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神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
13/40

第13話







 戦闘訓練の授業も三回目ともなると、学生たちも大分勝手がわかってくるというものである。基礎訓練を終え、前回同様エディと模擬戦のペアを組もうと思ったアレスがあたりを見回す。そんな彼の前に、一人の少女が立ちふさがった。

「アレス、今日こそは私と手合わせ願いたい」

 短い金髪にやや幼い声。オリガだ。周囲の学生たちの間にざわめきが起こる。どうやらこの前の騒ぎはすでに二十七期生中に広まっているらしい。あれが噂の男か、入園早々オリガ様を二股にかけるとはとんでもない男だ。いやいや、実は三股らしいぞ。しかもその内の一人は大層な巨乳だそうだ。何と恐ろしい男か……。

 誤解が誤解を呼び、話もずい分と膨らんでいるようだ。そんな好奇の目を気にしたわけでもなかろうが、アレスがため息をつく。

「……Aクラスとでは訓練にならないと、前も言ったはずだが?」

「それなら問題ない」

 そう言うと、オリガが自らの左腕にはめられている腕輪を示す。

「教官に力を抑える拘束具を借りた。これで私の力も抑えられるそうだ。教官によれば、それでもBクラスに近い力は発揮できるそうだがね」

 そう言うと、アレスを見つめながら不敵に笑う。

「もっとも、君の相手としては不足はないだろう?」

「買いかぶりだと言いたい所だが、それなら確かに断る理由もないな」

 オリガの挑発的な物言いに、アレスも笑みで応じる。そして二人並んで、実習場の中央のマーカーへと移動した。事の成り行きに、周りの学生たちも自分たちの訓練そっちのけで様子を見守っていた。見れば、教官たちもこれは見ものとばかりに二人を見つめている。新入生きってのエリートであるオリガがわざわざ拘束具の使用を訴えてまで戦いたいという相手に、彼らも興味をそそられているのであろう。あるいは、彼らの耳にも学生たちの間に広まるあの無責任な噂が届いているのかもしれない。


 マーカーの位置まで来ると、二人は互いに見つめあった。

「やっと私に応えてくれるか。そう来なくてはな」

 満足そうに笑うと、オリガは一歩二歩と下がり間合いをとる。

「せいぜい首席殿のご期待に沿えるよう努力するさ」

 アレスも大きく二歩下がり、体勢を整えた。

「いい覚悟だ。それでは、参る」

 オリガの左手が炎に包まれる。炎はやがて一振りの剣の形をとった。アレスの顔がわずかにひきつる。

「『炎の剣』か。Dクラス相手にそれは少々やり過ぎなんじゃないか?」

「ふっ、そう言うな。拘束具の影響で普段の半分ほどの力も出せちゃいないよ」

「それで半分とは、首席殿の力には恐れ入る!」

 そう叫ぶや否や、アレスが両腕の手のひらをオリガへと突き出す。と、突如突風が渦となりオリガを取り巻いた。その渦は触れるものを切り刻む刃となって少女に襲い掛かる。並みの相手であれば、その身はずたずたに引き裂かれていたであろう。

 しかしオリガは迫り来る刃にも眉一つ動かす事なく、手にした剣を一振りした。たったそれだけで、彼女に迫っていた風の刃がたちまち霧散する。砂ぼこりが巻き起こる中、目をこらすオリガの視線の先には、しかし、アレスの姿はすでになかった。オリガが風の刃に対処している隙に、自身の『形態モード』で追い風を受けながら彼女の左斜め後ろへと回り込んでいたのである。死角に飛びこんだアレスが、無防備なオリガの背中に火球を叩きこむ。

 だがその瞬間、オリガの周囲が荒れ狂う炎の渦に包まれた。アレスの放った火球も、その炎の中に飲みこまれていく。浴びせるように水弾を、次いで石つぶてを浴びせたが、それも炎の壁の前に全て燃え尽きてしまう。アレスの背よりも高く吹き上がる炎が収まると、そこには何事もなかったかのようにオリガが立っていた。その手にあったはずの剣が消えている事だけが、先ほどまでとは異なっている。

「いい攻めだ。さすがに肝を冷やしたよ」

「またまた。このくらいお見通しだったんだろう?」

 そのセリフに、オリガの口元がつり上がる。その顔は、どこか楽しげにも見えた。次の瞬間、炎が彼女の腕に巻きついたかと思うと、オリガの手には再び『炎の剣』が握られていた。

