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五色塔の困難  作者: タタラルカ
王立リウニール学園の初等部
6/9

01:王都へ行く馬車の中、見開く碧眼


 衣裳部屋の姿見の前で、レイアードの銀髪が翻った。自分の姿を映す鏡以外は、左右上下どこも服しか見当たらない。

 どうやらこの世界は中世ヨーロッパのような文化をしているが、服だけは英国様式のようだった。

 上等の黒いフロックコートに、中にはシルバーグレーのウエストコート。フォア・イン・ハンドに結んだ紺青色(プルシアンブルー)のタイに、五つの小さな宝石が削られているカフリンクス。

 子供の頃からフリルの多い服は着てきたが、いざこういう貴族としての私服を着ると、どうもコスプレにしか思えない。違和感が拭えず、姿見の前でウロウロ。

 肩甲骨の下まである銀髪に、水晶のような碧眼。自画自賛ではなく、事実だ。この二つが七歳になって漸く映えるようになり、この容姿を見てかなり喜んだことだ。まさか自分が来世でまさに理想の恋人像――もとい、好みの男になるなんて思わなかった。

 自他認める整った顔立ちは子供らしく愛らしく、前世の私が遭遇していれば即座に抱きしめたことであろう。


 イツが遊びに来なくなってから、一年が経った。もう私は七歳になっている。

 彼はリウニール学園に入学すると言っていた。着替えているのも、今日がそのリウニールの入学日だからだ。

 私はイツに会えなくなったと悟った時から、決意していた。

 ――――学園に入って、イツを探すと。

 もう一年も前に少し遊んだだけの相手に探されるなんて、イツは思わないだろう。しかしあの頃、精神が少し退化していると気付いた。それと同時にイツに裏切られた感が否めなく、来なくなった理由を聞きだそうと思う。そうすれば気が晴れるだろう。

 それなりに年齢を積んだ記憶があるのに恥ずかしいとも思うが、今はまだ七歳で別れたのは六歳という子供だ。子供が子供らしいことをしても、醜聞にはならない。


 ええい、待っとれよイツ! 子供の執念を舐めるんじゃないぞ!

 見つからなくてもアフェクトになって権力使ってやるぞ!

 四大貴族っつったからな! 絶対なんかのパーティーに出るからな!


 近くにある、アクセサリーを入れる小箱。その上に置かれている青いリボンで髪を軽く結う。本来なら侍従の仕事だが、性別が変わっている私は、着替えていると時は両親ですら近づかせていない。

 前に拾ったオニキスのネックレスは既に首に下げている。あの日から凄く気に入って、ほとんど毎日手にしていると言っていい。


 後ろで、声がした。聞き覚えのある話し声だ。

 振り向けば同時に樫の扉が開くのを見る。

 立っているのは金髪の美丈夫と銀髪の美女。私――レイアードの両親だった。二人は貴族としての私服ではなく、貴族としての礼服を見に包んでいる。


「あら、白がいいと思っていたけど、黒も似合うわねえ」


 いやいや、白のウエストコートとか、確かにレイアードの美貌には合うかもしれないけど、まだ美形になる前の美少年だぜ? いくらなんでも服に着られている感が否めないよ、それは。


 微笑むのは今世の母親である、ティーナ。

 私と同じ銀髪碧眼に合うように、ドレスも白と水色よりの青を基調としている。

 華奢な体を包むのは、レースがふんだんにあしらわれたスカイブルーの可憐なドレス。襟飾りはアクアマリンの宝石がついたホニトンレースは、手にはめた子山羊皮(キッドスキン)の白手袋と同じ花の模様だ。後ろで髪の一部を結っているのか、正面から髪飾りのレースがちらりと見え隠れしていた。

 右手を頬に当てて微笑む彼女は、姿勢が良く、腹の上で手を交差して添えた立ち姿は手本のようである。レイアードは母親似だろう、親子で寒色系が似合う。


「上に立つ者、白もいいが黒が一番だな」


 珍しく精悍な無表情を緩めるのは、ハイゼングルド公爵家の当主であり、ティーナの夫で私の父親、ダイズド。

 ティーナと同じように瞳の色と会わせ、黒と緑を基調としたものだ。黒いコートは銀糸で豪奢に刺繍されており、グレーのウエストコートをよい引き立て役としている。胸元にあるルビーのブローチが目立つ。

