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神光のギルヴァント  作者: 因幡 縁
第一幕
11/40

第11話





 『学園』近郊の湖に『変異』が出現したとの報を受け、急遽掃討作戦が行われる事になった。今回、Aクラス・Bクラスの新入生たちにもこの作戦に同行するよう命令が下り、該当する学生たちは午後の授業を途中で切り上げて現場に向かう準備を整えていた。オリガもまた、戦闘服に着替えると集合場所である北棟前の実習場へと向かう。


 『学園』の実習場には、上位クラスの学生たちとおぼしき面々が続々と集まりつつあった。その数およそ二十人。新入生の戦闘服が赤と黒なのに対して、上級生の戦闘服は黒は共通しているものの、青や緑、白で色分けされている。年次ごとに色が異なるのであろう。集まっている学生の中には、自分と同じ赤と黒の戦闘服を着た者もいた。オリガにとってはすでに戦闘訓練の授業で一戦交えて見知った顔ばかりである。次の指示があるのかと待っていると、ひとりの女性が彼女に近寄ってきた。 

「君がオリガ・ワレンシュタインだね」

 亜麻色の髪を肩のあたりまで伸ばした女性が、オリガの名を呼ぶ。女性としてはかなりの長身だが、頬のそばかすが年頃の少女らしい。

「私はヘレン。君の付き添いをする事になったんだ。今日はよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 気さくな笑顔を投げかけてくる女性。今日の作戦では、新入生にはサポートとして上級生が付き添う事になっている。彼女がその上級生なのだろう。

「私は火のBクラスだから、あんまり参考にならないかもだけど」

「とんでもない。参考にさせていただきます」

「オリガは『変異』との戦いは始めてじゃないんだよね?」

「はい、予科時代に何度か」

「それなら話が早いね。まあ、今日は一応見学がメインという事で」

「承知しております」

「あまり固くならないでね……って、それが素なのかな? とりあえず今日は流れを覚えていってね」

「はっ」

 他人の目には、それほどまでに生真面目に見えているのだろうか。そんなオリガの様子に、ヘレンも思わず苦笑してしまうのを抑えられないようだ。新人の緊張を解きほぐそうとでも思ったのか、ヘレンが話を続ける。

「AクラスやBクラスはどうしても数が足りないからさ、早く慣れてもらってどんどん作戦に加わってもらいたいんだよね。ほら、上位クラスの半数くらいは各国に配置されるからさ。君は貴重なAクラスだし、ガンガン働いてもらうよ?」

 現在『学園』に所属する学生は各国に派遣されている者も含めておよそ八百人ほどだが、そのうちBクラスは約五十人、Aクラスに至っては二十人にも満たない。現場の学生にしてみれば、優秀な新人には一日も早く作戦に参加してほしいと言うのが本音であろう。

 加えて、大陸西部諸国共同で設立した機関である『学園』は、加盟二十八カ国に人材を供給する義務を負う。それは必然的に、『学園』が手薄になることをも意味している。そんな仕組みの元では、最も重要な戦力であるAクラス及びBクラスはどれだけいても多すぎるという事はない。

「そうそう、これ渡しておかないと」

 思い出したかのようにそう言うと、ヘレンは懐から取り出した物をオリガに手渡した。大きな青い石がはめ込まれた指輪。エレメント・ガードである。

「ま、報告によればそれほど強力な敵ではなさそうなんだけどね。一応、念のため」

 模擬戦ですでに使用した事はあるが、本来はこのように実戦で使用する物なのであろう。ヘレンから指輪を受け取ると、それを左手の人差し指にはめる。

 やがて指揮官とおぼしき男が実習場に現れると、学生たちに向かい口を開いた。

「ヒューム学佐だ。今回は私が指揮を執る。それでは説明を始める。今回我々はここから北東にある湖に向かい、『変異』を排除する。報告によれば現れた『変異』は……」

 その後、しばらく作戦の説明が続いた。










 夕日が間もなく沈もうとする中、ミルエールの街を出た討伐隊は馬を駆り暗い森の中を駆け抜ける。オリガたち新入生は補助役の上級生たちと共に、湖へと馬を走らせていた。身を切るような――と言うほどではないにせよ、風を切りながら走る馬上は常人であれば震えが来てしまいそうなほど寒い。そんな中、ヘレンが併走するオリガに話しかける。

