03:黒い光を出した人影
やがて指定された時間を満たし、談笑で占められた空間を塗り替えるように、大広間の扉が大仰に開かれた。響くような大音を出したわけではないが、しかし自然と意識はそこへと向かった。そして入場者を理解すると、大広間の中央、またそれまでの道に立っていた人たちはそそくさと端へ移動していく。
両扉を開いた騎士の服の端が見える。二人の騎士の間から出てきたのは神官だった。
いかにも聖職者らしい白いローブを身にまとい、手には少し大きめの木箱。宝物を扱うように慎重。
神官が中央に到着すると、その場に両膝で跪き、木箱の中身を空けて掲げ、中から出てきた水晶を拝跪する形となる。誰も声を発しなくなり緊張感に包まれる室内、どこかでゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
貴族なら親から必ず聞く、一番重要な属性検査。
それで将来がほとんど決まると言っていい。
手を翳して出た色によって秘められた才能が分かったり、その特化を活かすために授業の内容も変わったりする。
また期待する結果が出るかどうか――もっとも、その期待する結果が黒色である限り、納得するものはほんの一握りだが。
平民にとって、リウニール学園を卒業した同じ平民の知り合いは、それこそないとは言い切れないが、ほどんどないに等しい。
だから貴族の緊張した空気に飲まれて、今から何が始まりそれがどれほど重要か、なんて知らないのだろう。いくら入学できたほどの才智でも、落ち着けないのか隣にいる同じ平民だろう生徒とこそこそと話だし、近くにいた貴族の生徒に睨まれていた。
巨大な扉をそっと閉じた騎士の一人が、神官の近くに駆け寄る。
ぐるりと室内を見渡し、注目されていることを確認すると、全員の耳に入るように声を張る。
「これより白の王からお借り頂いた文石で生徒の属性を検査する。名を呼ばれたものは前へ出るように。――――ドイルヴェーラ・ユーメリア、前に」
初めに呼ばれた名前には聞き覚えがある。あの家名は確か、四大公爵家の一つだ。
待たせないように位の高いものから発表していくのだろう。
やはり公爵家だから交流会には出席しないらしく、前へ出た彼は私と同じ貴族としての私服を着ていた。
公爵家なら当然王族の血をどこかで拾っているため、先祖返りかその証である赤い髪を持っている。意志の強そうな顔立ち、口をへの字に曲げ目を細めた。
視線の嵐に臆することなく中央へ向かう、騎士に促され手を水晶へ翳し――出た色は、色彩を読み取ったかのように、見事な赤色だった。
「ドイルヴェーラ・ユーメリア。――後程、赤の部屋へ」
赤。搭として、戦闘を興ずる。
時には狂人の集まりだと言われることもあるとか。
彼は一礼し元の場所へ後退する。
しかし……順番として、次は私だろうか。
「レイアード・ハイゼングルド、前に」
憶測は予知となった。隣で両親が頷くのを横目に、前へ歩を進める。突き刺さる視線、決して表情を変えてはいけない。
ドイルヴェーラと同じように手を翳し、数秒。
出た色は――――黒。
騎士の動きが止まり、水晶の中が見えない観衆たちが神官の顔を凝視する。
我に返った、その後。
「レイアード・ハイゼングルド。――後程、黒の部屋へ」
放たれた男の言葉を理解すれば、室内はざわめきをおこす。
「今年はたった二回目でか」「あの生徒は四大公爵家の」「銀髪碧眼じゃないか」「黒がないのに何故」「例がないわけじゃないだろう」――妬みと羨望が蠢く。
同じように息が止まりそうな衝撃を閉じ込め、努めて無表情のまま両親のところに戻る。
話し声をかき消すために、また一段大きな声を出して、騎士は仕事を続ける。
「エジック・ホーマン。前へ」「――後程、青の部屋へ」
「リリー・コルキン。前へ」「――後程、白の部屋へ」
「アナスタシア・レンドール。前へ」「――後程、緑の部屋へ」
人の名を背景に、私は落ち着かない心内に浸っていた。
※※※
それは二時間ほど続いたと思う。大広間に集まった際に時間を確認していなかったため、懐中時計に似たこの世界の時計を見ても、正確な時間は分からなかった。小さな魔法石が埋められているそれは貴族が持つものあり、平民は陽の光で一日を決めているとか。すげえ。まあ授業に遅れたりしないようにするためか、入学すれば平民にも支給されるけど。
そう。属性は検査し終わり、今は指定された部屋へ移動している。
黒の部屋。わざめきと色からして、搭のことを現しているのは明らかだ。
多分黒を出した自分は順調にアフェクトへの道を歩んでいるのだろう。従者の件に関しても、それも、理由は分からないが良い事だ。