 しかしこの強面の、言ってしまえば少し顔が良いくらいのダイズドが、どうしてティーナのような美人を娶れたのか分からないな。政略結婚にしては仲がいいから、きっと普通に愛し合っているのだろうし。正直ダイズドは、正装に大切なクラヴァットが似合っていない、派手な顔立ちでもないし。


 ……きっと、満足そうに頷いている彼は、そんな失礼なことを息子が思っていると思わないだろうな。

 もうちょっと大人だったんだけど、まあ、これだけ精神が子供だったら、まわりに怪しまれずにすんでいいか。


 私から見て左側にいるティーナと、右側にいるダイズドの間をじっと見ていれば、予想通り両親の後ろで控えている従者たちの前に出る小さな人影。

 こちらは父親に似たのか、金髪に近い茶髪と碧眼。揺らすのはたった五歳の弟。

 エルドだ。

 いつもとは違う煌びやかな服を着ているためか、興味津々に目を輝かせて、私と両親を見返している。

 一歩遅れてエルドの世話係が入ってきて、弟を連れて行く。もう出る頃だから時間を取るわけにはいけないのを、世話を任せられるほどの使用人は空気を読むのだ。

 あの純粋無垢な姿を見ると、私がアフェクトを目指して家督を任せるのを、少しだけ後悔してしまう。どれだけ幸せに生きても、貴族――しかも公爵家の当主となるのだから、きっとスレてしまうんだろうなあ。この両親で驕るなんてことはないだろうけど。


 そろそろ出るぞと従者を伴い部屋から出て行く両親。結局ここに来たのは、身嗜みの催促だったのだろう。姿見の前でリボンが上手く結えているか確認した後、自分も衣裳部屋を出る。


 リウニールに入学する生徒である私が私服で、同伴する両親が正装なのには理由がある。

 両親の母校であるリウニール学園の初日は、まず大広間で属性の探査をするらしく。その時は他の生徒の注目を浴びながら、魔法石に触れるのだとか。つまり人が多いと、どんなに綺麗な部屋でも汚れまではいかないが埃っぽくはなるので、放課後にある交流会(立食会)に参加する人間だけが正装を持ってきて、学園の更衣室的なところで着替えるとか。

 全寮制というわけではないが、外国から来ている人や辺境の貴族もいるため、入寮する予定の人は自分の部屋、っていうパターンもあるらしいけど。

 その交流会に参加するのも繋がりが必要な下級貴族のみで、ダイズドが国王の実姉の息子であるハイゼングルド公爵家が欠席なのは決まっていた。


 大理石でできた床、ひかれた赤い絨毯の靴越しの感触。如何にも貴族の威厳を表した豪奢な施しは、部屋は勿論、扉や廊下の絵画にまで及ぶ。着衣の細かなところまで黒を入れ、威光への気の遣いかたは抜かりない。


 両親の背についていき屋敷を出ると、御者と護衛が馬に乗って待ち構えていた。促されるままに馬車の中へ入り、ティーナとダイズドそして私の三人だけの空間となる。

 前世の知識では馬車に乗るのは女子供だけかと思っていたが、どうやら貴族が馬に乗るのは娯楽のみで、通常馬で移動するのは護衛だけだそうだ。


 馬車の中は意外にも広く、向かい合って座る両親に足を延ばしても、ギリギリ届くか届かないかという程度だ。扉の窓から外を見れば、丁度馬車が走り出し、目線の先は護衛が乗る毛並の良い馬たち。機会は少ないとはいえ、貴族の男子ならその内こなせばならない科目になるだろう。


 親は親で話していることだし、暫く暇だ。本を持ってくればよかったと少々後悔しながら、耳を澄ませば聞き取れる会話に一人内心で得意気になる。

 イツが遊びにこなくなっても、次会っても恥ずかしくないよう、語学の練習は続けていた。今では軽い文章はスラスラと言え、普通に話し合うことができる。……ただ、前世では思いもしないほど公爵家というのは高位の人物なため、失言しないように最低限話すなと言われているが。


