表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
17/40

第17話







 戦いが始まってから、まだ二十分も経っていない。だが、オリガたち迎撃部隊はすでに林のあたりまで追いこまれていた。その迎撃部隊も、今やその半数近くが戦線を離脱している。

 オリガたちは四人一組になって『変異』と接近戦を繰り広げていた。Aクラス一人とBクラス三人でチームを作り、『変異』の攻撃にひたすら耐えている。Bクラスの学生が消耗してきたら、ただちに後ろに控えているBクラスと後退する。だが、離脱者が増え交代要員が足りなくなってきたので、今では指揮を執っていたジョアンも戦闘に参加せざるを得ないというありさまであった。




 オリガの手には、『炎の剣』が握られている。それも二本、右手と左手に。鋼のごとく硬化させたその剣を手に、彼女は『変異』の攻撃をしのいでいた。その隣では、以前オリガのサポートを担当した上級生・ヘレンが、やはり『炎の剣』を手に敵と戦っていた。

 『変異』は触手のような八本の足のうち四本でその体を支え、残る四本で攻撃を仕掛けてくる。乳児の胴ほどの太さもある足による攻撃は、うまく受け流さないとその重みで弾き飛ばされてしまう。絶え間なく繰り出されるその攻撃に、学生たちの体力は少しずつ、しかし確実に削られていった。

 オリガ目がけて、二本の足が襲いかかる。それを右に左と受け流し続ける彼女であったが、重い一撃を弾くたび、その腕に衝撃が走る。彼女の疲労も、徐々に限界へと近づいていた。しかし、彼女が引くわけにはいかない。オリガが欠ければ、残る三人で『変異』を抑える事は不可能であろう。後ろにはCクラスの学生四十人が控えているが、彼らでは十分と持つかも怪しい。何としても、自分が時間稼ぎをしなければならなかった。



 『変異』の足の表面は、何やらガラスのような、それでいて伸縮性のある透明な膜でおおわれている。剣で弾くたびに硬い音が鳴り響くが、特にダメージを与えているとも思えない。終わりの見えない戦いに精神も磨り減っていく中、オリガの近くで不意に悲鳴が響き渡った。

「きゃああぁぁぁぁぁあ!」

 甲高い絶叫。声の方を見ると、学生が『変異』の横薙ぎの一撃に吹き飛ばされていた。亜麻色の髪が揺らめく。ヘレンだ。一人欠けた事で、残る二人はそれぞれ一本ずつ敵の足を受け持つ事になる。二人の体力がみるみる消耗していくのが傍目にもわかった。後ろからCクラスのペアがオリガの方へと駆け寄ってくる。Bクラスの交代要員が尽きたのであろう。見れば、すでに他のチームもCクラスの学生が支援に加わっていた。この分では、もうそれほど長い時間『変異』を食い止める事はできないかもしれない。



 腕が重い。息が切れる。足の筋肉も悲鳴を上げる。懸命に両手の剣を振るうオリガの顔にも、疲労の色が濃くなってきた。意識も半ば朦朧としつつある。もはやほとんど何も考えずに体が勝手に反応している状態だ。視界も少しずつ狭まっていく中、死ぬ時というのはこんな感じなのかと、オリガはふと思った。

 その途端、オリガを言いようのない恐怖が襲った。これまで幾多の戦場に赴いてきたオリガであったが、死の恐怖を実感するのはこれが始めてであった。思えば、これまで死を意識するほどの危機的な場面には遭遇した事がない。体の奥底から熱がゆっくりと奪われていくような感覚は、十四歳の女の子にとってはあまりに重過ぎた。

 嫌だ、まだ死にたくない。オリガの胸に、生への執着が湧き上がる。『学園』に来るまでは、戦いに生き、戦いに死ぬ事をよしとして育てられてきた。自分も、それが正しい道だと信じていた。だが、『学園』に入り、友と呼べるような人間たちと触れ合ううち、彼らと共に過ごしたいという気持ちが少しずつ大きくなっていったのであった。まだわずかに一月ほどの付き合いでしかないというのに、一体どういう事だろう。そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、揺らめく炎のような赤髪の少年の顔であった。アレス……私は君を――。




 硬く、高い音と共に、オリガの右手から剣が弾き飛ばされた。空中をくるくると回転しながら、そのまま地面に突き刺さる。目の前では、二本の足が暗闇の中獲物を前にした蛇のごとくうねっている。一瞬の間の後、自分へと伸ばされた足を左手の剣で払うが、もう一方の足に対応しきれない。右側頭部から迫り来る足を、後ろに倒れこむ事で間一髪回避する事に成功する。背中から地面に倒れこむオリガ。しかし、これで逃げ場はなくなった。



 すぐさま立ち上がろうとするが、もう足に力が入らない。『変異』が、二本の足を振り上げる。オリガを支援しようと後方から火球や石が飛んでくるが、敵の動きは止まらない。二人の学生がこちらへ向かってくるが、この分では間に合わないだろう。ああ、私は死ぬんだ、こんな所で。今にも振り下ろされんとする『変異』の足を呆然としながら見つめていたオリガの視界を、白い光が一気に焼き尽くした。




 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング に参加しています!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