オールマイティの力、何よりカリスマ性が問われる支配の力。期待されているのなら応えるまで。
「それじゃあ、レイ。また後程に」
「くれぐれも教師や騎士の前で失言をするな。ハイゼングルドの名に恥じない行動をとれ」
相変わらずですな、ちちうえー。
大人の記憶を持っている私だからいいものだが、それを本当の七歳にしていたらプレッシャー凄いと思うけどね。それだけ公爵家の名前は大事なものなのだ。
……時々堅物めッと思わないこともないけどね。
言われた部屋には通知された本人しか行けない。保護者はこの間に、属性による生徒たちの扱いについて説明を受けるのだ。いくら貴族のほとんどが通っていて、彼らにとって母校でも、自分の属性とは違う属性の扱いは知らないのだから。安心するためにね。
華美な柱の装飾と縁取られた名画を通りすぎれば、大理石の床は靴とぶつかり、コツリコツリと実に良い音を出してくれる。それが自分のだけではなく、後ろにも。
騎士がいちいち一人ずつ案内してくれるわけではないので、黒へ案内された人はこの騎士に、青に選ばれた人はこの騎士に、と言わば専門の案内役に着いて行く。
世界の一世代に二十人いればいいと言われる黒の色彩。
勿論黒髪か黒目を持っていれば誰でもアフェクトになれるわけではないが、大体が名誉を謳われている。そんな中に黒の属性に選ばれたのは、私をいれて三人。
一人は黒髪に碧眼の伯爵家の少年。名をアバック・ソルトー。
交流会に出るらしく私服ではなく正装だ。黒髪だが青が似合っていると思ったのか、それは青を基調としている。
まだ状況が読み込めないのか、困惑した表情で私の後ろに続く。
もう一人はシェリルルナ・ライシアンクル。同じく伯爵家の次女だ。
こちらも状況を理解できず困惑しているようで、その身に受ける視線に浴びえている。緩く巻かれた茶髪を揺らし、黒目は俯きがちになっていた。
赤い宝石の髪飾りと巻き髪、赤紫のドレスと一見派手だが、どうやら小心者らしい。
ちなみに二人の前で歩いている私が、どうしてこうやって観察できているかというと、廊下には絵画や飾りと共に、小さな鏡があるからだ。
常にこの学校の生徒として恥ずかしくない身嗜みをしろ、という暗示だろう。実際移動中にちらちらと鏡を見て、さりげなく髪を整えたりしている令嬢もいる。
暫くして、前の人物が足を止めた。騎士が促したのは、他の色の部屋とは離れた、敷地内にある教会に一番近く、そして玄関と大広間から一番遠い場所にある、一つの部屋だ。
扉を開けて部屋の内装が見えれば、男がそれを開かせたまま入れと顎をしゃくる。先程から検査の時間を仕切ったりこういった態度を取っていることから、きっと貴族の出か、それとも今回学園を護衛している中でも偉い立場なんだろう。黒属性の生徒を案内するくらいだからな、もしかしたらアフェクトの関係者かもしれない。
部屋はそれなりに広かった。当然のように教室や大広間ほどではないが、しかしその場に存在するのが四人というだけあって、同じほど広いようにも感じる。
現すなら前世での会議室。新品と思われる黒光りした長テーブルと、それに付属するイス。手で示されて一番奥の席に私が座れば、隣にシェリルルナ、つまりは唯一の女性を挟んで向こうに、アバック。最後に向かい合う場所で騎士が着席し、顔を上げた。
「それでは、始めに確認をさせて頂こう。ここにいるのは、レイアード・ハイゼングルド、アバック・ソルトー、シェリルルナ・ライシアンクルで間違いないな?」
「はい」
少々上擦った声で返事をしたのはシェリルルナだ。
慌ててアバックが次いで頷き、私は視線を寄越すだけで返答する。
それに対して特に反応もせず男が続けた。
「では、まず気持ちを落ち着かせてほしい。困惑するのも当然ではあるが、その状態で説明しても頭に入らないだろう」
気遣いに二人の表情が和らぐ。
私? 目が合ったが別に困惑していないため、無表情のまま佇むことを続行。冷めているっていうのか、まさ体が小さいうちからクールにしていたら、なんだかどんどん感情がすり減って言っている気がする。
シェリルルナが大きく深呼吸した。
様子で物事を理解するのは、目を配らせている証拠だ。
「もう、いいか?」
「はい」
また、答えたのはシェリルルナのみ。
「それならまず、君たちへの学園の対応、君たちが理解しなければならない振る舞いかたに授業の在り方を説明しよう。他の生徒より言わねばらないことが多すぎるため、取り敢えずは黙って聞いていてくれ」
言った通りに、騎士はそれ以降何も言葉を求めないまま、話し続けた。