「今度は私の番だな」

 一言つぶやくと、オリガがアレスに向かい一直線に突進する。明らかに近接型のエモノを手に猛然と迫るオリガに対し、アレスもそばに近づけまいと風の刃で応戦するが、その刃も『炎の剣』の一薙ぎであっさりとかき消されてしまう。

「うわあぁぁあ!」

 彼女の勢いに恐慌をきたしたのか、叫び声を上げるとアレスはむやみやたらに石つぶてを放ちながら後ろへと飛び退く。オリガの表情が、わずかに険しいものになった。

「どういうつもりだ! 見苦しいぞ、アレス!」

 なおも無軌道に打ち出される石つぶてをものともせず、そのままアレス目がけて一直線に飛びかかるオリガ。だが先ほどまでアレスがいたあたりを駆け抜けようとしたその時、後ろから何かを食らったかのように彼女の動きが一瞬止まった。さらにはオリガの足元の地面に石つぶてがぶつかった瞬間、そこから何本もの茶色いツタが伸びてオリガの両手両足を束縛した。アレスの顔に笑みが浮かぶ。彼女はまんまと彼の仕掛けた罠にはまってしまったのだ。



 オリガの武器が近接戦用の『炎の剣』であり、かつ実力的にはアレスを凌駕している事から、彼は彼女が小細工など弄さずに真っ直ぐに突っこんでくると予想していた。そこでまず、炎の渦が両者の視界を遮っている間に、アレス目がけて飛びだすよう地面に三つの水弾を仕込んでいたのだ。次いで石つぶてでその上からフタをする。この上に石つぶてをぶつければ栓がはずれて水弾が飛び出すというわけだ。万が一、炎の壁の中でもオリガの視界が生きている事を考慮して、壁に向かい攻撃を仕掛ける事でこの仕掛けをカモフラージュする事も忘れない。それと同時にアレスは自分の足元にもツタの仕掛けを施していた。地面に刺激を与える事で発動するトラップである。

 はたして、オリガはアレスに向かい真っ直ぐ突進してきた。そこで彼は頃合いを見計らって石つぶてを放ち、まず水弾の仕掛けを解除したのである。フタをはずされた水弾は真っ直ぐにアレスのいる方向へ――つまり、彼に迫るオリガの背中目がけて――飛び出し、背後から彼女を襲う。その衝撃と不意の攻撃に彼女が動揺した所へ、彼は石つぶてを放ちツタの仕掛けを解除、彼女の手足を縛る事に成功したのであった。

「アレス、貴様……」

 状況を理解したオリガの声が怒気をはらむ。もっともその怒りは、アレスに向けられたものではなく、まんまと罠にはまってしまった自分の間抜けさに向けたものであろう。だが、彼の手に大人の頭ほどの大きさの火球が現れるのを認めると、一際大きな声を上げた。

「無駄な事を!」

 そう言うや、彼女の体を炎がおおう。手足を束縛していたツタはたちまち燃え尽き、炎は彼女を中心に渦となって広がっていく。



 だが、しかし。

「この時を待っていた!」

 まさにこの瞬間を、アレスは待っていた。彼は――空高く跳躍し、炎の渦を飛び越えたのだ。

 オリガは『炎の剣』を持ったまま他の『形態』を使う事はできない。アレスは最初の攻防の中で見切っていた。もしそうでないならば、アレスが死角から攻撃を仕掛けた時、彼女は炎の渦――以前エディが彼に対し使った『形態』である――を別個に使う事でたやすく防ぐ事ができたはずである。だがあの時彼女の手には『炎の剣』は握られていなかった。おそらくあの炎は『炎の剣』を解除・変形する事により生み出したものなのであろう。つまり、オリガはあの剣を持ちながら新たな『形態』を発動する事ができない。そうアレスは結論づけた。もちろん実はあれは彼にそう思い込ませるための布石であり、実際には『炎の剣』使用時にも他の『形態』を使えるという可能性はある。だが、オリガの性格からして――そんなに彼女の事を詳しく知っているわけでもないが――そのような策を弄するとも考えにくいし、第一もしそうだったとすれば、その時は万策尽き果てるというだけの話であった。

 そして、アレスは賭けに勝った。オリガはアレスの攻撃を防ぎ拘束から逃れるために再び『炎の剣』を解除した。この瞬間、彼女は無防備な状態をさらす事になる。すでに火球が完成しているアレスに対し、おそらくオリガは迎撃しようにも火球の生成が間に合わない。その一瞬の隙を狙い、彼は風の『形態』の助力も借りて大人の背よりも高くそびえる炎の壁を越え、オリガの頭上から火球を叩きこもうとしたのだ。


 だが、空高く舞ったアレスの眼前では、彼の予想を超えた事態が起こっていた。狙うべき的が、炎の渦の中心にはいなかったのだ。いや、正確には、オリガは以前として渦の中心軸上にほぼとどまってた。ただし、縦軸の座標が初期状態とは異なっていたが。

 ――オリガもまた、上空へと飛んでいたのだ!