「それにしても、オリガってすごいよね。新入生でAクラスなんて」

「恐縮です」

 ヘレンの賛辞を、オリガは素直に受け止めた。ここで下手に否定すればかえって嫌味だという事くらいは、無論オリガもわきまえている。

「君はSクラスの有力候補だって、上級生も注目してるんだよ」

「そうなのですか」

「そりゃあね。だって君、まだ若いんでしょう?」

「はい。今年で十五になります」

「十五!? まだピーク前じゃない!」

 ヘレンの目が、驚きで見開かれる。この反応にももうすっかり慣れてしまった。

「それは、末恐ろしいね……」

 悪路の中、巧みに手綱を操りながらヘレンが会話を続ける。

「ほら、レオナルドさんもそろそろピークを過ぎてくる頃だからさ。新しいSクラスをみんな待望してるんだよ」

 レオナルド。現在世界に三人しか存在が確認されていない、Sクラス能力者の一人である。火の『形態モード』を極めた男であり、Sクラス能力の発現以来三年間、大陸西部を守護し続ける英雄的存在でもあった。全ての学生――中でも火の『形態』の使い手にとっては、憧れであると同時に目標となる人物であり、それは同じ火の『形態』能力者であるヘレンの口調からもうかがい知る事ができた。

「オリガは火の『形態』だから、レオナルドさんの後継にもピッタリだね」

「身に過ぎた話です」

「謙遜しなくていいよ。オリガには、むしろなるべく早くSクラスになってほしいんだから」

「努力いたします」

「そうそう、その調子。早く私たちに楽をさせてよね」

 オリガにウィンクしながら言うと、ヘレンはいたずらっぽく笑った。








 日も没し、闇が森を包みこむ。空には月が輝き幾千の星が瞬いているのであろうが、森の木々が視界を遮っているため、あいにくとその光景を楽しむ事はできない。そんな木々の合間を縫って進んで行くと、やがて行軍速度が落ちてきた。

「さて、そろそろ着くみたいだよ。私たちは後衛だね」

 作戦では、前衛はAクラスを中心に十名、後衛は新入生とその補助役など十四名という事になっていた。総勢二十四名、これは現在『学園』に配属されているAクラス及びBクラスの学生のほぼ三分の二に等しかった。今回の作戦にこれほどの人員を投入するというのは、それだけ早く新人を戦場に投入できる状態に仕上げたいという『学園』上層部の思惑の裏返しでもあった。少なくとも、オリガはそのように理解していた。

 間もなく、後衛をまとめる上級生から一時停止の命が下った。学生たちが馬を降りて隊列を整える。この先が湖なのであろう。オリガはヘレンと共に後衛にまわり、前衛に続いて湖へと向かう。




 そこから少し進むと、問題の湖が見えてきた。空からは月の光が差しこみ、揺らめく水面を照らしている。その明かりが照らし出すのは、湖だけではなかった。

「ああ、いい感じに集まってるよ。てか、今回のはまたずい分とグロいね……」

 ヘレンの視線の先には、湖に群がる『変異』の姿があった。大きいものになると人間の二倍ほどの丈があろうか。湖のあたりは開けているのであろう。鱗に覆われた魚のような怪物、表面が粘液のようなものでつつまれているカエルやトカゲのような化物の群れが月の光を浴びて、何やら不気味な輝きを放っていた。

「まず前衛が切りこむ手はずになってるから、その後に私たちも続くよ」

「はい」

 うなづくと、オリガたちは湖のそばの木陰に待機する。




 そして、戦いが始まった。

 突如湖の水面が大きく盛り上がり、幾本もの水の柱が現れる。水柱はその向きを『変異』の方に定め、巨大な槍となって巨大なトカゲ型の『変異』を貫いた。唸り声のような低い音が大気を振るわせる。それが呼び水にでもなったのか、湖からは小型・中型の『変異』が続々と湧いてきた。だがその上陸を阻むかのように、化物たちに子供の頭ほどの大きさの石が降り注ぐ。魚やカエルの形状をした『変異』たちが、次から次へと叩き潰されていく。

