03
前世の私が死んで二年が経った。
そうなると、自然に今の私――レイアードも二歳の誕生日を迎え、今はその二ヶ月後だ。
ビーダーマイヤー様式の部屋は緑と黄を基調とし、明るすぎない落ち着いた雰囲気を醸し出している。家具の輝かしい装飾に初めは臆され気味だったものの、人間の素晴らしい慣れという能力で順応した。流石というべきか、わざわざ侍女に運んでもらって座っているロココ調の猫足ソファには高級感が漂い、何より座り心地がいい。背もたれに立てかけるように置かれた五枚のうちの一つのクッションの上に横たわる。
――――ああ、暇だ。
赤ん坊にはすることもやれることも、ほとんどない。
立って歩くことが出来るため、部屋の窓から鮮やか庭園を見ては飽きてベッドで寝る、の繰り返しだ。
横たわったクッションに頬擦りする。全体に温もりがほしくなり両手足をジタバタ動かすと、即座に侍女が軽い毛布をかけてくれた。
転生二年、その年月で目は完全に見えるようになり、理解できる単語も増えた。今も幼児なので確認することはできないが。どうやら私は日本人だった記憶があるために理解は早いが、日本人だった記憶があるためにこちらの言葉を上手に話せないようだった。
言語以外にも知ったことがある。
私がいるのが豪華な部屋であることから、貴族に生まれたことが分かった。
また視界が自由になった頃に初めて両親を見て、外国人でもありえない色彩をしていることかた、ここが異世界であることを確信した。
いやだって、父親の金髪碧眼はともかく、母親が銀髪碧眼だし。これはもう認めざるえないというか、もう現実逃避しても空しいだけというか。
取り敢えず、今は暇つぶしに部屋をチョロチョロ動き回っている。だってやることないし、私からすれば見たこともない美術品に、豪華な家具、興味を引くものばかりだ。
『――――ん? 何あれ?』
日本語で呟けば、侍女が微笑ましいものを見る目で見てくる。彼女からすれば赤ん坊がだーだー言っているのと同じなんだろう。恥ずかしくもイライラもなく、何ともいえない微妙な気持ちになる。
見つけたのはベッドの下にあったネックレス。一週間ぐらい部屋の中を動き回っていたのに、手にしたのは初めてだ。
でも、凄く珍しい。この色彩鮮やかな異世界で、それは曇りのない漆黒だったから。オニキスと言えば魔除けの効果があるとか。あ、そう考えると意外でもないのかな。魔除けっていかにも異世界っぽいし。
侍女を見る。ベッドのシーツを直している、まだ気付かれてない。
オニキスのネックレスを見る。男女兼用できるシンプルなデザインだ。丸い形の漆黒は綺麗で、私の幼顔が映っていた。まるで宝石が見返してきているよう。――――貰われたそうにこちらを見ている、みたいな意味で。
『駄目よ! 綺麗な宝石なんだから、誰かの持ち物に決まっているでしょ! ちゃんと返さないと!』
天使ぶって言ってみた。
侍女がまた微笑ましそうに見てくる。宝石は手の中に入れて見せていない。
『そんなの無くすほうが悪いんだろ? ベッドの下にあったってことは、どうせそのまま貰っても気付かれねえって』
悪魔ぶって言ってみた。
オニキスは二歳児の手の中で隠れるほどに小さい。
続ける。
『探しているなら尚更よ! もしかしたら思い出が詰まっているかもしれないじゃない!』
『それなら思い出はつまってないかもしれないし、もしかしたらどこかで格安に売られていた宝石かもしれないぜ? シンプルと言えば聞こえはいいけど、異世界の貴族が派手好きっていうのはテンプレだしなぁ?』
『で、でも……!』
『それに、思い出っていうのは良い物ばかりじゃねえんだぜ?』
『え?』
『もしかしたら父親に愛人がいて、その愛人に送る予定だった品物かもしれねえ。もしそんなものを母親に差し出して、嫌なことを思い出させるかもしれないし、なあ?』
『は、母親が持ち主だとは限らないわよ? 侍女の持ち物かもしれないし……』
『侍女の早世した弟を殺した犯人が持ち主かもしれねえぞォ? 復讐を遂げた戦利品かもしれねえぞォ? ――それなら、思い出させないほうが優しさっていうんじゃねえか?』
『ぅ、ぁ、あ、……………………そうかも、しれない……』
悪魔、強し。天使が負けたので貰って置こう。
衣裳部屋のアクセサリーを入れる小箱に入れておこう。
そうしよう。