『――はあ、分かっていたけど、息が詰まる』


 貴族のイメージなんてものは、高潔か倨傲なのしか思い浮かばない。

 自分がなるなんて誰が予想するものか、こうなったら思いっきり猫被ってやる。

 忘れないようにと時々口遊んでいる日本語でぼやけば、耳にしたらしいティーナが首を傾げてこちらを見ていた。

 なんでもないというように首を振ると、興味をなくしたように、またダイズドと話し始める。話題が途切れないというのも珍しい、それだけ話しかけているティーナが気を遣っているということだろうか? まあ、それは余計にこの父親には勿体ない。


 私が今まで学んでいた語学のことだが、この世界では基本的に世界共通語であるシグル語が日常生活で使われている。初め私があちらの言うことが分からなかったように、あちらも日本語は別の言葉に聞こえているようで。時々「何言ってんだコイツ」みたいなぎょっとした顔を向けられて困った。やはりイツのように練習相手がいないと、一人で何かよく分からない単語をブツブツという不気味な子供に見えるのだろう。

 そのぎょっとした顔をした侍従は、次の日から顔を見ることはなかった。何があったとか理解したくない、きっと良い意味ではないだろうから。


 王立リウニール学園はサーノズ神国の王都ドナズにある。辺境にあるというわけでもないハイゼングルド公爵家から、目的地はそう遠くはない。半日もかからないだろうとダイズドに説明されていた。長くかかって一時間だそうだ。

 馬車は本などであるようにガタガタして、とても居心地がいい乗り物とは思えない。だから一日かかるなんて言われないでよかった。


 結局楽しそうに雑談する両親を横目に、ボーッと窓の外を眺めて暫く。

 馬車がリウニール学園の傍に近付くと、他の貴族が乗っているだろう馬車も見えるようになった。

 道路に並ぶ車のように馬車が連なり、巨大なる門前では兵が甲冑を見に纏い、まわりを監視している。こういった貴族の集まりがあると、流石にここまで学園に近付けばほとんど有り得ないが、盗賊たぐいが襲ってくるのだ。

 窓枠が小さく、まだ学園が見えない。


 平民も通うリウニールでは入学生が多いため、一人一人確認することはない。よって後一、二分は待てば学園が見えるだろう。本当は扉を開け、体を乗り出して早く見たいものだが、それが公爵家の子としてアウト。

 表情には出さないで、内心ルンルンしていれば、予想通り学園はすぐに見えた。

 人が五人肩車しても届かないだろう門をさらに超えた広大な建物、白亜の城と言った方があっているじゃないかと思うほど、煌びやかだ。純白に塗られた壁、五色搭(オーダーメード)の権力を表す旗が、尖塔に絡みついている。


 馬車は正門を通ると暫くの間はアプローチが続き、玄関に着くまで鮮やかな花の庭園や噴水、左側の窓を見れば時計塔も見えた。

 やがて馬車はそれで進める最終地点で止まり、素早く馬から降りた護衛の一人が、執事が如く扉を開け出てくることを促す。一番扉に近かったティーナが初め、二番目にダイズドが降り、最後に私が地に足をつけた。

 すると姿を見せた瞬間、まわりがざわめく。え、何事?

 ひそひそと話し出す、私たち同様貴族の服を着た生徒たち。何を言っているのか聞こえないのは、騒がしいからなのかレイアードの体が異常だからか。

 しかし冷静に注目してくる集団を観察すると、彼らの色彩が茶髪に碧眼というワンパターンが多いことに気付く。

 時々赤い髪や金髪、珍しいのであれば紫色の髪を見るが、銀髪は一つもない。今まで表舞台に立たなかったから知らなかったけど、どうやら銀髪は凄く稀なものらしい。


 集まる視線に動じることなく学園の中へ入っていく両親に続く。引き留める者はおらず、後ろから焦って伴う護衛たちの様子が聞き取れた。

 猫背にならないよう気を付けて絨毯の上を歩く。

 まだ七歳だが子供のようにキョロキョロしたりせず、真っすぐ前を見て無表情のまま寄ってきた案内の後ろに引っ付いた。


 ……ああ、トイレ行きたい。



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