 オリガが視線を正面に戻すと、幾体もの『変異』が竜巻の中に閉じ込められていた。渦巻く風が何枚もの刃となって敵を襲う。その激しい風の中で、『変異』はずたずたに切り刻まれていった。その隣では、子供の背丈ほどもあろうかという巨大な火球が敵中で炸裂し、周囲の化物たちの体を吹き飛ばしていった。熱風がオリガたちの下にまで到達する。轟音がまだ鳴り止まないうちに、攻撃の第二波が『変異』を見舞った。炎が渦巻き水滴がきらめく中、怪物たちが次々と切り裂かれ、貫かれ、潰され、焼き払われていくその様は、ある意味では壮観とも言える光景であった。

「さすがAクラスの面々だね。さて、私たちも行きますか!」

 ひとつ口笛を吹いてから感嘆の声を洩らすと、ヘレンの両手から次々に火球が放たれた。その火の玉のそれぞれが小型の『変異』を的確に捉えていく。彼女が次の攻撃に移る前に、オリガも攻撃に入る。右腕を前方に突き出すと、ヘレンが火球を放った『変異』の後方に狙いを定める。赤い炎が一瞬全身を包んだかと思うと、彼女の手のひらから巨大な炎の槍が飛びだした。槍は周辺の木々を焼き払いながら『変異』が密に集まっている地点で炸裂し、その場の敵を瞬時に焼き尽くす。ヘレンは振り向くと、前方へ右腕を突き出したままの姿のオリガを見て笑った。

「……まごう事なきAクラスだね、こりゃ」

 ひゅうと一つ口笛を吹くと、ヘレンは再び敵に向きかえり炎の塊を放つ。オリガもそれに続いた。

「それにしてもすごい数だね。もう少し遅かったら大変な事になってたかも」

「そうかもしれませんね」

 実際そうなのかもしれない。『変異』の生態については不明な点が多いが、あの小型中型の化物が成長すれば、さらに面倒な事になりそうであった。

「オリガはこの規模の作戦には参加した事ある?」

「いえ、ここまで大きな戦いは初めてです」

「なるほど、どおりで何だか嬉しそうなんだね」

 ヘレンに言われ、オリガが一瞬戸惑ったような表情を浮かべる。戦いが始まってからまだ間もないが、言われてみれば確かにオリガは幾分高揚していた。戦場特有の緊張感が心地いい。予科以来久々の戦いとあって、自分でも気づかないうちに興奮しているのかもしれない。あるいは、眼前で繰り広げられるAクラス能力者たちの競演に胸躍っているのだろうか。

 オリガ自身Aクラス能力者ではあるが、自分以外のAクラス能力者が『変異』と戦う所を見た事はない。ましてこれほどの数の能力者が集まり死力を尽くしているのだ。このような中で平静を保つのは無理と言うものであった。



 その時、戦場をまばゆいばかりの光が支配した。オリガの視界も一瞬漂白される。次の瞬間彼女の目に飛び込んできたのは、直径が子供の背丈ほどもあろう巨大な火球が『変異』の密集部へと吸いこまれていく光景だった。直後、爆音と共に無数の『変異』がことごとく灰塵へと帰していく。ただの一撃で、化物の群れの中心部にはぽっかりと大きな穴が穿たれた。

「へえ、まさかSクラス能力者までこの作戦に参加するとはね」

 大いに驚いたといった様子で、ヘレンが右手側に目を向ける。その先には眼鏡をかけた青年が立っていた。『学園』が誇るSクラス能力者の一人、レオナルドその人である。オリガもヘレンの視線を追い、そして声を失った。そこに眼鏡の青年――ではなく、それとは別の人物を見出したからである。

 レオナルドの隣に佇む、もうひとりの人影。一度見れば忘れないほどに印象的な赤みがかった髪に、不敵な笑み。それは、オリガがよく見知っている、この場にはいるはずのない人物であった。



 ――アレス、君が、何故ここに――?






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