 風の力を借りていない分、飛び出しの初速が遅かったのであろう。放物線軌道の頂点に達し一瞬空中に停止するような状態のアレスに対して、オリガが下から迫る格好になる。想定外の状況に、一瞬反応が遅れてしまう。それが二人の命運を分けた。思わず声を上げるアレスに、左手に炎の蛇を巻きつけながらオリガが叫んだ。

「火球が間に合わないならば、直接その体に打ちこめばいいだけの事!」

 アレスの下腹部に、渾身の力を込めた拳が突き刺さる。そのまま腕を振りぬくと、彼の体はさらに高く舞い上がった。まばゆい光がアレスの体を包み、大きな草笛のような音が鳴り響く。オリガが着地し、半瞬遅れてアレスが背中から落ちてきた。模擬戦は、オリガの勝利に終わった。




 気づけば、学生たちの間からは歓声が湧き上がっていた。学生たちのほぼ全員が二人の周りを取り囲んでいる。アレスは苦笑しながら立ち上がると、勝者の下へと歩み寄っていく。オリガが手を差し出すと、アレスもその手を強く握りしめた。

「まいったよ。まさかそちらも飛んでくるとはな」

「火球では間に合わないからな。そうなれば後はすぐに出せるもので対処するしかあるまい」

「それにしても、なぜ上からくるとわかった?」

「一連の流れがあまりにあざやかだったものでね。『炎の剣』の解除を狙ってくるのかと思ったまでの事」

「あの一瞬でそこまで判断できるのか。さすがに小細工が通用する相手じゃないな」

「そんな事はないさ。今の戦いぶりなら私から三本に一本は取れる」

「それはあくまでその腕輪を着けた場合の話だろ?」

「ふっ、違いない」

 オリガが不敵な笑みを浮かべる。

「そうは言っても、あのオリガからここまでの言葉を引き出せたんだ。少しは自慢になるってもんさ」

「そうだな、大いに誇ってもらって構わない」

「ははっ。さすがはオリガ様、と言った所か」

 アレスも苦笑いを返す。その時、二人に緊張感に欠ける男の声がかけられた。ヨハネス教官がオリガを呼びに来たのだ。

「オリガさん、もうよろしいですか? そろそろ戻ってください」

「これは先生。私のわがままを聞きいれていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。彼は変わったタイプですからね、君にも刺激になったでしょう」

