04
私が生まれて更に四年が経った。弟ができた。
弟の名前はエルド。エルド・ハイゼングルド。
私は六歳になった。言葉はほとんど完璧に聞きとることできた。ただし相変わらず話すのは最低限しか無理だけど。
また、分かったことがある。
それなりに裕福な貴族に生まれたんだろうと思ったいたこの家が、実はこのサーノズと呼ばれる神国の四大貴族と呼ばれていたらしい。
どうにも厨二病っぽい名称があるものだなあ。この世界の存在自体が厨二病の塊だったりするのかなあ。
しかしそれだけなら、まだいい。
ただその四大貴族が一つ、我がハイゼングルド公爵家はとても評判が悪いらしいのだ。
なんでも私の父であるダイズドは町民に慕われている良い人なのだが、私の母親であるティーナで二人揃うと魔王になるんだとか。
魔王とはどういった意味かと言われれば、微笑んでいるはずが、目が笑ってない上に、ダイズドがティーナにベタ惚れで、腹黒いティーナに尻に敷かれているとか。
何故そんな情報を知っているかも思えば、それは私に友達ができたからである。
「――レイ!」
ハイゼングルド公爵家の庭園、薔薇が好きなのかそれで囲まれた、白いテーブルとイスがある。ティーナが小さな頃に軽いお茶会に使っていたとか。あの二人は同じ公爵家の子供で幼馴染だと言っていたから。
そんな薔薇園で私を愛称で呼ぶのは、三歳年上の男子だ。
「イツ、」
「よう、今日も綺麗な青目だな」
天然タラシの才能がある彼は、ヴァイツ・エインズ。彼も四大貴族が一つ、エインズ公爵家の第二子で、来年にはリウニールという学園に入るんだとか。授業であと一年しか通えなくなるからと、毎日裏門から忍び込んで足を運んでくれている。
イツと呼んでいるのは、どうしても私が「ヴァ」の発音ができず、「バ」と言ってしまうからだ。それだと格好悪いし公爵家として嗤われるぞ、と言われたため、イツと呼んでいる。喋られるように練習しているのにも、よく付き合ってくれていた。
何より彼は私の青目を綺麗というが、私はイツの髪と目が好きだった。
私とおなじ銀髪なんだけど、全体的に水色がかっていて、目はエメラルドだ。顔立ちも整っていて、青年にまで成長したら立派な美貌となるだろう。
そんな顔で笑っていると、とても輝かしく、羨ましくもあった。イツが言うには私の顔も整っているらしいが、まだ六歳だから美しいかどうか分からない。赤ちゃんが皆可愛いと思えるのと一緒だ。
「今日、少し、遅い」
「悪い。兄さんにつかまったんだ」
謝らなくてもいいのに。そう言いたいが、片言になるためあまり話せない。長文が言えないのがもどかしいっていうか、よし、今日は長文の練習にでも付き合ってもらおうかな。延々と聞かされる長文に、その爽やかな笑顔を引きつらせればいいさ、フハハハハッ。
「それで、今日はどうする? 練習するか? また俺が何か話してもいいけど」
「練習。長文。延々、聞く」
「嫌がらせか」
ケラケラ笑うイツ。
一番初めに忍び込んできた時、つまりは初対面の時には結構貴族として固い態度だったんだけど、今じゃ近所の子供好きなお兄さんだ。小っちゃい悪戯というか嫌がらせに普通に付き合ってくれるし。
それにしても、悪戯したくなる、って……やっぱり、転生してちょっと精神が退化しちゃってるな。本当に子供みたい。
※※※
夕方。異世界の空も当然のように青くて、夕陽も当然のようにオレンジ色だ。ちょっと赤っぽくなっているのが綺麗。風も出てきたのか薔薇が揺れる。
「あ……やべ、もう帰らねえと」
いつも夕陽が出ると、イツは帰って行ってしまう。正直帰ってほしくない、赤ん坊ではないけれど、まだ六歳だから何もやることがない。やれることも、たいしたことではないし。記憶の中で成人になっているのに、やっぱり暇は人を殺せるよ。暇死だよ。
「――なあ、レイ」
「何?」
「お前はさ、搭の人間を目指してたりするか?」
アフェクト。そう言われて北西の方角を見やる。そこには、高い搭が一つ建てられてあった。あの搭に出入りすることができる人間と、アフェクトと言う。これもイツに教えられたことだ。なんでもそうとう優秀じゃないと入れないらしい。
正直言えば目指していたりする。
無限にある言葉だって、言うことこそできないが、ほとんど完璧なほどに聞き取れるようになった。日常生活で聞かないものは、そりゃあできないけど。
でも前世の記憶とかあって有利だと思うし、なにより――――結婚してはならないという義務がある。貴族の嫡子だから跡目を継がなければならないけど、子供を作り気はない。いや、正直子供はほしかったりするけど、前世が女だから女性を抱くことは無理。かと言って子供作りたくないっていう駄々を捏ねるのも、子供を作れるようになった大人が言うのも……ねえ? だから子供を作ってはいけない、というアフェクトの高位な人物になれば、我儘を言わなくてもいいし大義名分になるし。
頷けば少し口を尖らせて、悲しそうに嬉しそうに笑うイツ。男がやると気持ち悪いと思うかもしれないが、少し茶目っ気のある性格を知っていてか、似合うと思った。
「なら、絶対黒の搭を選べよ?」
どうしてかは、なんか聞いきゃいけない雰囲気なので聞かないで、素直に頷いておいた。上を目指すならとことん上へ、黒に行くのは当然だ。
その日を境に、イツは遊びに来なくなった。