輝いている。目を大きく見開き、マリーが驚きの声を上げた。

「オリガ・ワレンシュタイン……!?」

 金髪の少女はしかし、マリーなど気にも留めず、アレスをにらみ続けている。

「君、アレスと言ったか?」

 高圧的な態度とは裏腹に、その声はいまだ幼さが残り可愛らしい。

「ああ。お前は?」

「……そうか、入園式に出席していないんだったな。私はオリガ・ワレンシュタイン。一組の学生だ」

 堂々と胸を反らしながら、少女が自らの名を名乗る。その胸はどうやらまだまだ発育途上のようだ。

「そうか、よろしく。ところで、何か用でも?」

「ああ。君がなぜ、入園早々遅刻などしたのかと思ってね」

 アレスは右眉をわずかに吊り上げて、少女の顔をうかがった。事情を説明しようとしたのであろうか、口を開こうとするカリンを右手で制する。

「何、大した事じゃないさ」

「大した事もないのに入園式を欠席する、というのもなかなか考えにくいんだがね」

 オリガが不敵な笑みを浮かべる。まだ子供っぽさの残る顔には幾分不釣合いな表情だ。

「いや何、どうして君からこんなにも『力』の残り香を感じるのか、と思ってね」

「……何の事だろうな」

 アレスの左耳がピクリと動いたのに、気づいた者ははたしていたであろうか。張り詰めた空気に、両脇の二人も固唾を飲みながら見守っている。いや、気づけば今や教室内の学生のほとんどが、教室の片隅で繰り広げられているこのやりとりに注目しているようであった。さしずめ入園初日から遅刻の不良学生を責める優等生の委員長といったところであろうか。第三者からすれば、入園早々これほどの見ものはない。



 しばしの沈黙の後、オリガが肩をすくめる。

「この期に及んでもシラを切る、か」

「お前の思い過ごしさ」

 もう話すことはない、と言わんばかりの顔でアレスは右手を振った。

「まあいい。いずれわかる事だろうしな」

 そう言い残すと、オリガは格好良く踵を返して席へと戻っていった。





「ああ、びっくりした……」

 再び賑やかになり始めた学生たちの会話を背に、マリーが大きく息をつく。

「アレス、何やらかしたの? いきなりオリガに目つけられるなんてさ」

 その問いには答えず、逆にマリーに問いただす。

「あの女、有名な奴なのか?」

「有名っていうか、入園式で挨拶して……ってそっか、出てないんだったね。あの子、今年の首席入園者だよ。二十七期生唯一のAクラス能力保持者なんだってさ」

 おしゃべりな女子というのは、情報源にはうってつけだ。

「遅刻がどうこうって事は、ははーん、さては今朝のラブロマンスについて感づいているのかな?」

「ちょ、ちょっとマリーちゃん!?」

 虚をつかれた形のカリンが、思わず大声を上げる。それには構わずアレスはマリーに詰め寄った。マリーを情報源と見る人間は、何も自分だけとは限らないのだ。彼女の口から余計な事まで広まってしまっては、アレスにとっていささか都合が悪い。

「マリー。お前その話、どこまで聞いた?」

 急変したアレスの様子にただならないものを感じたのか、やや気圧され気味にマリーが答える。

「何って、アレだよ。カリンが不良に襲われて、そこを通りがかったアレスに助けてもらったって。茶化したのが不愉快だったなら謝るよ。ごめん……」

 どうやら、カリンからは詳しい事は聞かされてないようだ。右手をあげて口調をやわらげる。

「いや、それならいいんだ。こちらこそすまん」

 そわそわしながら二人のやりとりを見ていたカリンが、申し訳なさそうにアレスに声をかける。

「ごめんなさい、内緒にしておいた方がよかったかな……?」

「いや、いいさ。このくらいならな」

 もっとも、釘を打っておく事も忘れない。少しばかりカリンに近づきささやく。

「それ以上の事は言わないでくれよ。それと、連中の後片付けは済ませたからな。安心してくれ」

 アレスの言葉に、小さくうなづくカリン。その様子を見て、自分のせいでカリンが責められているとでも思ったのであろう。助け舟のつもりか、マリーが口を開く。

「大丈夫、そんな込み入った事は聞いてないし、聞く気もないって」

「そうか、助かるよ。入園早々俺たちの間に妙な噂が立ったら、俺はともかくカリンが迷惑だろうからな」

「あ、そういう事かー。アレスっていいヤツだね。うんうん大丈夫、そこんとこはこのマリーさんに任せなさいって」

 先ほどまでの調子を取り戻したのか、陽気に言うとマリーは年相応と言える程度には実りつつある自らの胸に拳を当てた。どうやら他人の面倒を見ずにはいられない性分のようだ。こいつとは案外、いい友達になれるかもしれない。アレスはふと、そんな事を思っていた。




 その後、教室に戻ってきたガーネットから寮生活についての説明を受けた学生たちは、男女に分かれそれぞれの寮へ向かっていった。寮では管理人から設備や規則などの説明を受けた後、相部屋の学生と顔合わせして各自自室へと散っていく手はずになっている。そして明日からは早速、『授業』と言う名の訓練が始まるのだ。それぞれの思いを胸に、学生たちは『学園』での初めての一日を終えるのであった。





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