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存在だけは絶対にバレてはいけない

作者: 純白米


 彼女が泣いている。親も、友人も、みんな泣いている。そんなみんなの姿を、一人の男がじっと見ていた。その男がいることに、誰も気づいてはいない。その男は、不慮の事故で若くして死んだのだった。

 男は、先日バイクで走っていたところ、運転を誤り事故を起こし、そのまま帰らぬ人となってしまった。意識がなくなり、気がつくと、自分の葬式会場にいた。男の親や友人が葬式に参列していた。男には、付き合っている女の子がいた。その彼女もまた、泣いていた。男は、彼女のことが本当に大好きであった。愛していた。友人からも、いつも仲が良くて羨ましい、理想のカップルだ、いずれ結婚するだろう、とまで言われていた。男は泣いている彼女を見て、いてもたってもいられなくなった。慰めようと、彼女の肩に手を伸ばした。すると、突然声が聞こえた。

 「待て。触るな。」

男は彼女の肩に伸ばしかけた手をさっと引っ込め、辺りを見回したが、誰もいない。気のせいかと思い、もう一度彼女に手を伸ばしたその時、またさっきの声が聞こえてきた。

 「触るなと言っているだろう。」

男が上を見ると、そこには黒い服をまとい、黒い羽の生えた悪魔のような男が宙に浮いていた。男が何者かを尋ねると、悪魔のような男は死神だと答えた。その死神によると、死神とは人を死に至らしめる神ではなく、死んだ人をあの世へ案内する神のことを呼ぶのだという。男は、気がつくと自分の葬式会場にいたのだが、どうも自分が死んだということをまだ信じられていなかった。だが、その死神を見て、自分は死んだのだということを理解せざるを得なくなった。

 死神によると、死者は死神に導かれてあの世へ行き、そこで第二の人生を始めるのが一般的であるという。だが、そこに強制力はなく、この世に残る者もいるという。その中でも、思い入れのある土地に残り続ける者を地縛霊、大切な人の傍に残り続ける者を守護霊というのだという。死者は好きなだけこの世に残ることが許されている。ただし、皆がそれをしないのは、

『この世に残る者は、人間にその存在を絶対に勘付かれてはならない。』

という決まりがあるからであった。生きている者から死者の姿は見えないが、死者が物を触ればその物を動かすこともできるし、人に触ることもできる。けれども、その存在を絶対に勘付かれてはいけないのだという。疑われることすらあってはならない。この世への一切の影響を与えてはならないのである。

 「もし、バレたらどうなるんだ…?」

 「そのときは、もうお終いさ。消えてなくなり、あの世に行くことだって出来やしない。」

誰もが皆、消えてなくなるなんて嫌だ、だったらあの世で暮らしたいと言う。だが、男はそれを聞いたうえで、彼女の傍に残り、守護霊となることを決める。死神は本当に良いのかと問う。男は、彼女の傍から離れたくないという。そんな男に死神が言う。

 「この世に残る方が地獄だぜ」

男は、その言葉を気にもとめていなかった。姿は見えないのだから、物に触れたりぶつかったりしない限りばれることは無い。楽勝じゃないか。それで、彼女を見守っていられるのならば、こんなに良いことはない。そう思っていた。だが、男はすぐにその言葉の意味を理解することになる。

 最初は良かった。彼女が泣いている姿を見るのは辛かったが、自分のためにこんなにも泣いてくれることが、不謹慎であっても嬉しかった。だが、そんなときに抱きしめたくても抱きしめられない。自分の彼女がこんなに傍にいるのに、手もつなげない。それが、だんだん苦しくなってきた。

日が経つごとに、彼女は元気を取り戻していった。それは男にとって喜ばしいことであったが、日に日に自分が彼女から忘れ去られていっているようで、元気な彼女を見ることも苦しくなっていった。他の男と仲良さそうにしている姿を見るのも、嫌になっていってしまった。こんなに近くにいるのに、何も出来ない。こんなに苦しいことがあるだろうか。

 そんなある日、事件は起こった。彼女が道を歩いていると、運転を誤ったトラックが彼女のいる方へ突っ込んできたのである。

 「危ない!!!」

男は、とっさに彼女を突き飛ばして助けようとした。しかし、男が彼女に触れようとしたその瞬間、トラックも彼女も急に動きが止まってしまった。トラックと彼女だけではない。周りの通行人も、鳥や虫も、すべて止まっている。

 「彼女に触るなと言ったろう。」

また死神が現れた。死神が時間を止めていたのだった。死神の仕事は、死者をあの世まで案内すること。死者の存在を勘付かれると、死者はあの世へ行けなくなる。それを防ぐために時間を止めたのだという。

 「もし、お前が彼女を突き飛ばしたら、彼女は突然吹き飛んだように見える。そうすれば、誰だって不思議に思う。目撃者もたくさんいるんだ。お前はここで、彼女を見殺しにしなければならない。」

男は愕然とした。愛する彼女が危ない目にあっていても、何も出来ない。見殺しにするしか方法はない。

 「この世に残る方が地獄だぜ」

その言葉が男をあざ笑うかのように頭の中で繰り返される。死神は、黙ったままの男に続けて話しかける。

 「見殺しにして何の問題がある。彼女が死ねば、ともにあの世で暮らせるぞ。彼女は、日に日にお前のことを忘れていっている。お前も薄々感じていたのだろう。このままだと他の男と付き合い始めるのだって、時間の問題だ。そんな彼女を、ただ黙って見ていたいのか。お前だってここ何日かは苦しかったのだろう。さあ、決心はついたか。時間を動かすぞ。」

確かに、男は日に日に元気になっていく彼女を見て、寂しく思っていた。自分から離れていく彼女を、いくらか恨めしかったのは事実だ。ましてや自分以外の男と幸せになっていく姿なんて、とても見ていられない。

 「なあ、死神…。だったら、おれが消えればいいんだろう。」

死神は、どういう意味か分からず聞き返した。

 「あの世に彼女を連れて行って、それで彼女は幸せかな。自分の幸せだけを求めるのなら、それは結局自分が一番好きなだけだろう。おれが一番好きなのは、自分じゃない。だから…おれは今、彼女を助けるよ。」

その言葉を聞いて、死神は驚いた。今までこの世に残った人たちは、苦しくてあの世へ行きたいと言い出すか、大切な人を自分のいる世界へ連れ込むことしか考えていなかった。

それなのにこの男は、彼女を助けると言いだした。だが、もし男が彼女を助けると、男はあの世へ行けなくなる。

 「覚悟はあるのか。」

 「ある。」

 「そうか。ならば何も言うまい!どうなっても知らないぞ!」

次の瞬間、死神は時間を動かした。男は、彼女を突き飛ばし、彼女の命を救った。彼女は、何故自分が吹き飛んだのか分からないでいた。でも、確かに誰かに押された感じはあった。一体誰に…。もしかして、幽霊では…。不思議そうにしている助かった彼女を見て、男は微笑みながら、静かに消えて行った。


 あれから年月が経ち、とある結婚式会場。彼女は年の離れた年下の男と結婚をした。友人が冷やかしながら、結婚を決めた理由を2人に聞いた。すると2人は、口をそろえてこう答えた。

 「昔、どこかで会っていたような気がするんです。」


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