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神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
18/40

第18話






 何も見えない……。私は、死んだのか……? 

 まばゆい光が視界を支配し、体も思うように動かない。あまりのまぶしさに目をつむり、鳴り響く轟音に奪われた聴覚が戻りきらない中、オリガはふとおかしな事に気づいた。轟、音……?



 右側から、何かが目の前を通り過ぎていく気配を感じた。我に返ったオリガが目を開くと、二本の足を中ほどのあたりで切断された『変異』の姿が目に入った。上体を起こすと、切り落とされた足が地面でのたうっている。そこから視線を左に動かすと――一人の少年の姿があった。

「待たせたな」

 背中越しに語りかけてくる、燃え盛る炎のような赤髪の少年。この状況にあって、その口調はいつものように実に穏やかなものであった。右手には、光り輝く剣のようなものが握られている。思わず、彼の名が口をついて出た。

「アレス……」

「よく耐えた。後は、任せろ」

 そう言うや、アレスが敵へと突っこんでいく。見れば、『変異』は四本の腕を切り落とされ、残る四本で体を支えるのが精一杯といった様子であった。球体部分の表面も、よく見ると多角形の鱗は一部がヒビだらけになっている。

 間近にあった左側の足の下へと飛びこむと、七色に光を反射するその足へアレスが悠然と剣を振るう。稲光のような発光をともなったその一閃で、オリガの『炎の剣』をまったく受け付けなかった『変異』の足は、いともたやすく切断された。怪物の巨体が、大きくバランスを崩す。その胴体部に向かって、アレスは空高く飛翔した。両手に持ち替えた輝く剣を、上段から『変異』へと振り下ろす。剣は光のしぶきを迸らせながら、まるでナイフでバターでも切り裂くかのようにあっさりと化物の体を両断した。次の瞬間『変異』の体が結晶化し、爆発四散する。あれほどの巨体にもかかわらず、その破片はあたかも砂糖菓子かのように軽やかに宙を舞った。ふと気づけば、切り落とされた足もいつの間にか塵となって飛び散っていた。

 アレスはすでに次の獲物へと駆け出していた。突き出した左手から閃光が一筋、真っ直ぐに『変異』へと伸びる。直後、あたりが輝きに満ち、次いで爆音が轟く。光の槍を受けた箇所に、水溜りの氷を踏みつけたかのように亀裂が走る。その出所に気づいたのであろう。アレスへと容赦なく振るわれる『変異』の足が、彼の斬撃の前に小枝でも打ち払うかのごとく切り飛ばされていく。『学園』の精鋭が束になっても止められなかった化物が、たった一人の少年の前になす術もなく倒されていく様を呆然と眺めながら、オリガはひとり立ち尽くしていた。その頬には、水滴がこぼれ落ちた跡が一筋残っていた。







 暗闇と静寂が林を支配する。寒さが近づき虫の音も大分小さくなってきたその中を、二つの騎影が駆け抜けていた。その内の一方の馬上で、馬を駆る男が後ろに乗る少女に声をかけた。

「もうすぐ着く」

 その声に、男の後ろに乗る黒髪の少女――カリンが、しがみつく腕に力を込める。その時、暗い林の中が一瞬光で満たされた。直後、落雷のような音が林中に鳴り響く。間に合ったか、と一言つぶやくと、男はカリンに語り始めた。

「『学園』をはじめ、我々人類が現在解明し扱っている力は『形態モード』と呼ばれるものだ」

 少しずつ、暗闇が薄らいでいく。もうすぐ林を抜けるのであろう。出口が見えてきた。

「だが、彼の力はそれとはまったく別種のものだ。大陸西部のみならず、中央でも東部の原住民の間でも、世界各地の神話体系において神が操るとされる神聖なる力。それが、彼の力だ」

 木々をかいくぐり、カリンを乗せた馬が林の外へと飛び出す。学生たちの間を駆け抜ける彼女の視界に飛びこんできたのは、広く開けた平原に月光を浴びながら佇む巨大な化物と、その眼前で左手を天にかざし立ちはだかる赤髪の少年――アレスの姿であった。

「見るがいい」

 馬を止めて男が言った直後、一筋の稲妻が闇夜を切り裂いた。それは真っ直ぐに『変異』であろう怪物の頭上へと落ち、まばゆい光があたり一面をおおう。わずかに遅れて、鼓膜がしびれるかと思うほどの轟音が鳴り響いた。思わず目を閉じたカリンが再びまぶたを上げると、そこには雷に焼かれ光を発する怪物と、荒れ狂う炎のごとく赤髪を揺らめかせながら立つアレスの姿があった。

「これが、彼の『力』――神話の時代より恐れられてきた、神をも滅ぼす裁きの雷。雷神ギルヴァントより受け継ぎし、神の光だ」

 男の声を聞きながら、カリンは眼前に広がる光景に目をとらわれていた。まばゆい光が収縮し、一際明るく輝くと『変異』が粉々に砕け散る。その欠片は、ガラス細工のように月の明かりを反射しながら、アレスの方へとひらひら散っていった。その時カリンは、あの入園式の日に彼に見た神々しさを、再びそこに見た気がした。



 





 林の木陰に、戦いの様子を見守るひとつの影があった。それは、よく見ると人間のような姿かたちをしていた。だが、その口元からのぞく牙は、明らかに人ではなく肉食の獣が持つそれであった。

「まさか、あんなのを隠していたとはね……」

 一言つぶやくと、影は音もなくその姿を消した。後には、再び暗闇と静寂が残された。


 




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