「はい。四『形態』全てをここまで使いこなせる人間がいるとは思いませんでした」

「私の記憶でも、これほど『形態』をうまく使いこなせる学生はそうはいませんでしたね。彼と組みたい時はまた私に一声かけてください」

「ありがとうございます」

 外した腕輪を教官に返すと、オリガはアレスの方に向き直った。

「いい模擬戦だった、ありがとう。また手合わせ頼む」

「こちらこそ。Aクラスと戦える機会なんてそうそうないからな」


 挨拶を交わすと、踵を返してオリガが立ち去る。その後姿を見送るアレスに、ヨハネスが声をかけてきた。

「なるほど、君がアレス君ですか……。先ほどの戦い、見事でしたよ」

「そいつはどうも」

「あなたには少々窮屈かもしれませんが、どうか我慢して下さい」

「いや、問題ないですよ。ご心配なく」

「それを聞いて安心しました。君も彼女やBクラスの学生と戦いたくなったら、遠慮せず私に声をかけて下さい」

「考えておきます」

 ぶっきらぼうに言うアレスに、ヨハネスは笑みを浮かべながらその場を立ち去っていった。



 その様子をじっと見つめる人影があった。オリガである。教官がアレスに何を話しかけているのかが気になっているようだが、さすがに聞き耳を立てるわけにもいかない。

「本当はこれだけではないのだろう、アレス……?」

 ひとり独語すると、オリガはBクラスの学生たちの所へと戻っていった。




 ヨハネスが立ち去ると、それを見はからっていたかのようにエディが駆け寄ってきた。ずい分と興奮した様子で大声を上げる。

「アレス、お前スゲーよ! あのオリガ様とあそこまでやりあえるのか!」

「オリガにはハンデがあったからな」

「いやいや、『炎の剣』とか普通にBクラスレベルだろ! 俺じゃ歯が立たねーよ!」

「そうか。じゃあオリガに勝てない者同士、仲良くやろうぜ」

「いや、あれを見た後じゃすっげぇやりにくいな……」

 いかにも気まずいと言った表情で、エディが頭を掻く。

「それに……」

 周りを見回すと、二人を取り囲むかのように学生たちの輪ができていた。先ほどの激闘の熱気もまだ冷めやらない様子である。どうやらこの一戦で、アレスの存在は新入生の猛者たちに知れ渡ってしまったようであった。あのオリガ・ワレンシュタインと互角に渡り合える男として。そして、オリガ様を二股三股にかけた剛の者として。




 その後間もなく、新入生の間で「オリガ様、大胆にも戦闘訓練の授業中に浮気男に怒りの鉄槌を下す!」といった類の噂が広まったのは言うまでもない。










「よっ、お二人さん」

 戦闘訓練の授業を終え、東棟に戻ってきたアレスとエディが教室に向かっていると、廊下の向こうからマリーが声をかけてきた。その隣ではカリンが二人に笑顔を向けている。

「今日も二人仲良く汗を流し合ったのかな~?」

「おい、キモい事言うなよ!」

 気持ち悪いと思うのはアレスも同感だが、こんなご挨拶に馬鹿正直に付き合ってしまうあたり、エディの単純さが微笑ましく思えてしまう。

「そんな事よりお前、今日はスゴかったんだぞ?」

「え? 何かあったの? ま~たオリガ様に絡まれたとか?」

「絡まれたどころじゃねえよ! 今日は遂にオリガ様と一戦やり合っちまったんだぜ?」

「え、マジで?」

 いつもの調子でニヤニヤと話を聞いていたマリーの目が、とたんに鋭さを増す。

「マジマジ。一応ハンデはあったらしいけどな。で、結局オリガ様が勝ったんだけど、最後は笑顔で握手して健闘を讃え合うっていうね……」

 そこまで聞くと、マリーは深刻そうな表情でカリンの方に向きなおり、震える声を絞り出した。

「こ、これは……恐れていた事が早くも現実になってしまったよ、カリン」

「え? な、何が?」

「何が、じゃないよ! 模擬戦だよ? 二人の距離が、いきなり急接近だよ! しかも握手まで!」

 興奮気味に、そして若干楽しそうに、マリーがまくしたてる。実際楽しくて仕方ないのだろう。

「二人で激しくぶつかりあい、そして汗をかき……!」

「ま、マリーちゃん、何だかちょっといやらしいよ……」

「こうしちゃいられない! カリン! アンタもこの朴念仁と一緒になれるイベントを作らないと!」

「ていうか、マリーちゃん絶対楽しんでるよね、この展開……」

 やはりと言うべきか、カリンもさすがに気づいていたようだ。ご愁傷様、とアレスは心の中でひとりつぶやく。

「カリンちゃんも大変だな、この謎おせっかい女に捕まっちゃって」

「まったくだ」

「ちょっとアンタたちー、そこで何言ってんのよー」

 両手を腰に当て、マリーが不平をつぶやく。それには取り合わず、やや興奮気味にエディが話を続けた。

「しっかしあの後もスゴかったよな。お前との対戦希望者が殺到してさ」

「オリガ様効果、なんだろうな」

「そうそう、親衛隊のヤツもいたよな。『貴様ごときがオリガ様と手合わせなど十年早い!』とか言ってよぉ」

「あれにはさすがにまいったよ」

「ま、最後は本音が漏れてたよな。『二股野郎、絶対殺す』ってさ」

 たまらず笑い出す二人。その話にマリーとカリンも、感心したような、呆れたような表情を浮かべる。カリンなどは「親衛隊」なるものに半分引いているのかもしれない。

「へえ、ホントにいるんだね、オリガ様親衛隊……」

「何て言うか、すごいね、その人……」

「いよいよお前も闇討ちに気をつけないとな」

「せいぜい用心するさ」

 そう言って、アレスは右手をひらひらと振るのだった。






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